21.それぞれの道へ
ノーマン将軍が帰って行った後、私はすぐにマーナに詰め寄った。
「王宮へ出仕って何のこと? 私、全然そんな話聞いてないよ」
私の方がマーナより背は低いけど、力は断然強い。壁際に追い詰めると、マーナは泣き出しそうな表情になった。
「ごめんなさい。魔物騒動で宮廷魔法使いを多数採用することになったからってクロスさんに勧められて、そうすることにしたの」
「そう。別に、それならそれでいいよ。でも、家からだって通えるじゃない。寮ってどういうこと?」
「ミラク。少し落ち着いて話しましょう。そんなに詰め寄ったら、マーナも話したくても話せないじゃないですか」
私達を引き離すフレイユも、どこか不機嫌そうだ。
「ね、マーナ。お茶でも淹れますから、三人でゆっくり話しましょう」
まるで、隠してること全部吐けや、と脅しているように聞こえるのは気のせいだろうか。
それは言われた本人も感じているようで、マーナはやや青ざめながらコクコクと何度も頷いた。
ハッキリ言ってショックだった。
マーナは、私に何の相談もなく、それどころか隠し事をしていた。
遠く離れた場所に行ってしまうわけじゃないとか、そんな問題じゃない。
マーナが宮廷魔法使いになることを、私が反対するとでも思ったんだろうか。
全部話し終えて俯くマーナを見つめる目が、自分でも険しくなっていることが分かる。
だって仕方ないじゃない。本当に怒っているんだから。
そりゃ、マーナがこの家からいなくなるなんて本当は嫌だよ。宮廷魔法使いになるにしても、家から通ってってお願いしたかも知れない。
マーナはクロスから、寮に入らないと採用に不利になると言われて、家から出て欲しいと暗に告げられたと思い込んでしまったようだけど、そんなことはないから。クロスが本当に出て行って欲しいと思っていたなら、ちゃんとハッキリそう言ったと思う。
クロスが、このままマーナが無給のメイドさん状態でいるのは良くない、と思っていたことは確かだと思う。でも、マーナは自分の魔法の能力が低いことにコンプレックスを持っていたから、今まで魔法使いとして生きることを無理強いしてこなかっただけで。
でも、マーナが言うように、この家から出て行って欲しいから宮廷魔法使いになるよう勧めたなんて、そんなこと絶対ない。マーナをこの家に居候させたのはクロスだもん。自分が居て欲しくなくなったから追い出そうとするなんて、そんな卑怯なことはしない。
ああ、考えているだけで腹が立ってきちゃった。
ふと、何か思いついたように視線を上げたマーナは、私がまだ睨んでいることに気付いて慌てて目を伏せた。
「何?」
促すと、困ったように眉を下げながらおどおどと口を開く。
「あの、……あなた一人をこの家に残しておくわけにはいかないわ。ノーマン将軍が三日猶予をくれたのも、そのためだと思うの。何とか寮に入らずにこの家から通うことができないか相談してみるわ」
「その必要はないよ」
強い口調でそう斬り捨てるように言うと、マーナは目を見開いた。
「だって、あなた一人でこの家で暮らしていくつもり……」
「私、クロスを探しに行くの」
「ミラク!?」
黙って私達のやり取りを聞いていたフレイユが驚いて体を捻った拍子に、ダイニングテーブルが揺れてカップの中のお茶が零れそうになった。
「私、フレイユの旅についていく。ね、いいでしょ?」
「ミラク、あなた何を言って……」
愕然とするマーナに、私はキッパリと言い放った。
「ノーマン将軍が言ってたでしょ、希望を捨てるなって。クロスはどこか別の場所で生きているかも知れないじゃない」
「生きていたら、時間はかかっても必ずここへ戻ってきてくれるわ。だから、私たちはここで待ってなきゃ」
「このまま何もしないで待ち続けるなんて、そんなこと出来ないよ!」
感情が爆発して、思わず大声を上げてテーブルを叩いてしまった。
バキッ、と嫌な音がして、耳障りな音とともにカップが一瞬宙に浮いた。テーブルに見た限り損傷がないことに、内心ホッとする。
大切な人と引き離されて、いつか戻ってきてくれると待ち続けるなんて、ハディの時だけで十分だ。結局、ハディは私を迎えに来てくれることもなく、幼かった私はハディのことを忘れて平気で楽しく暮らしていた。
クロスのこともそうなってしまうなんて、そんなの耐えられない。
「……ミラクがそうしたいと本気で思っているのなら、私は別に構いません」
小さく溜息を吐いた後、フレイユはそう了承してくれた。
それを聞いたマーナの表情が険しくなる。
「フレイユ。あなた、ククロの森の時もそうやってミラクを巻き込んで……」
「フレイユを責めないでよ!」
私の方がフレイユに迷惑をかけているのに、それを受け入れてくれた彼を責めるなんて、マーナの方がおかしい。
「マーナ。マーナはどうなの? クロスを探しに行きたいとは思わないの?」
「私は……」
潤んだ目をさまよわせたマーナは、返事を待つ私達から視線を反らせた。
「私は、クロスさんが望んだように、宮廷魔法使いとしてこの国の力になって、ここでクロスさんの帰りを待つわ。だから、あなたもここで……」
「もういいよ」
これ以上話しても、堂々巡りだ。
私は荒々しく席を立って、足を踏み鳴らしながら自分の部屋に向かった。
こんな風にマーナに腹を立てたのは初めてだった。ううん、喧嘩したのも初めてかもしれない。
私は結構ガサツな性格だけど、ガラス細工のように繊細なマーナを壊しちゃいけないと、これでもできるだけ気を使ってきた。マーナも、私の常識外れなところを注意することはあっても、私がしたいと思うことを頭ごなしに否定することはククロの森の一件まではなかった。
私たち、一緒にいられる時期を過ぎたのかも知れない。
これまでは、クロスという大きくて強くて安心できる大樹の元に、私達は甘えながら暮らしてきた。でも、それが失われてしまった今、私とマーナは別々の人生を歩まなければならないのかも知れない。
それは、とても辛い事だった。
今朝までは、これまでと何も変わらない日常だったのに。振り返った門の前で、クロスとマーナが並んで立っているのを見て、お似合いだよって思ったのが遠い昔のことみたいに感じられて、また涙が溢れてきた。
ベッドに倒れ込んで枕で涙を拭う。ふと目を開けると、壁に立てかけたハディの黒い剣が視界に入った。
窓から差し込む月明かりに照らされた剣は、今は厳重に布でグルグル巻きに覆われている。
『封邪の剣』
と、あの魔族は言った。
フレイユにその話をすると、彼は顔色を変えた。
それは、神器の中でも最高ランクのもので、今は地底王と呼ばれる魔族の王が所有しているはずのものだ、と。
この剣が、本当にそんな大層なものなのかどうかは分からない。でも、もし本当なら、なぜハディが持っていたんだろう。どうして彼はいつも、誰かに追われていたんだろう。
クロスを探したい、という本当の目的とは別に、私はそれも知りたいと思っていた。
もし、すぐにクロスが無事帰ってきたとしても、考えたくはないけれど最悪の結果がもたらされたとしても、遅かれ早かれ私は旅に出ていたと思う。
なぜ、自分は今ここで生きているのか、それが知りたい。
十年前のことをはっきりと思い出した今、この家でじっとしているなんてできるわけがなかった。
それから三日後、この家には誰もいなくなった。
マーナは結局、宮廷魔法使いの寮に移ることになった。私の旅に連れていくことはできないから、パトリックもマーナと一緒に行くことになった。
そして、私は家を出て鉄格子の門に鍵をかけた。
空き家になってしまったこの家には、数日毎にマーナが風通しや掃除などの管理をしに来てくれるらしい。
急ごしらえの旅支度だったけれど、フレイユを手伝った経験が役に立って、私の旅の準備は順調に整った。
そして今日、これから旅に出る。
また、この家で暮らすことができるのかな……。
失われた過去を取り戻そうとすることが正解なのかどうか私にも分からない。
それでも、またこの家でクロスとマーナと、それからパトリックと、できればフレイユも一緒に笑いあえる日々が来るといいな、と心から願った。




