088:逃走の為の切り札
「……始まったな」
敵の侵攻を確認し、仲間たちが迎撃に向かった。
今頃は激しい戦闘が繰り広げられている頃で。
俺はジェミニの中で待機しながら、システムの最終チェックをしていた。
敵の識別コードを入手したと言っていたが、本当に使用できるのか。
分からないものの、中佐を信じる他ない。
コンソールを叩きながら、動力回路をチェックする。
エネルギー供給路に不備は無い。
電気系統も異常なしであり、背部のブースターの微調整も問題なかった。
全ての確認を終わらせれば、仲間から通信が入る。
敵が撤退の動きを見せたようで、俺は偽装薬莢の中にいるイサビリ中尉に通信を繋ぐ。
「敵が撤退を始めたようです。そろそろ移動を始めます」
《了解した。慎重に行け。失敗は許されない》
「……了解」
通信を切断して、控えていた整備スタッフがカモフラージュ用のシートを取る。
俺は彼らに視線を向けて頷いて、ゆっくりと機体を屈んでいる状態から立たせる。
整備スタッフは急いでこの場を離れていく。
それを見届けてから、マニュピレーターの感度を確認した。
手の開け閉めの動作は滑らかであり、此方も不備は無いようで安心した。
武器をしっかりと持ちながら、ジェミニのブースターを噴かせて上昇した。
コックピッド内が小さく揺れる。
増設した装甲部分は甘めに取り付けているからか、空中を進めば擦れる様な音が聞こえた。
センサーを起動させれば、敵が撤退しているのが見えた。
逃げている敵を追うように、仲間たちが態と敵を深追いしていた。
境界線ギリギリまで追い込んでくれているお陰で、俺には全く気が付いていない。
俺は低空を飛行しながら、奴らの群れに近寄る。
そうして、逃げている敵の中へと溶け込んでいった。
見た目に関しては問題ない。
激しい戦闘を行った後のように、装甲には態と傷をつけてある。
弾痕や焼け跡など、ダメージ処理は抜かりない。
が、本当に境界線上を抜けられるかは分からなかった。
「……上手く行ってくれよ」
仲間たちは追うのを止めて撤退していく。
それを確認しながら、境界線上を超えていった。
見れば、敵の監視塔が伸びていて、何門もの機関砲が此方へと向けられている。
心臓の鼓動が早くなっていく。
慣れない機体を操縦して、此処で敵に正体がバレればどうなるか。
俺だけの失敗ならまだいい。しかし、今俺は仲間を乗せている。
もしも仲間の身に何かあれば、俺は責任を負う事が出来ない。
バレないでくれ、抜けてくれ、何も起きるな。俺は信じてもいない神に祈った。
ゆっくりと感じる時間の中で、監視塔を超える。
敵は気が付いていないようで、俺は何とか抜ける事が出来た。
いつの間にか止めていた呼吸を再開しながら、俺は汗を拭う。
そうして、何とかポイントαまで行けるように俺は目立たない位置で飛行した。
暫く飛行して、敵の一機が俺の隣に並ぶ。
センサーを此方に向けながら、通信を繋げて来た。
敵に偽装しているのだから、通信を拒むことは出来ない。
俺は通信を繋いでから、黙ったまま相手の声を待つ。
《所属は何処だ》
「……第07小隊です」
《レンドラムの隊か?》
「……はい」
《そうか》
俺の返答を聞いて、別の一機が横に並ぶ。
ライフルを携行しており、センサーは俺へと向けられている。
相手の敵意を感じて、正体がバレた事を悟った。
ポイントαまでは残り一キロほど。
俺は考えた末に、ブースターを噴かせて加速した。
敵の群れを強行突破しようとしたのだ。
しかし、既に俺が敵であることは他の奴にも知られていたようで。
合計で七機の敵メリウスが攻撃を仕掛けてきた。
装甲を弾が撫でて、俺は歯を食いしばりながら冷や汗を流す。
銃弾の雨をかいくぐりながら、更に加速して真っすぐに進む。
強引に突破しよとした事で何発かは被弾してしまう。
肩の装甲がはじけ飛んで、コックピッド内に警報が鳴る。
電気系統に問題はなく、増設された装甲が抉られただけだ。
どうせ捨てるものだからと気にせずに突っ切る。
前方を塞ぐように立ち塞がったイーグルを下へと急速下降して避けた。
体に負荷は掛かるものの、これくらいであれば慣れたものだった。
何とか相手の包囲網を突破する。
そうして、ポイントαへと急いで向かった。
《マサムネ。状況は?》
「敵に正体がバレました。ポイントαへと急行しています。少し揺れると思いますが――我慢してくださいッ!!」
《――っ!》
通信を切断して、限界まで加速した。
増産された装甲がガチャガチャと鳴る。
ボルトが外れそうなほどの加速であり、俺はニヤリと笑いながら操縦レバーを操る。
後方から敵がライフル弾を放って来て、俺はそれを回転しながら避けた。
視界が大きく揺れて、上下左右の感覚が麻痺しそうになる。
イサビリ中尉は問題ないだろうが、他の二人は酔って吐くかもしれないな。
俺はそんな事を考えながら、ポイントαの上空を飛行して――後ろを向きライフルを構える。
「投下します。ご武運を」
《――ありがとう》
最後の通信を終えて、俺はライフルの弾を放つ。
勢いよく薬莢が飛んでいき、敵は空砲だと知らずに回避行動を取った。
それを確認してから、俺は空いた敵の穴へと飛び込んでいく。
進路を変えて逃走を始めた俺を見て、敵は俺にドッグファイトを仕掛けてきた。
真後ろにピタリと張り付いてロックオンを完了させようとしている。
警告音が鳴り響き、俺はレバーを握しめて――機体を回転させた。
ほぼ同時に敵の弾が放たれる。
紙一重でそれらを回避して、敵の背後を取る。
今度は此方がロックオンを開始して、敵は左右に機体を揺らしながら逃れようとしていた。
それを見ながら、左右より敵が仲間を助けに来る未来を予見した。
俺は一気に下へと下降する。
遅れて敵がライフルの弾を放って来て、俺の軌跡をなぞる様に弾が乱射された。
「機体が揺れる。風の抵抗を受けている……無駄な装甲が加速を阻害しているな」
出来る事ならさっさと無駄な装甲をパージしたい。
しかし、今ここですれば切り札が無くなってしまう。
逃走用の切り札は最後まで残しておきたい。
意表を突く形で装甲をパージして、一気に戦線を離脱する。
ポイントαからは距離を取っており、そろそろタイムリミットだ。
時折、弾を乱射しながら相手を牽制する。
適度に攻撃を挟んでおけば、相手も警戒心を強めてくれる。
なるべく此方に意識を集中させて、この戦域を離脱して――警報が鳴る。
「敵の増援ッ!? 数は――1機?」
真っすぐに此方へと向かってきている。
凄まじい速さであり、量産型であるイーグルの倍以上の速さはあった。
敵から感じるプレッシャーから間違いなく、以前闘った”鉄槌”であると認識した。
それと同時に、リミットを告げる音が鳴り響いて。
俺はボタンを押して、一気に装甲をパージした。
鎧のように身に纏っていた装甲が爆ぜるように飛び散る。
それと同時にスモークが散布された。
敵は視界不良の中で弾を乱射して、俺はその混乱の中で進路を定めて背中のブースターを展開させた。
「一気に距離を離すッ!!」
ブースターを全て点火させて、全速力で飛行した。
シートへと体が押し付けられて、凄まじいGが体に掛かる。
コックピッド内が激しく揺れて、ディスプレイに映る景色は勢いよく流れていく。
意識を辛うじて保ちながら、何とかレバーを握る。
中々の加速力だ。しかし、鉄槌だけは俺をしっかりと追ってきた。
センサー越しに確認すれば、あの時と同じ無駄を省いた装甲に。
ゴテゴテとした大型の推進ユニットが背部から伸びている。
青い炎を上げながら、奴はじりじりと距離を詰めてくる。
そうして、手に持った長大なライフルを俺へと向けてきた。
バカでかいライフルであり、対艦用のライフルだと当たりを付けた。
今のジェミニがあんなものを喰らえば一たまりも無い。
直線移動中の回避は困難。
俺は舌を鳴らしてから、レバーを操る。
奴の追跡を振り切る為に、機体を左右に振った。
しかし、奴はピタリと俺の背後に付きながら狙いを研ぎ澄ませていた。
この一発でケリをつける、その意思をひしひしと感じる。
奴からの怨念に似た強い敵意を感じながら。
俺は歯を食いしばって、一気に機体を停止させようとした。
急停止により、鈍器で殴られたような衝撃を体全体で感じる。
奴の背後を取ろうとして――奴も機体を停止させようとしていた。
「読まれたッ!?」
背後を取らせないように減速して、奴の引き金に掛った指が動く。
数秒後に自分が死ぬ未来が見えて――コアへと手を差し込む。
薄い装甲だからか、コアには手が届いた。
そうして、引き抜いたと同時に弾が放たれる。
俺はブースターを全て点火して、機体を一気に回転させた。
目の前に迫ったライフルの弾は、俺が手に持ったコアを穿つ。
そうして、コアが一気に爆ぜて激しい閃光が放たれた。
コアへの着弾と同時に激しい爆発が起きる。
爆風によって機体が後方へと飛ばされた。
コックピッド内のライトが点滅して、激しいスパーク音が鳴り響く。
コアが破壊された事によって、非常用のエネルギーが供給された。
全身を強く打ち、頭からは血がどくどくと流れる。
強い吐き気を感じながら、俺はにたりと笑って本能のまま操縦を始めた。
「弾は回避できた。コアを囮にして、奴のセンサーを誤作動させた……リミットは30秒か」
非常用のエネルギーなんて数の内に入らない。
本来であれば、遠方の味方へと通信を繋げるための予備電力で。
それを機体を動かすために使うのだ。
前線は目と鼻の先だが、機体が境界線を越えるまで持つ保証はない。
考えている時間は無い――俺は一気にペダルを踏んだ。
体にGが掛れば、節々がズキズキと痛みを主張してくる。
俺はそれを無視して飛行して、監視塔からの機銃の掃射の合間を抜けていく。
濃い弾幕の中を突破しようとすれば、手足に敵の弾丸が触れる。
手足を捥がれながらも、真っすぐに飛んでいく。
真っすぐ、真っすぐ飛んで――背後から敵の反応を察知した。
「チッ。大した時間稼ぎにはならなかったか……ダメだ。やられるッ!」
境界線を越える時に、奴からのロックオンを検知した。
全面が黒く煤けた奴の機体は、俺へと銃口を向けている。
次の瞬間には己がスクラップにされる未来を幻視して――奴は突然、上昇した。
瞬間、奴がいた場所を赤熱する砲弾が通過する。
俺はハッとして遠くを見た。
すると、遠方から砲撃をしてくれたタンクがいた。
その機体は紛れも無くショーコさんの機体で、俺は彼女に感謝しながら残りの力を振り絞って加速した。
残り3秒、2秒、1秒――0ッ!。
システムが全て停止して、機体が下降していく。
そうして、地面へと機体を擦りつけた。
ガリガリと地面を削る音。そして、体が激しく揺さぶられて俺の血が飛び散る。
ガンガンと頭をシートに打ち付けて、俺はぐったりと頭を垂らした。
朦朧とする意識の中で、ゆっくりとベルトを外す。
すると、体が下へと落ちる。
ガンと音を立てて、コックピッド内に転がった。
俺は何とか手をついて体勢を戻して、暗闇の中で緊急離脱用のレバーを探した。
手探りで探して――あった。
硬く重いレバーをなけなしの力で開ける。
すると、ハッチがはじけ飛ぶ。
光が差し込んできて俺は目を細めた。
そうして、ゆらゆらと外へと出れば、激しい銃撃戦の音が響いていた。
地面が大きく揺れながら、すぐ近くで仲間が戦っている。
俺は助けに来てくれた仲間に感謝しながら、ジェミニに付けられた自爆装置を作動させる為に動く。
外装につけられたパネルを開いてコードを入力した。
そうして、30秒後に起爆する様に設定すれば、遅れて車に乗った仲間が俺を迎えに来てくれた。
「マサムネさんッ!! 乗ってくださいッ!!」
「あぁ」
頭を片手で押さえながら、俺はジェミニから離れた。
そうして車へと乗り込んで、急いでその場を離れる。
車が進んでいけば、後ろから爆発音が聞こえた。
俺はその音を聞いて、自分の任務が果たされたのだと実感した。
「イサビリ中尉……無事に、帰ってきてくださ、い……」
仲間の声が聞こえる。
自分の名前を言う仲間の声を聞きながら、俺は闇の中へ意識を急速に沈めていった。




