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母なるおっさん

岐阜城。

徳川家当主代々のあだ名が『会露太郎』に決まってしまうという悲劇が起こった場所だ。

その悲劇を引き起こした当本人である希美は、苦悩していた。

(わ、私の初恋の八代ジェネラルも、『会露太郎』に?!当主に決まったら、自動的に『会露太郎』?こんな事なら、『会露康』を許した方が……いやいや、やはりビッグネームの会露化は許されない)


反対に、家康はニヤニヤと満足そうな表情を浮かべている。

本人としては単純に喜んでいるのだろうが、眼力のせいで、腹に一物抱えながら『計画通り!』などと考えてそうな仕上がりになっている。



希美はふと生じた疑問を家康に聞いてみる事にした。


「松平様……」

「会露太郎と!」

「……会露太郎様」

「会露太郎と!」

「会露太郎殿」

「会露太郎、と!」

(壊れてんのかな?リピート止まらねえぞ)


信長が(諦めろ)と面倒臭そうに目で合図してくる。

希美も無駄な努力は嫌いだ。

「ならば、会露太郎よ」

希美はもう神キャラで押す事にした。



「お主、何故そこまで『えろ』に拘るのだ?」

「ははっ、神よ。お答えします!某はえろ教との出会いと、それを遣わした神に感謝しておるのです」

家康は平伏して答えた。



ヒーッヒーッ、ヒーッヒーッ、ヒエッ、ヒエッ……


遠くで呼吸困難気味の息遣いが五月蝿い。

一益は息だけでカットインしてくるの止めろ。



一益はさておき、家康は顔を上げて語った。


「某は幼き頃より、父の意向で母を奪われ、各所に質に出され、今川で家臣等がないがしろにされるのを見ながら何も出来ずに、過ごしました」

「確か、今川の前は、織田にいたのだったな」

「左様に御座る。織田はまだ過ごし易う御座った。今川に入ってより、内も外も敵。信じられる者は松平家家臣のみ。松平の居城である岡崎城も、今川に城代を置かれ、主である某が本丸に入れぬ始末……!!」

(やだ、眼力!眼力の圧が凄い!三河武士って怒りの戦士なの?)

松平の家臣達は、涙を流している。

余程悔しい思いをしたのだろう。

月代のせいで、立つ髪の毛は無いが、そりゃ怒りの戦士にもなろうというものだ。


「桶狭間で今川の殿が打たれた時、某は一度死を覚悟し申した。が、生きると決め、岡崎城に入ったので御座る。後は擂り潰されぬよう、毎日が生きるか死ぬかの選択で御座る。過酷な環境を、敵を、うまくいかぬ我が人生を、全てを恨んで抜け出せなかった……」

家康がふうと息を吐いた。

「そんな時にえろ教と出会い申した。えろ大明神様の意向を受けた使徒様が、他国の三河を命懸けて豊かにしようと、貴重な農法を授けて下さった。えろの自由で豊かな教えを授けて下さった。着衣人形を彫っておると、心が自然と穏やかになるのです」

家康は、希美に近づき、そっと耳元で囁いた。

「某は、そこにおる家臣等をさえ恨んでおったのですよ。あれ等がおらねば、全て棄てて出ていける、と」


家康と希美の視線が交錯した。

家康は少しはにかんで、体を離した。

「えろが、えろ大明神様が、某を救ってくれた。真に感謝申し上げる。」

家康は、深く平伏した。

希美はじっと家康の月代頭を見た。こうやって月代頭を差し出されると、叩きたくなるのは何故なのか。

おもむろに、パーンとはたいた。


何故?!と顔を上げた家康に希美は言った。

「私もえろ教も、別にお主を救ってはおらん」

「いや、しかし」

「お主だ、会露太郎。お主がお主を救ったのよ。お主には、元々自分を救う力があった。そんな大変な人生を生き抜いてこれたのは、お主が頑張り、力をつけてきたからよ」

家康の月代部分が、紅葉の形で赤い。希美は衝動的に叩いた事が何となく申し訳なくなり、赤くなった月代頭を撫でながら言った。


「私やえろ教は、切っ掛けに過ぎん。ほんの少し、お主の殻を叩いたかの。それに呼応して、自力で破り出たはお主だ」

家康の口がへの字になった。顎に梅干しができている。

希美は思わず笑った。

「ふふ、顎に梅干し」

(子どもかよ)

希美は我が子を思い出し、指先で梅干しを撫でた。

(私がいなくなって、あの子大丈夫かな……母親が突然いなくなるなんて、寂しい思いをしてるだろうな)

希美は家康を見た。泣くのをこらえている顔が、我が子と重なった。

(このいえやすも、小さい時に母親と離ればなれになったんだよね)

希美は自然と言葉が出た。


「……よう、頑張ってきたの」




家康は顎の梅干しを撫でられながら、昔を思い返していた。


物心ついた時には母は既にいなかった。

折に触れて母から便りがあり、その文を抱いて眠った。

だが、やはり母の温もりを経験してみたかった。

母の手で、触れてほしい。

三河にある妙心寺には、寂しくなった時に足を運んだ。

母が自分のために寄進した薬師如来像に母を重ねたが、触れても冷たく、触れ返してはくれないのがより寂しさを募らせた。


自分の顎に優しく触れる指は、あの日求めた母の温もりだと、家康は感じた。

勝家の眼を覗けば、確かに母の慈しみがあった。


「よう、頑張ってきたの」


寂しくても、辛くても、頑張ってここまで来た。

それを、母に認めてもらえた気がして、家康は堪えきれなかった。


「か、母様あ!!」




胸に飛び込み、おいおいと泣く家康に、希美は戸惑った。

(母様って……おじ様ですがな)

ただ、家康が自分に母親を重ねている事はわかった。

(しょうがないなあ)

希美は、家康を抱き締め、背中を擦った。

家康が泣きながら胸の中で呟いた。

「胸が、硬い……」


「……そりゃそうだろ!」

こちとら、おっさんボディーである。




その後、男泣きにもらい泣きした松平家の家老酒井忠次(35)が、酔っ払った勢いで「母様!わしも抱いてくれいっ」と諸肌脱いだムキムキボディーを押し付けてきたので、希美はボコボコにしてす巻きにし、丹羽長秀の前に転がしてきた。


セクハラ筋肉達磨は、汚物まみれになればよい。






余談であるが、家康はこの岐阜同盟後、すぐに離ればなれになった母親を迎えに行った。

彼女は既に再婚している。

家康は、この再婚相手の家族も全て、三河に迎えた。


その後、ようやく家康は硬くない母の胸を堪能できたという。

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