17.マーナの就職
今回はマーナ視点です。
「とうとう、言わなかったんだな……」
クロスさんの声で、私はようやく通りの向こうに消えようとしているミラク達の後ろ姿から視線を外した。
「だって、何て切り出していいか分からなかったんです。それに、フレイユのようにどこか遠くへ行ってしまう訳でもありませんし」
言い訳でしかないことは分かっている。だから、まともにクロスさんの顔を見ることができない。
あの夜、私はクロスさんに、宮廷魔法使いにならないかと提案された。
それはつまり、私にこの家から出て独立しろってことですよね?
怖くてそう訊けなかったけれど、つまりはそういうことなんだ。
クロスさんは、私にこの家に居て貰いたくないんだ。そう思うと悲しくなったけれど、私に拒否する権利なんてない。私はこの家にお情けで置いてもらいっている居候なんだから。
勿論、試験もある。面接と簡単な実技試験で、早ければ明日の午後からの日程にまだ枠があるという。マーナさえ良ければ話をつけるが、とクロスさんに言われたら、頷くしかない。
その晩はほとんど眠れず、泣きながら過ごした。
ああ、私はずっとこの家で甘えて暮らしてきたんだなぁ、と改めて思い、涙が止まらなかった。
魔法学校を卒業した同期は、皆何かしらの職に就いて頑張っているっていうのに。
私は自分に自信が持てなくて、魔法から逃げてばかりいた。それどころか、大好きな人達と仲良く暮らせるこの家での生活を楽しんでいただけ。
でも、本当はそれじゃいけないんだわ。
この機会に、立派な宮廷魔法使いになって、一人の独立した女性としてクロスさんに認めてもらうのよ。
朝からヘマばかりしてしまったけれど、こんなことじゃダメだわ。
気を引き締めて昼食を作り置きすると、私はクロスさんに渡されていた推薦状を握り締めて王宮へ向かった。
そして昨日、その結果が届いた。
結果は、合格。
クロスさんが懇意にしている宮廷魔法使いの幹部に事前に話をつけてくれていたようで、私は実戦部隊ではなくて、古文書解析や教育担当の部署に配属されることになったようだ。
でも、問題はそこじゃなくて。
宮廷魔法使いには、王宮の近くに寮が完備されている。
寮といっても魔法学校の寮のような集団生活寮じゃなくて、集合住宅を国が買い上げて宮廷魔法使いに破格の家賃で貸し出しているのだ。
で、当然、合格したらそこに入居を希望するか、と面接の時に問われて。
機密なんかの関係で、そこに入居できない者は合格率が下がると事前にクロスさんから教えられていて。
だから、私は、『はい』と答えていた。
合格通知には、私にあてがわれることになった寮の住所も記載されていて、直ちに入居手続きの上転居するように書かれていた。
なので、私はこの家を離れることになっている。しかも、これからすぐに。
昨夜のうちに荷物は纏めていた。元々、小さな荷物ひとつで旅をしてきた身だから、今でもそんなに持ち物は多くない。だから、あっという間に準備は済んだ。
ミラクにそれを言えずにいたのは、彼女に告げた瞬間、この自分から本当に望んで進めてきた訳じゃない事実が確定してしまいそうだったからだ。ミラクに知られないうちは、まだ後戻りできるんじゃないかという思いが、私の口を重くしていた。
……どこか遠くへ行っちゃう訳じゃないんだし。
休みの日には遊びに来ることもできるし、逆に遊びに来てもらうこともできるんだから……。
自分の部屋の真ん中にポツンと置かれた荷物を見て、切なくて溜まらなくなり、大きな溜息を吐いた時だった。
二階の物置部屋から、何か固いものがゴトンと落ちる音がしたのは。
「クロスさん……?」
階段を上がると、物置部屋のドアが開いたままになっていた。
声を掛けて覗きこむと、古い布に包まれた長いものが床に落ちていた。落ちた、というより、立て掛けられていたものが倒れたのかも知れない。
「ああ、マーナ」
奥から、長細い箱を抱えたクロスさんが顔を出した。
「ちょうど良かった。君に、渡しておきたいものがあって探していたんだ」
服に着いた埃を払い落としながら近づいてくると、クロスさんは埃が薄く積もったその箱を開いた。
中には、上質の布で丁寧に包まれたものが入っている。クロスさんがその布を取ると、中から杖が出てきた。
銀色の細身の杖に、白く滑らかな手触りの蛇が巻き付いて、頭に付けられた真紅の丸い魔法石を顎で押さえているデザインの、年代ものだった。
「これを、私に……?」
頷いたクロスさんは、遠慮する私の手に押し付けるように杖を握らせた。
「でも、こんな見事な杖……。私には勿体ないです」
「私はもう長い間使っていないし、ここで眠らせておくには勿体ない品だからね。遠慮しないで貰ってくれ」
そう言われても、この杖は明らかに攻撃魔法が苦手な弱小魔法使いが持っていていいような杖じゃない。もっと、伝説の魔導士とか呼ばれる人が使っているような品だ。
腰が引けている私に気付いたのだろうか、クロスさんは優しく微笑んだ。
「これは、私がまだマーナよりも若い時、大切な友達が贈ってくれたものなんだ。この杖に相応しい立派な魔法使いになってくれと」
「そう、だったんですね」
「ああ。訳があって、その友達のうち一人は亡くなり、もう一人とももう十年以上会っていないけれどね」
クロスさんは鎮痛な面持ちで目を閉じたけれど、すぐに笑顔を浮かべた。
「だから、私もその友達と同じ思いで、君にこの杖を贈りたいんだ。受け取ってくれるね?」
「は、はいっ」
私はぎゅっ、と白蛇の杖を握り締めた。
そんな思いが込められた杖を、受け取らない訳にはいかないじゃないのっ。
「ああ、よかった」
クロスさんが安堵したように息を吐いて一歩踏み出した時、床に落ちていた布に包まれた細長いものがつま先に当たった。
不意にクロスさんは表情を曇らせて小さく溜息を吐くと、それを拾い上げ、壁に沿って置かれている棚と棚との隙間に隠すように立て掛けた。
「なんですか? それ。見た所、鍔みたいな出っ張りがあるみたいですね。でも、剣にしては長いみたいですし」
「……剣だ」
「えっ」
「ミラクを拾った時、あの子が持っていたんだ。でも、あの子は何も覚えていない。思い出させたくもない。だから、あの子にはこの剣のことは黙っておいてくれ」
睨むような目つきで私を見ながら答えたクロスさんは、まるで今までとは別人みたいに影のある表情をしていた。
私はそれ以上何も訊けなかった。それ以上、探りを入れてはいけない雰囲気だったから。
クロスさんは黙ったまま、物置部屋から出て行ってしまった。
その場に取り残された私は、ブルッと体を震わせた。
ミラクがクロスさんに拾われたのは、十年前の嵐の夜だった、とミラク自身が言っていた。
なぜそんな夜にロザーナをさまよっていたのか、誰と一緒だったのか、身寄りはないのか、何も覚えていないのだとミラクは言っていた。
見た限り、あの剣だというものは、柄から剣まで合わせた長さはゆうに私の身長近くある。持ってみてはないけれど、きっと相当重いはずだ。
それを、若干五歳の女の子が持っていた?
剣が隠された棚と棚との間をじっと見つめる。
気になる。
手を伸ばしかけて、ハッと思いとどまる。
ダメダメ。クロスさんは、触れて欲しくないって顔してたじゃない。
あっ、いけない。早く寮の入居手続きに行かなくちゃ。
それを思い出して、物置小屋から出ようと踵を返した時だった。
突然、背後から物凄い爆音と共に衝撃が襲ってきて、目の前が真っ暗になった。




