22.向かう先は
王都ロザーナを出て北に向かうこと五日。
私たちは、隣国エルドーラとの国境に差し掛かっていた。
ここまでの道中、小さな森の中で山賊に襲われかけていた商隊を助けて、結構な額のお礼を頂いた。ついでに、国境まで護衛をしてくれと頼まれたので、今はその商隊と行動を共にしている。
勿論、フレイユの正体がばれることを考えたら、あまり親しくなり過ぎないほうがいい。
でも、フードを目深に被っていても、見える顔半分だけでもフレイユがかなりの美形だということは分かってしまう。そうなれば、商魂たくましい彼らがフレイユに興味を持たないはずがない。
「この人は無口な上に、些細なことで急に怒り出して暴れだすの。そうなると私でも手が付けられないので、話しかけないでね」
フレイユの案で私はそう商隊の中で触れ回ったので、誰もフレイユに近づいて来ようとしなくなった。
「ミラクでも手が付けられない、というのが効いているんですよ」
フレイユはおかしそうに含み笑いを浮かべている。
確かに、山賊との戦いでは、大男が持っていた棍棒を奪い取って暴れたからなぁ。あれはとっても気分がスカッとした。
ちなみに、フレイユは神力を人間の前で使うわけにはいかないので、細身の剣を買って装備している。決して剣豪というわけじゃないけど、それでも普通の人間と比べたら充分強い。
「神獣族の秘宝を手に入れる旅に出る前に、幼馴染に鍛えられたんですよ。もし旅の途中で何かあっても、人間を相手に神力を使うわけにはいかないですから」
「幼馴染、って、一緒に旅に出たっていう?」
「ええ。オークルという名の有牙種でした」
「有牙種?」
首を傾げると、フレイユはフードの上から自分の頭部を押さえた。
「私の耳は長いですよね。この種は耳長種と呼ばれていて、頭脳派で神力に秀でている者が多いのです。有牙種は、文字通り牙が有る種。ガードンなども元はそうです。彼らは血気盛んで総じて戦闘能力が高いのが特徴です」
「へえ。神獣族にもいろいろあるんだね」
「そうです。神族大戦の際に有牙種のほとんどがブロンザス王子について地底へ下ってしまいましたから、今の神獣の里は耳長種が中心となって治めています。その方が、人間との諍いを避けて隠れ住むにはちょうど良かったのかもしれません」
夜、商隊から少し離れた場所でたき火に当たりながら、フレイユはそうやって少しずつ自分たちのことを話してくれた。
「あなたとマーナを見ていると、オークルのことを思い出したものです。あなた達と同じように、私とオークルも全く違った性格をしていましたが、不思議と馬が合ったのですよ」
「……マーナのことは、もういいよ」
結局、私はマーナと最後まで仲直り出来なかった。
口を開けば、結局また同じことの繰り返し。最後の最後までマーナは私にロザーナで一緒にクロスを待とうと言い続けた。
私は私で、マーナと一緒に旅に出たかった。でも、宮廷魔法使いに採用されたマーナに、その仕事を辞めてまで当てのない旅に同行してくれなんて言えなかった。
旅に出るのを反対したのは、マーナだけじゃない。ノーマン将軍や剣の師匠にも猛反対された。
特にノーマン将軍は、何なら自分の養女にならないか、とまで言って引き留めてくれた。
でも、ローザラント王国では、女は武門職に就けないもの。将軍の養女が用心棒や傭兵になるわけにはいかないでしょ。何より、将軍の娘に相応しい知識や教養を身につけなきゃならなくなるなんて、真っ平御免だ。
というわけで、せっかくの好意だったけど、丁重にお断りさせてもらった。
でも、クロスを探す、と言っても、ただ闇雲に世界中を探し回るなんて無謀でしかない。
唯一の手がかりは、私が落ちていくクロスのその先に、森の中に埋もれるように、何か建物のようなものが見えたことだった。
私の拙い絵心と曖昧な記憶を総動員して何とか紙に描き出すと、それをノーマン将軍が宮廷魔法使いに見せて意見を聞いてくれた。
その宮廷魔法使い曰く、これは神々の遺跡のひとつじゃないか、とのこと。
ただ、こんなふうに森の中に埋もれるような状態の遺跡は、今のところロンバルディア大陸では発見されていない。他の大陸の遺跡の可能性が高い、という意見だった。
というわけで、私はサブリアナ大陸へ渡ることにした。神獣の里へ帰るにもサレドニア大陸に渡らなければならないので、まだまだ私はフレイユと一緒に旅を続ける予定だ。
明日はいよいよ、エルドーラ王国へ入る。
この国は、北隣の国サレドニアとの国境に広がる肥沃な土地を巡って長い間争いが絶えないらしい。
今は、強国サレドニアの国内が乱れていてエルドーラへ攻め込んでくる余裕がない上に、若くして即位したエルドーラの王様が優秀なので治安も比較的安定していると商人達が教えてくれた。
そのエルドーラの国境から、サレドニアと東の隣国リムルラントへ続く道がそれぞれ伸びている。そのどちらからも、サブリアナ大陸へ渡る船が出航しているんだって。
フレイユは、サブリアナ大陸から客船に乗って渡ってきて、サレドニアの港に上陸した。そして、幼馴染のオークルと離れ離れになったのも、その港町でのことだったそうだ。
「じゃあ、サレドニアに行こう」
私は迷わずそう決めた。
もしかしたら、オークルがガードンの襲撃から逃げ切って、どこかに身を潜めているかも知れない。
死んだという確たる証拠がないうちは、諦めちゃいけない。
私の決断に、フレイユも赤い目を潤ませながら賛成してくれた。
ところが。
エルドーラの国境を越えたところで、商人達が困ったように何やら話し込んでいた。
「どうしたの?」
声を掛けると、この商隊の取りまとめ役の商人が大きな溜息を吐いた。この人、声も身体もでかくて一見怖そうだけれど、とっても優しくていい人だ。
「実は、サレドニアの港が封鎖されちまったんだ」
「えっ……」
「サブリアナ大陸から魔族が船に潜んで渡ってきた、と噂になっている。ローザラントでもつい最近、魔物騒動があっただろう。その影響らしいな」
「へ、へえ……」
その魔物と戦った、なんて余計なことは言わない方がいいよね。
「というわけで、我々は当初の予定を変更して、リムルラントから船に乗ることになった。お前らはどうする?」
どうもこうも、私たちの目的もサブリアナ大陸に渡ることなんだから、サレドニアから船が出ないのなら、リムルラントへ行くしかない。
「ごめんね、フレイユ」
商人達の話を伝えて謝ると、フレイユは首を左右に振った。
「謝る必要なんてありませんよ。確かにオークルのことは今でも生きていると信じています。でも、私にはまず先に使命があります。オークルも、私が無事に宝珠を里に届けることを望んでいると思いますよ」
本当は、サレドニアでオークルを探したいんだろうな。
でも、私情を捨てて自分のやるべきことを冷静に判断するなんて、さすがは頭脳派の耳長族だ。
一応、サレドニアの港まで行ってみてオークルを探し、待ってみてもまだ船が出ないようなら改めてリムルラントへ向かう案も提示してみたけど、フレイユは苦笑しながら首を横に振った。
「いいんですよ、ミラク。よく考えてみれば、オークルはもし生きていたら、サレドニアの港でじっとしているようなタイプではないんです」
その声には、苦いものを飲み込むような響きが含まれていて、私はもうこれ以上、フレイユの幼馴染について触れることはできなかった。




