26.賊を追う侵入者
小舟は、とある大きなお屋敷に程近い岸に着いた。
小舟から降りた四人の男たちが、ただならない雰囲気をまといながら、お屋敷の裏門に素早く駆け寄る。
四人はお屋敷の周囲を囲む高い塀に張り付くと、そのうちの一人が裏門を叩いた。
ややあって、その裏門が細く開く。その隙間に向かって、蛇のような顔の男が吹き矢を構えた。
それからふた呼吸ほど置いて、男たちは裏門を開けて中へ駈け込んでいく。
「……強盗だぁ」
呆れて物が言えない。リムルラント一大きい武器防具屋『英雄の館』の店員達が、お金持ちそうなお屋敷に押し込み強盗を働くなんて。
……くそっ、あいつら、許せねぇ。
あいつらに騙された挙句、全財産盗られて殺されかけたフロードの悔しげな声が、私の心の声と重なった。
「フレイユはここにいて」
物陰に隠れて様子を伺っていた私は、後ろにいるフレイユを振り返る。
私がこれからしようとしていることに、フレイユを巻き込むわけにはいかない。
でも、フレイユはニッコリと笑って首を横に振った。
「私だって、あの人間たちに腹が立っているのですよ。それに、あんな悪人どもを罰することぐらい、地母神様もお許しくださいます」
後半は、きっとフレイユの勝手な推測なんだろうな。
でも、今ここで、ダメだの何のと討論している猶予はない。フレイユがそうしたいと言うんなら、私に止める権利はないし、こうしている間にもお屋敷の中で犠牲が出ているかも知れない。
私たちは素早く裏門に駆け寄って中の様子を伺った。
裏門のすぐ内側に、守衛と思しき格好をした人が倒れている。きっと、さっき開けた門の隙間から吹き矢を食らってしまったんだろう。
私たちは無言で頷き交わすと、お屋敷の敷地内に滑り込んだ
どこかで悲鳴が聞こえる。
ガラスが割れる音、怒声、剣を打ち交わす音、断末魔の叫び……。
飛び込んだお屋敷は広大すぎて、一体どこをどう行けばあの賊に追いつけるのか見当もつかない。
というか、このお屋敷の住人からすれば、私達だって立派な不法侵入者だ。下手にこのお屋敷の守衛に見つかって賊と看做されたら、逆に私達がこのお屋敷の防衛力を削ぐことになってしまう可能性もある。
私達は慎重に物陰に隠れながら、悲鳴や破壊音がする方向へ進み、割れた窓ガラスからお屋敷の内部に侵入する。
走り回る靴音や言い争うような声は、一旦階上から聞こえ始めたけれど、すぐにまた階下へ降りてきた。
それを追いかけて走り出すと、その進行方向から高い悲鳴が上がった。
廊下の角を曲がると、そこに一人の女性が倒れている。
メイド服を着て白いエプロンをつけている、茶色い髪をまとめた女性。
……マーナ?
ギュッと胸が締め付けられるような痛みが走り、私は一瞬呆然と立ち尽くした。
「ミラク、大丈夫ですよ。気を失ってはいますが、怪我は浅いようです」
気が付けば、フレイユが女性の傍に膝をついて私を見上げていた。
「あ、そ、そう。よかった……」
この女性がマーナなわけがないのに。
それでも、マーナと似た髪形、同じ髪の色、同じような年恰好のこの女性が、一瞬本当にマーナに見えてしまった。
あくまで私の旅立ちに心から賛成してくれなかったマーナに、意地になってふくれっ面のまま「さよなら」を言ってしまったけれど、やっぱり私はマーナのことが気になって仕方がないんだ。
女性は小さく呻いて意識を取り戻すと、唇を震わせながら喘ぐように何かを訴えてきた。
「……ルメス様を」
「え?」
「……らないと。お願い、……ヒルメス様を、お守りして」
女性は、ドアが開いたままの一室を指さした。
その部屋の奥には、中庭に続くテラスに出るガラス張りの扉があり、それは無残にも割れて枠だけが残されていた。
「うん、分かった。任せといて」
マーナ、と思わず続けて言いそうになって、私は慌てて言葉を飲み込むと、割れて散乱しているガラスを踏み付けながら中庭へと飛び出した。
中庭は、四角く刈り込んだ植木が迷路を形作るように植えられていた。
「どこへ行った?」
「あっちだ!」
近くから声がするのに、私の背が低いせいか、植木の向こう側を見ることができない。しかもこの植木、隙間を通り抜けることができないほどキッチリと枝葉を伸ばしている。
すると、すぐ近くで剣を打ち交わす音と、誰かが呻いて倒れる気配がした。
……もう、まどろっこしい!
私は地面すれすれにある、木と木の根元の間に頭を突っ込んだ。そのまま、芋虫みたいに体をうねらせて向こう側に出る。
と、少し先の地面に、クロスとよく似た年恰好の男性が倒れていた。
一瞬、驚いて心臓が止まるかと思った。
でも、駆け寄っていくうちに、それがクロスじゃないことはすぐに分かった。
中庭を照らす月明かりの下で、血を流して意識を失っているのは、クロスよりも若くてどこか異国の軍服を着た男の人だった。
この人が、あの女の人が言っていたヒルメス様?
でも、その割には、まだ息があるこの人を放っておいて、賊はまだ何かを探しているみたいだ。
迷ったけれど、私はその男性を置いて、賊の後を追いかけた。
走っている間、不安で仕方がなかった。
もし、私の判断が間違っていたら。もし、私が放置したことで、あの男の人が死んでしまったら。
でも、このままあの賊達を放っておいてはいけない、と思った。あの賊達は、何か目的があってこのお屋敷に押し入っているんだ。その目的を阻止しないといけない。
その判断が正しかったと分かったのは、迷路の中心、東屋を取り囲む丸い広場に出た時だった。賊のうち屈強な男の一人が、少年に向かって今まさに剣を振り下ろそうとしている。
私は、反射的に鞘から引き抜いた短剣を、その男の剣を持つ手に向かって投げつけた。
そうして、しまった、と思った。
背中に背負ったハディの剣を除外すれば、今の私は唯一の武器を投げつけ、丸腰になってしまっていた。
……ええっと。
飛んできた短剣が右手の甲に刺さり、剣を取り落して呻く屈強な男。その傍に立つ残りの三人が、一斉に私を振り返った。
「おや、お前は……」
蛇のような顔をした男が、小さな黒い瞳を光らせると、他の二人に指示を出した。
そして、私の方を向いたまま、口元に何か握ったような形の手を当てる。
まずい。
私は横っ飛びでその場から飛び退くと、地面を素早く転がりながら植木の陰に身を隠した。
と、そこに、一本の頑丈そうな熊手が、植木に立て掛けるように置かれていた。
もう一人の屈強な男と背の高い男が、私が乱入した隙に逃げた少年を追い回している。
植木の陰から飛び出すと、私は丸い広場の縁を回るようにして、少年の正面から突っ込むように飛びかかった。
「!?」
恐怖に歪む少年の頭上を飛び越えると、伏せろと言う代わりに背中を蹴りつける。
「うぐっ!」
呻いて前のめりに地面に突っ込んだ少年の背後に下り立つその前に、私は熊手を一閃させた。
バキッ、と音がして、熊手の葉をかき集める部分が砕け、屈強な男が鼻血を吹きながら倒れていく。
私は更にその熊手を逆に持ち変えると、柄の先端を槍のように突き出してもう一人の背の高い男の鳩尾を突いた。その男も、息を詰まらせて地面にくなくなと倒れていく。
ふと嫌な予感がして振り向きながら熊手を一閃させると、その柄に細い銀糸のような針が刺さっていた。
蛇のような顔をした男が、物凄い形相で私を睨みながら、吹き矢を口に当てている。
私は地面を蹴って空中に高く飛び上がると、一回転して吹き矢男の背後に下り立ち、振り向く前に回し蹴りを繰り出した。
そして、男が倒れるのを待たずに駆けだす。
私が投げつけた短剣を手から引き抜いて、それを振りかざしながら気を失った少年に襲い掛かろうとしていた屈強な男に、横合いから熊手の柄で突きを入れた。目を剥いた男は、力なく地面に崩れ落ちていく。
はあ、片付いた……。
ふうっ、と息を吐いて満足感に浸りながら周囲を見回した私は、その場で意識があるのが自分一人だということに気付いて、慌てて少年に駆け寄ったのだった。




