第28話「魔王の友達」
初日の実習が終わり、宿に戻った俺は夕食をすませ、温泉に入り、今は飲み物を買うために宿屋の売店にいた。
「そういえば、アーリアとクリスが部屋に来るって言ってたし、お菓子も買っておくか……」
「それなら、この激辛クラゲクッキーというのはどうかしら?」
隣を振り向くと、怪しいクラゲの絵が描かれた箱を持ったマリリア先生がいた。
「マリリア先生も売店で買い物ですか?」
「ちょっとお酒のつまみを探しにね……あっ、お酒の事は他の先生には秘密ね♪」
「仕方ないですね」
前にサラサと戦った時に、怪我を治してもらったみたいだし、他の教師には黙っておいてあげよう。
「ありがと、お礼にこのお菓子を買ってあげるわね」
「結構です、元の場所に戻してください」
俺がそう言うと、マリリア先生は残念そうにお菓子の箱を元の場所に戻した。
「そうだ、せっかく会ったんだし、少し話に付き合ってもらってもいいかしら?」
「少しくらいなら、いいですけど」
アーリアに関しての話かもしれないし、聞いておいた方がいいだろう。
「それじゃあ私の部屋に……って生徒を部屋に入れるのは、さすがに問題だし、外に出ましょうか」
俺は、マリリア先生に連れられ宿屋を出ると、近くの公園に移動する。
この公園は、昼間は子供達が遊んでいるのだが、さすがに夜は誰もいないようだ。
「ここなら、誰も来ないし問題ないでしょう」
「人に聞かれたらまずい話なんですか?」
「そういう訳じゃ無いんだけど、念のためね……」
マリリア先生は、何かを警戒しているように見えた。
まさかアーリアを狙っている連中が、この街に来ているとか?
「それより、最近アーリアとは仲良くしてるみたいね」
「まあ、パートナーですから」
さっきも海で一緒に遊んでいたし、仲はいい方だと思う。
「本当にそれだけかしら?」
「何がですか?」
マリリア先生が何を言いたいのか、わからない。
「私、見たのよね……二人が水着を着て海で楽しそうに遊んでいるところを、あれはもう完全に恋人同士だったわね」
「こ、恋人って!?」
あの時は、恋人のふりをしていたけど、アーリアと一緒に遊んでいただけで、特別な事は何もしていないはずだ。
「あっ、顔が赤くなった!!中身はオークだけど、見た目はスタイル抜群の美少女だもんね、健全な青少年なら惚れちゃうのも仕方ないわ」
「からかわないでください」
確かにアーリアの見た目は俺の好みの美少女だが、それだけで好きになったりはしない。
まあ、好き嫌いかでいったら、アーリアの事は好きだけど……それは恋愛的な意味ではない。
「私としては、君がアーリアと仲良くしてくれるのは大歓迎なんだけどね……でも、ソフィー・ユリーシと仲良くするのは、あまり歓迎できないわね」
ソフィーの名前を口にした途端、マリリア先生の声のトーンが急に下がった。
そういえば行方不明事件の時、マリリア先生は俺にソフィーと関わらない方がいいと忠告してきた。
あの時は、ソフィーが魔族と繋がりがあり、アーリアを狙っている可能性があると疑っていたけど……。
「まだソフィーの事を疑っているんですか?あれからしばらく経ちますけど、ソフィーはアーリアを狙ってなんかいないと思いますよ」
むしろソフィーは、アーリアの事を気にしてすらいないように感じる。
「そうだとしても、やっぱり彼女は危険よ……調べてみたんだけど、彼女はマリネイル王国の海神教団から追われて、聖王国の学院に来たらしいの」
海神教団といえば、マリネイル王国を代表する教団だ。
聖王国で言えば、女神教団と同じような存在で、女神ではなく海神を崇拝している。
「なんで、海神教団がソフィーを……」
聖王国に逃げれば、確かに海神教団が追ってくることはない。
それぞれの国の教団関係者は、よほどの理由が無い限り、他国に入国できないのだ。
別に法律で決まっている訳ではないが、教団同士の暗黙のルールみたいなものらしい。
おそらく教団同士による争いを起こさせないためだろう。
まあそれはいいとして、問題なのは海神教団がソフィーを狙う理由だ。
「海神教団の連中が言うには、彼女は魔王の……」
「教師が生徒の個人情報を勝手に話すのは、関心せんな」
マリリア先生の話を遮るように、声が聞こえてくる。
後ろを振り返ると、そこには綺麗な金色のツインテールをした小柄な美少女……ソフィーが立っていた。
「ソフィー・ユリーシ……」
マリリア先生は、ソフィーの事を無表情で見つめていた。
その目は、なんだかとても冷たい感じがする。
「貴様が何を考えているのか知らんが、その男を利用するというのなら、容赦はせんぞ」
「なんのことかしら?私は彼が間違った道に進まないように忠告していただけよ」
「くっくっく……間違った道ではなく、貴様にとって都合の悪い道であろう」
「私は、彼に正しい道に進んで欲しいだけよ……あなたのような邪悪な存在には、わからないでしょうけどね」
「やるというのなら相手をしてやるぞ?」
「いいけど、今のあなたに私の相手が務まるかしら?」
なんだか今にも、殴り合いの喧嘩が始まりそうな雰囲気だ。
周りには他に誰もいないし、ここは俺が止めるしかない。
「とりあえず二人とも、落ち着いて……」
「なら、ソフィー・ユリーシと関わるのをやめてもらえないかしら?」
マリリア先生は、どうしてそんなにソフィーを敵視するのだろうか?
ちょっと変わってる所はあるけど、ソフィーはそんな危険な人物には思えない。
「それはできません」
「彼女が魔王の転生した生まれ変わりだとしても?」
マリリア先生が、そんな突拍子もない事を言い出す。
魔王……100年前に戦争を起こした張本人で、かつて魔国アビスフレイムを治めていた王だ。
歴史では、姫騎士マリヴェール達によって倒されたと言われているが……。
「えっと、何を言ってるんですか?」
転生する魔法の話は、俺も聞いたことがある。
生を冒涜する禁忌の魔法と言われ、発動に失敗すれば魂が消滅する危険な魔法らしい。
ちなみに現在使える者は存在せず、その術式も不明だ。
そんな魔法をソフィーが使えるわけがない。
「海神教団から『賢者の巨塔』に送られてきた情報よ、なんでも生まれ育った街で、魔王しか使う事のできない禁忌の魔法を使ったらしいわ」
禁忌の魔法の使用禁止を定めた『賢者の巨塔』なら、その情報が海神教団から送られてきてもおかしくはない。
そして『賢者の巨塔』の人間であるマリリア先生なら、その情報を手に入れるのも容易だろう。
「この情報間違ってないわよね?」
「……」
マリリア先生の問いに、ソフィーは否定も肯定もせず無言のままだった。
「否定しないのね……君はどう思うかしら?」
普通に考えたら、ソフィーが魔王の生まれ変わりだなんてありえない。
だけど、ソフィーは飛行魔法や転移魔法などの古代魔法を使えるだけでなく、不完全とはいえ秘薬のレシピまで知っていた。
ソフィーが魔王の転生した生まれ変わりだというなら、それらの事にも説明がつく。
「ソフィーは……魔王の生まれ変わりなのかもしれません」
それが俺の出した結論だ。
いくらでも否定できる要素はある、でも無言のソフィーを見ていて、きっと本当の事なんだと感じた。
「だったら、どうするべきかわかるでしょ?」
「答えは変わりません、俺はソフィーと関わるのをやめるつもりはないです」
俺がそう答えると、マリリア先生は信じられないという顔をした。
「どうしてよ!?彼女は、100年前に戦争を起こして、この大陸を滅茶苦茶にした張本人なのよ!!」
歴史では、魔王のせいで何十万もの命が奪われたと言われている。
本に乗っている物語の中でも、魔王はいつも悪役で冷酷非道の殺戮を愉しむ外道だ。
だけどソフィーは……。
「俺の知ってるソフィーは、ちょっと変で傲慢な所もあるけど、義理堅くて友達想いな女の子です……例え魔王の生まれ変わりだとしても、俺は今ここにいるソフィーを信じます」
ソフィーが何者だったとしても、俺は自分が見て、感じたモノを信じる。
「それが、君の答えなのね……」
「はい、マリリア先生が何を言おうと、この気持ちは変わりません」
本当なら、もっと情報を集めてから判断するべきなのかもしれない。
だけど、今はこの気持ちを優先したい。
「わかったわ、せいぜい後悔しないことね」
それだけ言うと、マリリア先生は公園を出て行った。
そして、俺とソフィーだけがその場に残される。
「シンク・ストレイア……貴様は何を考えている?」
さっきまで無言だったソフィーが、そんな事を聞いてくる。
「何って……俺はただ自分の思った事を言っただけだ」
「あの女が言っていた事は本当だ、オレ様は……」
「どっちでもいいよ、俺は今ここにいるソフィーと一緒にいたいと思ったんだ」
魔王かどうかなんて関係無い、俺はソフィーの事が気に入ってるんだ。
だから、マリリア先生の指示には従えなかった……きっとそうなんだと思う。
「貴様は、魔王であるオレ様と一緒にいたいというのか?」
「詳しい事は正直わからないけど、そんなものは関係無しに、俺はソフィーと友達でいたいんだ」
魔王に関して俺が知っている事は、昔話や歴史の本に書いてあった事だけだ。
実際の魔王がどうだったかなんて、わからない。
だったら、本に書いてあった事よりも、目の前にいるソフィーを信じたい。
「なるほど、友達か……くっくっく」
なぜかソフィーが、急に笑い出した。
きっと俺のセリフがクサかったのだろう……なんだか恥ずかしくなってきた。
「ならば、貴様の事を友と認めよう」
それって、今まで友達だと思われてなかったってことか……。
ちょっと悲しいけど、でも、これでやっと友達になれたってことだ。
「これから貴様の事は、シンクと呼ばせてもらうぞ」
「ああ、別にいいけど……」
フルネームで呼ばれると長いし、そっちの方がいい。
「シンク、気になることがあるのなら聞いても構わんのだぞ?」
「いや、別にいいよ……話したくなったら話してくれれば」
今は、ソフィーが俺の事を友達だと言ってくれただけで満足だ。
詳しい事は、もっと仲良くなって、ソフィーが自分から話してくれるのを待てばいい。
「それより、これから俺の部屋に来ないか?」
アーリアとクリスも来るし、ソフィーを呼んでも問題ないだろう。
「なっ……いきなり自分の部屋にオレ様を連れ込む気か!?」
どうやら、ソフィーは変な誤解をしているようだ。
「あのなぁ、アーリアとクリスもいるんだぞ」
「三人同時だと!?」
さらに誤解が深まり、ソフィーが驚きの声を上げる。
「やはりカリンの言っていたとおり、シンクはハーレムを目指しているのか……」
「いや、目指してないから!!」
カリンの奴、ソフィーにいったい何を話しているんだ……。
「安心しろ、オレ様も生前は男だったのだ、ハーレム願望というのは理解できる」
そういえば、魔王って男だったっけ……。
目の前のかわいらしいソフィーを見ていると、そんな事は忘れてしまいそうになる。
「魔王であるオレ様をハーレムに加えようという大胆さ……さすがはオレ様が友として認めた男だ」
勘違いなのに、なぜか関心されてしまった……。
これは早く誤解を解いた方がよさそうだ。
「だが、そう簡単にいくと思わぬ事だ、そもそも魔王であるオレ様が人間の男に心が動かされるなど……」
「だから俺は、ハーレムなんて……うわっ!?」
ソフィーに近づこうとした瞬間、足元の石につまづいて転んでしまう。
夜のせいで、足元が暗くて気づかなかったようだ。
「なっ!?」
転んだ拍子にソフィーを巻き込み、草むらに押し倒してしまう。
「ごめん、大丈夫か?」
起き上がると、手の平に小さくて柔らかい感触があった。
とりあえず、気になったので揉んでみる。
もみもみ……なんだろう、とても幸せな気持ちになってくる。
「なっ、ななななななななにを!?」
すると、ソフィーが今まで見せたことがないくらい真っ赤な顔になっていた。
もしかしなくても、この柔らかい感触は……。
「ど、どこを触っている!?」
視線を向けると、思ったとおり俺の手は、ソフィーの小さな胸を掴んでいた。
「わ、悪い!?あんまり気持ちよくて……じゃなくて、わざとじゃないんだ!!」
わざとじゃないが、殴られるくらいは覚悟した方がいいかもしれない。
だが、ソフィーから何かをしてくる気配は何も感じなかった。
「まさか、このような強行手段に出るとはな……い、いったい、これからどうするつもりだ?」
ソフィーは頬を赤く染めながらも、俺の目をしっかりと見てくる。
その目は、どこか強がっているように見えた。
元は魔王だったとしても、今のソフィーは女の子なんだ……。
ただでさえ背が低くて小柄なのに、自分よりも大きな男に押し倒されたら恐怖を感じても仕方ない。
「何もしないよ、本当にごめんな」
俺は起き上がると、ソフィーに向かって手を差し伸べる。
「ふん、構わん……油断したオレ様にも責任はある」
そう言いながら、ソフィーは俺の手を掴んで立ち上がった。
倒れた場所が草むらだったせいか、怪我はしていないように見える。
「いや、ソフィーは悪くないだろ、どう考えても俺が悪い」
わざとじゃないとはいえ、押し倒して胸まで揉んだのだ、悪くないわけがない。
「ならば、ルクアーヌにいる間にカリンと会ってやれ、もちろん時間のある時で構わん」
そういえば、あの夜にカリンに告白されてから、ちゃんと会っていない気がする。
カリンの事だから、もっと強引にアピールしてくるかと思っていたのだが……。
「わかった、今日はもう遅いし、明日実習が終わったら、夜にでも会ってみるよ」
「カリンの部屋番号は『309』だ、オレ様も同じ部屋だから憶えておくがいい」
最初の番号が3ということは、ソフィーとカリンの部屋は宿屋の三階にあるようだ。
忘れないように、ちゃんと憶えておこう。
「他にも困った事があれば、オレ様に会いに来るがいい」
「だったら、ソフィーも何か困った事があったら俺を頼ってくれ……あっ、俺の部屋番号は『206』な」
錬金術の事なら、俺だってソフィーの力になれるはずだ。
「憶えておこう……それでは、オレ様は宿に戻る」
「じゃあ、俺も一緒に戻るよ」
その後、宿の自分の部屋に戻ると、アーリア達が既に来ており、帰ってくるのが遅いと怒られた。




