第56話:【完結】9日目にいたるまで 5【ラストストーリー】
8日目は、楽しい朝だった。
何もかものしがらみが消えた気分だからだろう。
いつもの通り、朝風呂に入り、フィアの朝食を食べ、軽い昼食を食べ終えたら誕生日の準備だ。
とはいっても、アレッタはおめかしのほうになるのだが、いかんせん、体の大きさを迷っていた。
「ネージュ、どうしよ……」
「どうしよって言われてもねぇ……
今日、戸惑うとしたら、シルファぐらいでしょ? 説明すれば?」
「でも嫌われたらやだな」
「そんなことで嫌う子でもないと思うけど」
水色のドレスを選んだアレッタは、ネージュに丁寧に髪を結ってもらう。
さらに薄化粧もされて、いつもとは雰囲気がまるで違う。
どちらかというといつもは、さっぱりした女性だが、化粧もすると、見栄えが全然異なる。
「私じゃないみたいだな」
「確かにね。戦士ではないわね」
そう笑ったとき、チャイムが鳴った。
「さ、お出迎えに行こうか、アリー」
ネージュの手を掴み部屋から出ると、エプロン姿のフィアを止めて、アレッタが玄関へと走っていく。
「はーい」
アレッタが扉を開けるとそこにいたのは、いつになく真っ黒におめかしをした魔女だ。
「まぁ、アレッタちゃん! 今日も美しいわね。そして、誕生日おめでとう」
彼女はそう言うや否や抱きしめる。
「まぁ、あんなに小さかったのに。大きくなっても美しいわ、アレッタちゃん」
魔女がするりと避けた後ろから出てきたのは、シルファだ。
昨日よりも生地のいいワンピースを着て、髪留めにもリボンが付いている。
「……し、シルファ……その」
素早く立ち膝をするが、あまりの唐突なことにアレッタは言葉に詰まってしまう。
「アレッタ、誕生日おめでとう」
シルファが抱きついてきた。
アレッタはその背に手を添えながら、「ありがとう」言葉を返すと、
「シルファ……黙っててごめんなさい…あの時は幼女の姿しかなれなかったんだ……」
そのアレッタの言葉にシルファは笑う。
「天使って大変なのね」
キョトンとしたアレッタを横切り、シルファは魔女とキッチンへ向かっていく。
「ネージュ、シルファは今、天使って言ったよな」
「そうね」
「教えたのか?」
「いいえ」
「フィアか? 魔女か?」
「どちらでもいいじゃない。友達減らなくてよかったわね、アリー」
「………うん」
まだ腑に落ちないアレッタだが、それでも誕生日は楽しまなければならない……!
前菜は生ハムとオリーブやチーズ、木の実など、ここで採れたものがふんだんに出てくる。
もちろん早朝に釣り上げてきたエイビスの魚もムニエルとして登場し、さらにメインディッシュは初日にいただいたチキンのグリルが出てきた。
そこから人参のフラッペ、ポトフ、ローストビーフに、マッシュポテト、セロリのサラダ、マカロニグラタンなどなど、メニューを決めたのはアレッタのはずなのだが、出てくる料理すべてに感動しっぱなしだ。
やはり気が緩むと感情の高ぶりですぐに体が縮んでしまう。
だがかまっていられない。
大きなナフを首に巻きつけ、頬張っていく。
「フィア、どれも美味。美味すぎてもう、体が溶けてしまう」
隣で聞いていたシルファも大きく頷いた。
「私もこんなご飯初めて……」
たくさんのごちそうを囲みながら、宴もたけなわとなった頃────
「今日は僕のアレッタのために集まってくれてありがとう」
エイビスがコクリと頭を下げる。
その言葉に不満なのは、ネージュだ。
大きく舌打ちを打つが、エイビスにとっては痛くも痒くもない。
なぜならもうアレッタの薬指には指輪があるのだから。
「アレッタは無事、僕の妻となりましたので、明日からしばらく新婚旅行に出かけようと思うんだ」
その言葉に全員が声をあげた。
シルファにとってはアレッタが妻になったことに驚きだし、アレッタにとっては旅行に出かけることが驚きなのだ。
彼の唐突な言葉でこの楽しい時間がかき乱されたのは言うまでもない。
どうも半年ぐらいの旅行になるようで、シルファとはしばしのお別れだが、また帰ってくる頃にはきっと美しく成長していることだろう。
「会えなくなるの、寂しい」
泣いてしまったシルファにアレッタも泣きながら、
「帰ってくるがらぁ」
幼女の姿でシルファに抱きついた。
幼い子同士で抱きついている姿も可愛らしいのね。そう言う目線で見ていたのは、間違いなく魔女とネージュだ。
そこでフィアがシルファに赤い鳥の羽を差し出した。
「シルファ、もしアレッタにどうしても会いたくなったらこ、この羽に息を吹きかけてごらん。
アレッタが火の鳥になって、シルファの元まで飛んでいく」
それをフィアはシルファの髪飾りに結わいてやる。
「……うん、わかった……!」
袖で涙を拭うと、シルファはにっこりと微笑んだ。
アレッタも負けじと笑い、
「またね、シルファっ! お土産、買ってくる」
「帰ってきたら、たくさん、おしゃべりしようね!」
そこに、ぬっと現れたのは魔女だ。
「まぁ、ここの屋敷のことは任せておいて。エンも面倒見ておくから安心して。
まぁ、シルファ、黄昏時は魔物が出るかもしれないから、お家まで送ってあげましょう」
「魔女はいい」
「まぁ、魔女だから安全なのよ? ヒトの子は薬にも何にもならないし、殺せば罪になるだけ無駄なもの。手なんか出さないわ」
「じゃ、お願いする」
「まぁ、意外と肝がすわってるね」
魔女の手を握り、ふたりで歩く後ろ姿は、少し異様だが、でも少し、微笑ましかった。
なんとなく始まって、なんとなく終わった楽しい誕生日。
そして、水面下で勝手に進んでいた新婚旅行が始まったのだった。
「───そしたら、エイビス、買い物は次の駅か?」
「そうだな。次の次かな。停車時間が長いところがいい。そこは5時間待つから」
「わかった。買い物って楽しみだなぁ……お金と物を交換するんだろ?」
「よく知ってるね、アレッタ」
ふたりで会話をしていると、個室の扉が開いた。
「ここの売店、めっちゃ品揃え豊富! アリー、このチョコ一緒に食べましょ」
「エイビス、ここのシェフは話がわかる。夕食はメインを魚に変更してくれた」
この騒がしいふたりは、まさしく、ネージュとフィアだ。
エイビスの膝の上にいたアレッタだが、小さいままネージュの隣に移動し、チョコを分けてもらう。
フィアは何やら熱心にメモをしており、アレッタがその様子を覗き込むが、ハエのように追い払われる。
「……なんで、僕とアレッタの新婚旅行に君たちも来るわけ?」
「あたしはアリーと一心同体みたいなもんだし」
「「ねー」」
言い合いながら、動物型に切り抜かれたチョコを頬張り、ふたりで目を輝かせる。
ガナッシュが破壊的に美味い!!!
ふたりで貪るようにチョコを食べる横で、フィアは淡々としている。
「俺はエイビスのフォローです。次の次、一旦下車予定を組んだ場合、どう動くか考えてないですよね、エイビス」
あまりの図星コメントに胸が痛む。
そんなエイビスを見かねたのか、アレッタがチョコを一つエイビスの口元へと運んでいく。
「ほら、エイビス、あーーーん」
口に放り込まれたチョコは苦味があるものの、それでもカカオの香りがちょうどいいチョコだ。
きっとこんな毎日がこれからも続くのだろうとエイビスはチョコを舐めながら思う。
あまりに悔しいので、アレッタを抱き直すと、
「アレッタ、大好きだから、僕から離れないで」
「私もエイビスが大好きだが、海も見たいし、雪も見るぞ!」
すぽんと飛び出たアレッタは、再び窓ガラスに張り付くと、窓を上に持ち上げ開く。
潮風が巻きながら入ってくる。
ごうと唸る風に乗せて、アレッタは叫んだ。
「これからも、私は、生き抜いてやるんだぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
眼前に広がる広大な海に、アレッタは叫び、宣言したのだった。





