第二幕
十月の半ばになったと言うのにこの暑さはどういう訳か? 戸ヶ崎は冷房を全開にしていた部屋から立ち去った。ブリーフィングルームへ向かう為だった。ノートパソコンを抱えたまま、冷たい廊下を歩んで行く。
金澤の預言が有ったらしい。それを聞いて、メサイアは招集を掛けられた。一応はまだ夜勤帯の人間の警戒時間だった。
「戸ヶ崎隊員」
ブリーフィングルーム前で戸ヶ崎は五藤と会った。
「五藤隊員、おはようございます」
戸ヶ崎は挨拶を交わした。五藤も同じく返した。
「金澤隊員が預言をしたって本当ですか?」
「嘘ならば私達が集められる訳無いでしょ」
「そうですね。BAZURAですか?」
「恐らく……」
指紋と網膜認証を澄ませて、五藤がブリーフィングルームの扉を開ける。中では金澤と宮本、本郷が待っていた。
「おはようございます。預言が有ったとは本当ですか?」
戸ヶ崎が問う。本郷がゆっくり頷いた。
「これでまたこちらから先手を打てるわ。チャンスなのよ、戸ヶ崎隊員」
「ΝとΞについては?」
五藤が尋ねる。金澤は頭を縦に振った。現れるという事であろう。
「これも作戦に含めたい」
「副隊長、ΞはΝに任せましょう」
五藤が切り出した。
「五藤隊員、そうする方面で固まっている」
本郷が返した。それを聞き、戸ヶ崎は複雑な思いをした。彼の心の中では、勝沼と長峰を戦わせたく無かったからだ。だがその事を伝えれば、何故彼がそう思うかの根拠を問われる。ブレインブレイカーを使ったからって全てのメサイアに、勝沼の事が伝わっている訳では無い。
戸ヶ崎は、五藤の意見に賛成出来なかった。五藤は戸ヶ崎に、長峰の事は勝沼に任せるように言った。それが出来ないのだ。ただ、勝沼自身がそれを望んでいる心情もΝの行動を見れば分からなくもない。しかし、それでも戸ヶ崎には耐え難い物であった。
「ΝもΞも真っ向からぶつかって勝てる相手とは思えない。それにΞに積極的な破壊活動は見れない。あくまでも、Ξはプレデターを補助する事をメインにしている」
「しかし、全く破壊活動をしない訳でも無いわ、副隊長」
本郷が述べた。
「ΞはΝを挑発する為に、街を破壊する事も有る。奴ともいつかは対峙せねばならない時が来るわ」
そうだ、確かにそうだ。戸ヶ崎は頷いた。
「プレデターを速攻で片付けて、Ξも潰せるだけの作戦を考えないといけませんね」
藤木がキーボードを叩く。それに合わせて、ブリーフィングルームのメインモニターBAZURAのデータが映し出された。
「奴の口から吐く光線は、プロメテウスカノン一発分に相当する威力が有ります。正面からの攻撃は難しいでしょう」
「藤木、情報助かる。これで作戦を立てる」
宮本が腕を組む。
「奴の出現ポイントは分かるか?」
宮本は金澤に聞いた。
「はい、能登の方です」
「良し、では部隊を二手に分ける。クロウ1はBAZURAの攻撃。背後からプロメテウスカノンを撃ち込め。クロウ2、クロウ3は二体の巨人を牽制。場合によっては、戦闘を行って貰う」
「了解」
戸ヶ崎はそう述べた。流石のメサイアでも、もうΝを敵視する事はしないであろう。そんな楽観的な考えを戸ヶ崎は持っていた。
「優先すべきはBAZURAの殲滅である。奴さえ消せれば、後は構わない」
宮本の言葉には鋭さが有った。次こそBAZURAを逃がすなという意味であろう。
「二体の巨人の事は預言出来ないのか?」
五藤が聞く。
「今回彼等とバズラとの間には距離が有るように感じられます」
「距離?」
思わず戸ヶ崎が問う。
「ええ、物理的な物だと思います」
「ならば尚の事助かりますね」
木元がメインモニターを見ながらほくそ笑んだ。
「奴等の邪魔が入らない内に、BAZURAを仕留められればこちらの勝ちです」
「そうね、これはチャンスかもしれないわ」
本郷が呟く。
「BAURA殲滅に重きを置く。少し作戦を変えるわ。クロウ1、クロウ2でBAZURAの攻略を。クロウ3はΝやΞの足留めを頼む事になるわね」
本郷が提案した。戸ヶ崎にとって、それは幸運だった。余計な邪魔が入らずに、ΝとΞの戦いをコントロール出来る可能性が有るからだ。それもかなりの高い確率で。そして同じ事を、五藤も感じているのだった。本郷の粋な計らいという奴かもしれないと二人は考えた。
だが、無論彼等の頭にはBAZURA殲滅の文字は消えなかった。
「では、その作戦で行きましょう」
宮本が頷いた。
「メサイア、出撃!」
「了解」
宮本の喝で、メサイアの隊員達は、イグニヴォマを手にするのだった。
能登半島の根元、石川県羽咋市飯山に土煙が上がった。人々が驚きの声を上げる中、巨大な四つの眼が爛々と輝いていた。BAZURAの双頭である。BAZURAは現われるなり、オレンジ色の光線を口から吐いた。街が一気に焼かれ、煙がもうもうと立ち昇った。
勝沼がその現場に辿り着いた時、BAZURAは全身を現し、北の方角へ進んでいた。
「やるしか無いか……」
逃げ惑う群衆を避けて、古民家の裏へ入った勝沼は、ペンダントを握り締めた。
「変身」
勝沼の身体がエメラルドグリーンの光に輝き、光の粒子へと変換された。
「竜ちゃん、こっちだよ」
彼の身体が完全にΝの身体を構築する前に、その声が聞こえた。長峰の物だった。
勝沼を分解した粒子は、東の方へと流れて行った。
「こちら戸ヶ崎、目標捕捉」
クロウ3のメインパイロットを任された戸ヶ崎はBAZURAと会敵した。
「巨人の姿は見えません」
五藤が続けた。
「こちら宮本だ。お前達はΝとΞに備えて上空で待機、指示を待て」
「了解」
クロウ3は急上昇して、雲海の中へ入った。その時戸ヶ崎は、雲の彼方へエメラルドグリーンの光が走るのを見た。
「戸ヶ崎隊員、今の……」
どうやら五藤も確認したらしい。戸ヶ崎は操縦桿を握ると、機体を東へ向けた。
(勝沼さん、何処へ行くのですか?)
戸ヶ崎の頭にその疑問が湧いた。
BAZURAは、民家を踏み潰し、咆哮を上げた。しかし以外にも、身体の傷は癒えていないようだった。切断された尻尾もそのままである。
「目標を西に誘導、プロメテウスカノンで殲滅する」
宮本の指示が出た。
「了解、ミサイル発射!」
木元と金澤を乗せたクロウ1は、BAZURAの足元に振動ミサイルで攻撃を加えた。しかしBAZURAは怯む事無く、前進を続けていた。
「クロウ2、目標前方へ周り込みます」
藤木が宣言し、一気に加速、BAZURAの眼前に躍り出た。BAZURAの右の首が、オレンジ色の熱線を吐いた。それは、クロウ2の機体下部ぎりぎりを掠めた。
「やってくれるじゃないの」
藤木は、照準を、BAZURAの頭部に合わせた。それを確認して、宮本が振動ミサイルを放った。それはBAZURAの右の顔面を直撃して、大爆発を起こした。BAZURAは悲鳴を上げると、右の首を両腕で抱え込むようにして悶えた。
「今度はもう一つの方を狙え」
宮本が命令する。藤木は機体を予行滑りにして、左の首を狙った。再度ミサイルが放たれ、オレンジ色の閃光がBAZURAの左の頭を覆った。
「私も負けてらんないんだから!」
木元の声がして、再度炎が上がった。
「おかしいですね」
波に乗ったメサイアの中で、藤木だけが冷静だった。
「何が変なんだ?」
「ええ、BAZURAのエネルギー質量が弱まっています」
「我々の攻撃が効いているからではないのか?」
「しかし、この減り方は異常です。僕等の攻撃の前に、既に力は失われている感じがします」
BAZURAは再度、両方の口から光線を放った。だが、それが途切れた。BAZURAの口の中で、光線が弱々しくなり、そして消えたのだ。
「何を意味するんだ?」
「分かりません」
藤木と宮本の会話がメサイアのメンバーの耳に届いた。
「取り敢えず殲滅が先よ。木元隊員、貴方のプロメテウスカノンで仕留めなさい」
δポイントにいる本郷から通信が入った。
「了解です。誘導します」
木元は機体をBAZURAの背後に回した。振動ミサイルがミサイルポッドから放たれ、BAZURAを猛爆した。そして、空になったポッドをパージすると、今度はBAZURAの左の頭にメーザーバルカンを叩き込むのだった。
「ねえ、こういう時に預言って無いの?」
木元が後部座席に座っている金澤に問うた。
「預言はそんな便利な物では有りません」
金澤はそう言うと、意識を集中させるのだった。
BAZURAは、残された一本の尻尾を振り回し、民家を横薙ぎに払った。瓦が舞い、家は倒されて、土煙が上がった。
Νが巨人の姿になったのは雲海を越えた先での事だった。その先に長峰深雪――Ξの姿が有った。
「深雪ちゃん……」
Νはゆっくりと翅を開いて、風に乗った。Ξは何もしないかのように、両手を広げてΝの動きを見た。Νはそれを確認すると段々とΞに接近して行った。
「甘いわね」
長峰の声が聞こえたと同時に、Ξの身体からエネルギーが溢れ出た。それは、触れる事無くΝを弾き飛ばした。何とか体勢を立て直したΝが見た物は、エネルギーを放ち続けるΞの姿だった。
「深雪ちゃん、その力は……?」
勝沼の問いを跳ね返すように、Ξは腕から紫色の光弾を放った。その威力は、今までのそれを遥かに凌駕する物だった。Νは咄嗟にシールドを展開し、それを防いだ。だがその反動で、大きく仰け反るのだった。
「これをどうやって手に入れたか教えて欲しい?」
長峰の無邪気な声が、勝沼の頭に響いた。勝沼はそれを聞き、長峰の身体から溢れるオーラを睨んだ。
「当ててごらん、竜ちゃん」
Ξは紫色の光弾を連続発射した。Νは翅を羽ばたかせると、トンボのような複雑な動きをして光弾を避けた。
「遅いよ」
パッと眼の前にΞの姿が現れて、Νは急停止した。ホバリングをするΝにΞは急接近し、零距離から光弾を腹部へ放った。それはΝの身体を直撃すると、爆発した。炎の渦が、Νを焼く。
「この力、まさか……?」
Νは身体を地面に垂直にすると呟いた。腹部に大きな傷が出来ていた。
「あの怪物のエネルギーを変換したんだな?」
勝沼は悟った。そうだ、この力はΞ――長峰単体の物では無い。あのBAZURAと呼ばれていた怪物の生命力を吸収したのだ。
「ご明察」
Ξは一気に上昇すると、Νへ向けて飛び膝蹴りを食らわせた。直撃を受けたΝは急降下する。雲海を抜けた時、漸くΝは身体を起こした。だがその隙をΞは見逃さなかった。Ξが放った光弾が、Νの顔面に爆発を起こした。Νは呻くと、更に降下して行った。




