24.英雄の館
24.
看板に似つかわしく、『英雄の館』は店舗自体も外観からかなり派手な店だった。
看板をぐるっと取り囲んでいる、色とりどりの丸いガラスは魔導灯だろうか。あれが夜になるとピカピカ光るんだろうか、花街みたいに。
まるで、神の遺跡のような彫刻を施した柱に、金色に塗装した外壁。荘厳な建物に見せようとしているけれど、神殿とは違う、どこか安っぽさを感じさせる外観だ。
「……まるで、どこかの街で見た賭博施設のようですね」
「うん、確かに派手だね。でも、ここまで来たら入るしかないから」
あまりの派手さに眉を顰めて尻込みするフレイユの手を引っ張るようにして、私は『英雄の館』のドアを開けた。
「いらっしゃませ」
出迎えてくれた店員さんを一目見た瞬間、私は後悔した。
スラッとした中年の店員さんは、髪を丁寧に撫で付け、蝶ネクタイにベストをキッチリ着こなした、明らかに一流店の店員だった。
しかも、先に来店しているお客さんは、みんな明らかにお金持ちといった人たちばかり。
旅装の人もいるけれど、高そうな防具やアイテムを身につけた、金銭的に余裕のある剣豪って感じの人だ。
その店員さんは入ってきた私達を見ると、はっきりと分かる作り笑顔を浮かべた。
けれど、目が笑っていない。
明らかに、「あなた方は場違いです」と言われている、気がする。
「初めてご来店のお客様ですね。どのような品をお探しでしょうか」
「え、あ、あの……」
チラリ、とショーケースの中を見た私の背中を、ぬるい汗が流れ落ちていく。
……ね、値段が書かれていない。
一つ一つの武器や防具、装飾品なんかがガラスのショーケースに飾られている。どれも魔導灯に照らし出されて、まるで芸術品みたいに光を放っていた。
もっと、ざっくり量産品の武器がワゴンに山積みにされているようなお店でよかったのに……。
しどろもどろになる私達を見ている店員さんの目が、訝しげに細められる。
やっぱり、出よう。
そう思った時だった。
バン! というけたたましい音と共に、背後のドアが勢いよく開いた。
びっくりして、ビクッ、と肩を震わせて振り返ると、入り口に男性が一人立っていた。
旅装の男性は、マントの下に立派な鎧を身につけているけれど、その鎧には大きな亀裂が入っていた。全身泥と埃と汗まみれで、何かどす黒いものまでいろんなところにこびりついている。
その男性は手負いの獣みたいに目を光らせたまま、ずかずかと私の接客をしていた店員さんに詰め寄った。
「おい! この前ここで購入したこの剣だが、武神ガルバトラも使った神器だと言ったよな!」
男は左手で掴んだ鞘から、右手ですらりと剣を抜き払った。
こんなところで抜剣!? とヒヤッとしたのも一瞬のこと。私はその剣を見て呆気にとられた。
刃の部分がボロボロに欠けている。しかも、刀身にまでヒビが走っていて、折れる寸前だ。
これが神器? フレイユの腕輪とは、輝きもオーラも全然違う。っていうか、装飾が凝っているだけで、普通の剣との違いが分からない。
「サブリアナ大陸でちょっと大型の魔物を数頭倒したら、このザマだ。こんなナマクラ、神器なわけないだろう。騙しやがったな!」
食って掛かる男性に、店員は薄ら笑みを浮かべながら溜息を吐いた。
「それで、わざわざまたサブリアナ大陸からここまでお越し下さったのですか?」
「ああ、当然だろう。魔物狩りで稼いだ金を全部つぎ込んで、一生ものだと思って買ったんだ。こんな偽物つかまされて、黙って泣き寝入りできるか!」
「……やれやれ。いっそ剣が折れて魔物に食われてりゃよかったものを」
詰め寄っている男性にも聞こえたかどうか分からない店員さんの声が、僅かな口の動きだけで、何故か私にははっきりと声として聞こえた。
悪意に満ちた、ヌメッとしていて生臭い、ドス黒い声だ。
……やばい、この店。
ゾクッと嫌な予感がして、一歩下がった時だった。
店の奥から、何かが男性目がけて飛んできた。魔導灯の明かりに微かに光る、小さな針のようなものだった。
それは、男性の項に吸い込まれるように刺さり、男性は小さく呻いて店員さんに縋り付くように倒れ掛かる。
店員さんは顔を歪めて男性を払い落すように避けると、床に崩れ落ちた男を汚いものをみるような目で見下ろし、それから取り繕うように咳払いを一つした。
「皆様、お騒がせいたしました」
そう言った時には、すでに店員さんは完全にさっきまでの完璧な営業スマイルを浮かべていた。
「ご存じの通り、当店で扱っております品は、どれも一級品の高価なものばかりでございます。ですが、当店で買った品が粗悪品だったと言いがかりをつけ、こうやって金品を要求する輩がいるのです。困ったものでございます」
不安げに顔を見合わせる店内のお客さん達に、店員さんは嘆かわしい、と言いたげな表情でそう説明した。それぞれ接客中の他の店員さん達も、自分のお客さんにそれらしいことを言って納得させている。
でも、私は見てしまった。店の奥からこの男性に向けて吹き矢を吹いた、細目で蛇のような顔をした男を。
「腹が空きすぎて目でも回したようですね。失礼します」
店員さんがそうお断りを言うと、店の奥から、吹き矢を吹いた男とは違う二人の屈強な男たちが出てきて、男性を奥へと運んでいく。
どこへ連れて行ってどうするつもりだろう。
そもそも、あれは毒針じゃないだろうか。だとしたら、あの男性は……。
「あ、あのっ。私達、一級品の高価なものなんて手が出ませんから、これで失礼します。お邪魔しました!」
ペコッ、と頭を下げて回れ右をしようとした私に、店員さんの変に優しげな声が追いかけてくる。
「ご予算はお幾らでしょうか。それに合わせて、こちらもお勉強させていただきますが……」
何も知らないうちだったら、その言葉に足を止めたかも知れない。
でも、目の前であんな胡散臭さを繰り広げられたら、一刻も早くここから出たいという気持ちだけしかない。
「いえ、それには及びません」
フレイユも同じように感じていたんだろう。
私たちは脇目も振らずにそそくさと『英雄の館』を飛び出した。
「ああ、怖かった……」
魔物や魔族と遭遇した時でさえ感じなかった恐怖を感じてしまって、店を出た私はブルッと体を震わせた。
「酷いことをしますね。さっきの剣、神器とはほど遠い偽物です」
フレイユがそう言うということは、間違いない。
「さっきの人、大丈夫かな」
「吹き矢の針が首に刺さったのは見ましたか?」
「うん。あれって、毒針?」
「さあ。分かりませんが、まさか店内で人を殺すことはないと思いますが……、ミラク、あれを見てください」
言われてフレイユの見ている方向に視線を向けると、『英雄の館』の裏口付近から一台の荷車が出てきて、裏路地を進んでいく。
「追いかけよう」
フレイユの返事も聞かずに、私は距離を置いて荷車の後をつけて行った。
やがて、荷車は小さな水路の前で停まった。
すると、さっき私達を乗せてくれたチャラい兄ちゃんの乗る小舟がやってきて、荷車に横付けするように船を岸に着けた。
「こいつをどっか適当なところで放り込んでくれ」
荷車を運んでいた屈強な男の一人が、船頭の兄ちゃんにそう声をかけて、大きな麻袋を船に積み込んだ。
「わかりました。それから、さっき子供と大人の二人連れを店に案内しときましたが、ちゃんと行きましたかね」
「ああ、何も買わずにそそくさと出て行きやがった奴らか。お前が案内したのか。グレムスさん怒ってたぞ。今度からは、ちゃんと金を持っていそうな奴を連れてこい」
「マジっすか。うわぁ、失敗したぁ……」
船頭の兄ちゃんは頭を抱える。そして、屈強な男が空になった荷車を引いていなくなったのを確認すると、ブツブツと何か文句を言いながら船を出そうとした。
それを見て、私は全速力で走ると、岸壁を蹴って小舟に飛び乗った。
「うおっ!」
大きく揺れる小舟の上で、驚いて目を見張る船頭の兄ちゃんに、容赦なく短剣を振り下ろす。
……あ、誤解の無いように。鞘から抜いてない剣ね。
気を失って船底に伸びた船頭の兄ちゃんをどかして船の舵を操り、私はまた船を岸へつけた。
「あ、よかった。まだ息がある」
麻袋を開けて、中の男性がまだ生きていることを確認すると、私はホッと胸を撫で下ろした。




