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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第2章 ロンバルディア大陸編
27/89

27.お屋敷の主

「ミラク」

 気を失った少年を介抱しようと抱き起しかけた私に呼びかけたのは、後を追いかけてきたフレイユだった。

「一人だけ先に行ってしまうなんて、心配しましたよ」

「ごめん。あの女の人、大丈夫だった?」

「ええ。私たちが賊の侵入を目撃して、奴らの蛮行を阻止するために来たことも説明しました。取り敢えず、賊を取り押さえるまでどこか安全な場所に隠れているよう伝えましたが……」

 フレイユは周囲を見回して苦笑した。

「もう大丈夫のようですね」

「ちょっと勢いがつきすぎて、助けるはずだった人までやっちゃたんだけど……」

 頭を掻きながら誤魔化し笑いを浮かべる私にフレイユは苦笑していたけど、少しその口の端が引きつったようにヒクヒクと動いた。

 地面に突っ伏したまま動かない少年を改めて抱き起すと、白金の髪に縁どられた綺麗な顔立ちの少年が小さく呻いた。でも、まだ気を失ったままだ。

「この人がヒルメス様、でいいのかな?」

「そのようですね。ここへ来る途中で倒れていた男性も、ヒルメス様を助けてくれと言っていましたから」

「あ、じゃあ、あの人はまだ生きているんだ。よかった」

 怪我をして倒れているところを放置してきてしまったので、気になっていたんだ。

「一応、応急処置をしておきました。左腕を斬られていましたが、命に別状はないようです。ただ、あの吹き矢を食らったようで、意識が朦朧としているようでしたね」

 なるほど、あの吹き矢には致死性はないものの、気を失う程度の薬が塗りつけられているみたいだ。

「取り敢えず、あいつら縛っておこうよ。目を覚まして暴れられたら困るから」

 私はなるべく優しく少年を地面に横たえると、周囲を見回した。

 屈強な男の一人が、腰に丸めたロープの束を括り付けている。これで誰かを縛ろうとしていたのか、それとも高いところへの侵入に備えて用意していたのだろうか。

 そのロープを使って、私はフレイユと一緒に四人の男を縛り上げ、地面に転がした。

「あ、これは没収しとかないとね」

 私は吹き矢男からだいぶ離れたところまで飛んで転がっていた吹き矢と、その男の懐から針入れを取り出し、斜め掛けにしている自分の鞄のなかに仕舞い込んだ。


 ひとまず賊を目が覚めても動けないように縛り上げ、一息吐いた時だった。

 ザワザワとお屋敷の中が騒がしくなり、やがて無数の松明とともに大勢の靴音がこちらに向かって近づいてくる。

 思わず身構えた私達の前に現れたのは、首都フェリク内で時折巡回しているのを見かけたことのある、都市警備隊の制服を着た男たちだった。

「動くな!」

 都市警備隊の面々は、強面揃いで筋骨逞しく、私たちを取り囲んで槍を突きつけてきた。

「あ、いや、賊は私たちじゃなくって……」

「怪しい奴らだ。連行しろ」

 ええっ? 問答無用?

 都市警備隊なんかと事を構えたら、サブリアナ大陸へ渡る船に乗るのに支障が出かねない。でも、捕まったら、フレイユの正体が神獣族だとバレてしまう。

 だから、フレイユを巻き込みたくはなかったのに。

 賊を倒した後、すぐにフレイユだけでもこのお屋敷から脱出させなかった自分の悠長さに腹が立つ。

 ……仕方ないな。

 短剣は綺麗に血を拭って回収してあるし、元熊手の柄である即席の棍はすぐ足元に転がっている。

 チラッとフレイユを見ると、フードの下から見える口の端が片方吊り上がった。

 やる気だね、フレイユも。

 足で即席の棍を蹴り上げて右手で掴み身構えると、私たちが素直に従うつもりがないのが分かったのか、都市警備隊の面々が色めき立った。

「賊を取り押さえたのは私たちだよ。不審者扱いされるのは不本意極まりないね!」

「言い訳は詰所で聞く。大人しく従え!」

「出来ないね。どうしてもと言うなら、力づくでやってみる?」

「このっ……」

 隊長格の男が顔を真っ赤にし、今にも隊員達に実力行使を命じようとした時だった。

「……待て!」

 掠れていたけれど、毅然とした声が私たちの間に割って入った。

「この者達は、私を助けてくれた。決して怪しい者ではない」

 気を失って倒れていた少年が、ゆっくりと身体を起こしながら隊長格の男に強い視線を向けた。

「そう言われましても、我々も不法侵入者の通報を受けたからには、不審者を捕えて取り調べるという職務を全うしなければなりません」

 なんだ、こいつ。

 私はその隊長格の男に対して不信感を抱いた。

 被害者が怪しい者じゃないと言っているのに、まるで小馬鹿にするみたいにあしらうなんて。

 それを少年も感じたのだろう。綺麗な顔にあからさまな不快感をにじませた。

「不審者なら、そこに縛られて転がっている。さっさと連れていけばいいだろう」

「ええ、勿論そういたします。おい」

 隊長格の男が部下に声をかけると、部下たちは連行するため賊に駆け寄って抱え起こそうとする。

 その時。

「誰が何の権限を持って、私の屋敷でこのような無体な真似をしているのですか」

 まるで、人をなぶるかのような丁寧口調だった。

 振り返ると、迷路から広場に通じる複数の入り口から、わらわらと湧いて出るように剣を手にした傭兵風の男たちが入ってくる。都市警備隊の倍はいようかという人数だ。

 その男たちから一歩前に出るように、身形のいい一人の男性が立っていた。

 淡いベージュの髪を肩の少し上で切り揃えた、空色の瞳の男性。年齢はクロスと同じか、もう少し若いくらいだろうか。

「ま、……マリエル殿。国外へ行かれていると聞いておりましたが」

「ええ。今しがた戻ったところです。で、あなたは誰の許可を得て、私の屋敷に踏み込んでこられたのかお教え願いたいものですな、ホルス隊長」

 この人が、マリエル商会の会長……?

 っていうか、ここって会長のお屋敷だったんだ。

 改めて見ると、想像していた人物とは全く違う。もっとでっぷり太って全ての指に何本ずつも宝石の付いた指輪を嵌めた、脂ぎった商人を想像していたのに、この人はまるで貴族の青年みたいだ。

 静かだけれど、相手を追い詰めるようなマリエルの口調に、ホルス隊長は顔を青くしながら脂汗を額に滲ませた。

「つ、……通報があったものですから」

「それは、この屋敷の者からですかな?」

「え、……いや、その」

「ただちに」

 何十人とこの広場にひしめいているというのに、妙に静まり返った中に、マリエルの声が響いた。

「この屋敷から出て行くのであれば、今夜のことは不問に処しましょう。それから!」

 賊の身体を掴んで起こそうとしていた都市警備隊員の動きを制するように、マリエルは語気を荒げた。

「賊はそのまま置いて行ってもらいましょうか」

「っ、しかし、これは我らの任務……」

「何と、ホルス隊長はリムルラントの慣習を破り、治外法権を犯すのですか? ハハ、これは面白い。都市警備隊がそのおつもりなら、こちらもそれなりの覚悟を持たねばなりませんね」

 それを合図に、マリエルの背後にいた傭兵軍団が、一斉に腰の剣に手をかける。

 ホルス隊長は何か言いたげに口を二、三度開いたけれど、噴き上がる感情を抑えるように天を仰いで、それから大人しく隊員を纏めて広場から撤収していく。

 その後を、傭兵軍団がぞろぞろとついていく。ちゃんと屋敷の外へ出るまでのお見送りというか、監視だろうな。

「……で、あなた達は何者ですか?」

 暢気に屋敷から追い出される都市警備隊を見送っていた私は、今度は自分にマリエルの冷ややかな声を浴びせられて、思わず顔を引きつらせた。

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