第三幕
「ΝとΞ、上昇」
「後を追うな。DANGARUZOAを倒せ」
本郷が命じた。ブリーフィングルームの戦略ディスプレーには、DANGARUZOAの動きのみが映し出されていた。Νが、街に被害が出ないようにΞを連れて行ったと本郷は信じたかった。
「目標、間も無く木曽川に入ります」
「木元隊員、プロメテウスカノンの準備を。クロウ2、クロウ3はそのまま牽制を続けて」
「了解」
空中で、ΝとΞはぶつかり合っていた。ΝがΞの腕を取り、大きく投げ飛ばした。Ξも布を千切ったような四枚の翼を展開し、空中で激闘が行われた。Ξが紫色の光弾を次々と放つも、Νも赤い光弾を放って相殺する。爆発が起こり、Ξが思わず眼を庇う。その隙にΝは体当たりを浴びせた。上空に飛ばされるΞ。だが体勢を立て直すと、そのままΝにしがみ付いた。
「竜ちゃんに勝って貰ったら、私は満足出来ないじゃないの!」
Ξはそのまま紫色の電撃を浴びせた。Ξの全体がスパークし、Νを稲妻が襲う。Νは、Ξの肩に右足を掛けると、そのまま蹴り飛ばした。ΞはΝと距離を取らざるを得なかった。
Ξがダークネスレイを放とうと、両腕を頭上に掲げてエネルギーを溜めだした。一方Νも、クァンタムバーストを放つべく両掌にエネルギーを溜めて光球を作り上げた。同時に放たれる両者の必殺技。爆発し相殺される。互角だ。
Ξは、紫色の光弾を連続で発射した。攻撃が次々とΝを襲う。やがてその一撃が、Νの薄い翅を直撃した。痛みに悲鳴を上げるΝ。翅が一枚剥がれ分離して、エメラルドの光の粒子となって消えた。Νは一気に落ちて行った。Ξが後を追う。
大須の住宅街に墜落したΝ。全く動きを見せない。Ξが傍らに降り立って翼を縮めて収納する。
「もう終わり? 竜ちゃんって弱いのね」
Ξはそう言うと、Νの身体が転がる辺りを、光弾で破壊し焼き尽くした。勝ち誇るΞ。そのまま背中を向けると、DANGARUZOAの元へ走った。
「もう少しこっちへ来い!」
藤木が振動ミサイルを発射した。それはDANGARUZOAに命中した。DANGARUZOAは河岸にまで辿り着いていた。熱線が放たれ、河の水が一気に沸騰する。
「まだですか、副隊長!?」
DANGARUZOAが河の中程まで追って来た。
「今だ、プロメテウスカノンを!」
「副隊長、駄目です!」
戸ヶ崎が思わず叫んだ。木元もそれを聞き、プロメテウスカノンを放たなかった。同時に紫色のシールドが、DANGARUZOAを包み込んだ。
「くそ! またか!?」
Ξがダッシュして来るのが見えた。
「こんなバリアー。ジャベリンミサイルならば貫ける!」
戸ヶ崎はジャベリンを発射した。ジャベリンミサイルはシールドに突き刺さると、徐々に浸食して、そしてシールドを貫通し、DANGARUZOAの顔面に突き刺さった。
「何ですって!?」
Ξの声が脳に直接送られる。
DANGARUZOAは顔面から血を噴き出して、河をゴロゴロと転がった。
「貴方達を侮っていたのが私のミスのようですね」
Ξはそう言うと、シールドを消した。
「私がお相手します」
Ξの声は、その場にいたメサイアの面々皆に伝わっていた。Ξは光弾を連続発射。ハリアー達は一気に広がり、避ける事に転じた。その間に、DANGARUZOAが起き上がり、再び前進を開始した。
「まずい、また逃げられる」
DANGARUZOAはΞを背後に任せると、熱線を吐きながら河を横断して行った。
「ここで逃しては意味が無い。木元、プロメテウスカノンを!」
「Ξは自分達で引き付ける。だから急いで!」
戸ヶ崎も必死に叫んだ。
「任せてよ!」
木元は機体をグッと下降させて、逃げようとするDANGARUZOAの前へと出た。DANGARUZOAが熱線を放つも、どれも当たらない。木元は機体を安定させると、プロメテウスカノンのエネルギーを充填し出した。
その時、紫色の光弾が、クロウ1の右の翼に当たった。
「キャッ!」
クロウ1の機体から火が噴き出る。傾き出すクロウ1。
「こん畜生!」
クロウ1は溜まったエネルギーを開放した。プロメテウスカノンが火を噴く。真っ赤な熱線が、DANGARUZOAに命中した。だが、中心をそれていた。DANGARUZOAは、左半身を熱線で焼かれて、河の中へ倒れ込んだ。破断した、左のハンマーハンドが宙を舞い、河岸に墜落した。同時に木元の乗るクロウ1も、煙を棚引かせて木曽川に着水した。
「やりますね、それでこそメサイアです。この怪物との決着はまた今度にしますか」
辛うじて立ち上がったDANGARUZOAを、Ξの手から放たれた紫色の光の粒子が包み込んだ。それは、DANGARUZOAを分解すると、宙へと舞って行った。
「DANGARUZOA、消失。クロウ1、ロスト!」
宮本の報告が胸に突き刺さった。
「さあ、お相手は私が致します」
仁王立ちのΞに、戸ヶ崎はジャベリンミサイルを放った。勝沼さんが倒れた今、この巨人を止められるのは自分達しかいない。戸ヶ崎の放ったジャベリンは、ビームで先端を包みながら、真っ直ぐΞ目掛けて飛んだ。だがΞは、それを手で払い除けた。
「こんな子ども騙し、私に通用すると思っているのですか?」
Ξの光弾が、クロウ3を襲う。五藤が回避する。その間を縫って、クロウ2が滑空し、ミサイルとメーザーバルカンを放つ。攻撃はΞに命中した。
「クロウ3、聞こえるか?」
藤木からの通信だった。
「どうしました!?」
「奴にプロメテウスカノンを使う。何とかして、河の中へ誘ってくれ」
「そんな事言っても……」
「戸ヶ崎隊員、ワンチャンスよ。やるしか無いわ。このままだと、街が破壊されるだけよ」
Ξは爆発の炎の中から現れると、何事も無かったように光弾を放つ。クロウ3は回避しつつも、河の向こう岸へと向かう。
「逃げているだけでは勝てませんよ」
長峰の声が聞こえる。
Ξは一歩ずつ前へ前へと歩み出した。河の中へ入るΞ。クロウ2が背後から振動ミサイルをお見舞いする。Ξはシールドを張り、それを防いだ。
「あのシールドを、破れ!」
戸ヶ崎の檄が飛び、ジャベリンミサイルが放たれる。シールドに突き刺さるジャベリンは、徐々にシールドを浸食して、貫通した。だが、Ξはバックステップでそれを避けた。
「もう少しだったのに!」
戸ヶ崎が悔しがる。
「良いわよ戸ヶ崎隊員、あいつは確実にこちらを意識している。このまま誘い出してあげましょう」
「はい、五藤隊員」
Ξは余裕を醸し出しながら、ゆっくりと前進した。
「メサイアの皆さん、勝てない戦い程空しい物は無いですね。諦めたらどうですか?」
Ξの誘いに、戸ヶ崎は震えを覚えた。この状況下だ。奴の勝利の方が圧倒的に確率としては高い。Ξは余裕たっぷりに、光弾を放った。当たればアウトだ。五藤の操縦で何とか回避する。
「こうしたら、もっと本気を出して貰えますかね?」
その声に戸ヶ崎は、背筋に冷たい物が走るのを感じた。Ξは両腕を高く掲げると、紫色の光線を地面を薙ぐように放った。光が通過した後、遅れて次々と爆発が起こった。Ξはそのままぐるりと一周してみせた。建物も人も関係無く、光の通った道で、爆発が治まらない。炎や熱風が人々を一瞬で燃やしてしまった。
「くそ!」
「何て奴だ!」
炎が立ち起こり、岐阜羽島の町は完全に燃えてしまった。新幹線の駅が辛うじて生き残っていた。Ξは高笑いをするように、炎の中を飛び交う二機のハリアーを見下ろしていた。
「副隊長、もう待てません!」
「いや、まだだ。民間人に被害を出さずに確実に仕留めるにはまだ駄目だ」
「しかしこのままだと被害が広がる一方です」
「藤木! 負けてはならない! 俺達はプロなんだから!」
「副隊長……」
「こちら五藤、もう少し誘いを掛けてみます」
「頼む」
戸ヶ崎は振動ミサイルとジャベリンミサイルを同時に放った。それはΞのバリアーを防ぐ為の手段だった。だがΞは光弾でそれを相殺した。
「五藤隊員、メーザーバルカンを使います!」
「分かったわ。水で濡れている分効くはずよ」
クロウ3がメーザーバルカンを発射した。それはΞの手に直撃した。僅かに火が着き、Ξが自分の右手を眺める。
「どうだ?」
それを受けて、Ξは咆哮を上げた。
「何の叫びなんだ?」
「分からないわ」
戸ヶ崎と五藤は必死になって、Ξの正面から離れなかった。Ξの眼が真っ赤に光り出した。
「どういう事?」
「興奮している。あいつは気持ちが昂ると眼が赤くなるんだろう」
藤木が解説してくれる。戸ヶ崎はそれを聞き、更に攻撃の手を緩めなかった。一気にミサイルとメーザーを放つ。Ξはそれを払い除けた。クロウ2も振動ミサイルで援護する。二機のハリアーは全てのミサイルをΞに浴びせた。Ξの眼の赤が段々と強くなって行っている。
「効いているのか?」
宮本が誰とは無しに問う。Ξの眼は完全に赤く変色していた。最後のジャベリンミサイルが、Ξのシールドを突き破って、胸元に命中した。
「やった!」
ミサイルは、Ξの胸に突き刺さっていた。紫色の光がそこから溢れている。
「戸ヶ崎隊員」
「やりましたよ五藤隊員」
Ξは胸に突き刺さったその徹甲弾を、右手で摘まみ上げて、河へ投げ捨てた。紫色の光が溢れ続けている。戸ヶ崎が見ている眼の前で初めてまともにジャベリンがΞを捉えた。だが、効果はそんな物なのだ。
「終わったのですか?」
Ξの、長峰の声は穏やかそうに聞こえた。だがそれも一瞬の事だった。
「何て半端なの? これで私を満足させたつもりですか? 貴方達はコバエのような物なのですね。私の周りをちょろちょろして、結局は何のダメージも与えられない。これはスポーツなんかじゃ無いんですよ? 命と命を賭けた殺し合いなんです。私を止めない限り、犠牲者は増える一方ですよ。それで良いんですか? それで……。それで……!」
長峰の声が戦場にいる全てのメサイアに届く。
「結局竜ちゃんと同じなんですね。私の事を、満足させられない! だったら私の前から、消し飛んでしまって下さい!」
Ξは、再度、必殺技を放とうと腕を上空に構えた。紫色の光が、段々と溜まって行き、スパークを始める。
「副隊長!」
「まだだ! まだ撃つな! メーザーバルカンで良い、放つんだ」
「しかし……!」
「良いから撃て!」
クロウ2がメーザーバルカンを放つ。それを見た戸ヶ崎は同じく倣う。バルカンは手を上げてがら空きのΞの胴体を直撃した。だが効果は見られなかった。
「これでお仕舞にして差し上げます!」
戸ヶ崎の耳に、はっきりそう聞こえた。長峰深雪の声だ。あのブレザー姿の少女の声だ。あんな娘が、こんな凶悪な事をするのが信じられなかった。
「最期の時だ!」
Ξの眼は真っ赤になり、両手に溢れたエネルギーがいよいよ放たれようとした。その時だった。一発のロケット弾が、Ξの両手の間に張り巡らされたエネルギーを直撃した。大爆発が起こり、Ξが倒れた。爆風で、二機のハリアーMK9も大きく揺れた。
「何だ?」
戸ヶ崎が思わず尋ねた。
墜落したクロウ1のコックピット上から、イグニヴォマを持った木元の姿が見えた。彼女がシュツルムファウストを使ったのだ。
「人間様をなめんじゃ無いわよ!」
木元は叫ぶと、レーザーライフルで追い討ちをかけた。
起き上がったΞは真っ赤な瞳を木元の方へ向けた。
「少しは骨の有る隊員もメサイアにはいるようね。分かりました。貴方から殺して差し上げましょう」
「木元、逃げるんだ!」
宮本が叫ぶ。
「嫌です、逃げません。今逃げたら、もっと多くの人間が命を失うんです。だから逃げない!」
木元のレーザーライフルが、次々とΞに直撃する。Ξは全く怯む素振りを見せない。段々とΞが木元の元へと近付いて行く。
「ホムラ!」
「いや、良いぞ……。藤木、しっかり狙え」
「え?」
クロウ2がΞの前へと繰り出した。
「木元隊員!」
戸ヶ崎は叫んでいた。だが五藤は冷静だった。
「戸ヶ崎隊員、これで良いのよ」
「何でです!?」
「木元隊員はちゃんと役割を理解しているわ」
「役割?」
Ξは木元の真ん前に立った。そして、右手を彼女の方へ向けた。指先がスパークする。光弾を放つつもりなのだ。
「後は任せます、副隊長!」
木元はイグニヴォマを構えたまま、河へと飛び込んだ。
「目標ロック! エネルギー充填完了!」
「プロメテウスカノン、ファイア!」
Ξが気が付いた時はもう遅かった。クロウ2の機体上部に取り付けられた砲門から、深紅の破壊光線が発射された。それはΞの胸元目掛けて、突き刺さろうとした。
だが……。
「何!?」
「そんな馬鹿な……」
宮本と藤木の顔に、絶望の色が見えた。
「どうして……?」
「最後の切り札が……」
戸ヶ崎と五藤も、苦しい表情を浮かべていた。
Ξの真ん前に、Νがバリアーを張って立っていた。
「面白い、竜ちゃん、私達だけで戦いたいのね」
プロメテウスカノンを防ぎ切ったΝは、満身創痍の身体を持ち上げると、Ξの方を向いた。
「勝沼さん、どうして!?」
戸ヶ崎は歯を食い縛った。
Νは、Ξに掴みかかった。Ξはそれを受けて、河の中を後退して行った。
「どうします?」
「後を追えないか?」
五藤と宮本の会話は、戸ヶ崎には一切入って来なかった。戸ヶ崎は、勝沼竜が、何故そんな事までしたのか理解出来なかった。相手が長峰だからか。だとしても、これ程の被害を出した長峰にまだ情が移るのか理解出来ない。五藤が機体を動かして、ΞとΝを追撃していた。勝沼さん……。自分には分からない……。貴方が何を狙っているのか……。
「着陸して、陸上から攻撃するわよ」
戸ヶ崎が我に返ったのは、五藤が機体を垂直着陸させた時だった。
「戸ヶ崎隊員、しっかりしなさい。今は、勝沼に賭けるしか無いわ。援護するのよ」
「了解です」
戸ヶ崎は、機体が河原に着陸すると同時に、イグニヴォマを担いで、外へ出た。町中のどこも焼野原だった。その有り方が戸ヶ崎の怒りをさらに強めるのだった。
「行きましょう、五藤隊員」
「ええ、これ以上被害は出していけないわ」
シュツルムファウストをセットして、河川敷の堤防を一気に駆け上る戸ヶ崎と五藤。後ろでは、同じようにクロウ2が着陸している。
一方Νは、Ξを河から押し出していた。倒れるΞ。
「ちょっとは本気になったみたいね」
深雪ちゃんの声。だが勝沼は怯まなかった。
「自分が辛いからって、苦しいからって、何をしても良いとは限らない」
勝沼は叫んだ。
「お説教? じゃあ竜ちゃんに私が救えて?」
「深雪ちゃん、ちゃんと成仏させてあげる」
Νは、右腕に深紅のエネルギーを溜めると、それを立ちあがったΞの鳩尾目掛けて叩き込んだ。爆発と真っ赤な放電が起こり、Ξの身体が引き摺られるかのように後ろへ下がった。Νは、もう一度拳を作ると、深紅のエネルギーを溜め込み、Ξの顔面を殴る、殴る、殴る! Ξが、よたよたと下がった瞬間、今度はアッパーカットを決めた。Ξは倒れ、桑原の方へ後退した。Νが次の攻撃をしようと構える。
「へえ、やるじゃない。でも、お楽しみは取って置くとするわ。また私の事を真摯に考える事ね、竜ちゃん」
Ξは、紫色の光の粒子となって、天へと昇って行った。
Νがそれを追撃しようとしたが、ダメージが大き過ぎた。Νはがっくりと膝を突き、そのままエメラルドグリーンの光となって消えてしまった。
後に残ったのは燃え盛る街のみだった。
本郷は戦略ディスプレーを眺めつつ、鉛筆を折っていた。プロメテウスカノンが当たれば、如何にΞで有っても無傷で済むはずが無い。それを、何故Νが止めたのか。それが本郷には理解出来なかった。彼等は仲間なのか? 元々同じ種族で、たまたま敵対しているだけなのか? それとも、人間が奴等を倒してはならないのか? ただ本郷にはたった一つ分かっている事が有った。プレデターDANGARUZOAは健在。それは作戦の失敗を意味していた。
木元は、流れていた流木に捕まって、イグニヴォマを抱えたまま岸まで向かった。護岸工事されたコンクリートの堤防を登るのは、中々骨が折れた。
「こちら木元。作戦エリアJ4にいます。回収して下さい」
そう言うと、河原へ座り込んでしまった。
勝沼は、焼け跡を歩いていた。Ξの、深雪ちゃんの攻撃で廃墟となった羽島。俺が止めていれば……。しかし勝沼には迷いが有った。もしかすると、Ξには、深雪ちゃんの善の心が残っているのかもしれない……。そして、彼女を倒すのは、俺の役目だ。
勝沼はペンダントを見た。エメラルドグリーンの光は弱々しくなっている。ダメージを受け過ぎたのだ。
その足で、勝沼は駅の方へと歩いて行くのだった。




