罠
――午前三時。
静かな廊下に、ヒタヒタという足音だけが響いている。
「大丈夫です、弘恵さん。……犯人、明日には分かりますよ」
昨夜の意味深な彼女の発言、それによって私は新たなる殺人を行おうとしていた。
「だって……、もしバレてしまったら」
円佳が可哀想だ。
犯罪者の娘と罵られ、世間に知れ渡る。そんな事になったら円佳はなんと哀れなのだろうか。
――だから絶対に、犯人が私だと知れてはならない。もし彼女が知ってしまったなら、殺すしかないのだ。
私は彼女――堀礼沙の部屋の前に立ち、合鍵を刺して回した。
ドアがギィっと音を立てて開き、私は中へと足を踏み入れる。
真っ暗な部屋。一寸先すら見えない程だ。
後手でドアを閉め、私は部屋の電気のスイッチを押した。
一気にパッと視界が明るくなる。
白で統一された部屋の奥、ベッドの上に礼沙はいた。
もうすぐ殺されるとも知らず、寝息を立ててすやすやと眠っている。
私は足音を忍ばせて、ベッドへと近付いて行く。
今、私が手にしているのは、談話室から持ち出した、円佳のスキー大会のトロフィーである。
娘には本当に悪いと思うが、談話室に置いてあり誰でも持ち出し可能だった為、犯人が分かりづらくなると思い、これを凶器として選ばせて貰った。
――これで確実に、そして楽に、彼女を殺してやるのだ。
私はベッドの目の前までやって来た。
彼女の安らかな寝顔を見て、私は一瞬躊躇した。
――本当に、彼女を殺してしまっても良いのだろうか、と。
今まで私が殺した三人と比べ、眠る少女に罪はないのである。
あるとすれば、一つだけ。
詮索した罪、だ。
この少女へ裁きを下せば、事件は、誰にも真相を知られぬままに終わる筈だ。
それで、良いのだ。
私は色々な邪念を振り払い、重たいトロフィーを頭上に持ち上げた。
最後に、礼沙をそっと見下ろして、私は呟く。
「あなたの事、嫌いじゃなかったわ。……ごめんね。せめて天国へ行って」
そしてトロフィーを礼沙の頭部へ叩き付ける――、その、直前だった。
突然、何かが突進して来て、私の体が横倒しにされたのは。
「――!?」
何が起きたのか分からず、トロフィーを取り落とした私は、床に横たわったままで目を白黒させるしかない。
そして直後、突進して来た者の正体を見て、私は唖然となった。
西洋風のメイド服に、長い髪を後で一つに纏めた年若い娘。――それは、下女の磯道みずきであったのだ。
「……どうして」
理解できない。
何故、みずきが私を突き飛ばすのか。何故、みずきがここにいるのか。何故、何故、何故――。
無理解に被りを振り、喘ぐ。
そんな私へ、眠っていた筈の少女がゆっくりと身を起こし、笑顔で言ったのだった。
「言ったでしょう。犯人は明日になれば分かるって。本当に、飛んで火に入る夏の虫とはこの事です。……弘恵さん。あなたの負けですよ」
この時、私は全てを悟った。
――私は、まんまと罠に嵌まってしまったのだ、と。




