第二幕
その年の北海道は記録的な冷夏だった。特に北部の方は、真夏だと言うのに雪がちらつく程度だった。その異常な寒さを天気予報士達は、昨今の地球規模での異常気象による物、仕方が無いと言い続けて来た。薄っすらと雪化粧を施された大地に、夏だと言うのにコートを着ている人々。北海道の夏は厳しく無いとは言われるが、そんなレベルでは無かった。寒かったのだった。
これが果たしてどれだけの意味を持つのか、メサイアのメンバーは未だ実感していなかった。ただ、その日のブリーフィングで、本郷がその事を取り上げた。
「北海道の稚内を中心に、異常な寒波が北海道を覆っている。その理由は把握されていない」
藤木がノートパソコンを開くと、北海道のサーモグラフィーを自分のパソコンに映した。
「確かにこの冷害は異常ですね」
「プレデターとの関連は不明。目下の所ただの警戒で良いとの事」
「警戒ですか……」
戸ヶ崎は少し腑に落ちない顔をした。
「人を食らう訳では無いわ。だから上も今の所、積極的干渉は避けるように言っているのね。本来は空自の領分だから」
「了解しました」
宮本がそう返事をした。
「さて、今日の本題に入るわ。プロメテウスカノン。あの超兵器を如何に専守防衛と結び付けるかよ」
「そんなの無理なのではないですか?」
五藤が述べた。顔には少し曇りが見える。
「一応、こちらから積極的に攻撃は出来ないものの、我々メサイアの部隊が出撃する事――つまりそれが内閣からの依頼が有っての物だけれども、それが出るまでは、基本的にこの装備は隠します。更に言えば、使用の際も、可能な限り限定して使用する事」
「どういう意味です?」
藤木が問う。
「簡単よ。プロメテウスカノンを乱用しない事。最後のトドメの一撃にするか、或いはメーザーバルカン、エネルギー爆弾、振動ミサイルを使用し尽くした状態で使うのかの二択よ」
「メーザーバルカンとプロメテウスカノンのエネルギー源は一緒ですよね?」
宮本が重々しく口を開く。
「その通りよ、宮本副隊長。ただ、だからと言って無闇にプロメテウスカノンに頼っては駄目。これは片桐司令からの通達よ」
「今後、プロメテウスカノンはどうなるのですか?」
「戸ヶ崎隊員、今の所はクロウ1にだけ装備させます。でも、今後の方向性としては、全ハリアーに装備する事となるわね」
「悪いわね、戸ヶ崎隊員。取り敢えずは私が使うわよ」
木元がそう述べると、サムズアップをしてみせた。
「それで、本題に戻ろうか」
本郷が軽く咳払いをした。それを聞き、戸ヶ崎と木元は背筋を伸ばした。
「北海道を襲うこの冷害、単に異常気象で済まされる物とは言えないかもしれないとは話したわね」
「と、言いますと?」
宮本が冷静に問い返した。
「恐らく、何か超自然的な物が絡んでいるとの情報が有る」
本郷はそう言うと、スクリーンモニターに映像を映し出した。隊員達は一斉にそれを凝視する。そこには北海道の地図が出された。
「ここに空中で何かが存在しているのが分かると思う」
衛星からの写真だった。雲が広がる中で大きな渦が巻いているのが分かる。
「この中心に、エネルギー反応が有る。これが怪しい」
「でもプレデターは人間を食らう事が目的ですよね」
「戸ヶ崎隊員、その通り。何を狙っているのか分からないが、もしもプレデターならば、何故人間を襲わないのかが謎だ」
藤木が腑に落ちない様子だった。
「プレデターで無いならば、このまま空自にお任せ出来ないのですか?」
「その空自のFがもう二機も墜落しているらしい。勿論その事は、単なる事故として認知されているがね」
戸ヶ崎が渋い顔をする。
「また情報操作か……」
戸ヶ崎にすれば、この事件がプレデターの物かどうかよりも、その事をメサイアが隠したがる事の方が解せなかった。勿論、ある程度の報道規制のような物も必要かもしれない。プレデターが民間人の感情を一気に恐怖と混乱の中に叩き落す事は明らかだ。だからある程度その存在を隠すべきだとは思える。だが完全にそれを実行して、メサイアが秘密裡に全てをこなし、何事も無いかのように振る舞うのは抵抗が有った。陸自の頃は、確かに情報操作は有ったながらも、こんなに徹底していなかった。少なくとも"起きてしまった事"はマスコミに隠さなかった。空自まで隠しているのは聊か不満だった。
「それで私達にどうしろと仰るのですか?」
木元が素朴な疑問を投げかけた。
「メサイアは、これを調査する。もし可能ならば、そのエネルギー源を特定し、場合によれば排除せよ」
「要するに、駆逐せよという事ですか?」
「宮本副隊長、少し違う。コンタクトが取れるものならば、会話によって解決したい。無駄に武力に頼らない事ね」
「武力に頼らない、か」
藤木がゆっくりと頷く。
「そうよ。私達の武器は無限では無い」
勝沼は、エメラルドグリーンの光の粒子の中から突然森に現れた。
「寒いな」
勝沼は独り呟くと、森の奥の方へ向かった。
木々の葉の間から、空を見上げると、どんよりとした雲が広がっていた。勝沼の頬に冷たい物が触れた。雪だ。雪は激しさを増し、どんどんと降って来た。勝沼は、森の中に、祠が有るのを見付けた。そこに入ると、ひし形のペンダントを抱え込んだ。エメラルドグリーンの光が現れ、勝沼の身体を包んだ。吹雪となった祠の外とは全く異なり、祠の中は、光に満たされて温かだった。
勝沼は、一度深呼吸をして、眼を閉じるのだった。
祠がエメラルドグリーンに染まる中、外はしんしんと雪が降り続き、うっすらと地面が白く染まった。勝沼はその中で、まるで乳母車の赤子のように、眠りに就くのだった。だが、その祠を中心にして、光の渦が空へと舞い上がった。その渦は、森の上部に掛かっている分厚い雲を目指して行った。雲の中にエメラルドグリーンが侵入した時、雷鳴が轟くのだった。
一際大きな雷が、海の方へと落ちた。それを合図にエメラルドグリーンの光は雲散霧消した。勝沼の眼はパッと開かれ、その中には様々な色が見えた。
勝沼は、祠から這い出ると、雲の彼方を見やった。
その中から雷が次々と降りかかって来た。勝沼がキッと眼を空へ向ける。雲は渦を巻き、竜巻のようになった。その中心部に、黒い何かが姿を形作られて行った。
勝沼がペンダントを握り締めて、瞼を閉じ、そして口を開いた。エメラルドの光はその言葉を表すように、少しずつ竜巻の中心へ向かって行った。
「お前は誰だ?」
勝沼が問う。
すると、竜巻は一気に収縮し、空の分厚い雲へと戻って行った。その中心に有った黒い何かも同時に消えるのだった。
「逃げるな!」
勝沼が思わず叫ぶが、その声はただの叫びにしかならなかった。エメラルドグリーンの光も気が付けばペンダントに収まり、周囲の雪も降り止んでいた。勝沼ゆっくりと、再度森の奥を目指すのだった。
メサイアに出撃命令が出たのは勝沼が黒い何かとコンタクトを図った次の瞬間だった。場所は矢張り北海道だった。
「稚内市上勇知にプレデター検出」
その指令が出た時に、戸ヶ崎はそれが当然の事だと感じた。あの異常気象がプレデターに繋がっても全くおかしく無い。だが、彼は疑問を抱えていた。異常気象その物は別にもっと前から起こっていた。それが何故今になって、プレデター検出という結果に繋がったのか。それが分からなかった。
クロウ3に五藤と乗り込んだ戸ヶ崎。
「今日は私がガンナーを勤める」
五藤が抑揚の無い声で呟いた。戸ヶ崎はそれを聞いてたじろいだ。
「戸ヶ崎隊員にも、ハリアーをまともに飛ばせるだけの経験を積ませてあげる」
五藤はそう言うなり、ハリアーの後部座席に座り込んだ。
戸ヶ崎も覚悟を決め、グローブを指の奥にまで押し込み、クロウ3の前部操縦席に潜り込むのだった。
「メサイア、出撃!」
宮本の通信を聞き、滑走路を一気に加速する三機のハリアー。どの機体も、一気にアフターバーナーを吹かしてそのまま急上昇。積乱雲を横にして、北へ向かって加速するのだった。
「目標は突如地底から出現。現在陸自一個小隊と戦闘中。コードネームはZAIAS。節足動物型の個体よ」
本郷からの通信を聞いて、戸ヶ崎は一抹の不安を抱えていた。またMABIRESじゃ無い。奴はどこに消えたのか。
戸ヶ崎は操縦桿を握ると、プロメテウスカノンの砲身が剥き出しの、クロウ1に並んだ。クロウ1は、戸ヶ崎が並ぶのを拒む事無かった。そして、そこに宮本と藤木のクロウ2が接近した。
「陸自一個小隊、壊滅!」
本部に残る本郷が報告した。
「急がないとマジでやばいね」
木元機が再加速を掛けた。
眼の前には巨大などす黒い雲が現れた。その中が、プレデター検出の地だった。
視界が悪い。戸ヶ崎はそう感じた。クロウ1が迷う事無く雲の中に侵入したのを見て、戸ヶ崎も覚悟を決めた。
「行きます」
戸ヶ崎は、クロウ3を、雲の中へと突っ込ませた。
本郷はδ地帯のメサイア本部で、異常気象と今回のプレデターの出現について、調べると共に、報道管制、民間人保護、自衛隊撤退の処理をしていた。
「何故今になって……?」
本郷はゆっくりとモニターを眺めた。どす黒い雲が、画面に映し出されていた。その雲は、ひたすらに雪を降らせていた。その異常気象が起きてから、今までと全く同じ状態。そこにプレデター。本郷は唸った。何かの意思を感じた。
公共放送のヘリコプターが、戦場に迫っている様子が本郷のパソコンに映し出された。
「この先は危険地帯。接近すれば味方に撃墜されます。退いて下さい」
本郷の警告を無視して、ヘリコプターは迫って行った。しかし次の瞬間、そのヘリコプターの信号が途絶えた。
「やられたか……」
本郷は溜め息を漏らした。
「目標と会敵します」
宮本と藤木の機体は、その姿を捉えた。八本の脚を持つ巨大なプレデターが、蜘蛛のように地面を這っていた。ZAIASだ。ZAIASは、クロウ2を見付けると、眼から真っ赤な光線を発射した。それは、真っ直ぐに、クロウ2の方向へ向かった。宮本がきりもみ回転させ、光線を回避した。
「目標への攻撃を開始する。各機、トライアングルフォーメーション!」
クロウ1を最鋭角頂点にして、クロウ2、クロウ3が二等辺三角形を形作るフォーメーションだ。戸ヶ崎は、操縦桿を僅かに動かし、見事にクロウ2の左に着けた。
「メーザーバルカン、ファイア!」
五藤がZAIASの脚部の関節を狙う。爆発が起きて、黄色い体液がそこから漏れた。
だがそれでも、ZAIASの侵攻は止まらない。
「宮本副隊長、脚部関節を狙って振動ミサイルを」
五藤がインカムに叫んだ。
クロウ2が振動ミサイルを放った。それは真っ直ぐに、ZAIASの右脚の一本を直撃した。ZAIASが悲鳴を上げる。黄色い体液が垂らしながら、ZAIASは、飛び交うハリアーを睨み付けた。六つの単眼が、真っ赤に染まった次の瞬間、ZAIASは、空へ向かって何かを吐いた。それは天空でばっと広がり、飛び交うハリアー目掛けて落ちて来た。
「危ない!」
戸ヶ崎は即座の判断で、トライアングルフォーメーションを解体し、一気に方向を変えて、それから機体を離した。二機のハリアーは、それにぶつかってしまった。
「何これ!?」
木元の叫びが聞こえる。それは、網だった。ねばねばとした粘着質の糸で出来た網。それがクロウ1、クロウ2を包み込んでいた。メーザーバルカンで逃れようとするも、全く効果が無い。二機は重力に逆らう事も出来ずに、ネットに閉じ込められたまま、真っ白い大地に叩き付けられた。
「副隊長!」
五藤が思わず叫ぶ。
「こちらクロウ2、損害不明。航行は不可能」
「こちらクロウ1、同じく」
「こちら藤木、地上からの攻撃に切り替えます」
ZAIASは、満足そうに眼を光らせると、再び前進を始めた。
「私達が最後よ! 戸ヶ崎隊員!」
「後ろから狙います!」
戸ヶ崎は、ZAIASの後方に周り込むと、減速、ホバリングして狙いを五藤に定めさせた。振動ミサイルが、真っ直ぐにZAIASの背中を猛爆する。ZAIASは、ばっとジャンプをすると、戸ヶ崎と五藤の乗るクロウ3の上空に舞った。
「何て身軽な……!」
「戸ヶ崎隊員、回避!」
戸ヶ崎は即座にアフターバーナーを全開にして、ZAIASの圧し掛かりを避けた。
しかし、退避した方向が間違っていた。今、クロウ3は、ZAIASの真正面に尻を向けていた。ZAIASは、目から光線を乱射し、クロウ3を攻撃した。クロウ3は、必死に回避した。
「戸ヶ崎隊員、上昇!」
五藤が叫ぶ。戸ヶ崎はフルスロットルで上空に逃げようとした。その時だった、ZAIASは、再度空に向かって、あのネットを吐き出した。
「これをどう避けろと言うのですか!?」
戸ヶ崎は必死に宙返りをしようとするが、間に合わない。
「戸ヶ崎隊員、ミサイルでネットを破ってみる!」
五藤が振動ミサイルを発射して、ネットを破壊しようと試みたが、ミサイルはネットの弾力に押し戻されてしまった。
「五藤隊員!」
戸ヶ崎は、脱出レバーを引こうとした。
その時、深紅の光線が、網を爆破させた。同時にエメラルドグリーンの光が、巨人の形を形作って行った。
「Νだ!」
戸ヶ崎は穴の空いたネットを避けると、そのまま上昇、機体を安定させてZAIASとΝを俯瞰で見れるようにした。
Νは構えを取ると、一気に走り出し、ZAIASを押し始めた。
「戸ヶ崎隊員、奴等の直上に行って」
五藤が冷たく命じた。
「直上?」
「エネルギー爆弾で抹殺するわ」
戸ヶ崎の額に脂汗が浮かんだ。
雪は止む事を知らなかった。




