29.朝食での再会
翌日、目が覚めた私がベッドから起き上がると、見計らったようにメイドさん達が寝室に入ってきた。
そして、顔を洗う私にタオルを差し出してくれたり、着替えを用意してくれたりする。
「これを着るの?」
目を瞬かせる私を後目に、メイドさんたちは手早く私の寝間着をはぎ取って服を着せていく。
……こっ、これは。
動きやすいのに、襟や胸元に細めのレースがついた淡い水色の上着に、白いパンツ。どちらも厚手の丈夫な生地なのに、手触りは滑らかで着心地がいい。
さらに、癖が酷くて顔の周りでクルクル巻いている私の短めの髪に、メイドさんたちはいい匂いのする油のようなものを塗ると、丁寧に櫛で梳かしていく。
すると、まっすぐサラサラとはまではいかないけれど、鏡に映った私はどこかいいところのお坊ちゃんみたいに見えるようになった。
……お坊ちゃん。
やっぱり、私はマーナが言うところの『男顔』なんだと思う。目力があり過ぎて、どうしてもキリッとした感じの男の子に見えてしまう。
「やっぱり、ちゃんと手をかければ、美人さんになると思っていました」
髪を梳いてくれたメイドさんにそう言われたけれど、私は全然そうは思えなかった。
寧ろ、男前になってしまったというか……。
サイドを耳に掛け、やや右側から分けて綺麗に撫で付けられた髪を、ワーッと掻き毟って元に戻したい。
でも、満足げに笑みを浮かべるメイドさんに悪くて、とてもそんなことはできなかった。
「ミラク、見違えましたよ」
フードの下で軽く目を見張ったフレイユは、ニッコリと笑みを浮かべた。
っていうか、フレイユは昨日までと変わらない格好なんだけど、何で私だけ新しい服を着せてもらえたのかな。
そう思っていると、フレイユの使っていた寝室から出てきたメイドさんたちが、困ったように囁き交わしている。
「絶対に、アレを着たら似合うと思うのに」
「そうよね。折角美男子なんだから」
「フードなんか取って、ちゃんと顔を見せて欲しいわよね。勿体ない」
あ、なるほど。フレイユは、用意してもらった新しい服を着るのを拒否したのか。
どんな服かは分からないけれど、フードのない服を着るわけにはいかないよね。いくら髪の中に隠しているとはいえ、いつどんな弾みであの長い耳が見えるとも限らないし。
「可愛い服ですね。それならどこから見ても女の子ですよ」
フレイユはそう言ってくれたけど、そうかなぁ……。寧ろ、男の子が女装しているように見えないかなぁ……。
朝食の準備が出来たので、と案内された食堂には、何十人も同時に食事が出来るほどの長いテーブルが置かれていた。
「やあ、よく似合っているよ」
先に上座に座っていたマリエルが、私を見るなりそう言って軽く手を叩いた。
えーっ、そうかな。胡散臭い……。
自分で似合ってないと思うものをいくら褒められても素直に受け止められない。
給仕の男性に椅子を引かれて席に着くと、予め置かれていた銀のカトラリーの間に、朝食とは思えないほど手の込んだ料理が置かれる。
「失礼。遅くなった」
まだ幼いけれど凛とした声が食堂の入り口から聞こえた。
振り向くと、ヒルメス少年と、その後ろから異国風の服を着た男性が入ってくるのが見えた。男性は、左腕を包帯で縛って首から布で吊っている。
「もう大丈夫なのですか?」
マリエルが席を立って上座の位置を代わろうとする。それを首を振って制したヒルメス少年は、さっさと私の向かい側の位置に腰を下ろした。
「ああ。一晩寝たら落ち着いた。それより、昨夜は命を救ってもらったのに、礼を言うこともできなかった。改めて、感謝している」
命の恩人に礼を言っているのに、完全に上から目線の偉そうな態度。
というのが、悪い意味で捉えたヒルメス少年の態度だった。
つまり、私のような平民に下げる頭を持たない、毅然とした振る舞い。
この人、ひょっとしたら貴族様なのかも。
だとしたら、例え大商人とは言え、身分としては平民のマリエルにとって命よりも大切な御方なのだとしても不思議じゃない。
「いえ、間に合って本当によかったです。それに、手荒なことをして申し訳ありませんでした」
今、思い出して、背中をダラダラと生ぬるい汗が流れていく。
幾ら賊を退治するためとは言え、このヒルメス少年の背中を思いっ切り足蹴にしたことを。
彼が気を失ったのは、賊のせいじゃない。私の蹴りのせいだったのだから。
「……私を助けようと夢中でしたことだ。気にすることはない」
そう言ってはくれたが、その言葉の前に入った微妙な間と、痛みを思い出したように顰められた顔を見ると、心からそう思っていないことが分かる。
「手荒な真似? 一体、何があったのですか?」
マリエルがヒルメス少年の顔を覗きこむ。
やばい。命よりも大切な御方を足蹴にされたと知ったら、マリエルはどう思うだろうか。これまでの歓待が、一転、私たちも賊扱いで地下牢にでも放り込まれるかも知れない。
顔を引きつらせる私の前で、ヒルメス少年は小さく苦笑した。
「非常時の不可抗力だ。それに、聞けばそなた一人であの賊たちを倒したというではないか。しかも、熊手一本で」
「……あ、はあ、まあ」
好奇の目を向けてくるヒルメス少年の横に立ったままの、マリエルの目が怖い。お前、この人に何をやったんだ、と無言の圧力を掛けられているみたいだ。
「それで、アルスとも話し合ったのだが、私も今後我が身を守るため、より一層武術の鍛錬に励まなければならないという思いを強くした」
ヒルメス少年はテーブルの上で手を組むと、身を乗り出してきた。
「はあ。それは、その必要があるなら、そうなさるのはよいことではないでしょうか」
そうとしか答えようのない私に、ヒルメス少年は何故か目を輝かせた。
「では、引き受けてくれるな?」
「え?」
「え? ではない。私の武術の指南役となってくれ」
「へっ?」
えええええっ!?
声にならない声を発する形で口を開けたまま、私はヒルメス少年とマリエルを交互に見つめた。
マリエルは小さく溜息を吐くと、上座の席ではなく、ヒルメスの横の席に腰を下ろした。
「どうだろう。この話、引き受けてくれないだろうか」
マリエルがそう言ったということは、すでに二人の間でこの件について合意しているということなんだろう。
「そう言われましても……」
私はチラッと隣に座るフレイユの顔を覗きこんだ。
フードに隠れたフレイユの表情はよく見えない。けれど、私に付き合って寄り道をしていては、フレイユはいつまで経っても旅の目的を果たすことはできない。
でも、ここでマリエルの申し出を断っておいて、『物見の鏡』を使わせてくれなんて都合のいい話なんじゃないだろうか。せっかくヒルメス少年を助けて恩を売り、話がしやすくなっているのに、こっちからそのチャンスを無駄にすることは避けたい。
どうしようかな……。
本当は、フレイユと一緒に旅がしたい。でも、目的が違う以上、やっぱりいつまでも一緒にという訳にはいかないんだろうな。
「フレイユ。あのね……」
「私は別に、構いませんよ」
突然、そう口を開いたフレイユに、私はポカンとなった。
唖然とする私の肩に手を置いて、フレイユはにっこり微笑む。
「勿論、何年もこのお屋敷へ逗留、というのならば話は別ですが」
「そんなに引き留めはせぬ。そなたらは、旅をしているのだろう? どんな目的の旅かは知らぬが、サブリアナ大陸に渡るのなら、船の出航許可が下りるまでの間で構わない」
ヒルメス少年の言葉に、私は耳を疑った。
「今、何て……」
「だから、一週間でも十日でも……」
「じゃなくて、船が出ないの!?」
席を立ち、身を乗り出した私の勢いに、ヒルメス少年が仰け反る。
代わりに、その隣でマリエルが苦笑交じりに答えた。
「数日前、サレドニア王国の港が封鎖されたのを受けて、ここリムルラントでも本日からサブリアナ大陸への渡航が禁止されてしまったのだ。残念なことにね」




