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第21話「シオンが相談したいこと」(挿し絵あり)

 アーリアさんに魔法を教え始めて、一週間が経った。

 本人にやる気はあるのだが、どうも魔法の仕組みを理解するのが苦手なようだ。

 才能は確実にあるので、仕組みさえ理解すれば下級魔法くらいならすぐに使えるようになるはずだ。


 わたくしがアーリアさんに魔法を教えている間、シンク様には別の方と冒険者ギルドの依頼を受けてもらっている。

 今はカティアさんとミントさんに手伝ってもらっているが、そろそろ他の人とパーティーを組んでもらってもいいかもしれない。

 様々な組み合わせのパーティーを組むことで、シンク様もより臨機応変に戦えるようになるはずだ。


 わたくしが教団を追放された事で、別の教団の使者がシンク様達に接触してくるかもしれない。

 シンク様が邪魔だと判断すれば、きっと武力行使で排除しようとするだろう……。

 それまでにシンク様達には、できるだけ強くなってもらいたいのだ。


 それなのに、シンク様と一緒の時間を過ごしたいと思っている自分がいる。

 最近、シンク様とあまり話せていないからかもしれない。

 特訓が別々という事もあるが、最近シンク様は特訓が終わるとすぐに錬金工房に行ってしまい、帰ってくるのも深夜なため、寮でもあまり話す機会が無いのだ。

 錬金術の知識があればお手伝いできるのだが、わたくしには知識も才能もないため、それもできない。


 シンク様と話したい、そばにいたい……そんな気持ちが日に日に強くなっていく。

 何かきっかけがあれば、シンク様とも話せるはず……。

 だから『あの事』を相談してみることにした。

 少し恥ずかしいが、シンク様ならきっと相談に乗ってくれるはずだ。





 その日の夜、わたくしはシンク様の部屋の前で、ずっと帰りを待っていた。


「シオンさん、そんな所で何やってんの?」


 隣の部屋の扉から出てきたカティアさんが話しかけてきた。


「シンク様を待っているんです」

「でもシンク君って最近帰ってくるの遅いじゃん、自分の部屋で待ってた方が良くない?部屋で待ってれば帰って来た時、足音で気づくっしょ」


 確かにそうかもしれない、だけど夜遅いのを気にしてシンク様が静かに帰ってきた場合、気づかない可能性もある。

 それに今は少しでも早くシンク様に会いたいのだ。


「いえ、ここで待ちます」

「そんなに大事な話なの?」


 わたくしは何も答えず目を閉じる。


「はぁ……まあいいけどね」


 するとカティアさんは、呆れた様子でため息をつき、寮の階段を下りてどこかに行ってしまった。

 自分でも頭のいい方法で無いのは、わかっている。

 ここで待つよりも直接工房に会いに行けばいいのだが、もし邪魔をしてシンク様に嫌われてしまったらと思うと怖くてできないのだ。


「シンク様……」


 それから少しして、カティアさんが戻ってきた。


「どこに行ってたんですか?」

「ちょっと男の子に会いにね♪」


 そう言って、カティアさんはにやりと笑った。

 男子の部屋にでも行っていたのだろうか?


「らんこーぱーてぃーですか?」

「あんた巫女だったくせに、どこでそんな言葉憶えてきたのよ……っていうかなんでアタシがそんなことするのよ!?」

「カティアさんは、『びっち』だと前に他の生徒が言っていたので」


 『びっち』は男性と『らんこーぱーてぃー』というのをすると前に聞いたことがある。


「ビッチって……アタシはまだ処女よ!!」


 どうやらカティアさんは『びっち』というモノでは無かったようだ。


「それはすみません……どうやらわたくしが間違っていたようです、カティアさんは『びっち』ではなく『処女』と憶えておきます」

「その憶え方もどうなのよ……っていうか考えてみたら、男だから処女じゃないし!!」

「では童貞ですね」


 わたくしがそう言うと、カティアさんはショックを受けた顔になる。


「処女から童貞になっただけで、なんだかすごく残念になった気がする」


 童貞というのは、そんなに気にするようなことなのだろうか?


「わたくしも童貞ですから、元気を出してください」

「あ、うん、ありがと……今日はもう休むわ、おやすみー」


 カティアさんは、落ち込んだ様子で自分の部屋に戻っていった。

 もしかしたら、余計な事を言ってしまったのかもしれない。

 今度、童貞のいい所を調べて教えてあげよう。


 そんな事を考えていると、シンク様が廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。

 いつも帰ってくる時間より早い気がする。


「シンク様おかえりなさい、今日は早かったですね」

「ただいま、たまには早く帰れって、錬金術師の友達に言われてな……」

「友達いたんですか?」


 わたくしが知る限り、学院でシンク様と仲がいいのは、アーリアさん、カティアさん、ミントさん、そしてマリネイル王国から来たあの二人くらいだ。

 だとすると錬金術師の友達というのは……。


「と、友達くらいいるし!!ほら、目の前にもいるだろ?」


 シンク様はそう言って、わたくしの方を見る。

 だが後ろを振り返ると、そこには部屋の扉しか無かった。


「まさか幻覚が見えて……」

「いや、違うし!!俺が言ってるのはシオンのことだよ!!」


 一瞬何を言われたのか、よくわからなかった。


「えっ、わたくし……ですか?」

「ああ、俺はそう思ってるんだけど……嫌だったか?」


 わたくしがシンク様の友達……。

 そう思ったら、なんだか胸が温かくなって嬉しくなってきた。


「全然嫌じゃないです、嬉しいです!!」


 つい嬉しくなって、シンク様の手を両手で掴んでしまう。


「シンク様に友達だって言ってもらえて、わたくしは幸せ者です……」

「そ、そうか……そんなに喜ばれると俺もなんか照れるな」


 シンク様の頬は微妙に赤くなっていた。


「えっと、恥ずかしいから手を離してもらってもいいか?」

「す、すみません!!」


 わたくしは、掴んでいたシンク様の手を離す。


「それで、俺に何か用だったのか?」

「は、はい、実は相談がありまして……」

「相談?」

「その……お部屋で話しても構いませんか?」


 廊下で話して誰かに聞かれると、恥ずかしい。


「それじゃあ部屋に入ってくれ」


 シンク様が部屋の鍵を開けて、扉を開く。


「はい、お邪魔します」


 シンク様の部屋の中に入ると、床のあちこちに本が積まれていた。

 表紙を見ると、呪いや回復薬に関する本が多いようだ。

 おそらく、最近錬金工房でしている事と関係があるのだろう。


「散らかってて悪いな、今片付ける」


 シンク様はそう言って、床の本を片付け始める。


「いえ、気にしないでください」

「そうか、それじゃあベットにでも座ってくれ」


 わたくしがベットに腰を下ろすと、その隣にシンク様が座る。

 なぜかわからないが、胸がドキドキしてきた。


「それで相談って何だ?」

「そ、その……男になってから下半身の下着がキツイんです」

「あー、なるほど……」


 シンク様はそれだけで理解してくれたようだ。


「それじゃあ男性の下着をはいてみたらどうだ?」

「ですが、男性の下着なんて持っていません」


 自分の部屋にあるのは、すべて女性物の下着だ。


「まあ普通、女の子が持ってないよな……それじゃあ、やっぱり買うしかないんじゃないか?」

「それではシンク様も一緒に付いて来てもらえませんか?男性の下着はよくわからないもので……」


 男性のシンク様なら、きっと男性の下着にも詳しいはずだ。


「う、うーん……」


 シンク様は、複雑そうな顔で悩み始めた。


「やっぱりダメですか?それならシンク様の下着を借りるのは……」

「それはもっとダメだから!!」


 断られてしまった……しょんぼり。


「……わかった、一緒に行くよ」

「本当ですか?」

「ああ、学院も休みだしちょうどいいだろ」

「ありがとうございます!!」


 シンク様と一緒にお出掛けなんて……考えただけで幸せだ。


「午後からは特訓があるし、午前中に街の服屋にでも行ってみるか」

「そうですね、その方がいいでしょう」


 午後からは、わたくしもアーリアさんに魔法を教える予定なので、行くとしたら特訓が終わった後よりも、午前の時間帯の方が余裕がある。


「それじゃあ、朝食を食べてからだから……9時に寮の玄関前で待ち合わせな」

「はい、わかりました」


 それから少し話をして、シンク様と別れ、わたくしは自分の部屋に戻った。

 明日が楽しみすぎて、その日はベットに入っても中々眠る事ができなかった。





 次の日、食堂で朝食を食べ終わると、すぐに部屋に戻って出かける準備を始める。

 シャワーを浴びて、念入りに体を洗っておく。

 服はどうしようかと悩んだが、午後から学院に行くことを考えて、制服にしておいた。

 鏡の前に立ち、髪にブラシをかけて、何度も自分の姿を確認する。


 準備に時間はかかったが、待ち合わせの15分前に寮の玄関まで移動して、シンク様を待つことにする。

 なんとなくそわそわしていると、5分後に制服を着たシンク様がやってきた。


「おはようシオン、なんか今日はいつもより綺麗だな」

「お、おはようございます!!シンク様の友人として、恥ずかしくない格好をしたかったので……」


 シンク様に綺麗と言われて、頬が熱くなるのを感じる。


「それじゃあ行くか」

「はい!!」


 わたくしは、シンク様の横に並んで一緒に歩く。

 シンク様の隣を歩いている……それだけでなんだか幸せな気持ちになってくる。


「洋服屋って西通りにあったよな?」

「入ったことはありませんけど、そのはずです」


 今まで教団の巫女だったわたくしの衣服は、信者が用意してくれていたため、自分で買うようなことはほとんど無かった。


「まあ俺も服なんてあんまり買わないしな……学院に入ってからは、ずっと制服着てる気がするよ」

「そう考えると制服って便利ですね……そういえばわたくしは女子の制服を着てますけど、男子の制服を着なくていいんでしょうか?」


 わたくしとカティアさんは、男になった今も女子の制服を着ている。


「いいんじゃないか、そっちの方が似合ってるし、かわいいだろ」

「か、かわいいですか……」


 たぶん制服の事を言っているのだろうが、嬉しくなってしまう自分がいる。


「まあ学院側が何も言ってこないなら、このままでいいだろう」

「そうですね」


 そんな何気ない会話をしながら、わたくし達は街の西通りにある洋服屋へと向かう。

 街に着いて西通りを歩いていると、洋服の絵が描かれた看板がある店を見つける。


「ここがそうみたいですね」

「じゃあ入ってみるか」


 店の中に入ると、子供服から紳士服、運動服、メイド服、バニースーツなど様々な種類の服が売られていた。


「なんで、バニースーツまで売ってるんだ、この店は……」


 よく見ると、アクセサリーや小物等も売られているようだ。


「こういう物も売ってるんですね」


 その中にあった花の形をした髪飾りに目を惹かれ、思わず手に取ってしまう。


「何か気になる物でもあったのか?」


 シンク様が近づいてきたので、持っていた髪飾りを元の場所に戻す。


「いえ……まずは下着売り場を探しましょう」


 今はこんな物に気を取られてる場合ではない。

 男性の下着売り場に移動すると、ブリーフ、ボクサー、トランクスの三種類の下着が置いてあった。


「どの下着がいいんでしょうか?」

「ブリーフは俺達の年齢ではいてる男子はあんまりいないし、買うならボクサーかトランクスがいいんじゃないか?」

「なるほど……」


 わたくしは、ボクサーとトランクスの下着を触って生地を確かめる。


「密着するのがいいならボクサーだし、開放感を求めるならトランクスだな」

「うーん、シンク様はどっちをはいてるんですか?」


 悩んだので、シンク様と同じ物にしようと聞いてみる。


「こういうのは人に見せる物じゃないし、自分がいいと思った物を選んだほうがいいぞ」


 どうやら教えてくれるつもりはないようだ。


「俺は、ちょっと見たい物があるから、後は自分で決めてくれ」

「あっ、シンク様……」


 シンク様は、わたくしを残してどこかに行ってしまった。

 なんだかちょっと寂しい……。

 とりあえず、今はどの下着を買うか決めてしまおう。


「うーん、それなら……」


 しばらく悩んだ結果、両方買ってみる事にした。

 レジに下着を持っていくと、店員はわたくしを見て、なぜか不思議そうな顔をしていたが、特に問題無く買うことができた。


「これでいいですね、後はシンク様を探して……」

「ちゃんと買えたみたいだな」


 後ろを振り返ると、シンク様が立っていた。

 手には小さな紙袋を持っている。


「シンク様も何かを買ったんですか?」

「ああ、これやるよ」


 そう言って、シンク様は紙袋を渡してくる。


「いったい何を……」


 袋を開けると、そこには花の形をした髪飾りが入っていた。

 それは、わたくしが店に来た時に手に取った髪飾りと同じ物だった。


「シオンには、いつも世話になってるから俺からプレゼントだ……って言っても、たいした物じゃないけどな」


 シンク様はそう言って、照れたように微笑んだ。


「いえ……今まで貰ったどんな物よりも嬉しいです」


 わたくしは、シンク様から頂いた髪飾りを両手で優しく包み込む。

 これは、大切な人から貰った初めての贈り物だ……。


「厳重に保管して一生大切にします!!」


 後で金庫を買って、盗まれないようにしないと……。


「いや、できれば着けて欲しいんだけど……シオンに似合うと思うんだ」

「わ、わかりました」


 わたくしは、シンク様から頂いた髪飾りを付けてみる。


「ど、どうでしょうか?」


挿絵(By みてみん)


「うん、凄く似合ってる……ほら、そこの鏡で見てみろよ」


 シンク様に言われて、店に置いてあった鏡を覗き込むと、そこには当然のように髪飾りをつけた自分の姿が映っていた。

 だけど、その表情は笑っていた。

 それは、以前の人形のような壊れた笑顔じゃない……心から嬉しいと思って、自然に出てきた笑顔だ。

 わたくしは、こうやってちゃんと笑えるんだ……そう思ったら、嬉しいのに涙が出てきた。


「シ、シオン大丈夫か?」


 シンク様が心配そうに声をかけてくる。

 わたくしは、溢れる涙を手で拭い、シンク様の顔を見る。

 そして……。


「シンク様、本当にありがとうございます」


 今できる精一杯の笑顔で感謝を伝えた。


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