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たつおきくん、はじめてのぼうけん

斎藤龍興くん回です。

希美はお休みなさい……

時は少し遡る。


美濃の総力を挙げて一万の軍勢を繰り出しながら、十四条で攻めきれなかった斎藤龍興は、軽海で体勢を立て直して再戦を仕掛けたもののやはり勝敗がつかず、真木村牛介の具申を受け夜襲を仕掛ける事にした。


その結果、


「な、何じゃと!真木村牛介はおろか稲葉又右衛門まで討ち取られたじゃと?!」


夜襲は、織田に殆ど被害がなく、こちらは大将格を二人も失うという痛恨の大失策となったのである。

帰ってきた夜襲隊は誰もが混乱し、

「落とし穴に落ちた」

「神罰が下った」

「いや仏罰じゃ」

「仏罰廚必死だなw」

「てめえ、この野郎!」

「やめろ、それより空から大猩々(ゴリラ)が降って来たんだ。ウホッ良いニンゲン、食べちゃいたいって言ってたような?」

と意味のわからぬ事を口走っている。


あまりの混乱ぶりと士気の低下に、龍興はこれ以上の戦は無理と判断し、翌朝早々に本拠の稲葉山城に撤退したのである。


大国美濃の総力を挙げた十四条、軽海の戦いは、斎藤軍の戦力を大きく疲弊させた。

数々の名将、良将の死、足軽となる農民の大量流出。その分、織田方の領地となった十九条、墨俣、森部などに民が流入し国力を上げている。


龍興のまわりの国人衆は、斎藤家当代は頼り無しと日より見を決め、家来衆も力不足の当主よと陰で馬鹿にした。

龍興は荒れた。執務を下に放り投げ、連日酒をくらい、女に溺れた。

一部の心ある家臣はこの状況をなんとかしようと龍興を諌めたが、奸臣斎藤飛彈守がある事無い事吹き込み、遠ざけられる結果となった。



「森部、墨俣、十九条、軽海、こうなったのは全てあの柴田のせいじゃ!わしは、わしはちゃんと真面目にやっておるのに、あの男が全てを狂わせた……!」

龍興は朝目覚めるや、小姓に迎え酒を持ってこさせ、気に入りの妾の体を弄びながら自棄飲みした。

ふと尿意を覚えた龍興は、しなだれかかる妾の体をぞんざいに押しやると、立ち上がった。

「あれ、殿様。どちらへ?」

乱れた吐息のまま、妾が龍興に問う。

「厠よ!」

龍興は苛立たしげに答えると、荒々しく戸を開け部屋を出た。



ふらつく足で厠を済ませた龍興は、庭で警備に当たる配下の会話を耳にした。


「もう、斎藤は終わりかもしれんの」

「おい!めったな事を言うなよ」

「だが、お前もそう思うだろう?先代はいつだって織田の侵入を防いできた。先代なら、こんな事にはならなかった」

「そりゃそうだ。当代は若いし、務めも果たさぬ。頼れる分家がいりゃあ、とっくに用済みでこの世にはいないさ」

「望む人は去り、望まぬ人が居座る。わしらには、迷惑な話よ」


龍興はそのまま部屋に戻ると刀を取り、また、引き返した。

そして裸足のまま庭に降りて警備の二人に背後から近寄ると、無言で斬り捨てた。


後から慌ててついてきた小姓に血にまみれた刀を渡し、龍興は感情の籠らぬ声で言った。


「あやつら、謀反の相談をしておった。無礼討ちじゃ。……着物が汚れたの。新しいものを用意せよ」


小姓が震える手で刀を持ち、着替えの手配をする。

龍興は汚れた着物を脱ぎ捨て、新しいのを妾に着付けてもらうと、「気晴らしに出る」と言い捨て、そのまま馬屋へ行き馬を盗んで供も連れずに城を走り出た。



龍興は、ただ闇雲に走った。

走って走って、走り続けた。


かなりの距離を走った頃、やたらに街道に人が多い事に龍興は気が付いた。


「何かあるのか?そもそも、ここはどの辺りなのだ?」


龍興は近くを歩く婆に尋ねた。

「おい、ここはどの辺りだ?なんで人が集まっておる?」

「へえ、この道を真っ直ぐ行くと、森部の御城ですじゃ。お侍様は降臨祭に来られたんじゃねえだで?」

知らず敵地に入り込んでいた事に驚いた龍興だったが、聞き慣れぬ言葉に思わず尋ね返した。

「降臨祭?」

「へえへえ。聖地森部の地に、えろ教のえろ大明神様が降臨なされるとかで、各地のえろ教徒達が集まっておるんですじゃ。わしも、えろ教徒になってから男共のいやらしい目を集めましてな、垢抜けたと近所のじい様連中から評判で。有り難い事ですじゃ……えろえろえろ」

「お前、まともに見えたが気持ち悪い婆だったのか……おい!こんな所で吐くな!」

「へえへえへえっ、えづいてはおりませんよ。えろ大明神に祈る時の文句なのじゃて。えろえろ……」

「おのれ、柴田め!わしの国の民にとんでもない改造を……!」

「へえへえへえへえっ、えろえろ……」


龍興はどん引きだ。

だが、俄然興味も湧いてきた。えろ大明神、柴田権六勝家。どのような男なのか。

龍興は、降臨祭とやらに参加する事を決めた。



「とんでもない人出じゃな」

森部城下に入った龍興は呟いた。美濃にえろ教徒が増えていると聞いていた龍興だったが、まさかここまでとは思わなかったのだろう。

(十四条でわしが動員した美濃兵の数より多いのではないか?)

龍興は戦慄した。

ここに来れているのがえろ教徒全部の数ではないだろう。

だとしたら、美濃にはえろ教徒がどれほどの数いるのか。もし龍興がえろ大明神である柴田勝家に仇為せば、美濃全土にえろ教一揆の嵐が吹き荒れるだろう。

それを想像し、思わず呻いた。



騎乗のまま物思いに耽る龍興は、先ほどから自身の馬が、前を行く身なりの悪い男達の背中を押し、時々小突いている事に気付かなかった。

男は堪忍袋がそろそろぶち破れたようで、仲間と共に龍興に突っ掛かってきた。


「おうっ、どこの青侍か知らねえがこんな人込みで馬に乗りやがって!さっきから、迷惑なんだよ!」

見た目はならず者百パーセントの癖に、ど正論である。

しかし、相手は箱入りの御坊っちゃまだ。龍興は逆ギレした。

「わしの進行を妨げてるお前が悪い!無礼な奴共め!!」

「「「ぶ、無礼はてめえだあーー!!」」」

見た目ならず者の完全な被害者団体は、龍興と馬に躍りかかった。

龍興とて小さな頃から父のような武将を目指し、鍛練を積んでいる。騎乗したままならず者達を軽くいなし、無礼討ちにしようと馬から降りて刀に手を掛けた。



「おいおい、被害者はどっちなんだよ」

そこへ割って入った人物がいる。

馬ウェイク、もとい前田利家だった。


「どけ。こ奴らは無礼故、今から討つのじゃ」

龍興は割って入った総髪の武者を睨んだ。

「止めとけ。誰かは知らんが、柴田殿の祭を汚すのは俺が許さんから。どう許さんかというと、えーと、あれだ。あれをボコボコにするから」

利家はなんだか適当だ。どこかで一杯やっていたのだろう。

龍興は、利家の言葉に食いついた。

「何をボコボコにしたいんだ、お前は。それより柴田殿と言っておったが、奴の知り合いなのか?」

利家は胸を張った。

「おーよ!俺の粋な名前をつけてくれたのは、柴田殿だぜ!」

「お前の名前?」

「ああ!『馬うえいく』ってんだ。いいだろー」

「お前も柴田も頭おかしいな」

「そう、俺達は小さくまとまらないんだ!でかい男だからな!!」


龍興は馬鹿を馬鹿にするのを諦め、ふとならず者達が気になった。

周囲を見渡すが、どこにもいない。逃げたようだ。

だが、自分の乗ってきた馬もいなくなっていた。

どうやら奴ら、ならず者らしくひと仕事したようだ。

龍興は激昂して利家の胸ぐらを掴んだ。

「お前!お前のせいでわしの馬を盗まれたではないか!!」

「あー、すまん。一杯奢るよ。それとも女がいい?良い着衣遊女がいるんだぜー」

「なんだ、着衣遊女って?!大体そんなもん、後からいくらでも自分で行けるわ!どこの遊女か教えろや!」

流石、龍興も酒色に溺れるだけあった。

利家は面倒臭そうに言った。

「遊女は睡蓮屋のお鶴ちゃんっていう娘だよ。じゃあ、何か俺にできる事あればやってやるよ」

龍興の眼が光った。

「ふむ。睡蓮屋のお鶴な。ならば、えろ大明神の柴田に会わせろ」

「何だ、お前。斎藤方の奴なのか?」

斎藤の名を聞き、龍興の眼が昏くなる。

「違う!……いや、だったら何だ」

利家は龍興の眼をじっと見て、にやりと笑った。

「いーぜ。会わせてやるよ」


龍興は訝しげに利家を見た。

「いいのか?」

「いいも何も、あの人神だから。殺そうとしても無理だろーぜ」

利家はにやにやしている。

「おし!まずは飯行こーぜ!なんかお前、陰気だからさ。飯でも食えば元気になるんじゃねーか?」

「陰気は余計なお世話だ!おい、離せ!」

「いーから、いーから。少年はおにーさんの言う事を聞いてりゃいーの。いやー、こうしてると、俺達仲間みたいじゃねー?」

「何でこいつ馬鹿力なんだ!馬鹿だからか?やっぱり馬鹿だからなんだな!?」




龍興は利家に強制的に肩を組まされ、森部の町の中に消えていった。


龍興君の初めての大冒険は、まだ続く。

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