二人目の容疑者
翌朝、死体となった部坂輝実が発見されたのは、午前七時頃の事だった。
珍しく早起きしたみずきが円佳に頼まれて珍しくみんなを起こしに行き、例によって呼び掛けても答えのない輝実の部屋のドアを蹴破って見つけたらしい。
彼女には似合わぬ可愛らしい悲鳴で目覚めた私達は、輝実の部屋へと飛び込んでその死体を目にする事となった。
一言で言えば、輝実は哀れに死んでいた。
時に作り笑いをし、時に泣き真似をし、時に残酷な笑みを浮かべていた彼女の顔は恐怖に引き歪んでおり、目はぱっちりと見開かれている。
口からは既に乾いてしまっている赤黒い血の跡が垂れていた。
彼女の死因は喉にカッターナイフを突き刺した事。見ればそれは数ヶ月前、「誕生日に買って貰ったんですよ。可愛いでしょう?」と輝実が自慢していた彼女自身の品だった。
「自殺という事も考えられるわね……」
ひとまずの混乱が落ち着いた後、ダイニングで朝食を食べながら私は小さく呟いた。
輝実の部屋は、やはり密室。純銀製の鍵は彼女の手に握られていたし、ドア以外の所からも入る余地なし、だ。
そして凶器を考えてみれば、どうしても自殺という考えに辿り着く。だが。
「菜歩は自殺じゃないと思うな。だって、輝実ってなんかそんなキャラじゃないっていうか。他殺だよ、きっと」
と、珍しく思案顔の菜歩によって、すぐに否定された。
確かに、表向きか弱い乙女を装いながら生き意地汚い輝実が、自殺などする訳がないと思い、私も菜歩に頷かざるを得ない。
「じゃあ他殺だとしたら、誰が……」
容疑者は四人。
円佳、弘恵未亡人、千博、それに考えにくいが菜歩。無論、昨夜確かめた通りみずきは論外だし、私も殺していない。
彼女らの中に、必ず犯人はいるに違いないのだ。
しかし誰なのか、全然何の手がかりも掴めていない。きっと、密室の謎が解ければ何か大きく進展すると思うのだが、そう易々と事が進む筈もないし……。
「何故難しい顔をしていらっしゃるの?」
「いえ、何でもありません。ただ、少し輝実の死に困惑してて」
弘恵未亡人の問い掛けに、私はそう言って誤魔化した。
「そうよね。……ごめんなさいね、傷付けたかしら」
「いえ、お気になさらずに」
本当を言えば、輝実の事はなんとも思っていない。彼女の事が好きでなかったとはいえ、少したりとも悲しく思わない私は非情なのだろうか。
そんな事を思いながら、私はふと大窓の外を眺めた。
――外はまだ猛吹雪が吹き荒れていた。
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「早く犯人を突き止めなくちゃ。菜歩はね、千博さんが怪しいと思うんだ」
朝食が終わった後、私とみずきを相変わらず菓子クズが落ちている自室へ呼び出して、菜歩はそう切り出した。
突然彼女が口にした、築城千博容疑者説。
確かにそれは考えられないでもなかった。
一昨日、昨日、そして今朝。一番取り乱していなかったのは、千博だったからだ。今朝など溜息一つ漏らしていただけで、ほとんど無反応と言えた。
「確かに、怪しいというのは分かるわ」
犯人なら、死体に驚かないのも当然。しかし、
「決定的な証拠がない。だから、彼女を犯人、いえ、容疑者と断定するのにはまだ早急だわ。それに、千博さんは髪の毛が短い」
死体に驚く驚かないの話で言えば、私もさして驚きはなかった。
それだけの要素で容疑者と決め付ける訳にはいかないのだ。
そもそも千博はどうやって凶器を手に入れたというのか。まさか殺害現場でではあるまい。否、そういう可能性もあるではないか。
「じゃー、どうするんですかー? 早く犯人ぶちのめさないと、全員殺されちまいますよー? 髪の毛なんて、犯人の物じゃないかも知れませんしー? あたくしめ、片っ端から総当たりしていきゃ良いんじゃないかなー、って思いまーす!」
みずきの提案に、だが私は首を振る。
それは、簡単に受け入れられるものでもないであろうからだ。
二日前も菜歩に言った通り、探偵団の存在があまり広くに知られてしまうと、自分が犯人だと知られそうになった殺人鬼が、私や菜歩を殺さないとも限らない。
ではどうすれば――。
考え悩む私へ、床にあぐらをかいたままグンとこちらへ身を乗り出して来た菜歩がこう持ち掛けた。
「じゃあこうしようよ。日中、千博さんの部屋には大抵鍵が掛かってない。タイミングを見計らってこっそり入れば良いんだよ」




