23.商人の国
リムルラントの中心都市フェリクは、水上都市と言われている。
何でも、国土が狭く内陸は急峻な山が多いこの国は、昔から遠浅の海岸線を埋めて土地を作り、道路の代わりに水路を巡らせて都市を作ったらしい。
今では、大小様々な埋め立て地に隙間がないほどの建物が立ち並んでいる。一つの埋め立て地自体がまるで一つの島のようで、その島と島との間には一応橋はあるものの、人々の大半は小舟を使って物を運び、移動していた。
「変わった街だね」
私が呟くと、それを聞いた商人の一人が笑った。
「確かに他の都市とは違うな。ここは商人の国、金を持っているヤツが一番偉い、そういう国だ」
景観のことを言ったのに、他にもそんな違いがあるなんて。
「王様はいないの?」
「いることはいる。が、お飾りみたいなもんだ。ここは、貴族様まで本気で商売をする国だからな」
へええ。よく分からないけれど、この商人の目が楽しそうにキラキラ輝いているところを見ると、商人にとっては理想的な国なんだろうな。
「おーい、ミラク」
商隊の取りまとめ役が、大きな声で私を呼びながら歩いてくる。
「お前さん、行方知れずになった養い親を探しているって言ってただろう」
「うん。そうだけど」
「何でも、マリエル商会の主が、どっかの国の遺跡で発見された神の遺物を手に入れたらしい。ここだけの話、それが実は、覗く者が見たいものを映してくれるという物見の鏡だっていう話だ」
取りまとめ役の言葉を理解するのに時間がかかった。けれど、内緒話にしては大きすぎる声が聞こえたらしいフレイユが、ぎょっとしたようにこっちを振り返った。
「物見の鏡? それを使ったら、クロスがどこにいるのか分かるってこと?」
「そうだな。少なくとも、今現在どんなところにいて何をしてるのかぐらいは分かるかもしれねぇな」
取りまとめ役は自信なさげに頭を掻いた。
「すまねぇな。こんな曖昧な情報で」
「ううん、ありがとう。早速、そのマリエル商会に行ってみるよ」
にっこり笑ってお礼を言うと、取りまとめ役はいかつい顔を嬉しそうに綻ばせた。
「そうか。そりゃよかった。俺らは改めて船を手配してサブリアナ大陸に渡る。ここでお別れだ。短い間だったが、世話になったな」
これは取っといてくれ、とズシッと重い革袋を掌に乗せられる。
「えっ、だって、山賊を退治した時にお礼は充分貰って……」
「まだ子供なのに、大切な養い親を探して世界中を旅しようっていうお前さんの健気な心意気に感動した奴らのほんの気持ちだ」
見回すと、それぞれ自分の荷を確認したり、船に乗る準備をしたりしていた商人達が、顔を上げて「元気でな」と手を振ってくれている。
ジン、と胸が熱くなって、思わず涙が零れそうになった。
「じゃあ、元気でな、坊主」
取りまとめ役が、グリッと私の頭を撫でて、ニカッと笑顔を浮かべると去って行った。
「えっ……?」
目を瞬かせる私の横で、フレイユが肩を震わせながら笑いを必死で堪えているのが気配で分かった。
もしかして、私、十歳ぐらいの男の子だと思われていた……?
「そんなに気にすることありませんよ。あの取りまとめ役の商人の見る目がないんです」
テンションだだ下がりで歩いている私を、フレイユがそう言って慰めてくれる。
でも、そんなに思い出し笑いしながら言われても、嬉しくないんだけど!
「別に気にしてなんかないもん。全然女の子らしくないの、自分でも分かってるんだから」
強がってみるものの、言葉が棒読みになってしまうのがショックの大きさを物語っているな、と改めて気づく。
「そんなことありませんよ。ミラクは充分可愛いです」
「男の子だって、可愛い子はいっぱいいるもんね」
そんなつもりもないのに、ついつい捻くれたことを言ってフレイユを困らせてしまう。
「拗ねないでください。それなら、まず格好から女の子らしくしてみますか?」
「え?」
「もっと女の子らしい色で、可愛い装飾のついた旅装だって売っていたじゃないですか。それでも、動きやすいからこれでいいって、男性用の一番シンプルなのを選んだのはミラクですよ」
うっ。確かに、ロザーナで旅の準備をしていた時、そんなことがあったような……。
「ほら、さすがは商人の国の首都です。いろんなお店が立ち並んでいますよ。謝礼や餞別もたくさん貰ったことですし、女性らしく見える装飾品の一つでも購入しますか?」
「い、いいよ。別に、男の子に間違えられても全然困らないし」
それに、このお金をそんな軽々しいことに使いたくない。
私たちの旅は、決して余裕があるものじゃなかった。
だって、私はまだクロスの扶養家族で貯金も財産もなかったし、クロスが残したお金を自由に使うわけにもいかなかった。
フレイユは、人間の手に渡っても差し障りのない魔石なんかを売って細々と旅を続けてきたらしく、夜もほとんど野宿だったそうだ。神獣族の里へ戻るためにいろいろと買い揃えたから、その魔石もほとんど手持ちがないらしい。
だから、最終的に私の決心に折れたノーマン将軍や剣の師匠、それから最後まで反対していたけれどマーナがくれた餞別で旅の準備を整えた。もし、途中で旅費が尽きたら、その場でどんなことでもして働いて旅の資金を稼ぎながら旅を続けるつもりだった。
だから、商隊のみんなからもらったこのお金は、天の助けみたいなもの。だから、絶対に無駄遣いしちゃいけない。
「あ、でも……」
私は腰のベルトに装着している短剣を左手で撫でた。
「武器は欲しいかも。自分に合った、使い勝手がいいヤツ」
ククロの森で愛用の剣を折ってしまった私は、旅立ちにあたって購入した便利道具のような短剣しか武器を持っていなかった。
あ、ハディの黒い剣は別ね。布で厳重にくるんで背負っているけれど、これを山賊のような人間相手に使うわけにはいかないから。
結局、山賊との戦いでは、早々に相手の棍棒を奪い取って戦った。
ああいう長い武器がいいな。何だかんだいっても、私は体が小さいから腕の長さも短い。相手とのリーチの差を埋めるためにも、ああいった長さのある武器がほしい。
フレイユが、フードの奥の目を細めて笑った。
「ミラクらしいですね」
「あ、……やっぱり、私はこうなんだよね」
女の子らしい可愛いものより、武器とか防具とか動きやすいものとか、実用的な物の方に興味を持ってしまう。
「いいことだと思いますよ。じゃあ、武器屋へ行きましょうか」
そう言ってフレイユは微笑んでくれた。私らしさを認めてくれて、なんだかむずがゆいような嬉しさが込み上げてくる。
「うん。でも、どこへ行けばいいんだろう。お店がたくさんあり過ぎて、逆に分かんないね」
そうして、岸辺に並んでいる小舟の船頭に武器屋へ行きたいんだけどおすすめの店はないかと聞いたところ、
「そうだなぁ。一番大きくて繁華なのは『英雄の館』かな」
と、船頭にしてはチャラい感じの兄ちゃんが教えてくれた。
「じゃ、そこへ行ってみる?」
「そうしましょうか」
案内してくれるというその若い船頭の船に乗って、私たちは水路を渡り、商店が立ち並ぶ小島に上陸した。
「そこの通りを入って大通りに出たら右に曲がって……」
どうたらこうたらとやけに詳しく親切に説明してくれる船頭の兄ちゃんに船代を払い、適当に礼を言って岸に上がった私たちは、言われた小さな通りを抜けた途端、すぐに目的の店を発見することができた。
「あんなにごちゃごちゃ言わなくても、すぐに分かるね」
まだ二区画ほど向こうにあるのに、すぐに目に入る奇抜な建物。
『英雄の館』
ド派手な看板が、どこから見ても分かるように四方の屋根に取り付けられている。
その武器屋に行くまでに、ロザーナでも見かけるような小さ目の武器屋は何店舗かあったけれど、一見、どこも閉店しているように見えた。
それに、せっかくこのリムルラントで一番大きな店を教えて貰ったんだから、行くしかないよね。




