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裸のマリアージュ

半刻ほどして、木俣曲輪にある広場に箕輪城の者達が悉く集められた。


蔵屋敷は発見が早かったのもあり、延焼を防ぐために周りの建物を壊し水を被せるなどして、ある程度沈静化している。

火事場と物見櫓に数名残した他は、広場に集まった事となる。


そこで皆、業盛から何故集められたか説明を受けた。

松明が至るところに立てられているものの、戦国時代だ。闇は深い。

人がおらぬので、他の曲輪に灯りもない。

外で密かに何が蠢いていても、ほとんどわからない状況であった。



そうして気が付いたら、箕輪城の人間達は、いつのまにか侵入して来た柴田、武田、松平の連合軍に包囲されていたのである。




「というわけで、本当にごめんな!私、織田家中の柴田権六と言います。上杉の使者っていうの、全部嘘なんだ!」

怒濤の急展開で何が起こったのかわかっていない業盛達箕輪衆に、希美は申し訳無さそうに頭を下げた。


業盛は、目を見開いて口をパクパクさせている。

(そうだよねえ。そうなるよねえ)

希美は同情の目で見たが、諸悪の根元は希美である。


そんな中、一人の厳ついおじさんが目にも止まらぬ速さで突っ込んで来た。

箕輪衆等を集める時に、業盛と重臣以外は間者対策で武器を外させていたのだが、このおじさん、近くでアワアワしている業盛の刀を一瞬で鞘から抜き、そのまま希美に斬りかかったのである。


カキンッ


刃が折れた。


業盛が悲壮な顔をしている。業物だったらしい。

おじさんは諦めていない。

折れた刀で、えいやあと希美に斬りつけているが、甲冑を斬るだけで希美にダメージは無い。

いや、刀で甲冑を斬るくらいなのだ。凄い腕なのだろう。


六十手前くらいのおじさんの、ふうふうと鬼気迫る感じに、(なんか、ガンバッ!)と応援したくなった希美は、いまだ呆けている重臣等の腰のものを奪うと、おじさんの折れた刀を取り上げ、代わりにそれらの一本を渡した。

ついでに、笑顔でサムズアップを送る。

おじさんは鼻に皺を寄せて手の中の刀を見やり、再び希美に斬りかかった。


カキンッ


また、折れた。


希美は、もう一本手渡した。


カキンッ


もう一本。


カキンッ


もう一本。


カキンッ……




重臣等の刀が全て消費されてしまったので、箕輪衆から取り上げていた刀を持ってこさせ、おじさんのチャレンジを後押ししていた希美だったが、二百本を折ったあたりでおじさんの表情が泣き笑いに、五百を越えたあたりで目から光が失われた。


そして、千をゆうに越えたあたりであろうか。

おじさん、どうやら開眼したらしい。

甲冑と希美には一切傷をつけずに、ふんどしだけを斬った。


おじさんが静かに平伏した。

「ありがとう御座います、師よ。あなた様のお陰で、剣の極意を悟り申した」

「そ、そいつはよかったな」

(ふんどしのみを斬る極意とは、一体……)



山の端がうっすらと白み、辺りは少しずつ明るくなりつつある。

いつの間にか、夜が明けようとしていた。

ふと箕輪衆の方を見ると、皆、膝をついてぶつぶつ希美に向かい拝んでいる。

心が折れたようだ。

「え?!」

仰天した希美が振り返ると、武田兵と松平兵も拝んでいた。

小者姿の次兵衛は、疲れた顔で希美を見ている。


「殿、やり過ぎで御座る」


「な、なんか、ごめん……」

希美が身じろぎした瞬間、ボロボロだった甲冑と下着が崩れ落ちた。

全裸の希美の肢体が、朝日に照らされて露になる。


「有り難や……」

次兵衛は瞬き一つせず、希美を凝視したまま静かに手を合わせた。





ところで、全裸である。

公衆の面前で、全裸。フル。丸裸。生まれたまま。

女子ならすぐにうずくまって、足で前面を、地面で尻を隠すだろう。

それが一番効率的な隠し方だと、希美は考えている。


だが、現在の希美は男だ。

それも不可抗力の裸なら、仕方ないというものだ。

希美は丸出しのまま、堂々と業盛の元まで歩み寄った。

「話さないか」


「……はい(ポッ)」

頬を染めて頷いた業盛を、希美は厠……ではなく、本丸舘の広間に連れて行った。

広間は朝の光が入り、柔らかくも清々しい空気を醸し出している。

何かを期待している業盛だが、残念ながら希美とて、柔らかくも清々しいままだ。


希美は玉薬の樽の前で立ち止まると、業盛に言った。

「私につかないか?」

「私が突く、と……?」

驚きの表情を見せる業盛に、希美は頷いた。

「お主に、そして箕輪衆についてもらいたいのだ」

「わ、私だけでなく、箕輪衆全員に……?!なんと豪胆な尻か!!」

「そうだ。……え、尻?」



そして希美は、色々と悟った。




業盛が落胆している。

希美が渾身の力を振り絞り、誤解を解いたのだ。

希美だって自分に突っ込みたい気分だ。

いや、そうじゃない。

突っ込みたいといっても、そういう事じゃない。


(箕輪衆全員に、『ついてほしい』とか!もう、エロを極めきった奴の言葉じゃねえか!エロ仙人?いや、もはやエロ神の域だわ!……って、私がエロ神だったぁ!!)

希美は恥ずかしさで玉薬の樽を軽く殴った。

だが、まずは全裸に恥を覚えて欲しい所である。



気を取り直した希美は、業盛に再度伝えた。

「私といっしょに働いて欲しい」

「……某を殺して下され。後は、家臣等に任せまする」

それが業盛の返答だった。

希美はため息を吐いた。

「何故、死なねばならん」

「遺言に御座る」

業盛が御前曲輪の方を見た。 

「去年父が死に申した。その時、『敵に降伏するな。運が尽きたら悉く討ち死にせよ』と。この城は落ち申した。某は死なねばならぬ」

その目の光は、諦めと空しさと、跡を継ぎながら城を守れなかった自身に対する悔しさを映していた。


「お主、死にたいのか?」

希美は呆れたように尋ねた。

業盛は、自嘲した。

「武将として生きて、死にたい者がありましょうや」

「ならば、生きればよいではないか」

「たが、遺言が……!」

希美を睨む業盛の額を、希美はぺちりと打った。

「何か勘違いしておるな。遺言は『運が尽きたら』というものだろうが。城が落ちても、お主は生きられる。私がお主の死を望んでいないからな。なら、運なぞ尽きておらんではないか」

「へ?」

「ああ、『敵に降伏するな』だったか?敵なんて、その時の状況で変わるもんだ。よし、お主の敵は、今から上杉な。私らは敵じゃないから、死なんでよし!」

「な、なんで……」

戸惑う業盛を横目に、希美は玉薬の樽を撫でると表面を叩きながら、中の玉薬を見透かすようにじっと見た。


「私はな、この箕輪城を落とそうと決めた時に、どう落とすか考えたのよ。力攻めは時間もかかるし、ここは上杉さんと会うための会場だから、急いで予約したかった」

業盛は、よくわからないまでも、じっと話を聞いている。

希美は視線を業盛に移して笑った。

「お主も知っている通り、私はこの体だ。玉薬を使うと決めた時、お主等を前にして火をつければ、まあ簡単だなとは思ったよ」

「……何故、それをしなかったので?」

業盛は、理解できぬ、という顔をしている。乱世の武将ならば躊躇わぬだろう。


希美は、玉薬に視線を戻した。

「死は、詰まらんからな」

「詰まらぬ?」

「ああ、詰まらん!死ってのは、本人も周りも辛いし、私はそういうのを見るのは嫌いなんだ。身につまされる。そもそも、死んだら終わりじゃないか。可能性が生まれぬ」

希美は何かを振り切るように頭を振って、業盛に向いた。

「お主が生きて、得る人生。私の人生と交わって共存する事で、さらに複雑に面白う新たに得る人生。私は、それを惜しんだ」

業盛は虚をつかれたように口を開けた。

思わず出た声は、掠れていた。

「某の生を、某を、惜しんで下されたというのか」


希美は、業盛の様々な感情に揺らいだ目を真っ直ぐ見た。

「生きよ。そして私と交わろう、長野新五郎!私がお主に、新たな世界を見せてやる!!」



「……ふつつかものですが、よろしくお願いします」

業盛は、顔を赤くして、少し恥じらいながら頷いた。


だから、服を着ろとあれほど……




こうして、箕輪城における前代未聞の無血開城ほぼむけつかいじょうは成功し、結果、希美は箕輪衆とのマリアージュを成した。

『上杉さんを迎える会』の会場は、押さえられたのである。





『箕輪開城』 Wikipediaより


五月十三日夕刻、上杉兵の甲冑を着た柴田勝家は小者に扮した家老の吉田次兵衛と共に箕輪城の門を叩いた。

この時、近くの山に柴田、武田、松平の合同軍を密かに待機させている。

柴田勝家は、六樽の玉薬を上杉輝虎からと偽り、城内に潜入する事に成功した。

その後、吉田次兵衛と二手に別れた柴田勝家は、玉薬を手土産に城主長野業盛と謁見。

もっともらしい話や上杉の合言葉で信用を得ると、間者が騒ぎを起こすと警告したという。


その頃吉田次兵衛は、殺害した箕輪兵に成りすまし、蔵屋敷に放火。

そのまま混乱に乗じて箕輪兵として物見櫓の番を続け、柴田勝家の誘導で木俣曲輪に箕輪衆が集まり大手門付近に人がいなくなったのを確認し、門を解錠。

箕輪城の火の手と夜陰に紛れ城外に集まった柴田合同軍を城内に引き入れた。


この時、吉田等に遭遇して殺された箕輪兵を除けば、箕輪城はほぼ無血で開城したと言える。


∨逸話

降伏を渋る長野業盛に柴田勝家は全裸で迫り、業盛がほだされた事で、箕輪衆は柴田勝家に降伏したと、長野家では伝えられている。


木俣曲輪で柴田、武田、松平合同軍に箕輪衆が囲まれた際、皆戸惑う中、上泉信綱だけがいち早く動き、長野業盛の刀を抜いて柴田勝家に斬り掛かったという。

しかし柴田勝家に刃が立たず、一晩中剣を振るい続けた上泉信綱は、夜明けと共に剣の極意を自ら悟ったという。

『柴田勝家に挑む時、自分は塵と同じくらい無力な存在であった。そこにこそ、極意がある』

とは、後に信綱が語った言葉である。

その後自らの剣を極めたいと、諸国行脚の旅に出た信綱を武田信玄が誘ったが断られ、惜しんだ信玄が偏諱授与し、諱を『信綱』に改めた話は有名である。

嘘Wikipediaが重くなりすぎました!

今回の作戦に、小者に扮した吉田次兵衛の活躍があった事をさらりと伝えるつもりだったのに、色々と欲をかいた結果ですね。

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