こじ開けられた希美
どうして毎回真夏に正月の話を……(笑)
1564年の年が明けた。
結局希美に信長からの声がかからなかった。
希美の心は荒れた。落ち込んでやる気が起きない。
そこで、柴田家の家臣等や加賀や越後の国人衆を集めて新年会を過ごした後は、ふて寝正月を過ごしていた。
内政に関しては、粗方の方向性や指示を昨年末に終えてしまったので、その後の事は各分野の担当者に丸投げである。
どうせ雪深い北陸だ。
輝虎や越後衆も国許へと帰ってしまい、希美は完全に省エネモードと化していた。
毎日、部屋に引きこもりごろ寝だ。
どうせ政務は、有能な者がやってくれる。
希美のいつもの形は、家事を終えた主婦が、テレビを見ながらソファの上でよくとっているあのstyle。
横向きに寝っ転がったまま、片手肘を立てて手を枕に頭を支えるポーズである。
時にその格好のまま、『殿の乳首焦がし』をめちゃめちゃ歯を立てながら食べる。
極楽である。
「てる~、お茶~」
「私はお茶じゃないわよっ!!」
冬の午後の穏やかな日差しに照らされていた希美の顔に、影が射した。
寝転がる希美の前に、髭女中のてる(下間頼照)が仁王立ちで立っている。
顔も、どことなく仁王のように厳めしい。
「毎日毎日、部屋に籠って寝てばかり!殿以外、もう皆仕事してるわ。いい加減、外に出て仕事しなさいな!」
「ええ~。やる気出ない。それに、どうせ私は名誉領主みたいなものだし、私は大体いないしで、実務はいつも皆がやってくれてたでしょう?私、いなくても回るからへーき、へーき!」
「そういう問題じゃないわ!せめて、その姿を家臣達に見せなさいな。もうすぐ松の内も終わるのよ?殿が部屋にこもって出てこないから、家中の者達が『えろの尻戸』を開こうと、あなたの部屋の前で『エロノウズメ』合戦を開こうと盛り上がっていたわよ」
「ふぁっ!?」
部屋の外では、とんでもない事になっていたようだ。
部屋の戸を開く話が、何故か希美の尻戸を開く話へとすり変わっている。
しかもそのために、恐らく大量の変態男ストリッパー達が希美の部屋の前に集ケツし、裸踊り合戦を行うらしい。
見事希美のお眼鏡に叶うエロノウズメがいれば、希美の尻戸がパッカーンと……
「開くわけあるか、あの阿呆共!!!」
希美は頑固に寝転がりつつも、吐き捨てた。
「で?その合戦は、いつ開かれんの?」
希美は、合戦開催時刻ギリギリまで引きこもって寝転がろうとしている!
「さあ、私は今朝みんなが話しているのを聞いただけよ?私にも声がかかったのだけど、もちろん断ったわ。私の裸は夫だけのものよ。それに殿の尻戸なんか開かせても、私じゃお役に立てないわ」
「なるほど、確かにてるは一応女だものな!」
「一応じゃなく、今の私は心から女なのよっ!!」
「うむ。心が女な!」
希美とてるの噛み合わぬ会話が続いていると、にわかに部屋の外が騒がしくなった。
何やら大勢の人の気配と異様な熱気が感じられる。
と同時に河村久五郎の声が聞こえた。
「殿ーー!開けますぞお!!」
「え?」
ガラッバンンッ!!
希美の部屋の襖が豪快に開けられた。
「ええ……。普通に戸を開けられたんですけど……」
開け放たれた戸の向こうには、上下ふんどし二丁の河村久五郎と、ふんどし姿の柴田家家中の者達の姿がある。
そこには、加賀を取り仕切る元一向宗坊官の杉浦玄任や同じく加賀を任せている斎藤えろ兵衛(龍興)、もちろん元坊官の七里頼周を筆頭に三角鞍隊の面々が勢揃いしていた。
本来の『天岩戸』なら物語はここで終わりであるが、残念ながら『えろの尻戸』なので、(ご期待通り)ここからが本番である。
「なんと、お師匠様っ。えろ大明神様よっ。そのお姿はまさに涅槃仏っ。元来御仏の涅槃姿とは全ての教えを説き終えて入滅せんとするお姿。ま、まさか、我々を置いて入えろ……えろ界に帰ってしまわれんと!?」
「な……っ、お師匠様!このえろ兵衛、お師匠様がおらぬ世で、一人で立ち上がってイく自信がありませぬ!」
「殿ー!三角鞍に乗る我々を見る殿の蔑んだ目がこの世から失くなるなんて、嫌で御座る!」
「殿、お一人でイかないでくだされ!イくなら、この玄任も共に!!」
「わしも殿とイきたい!」
「わしも!」
「某も!」
「お前達……感動的なはずのお前達の言葉がまともに聞こえないんだが、私がおかしいのかな……」
「いいえ、殿。このてるの耳にも、こいつらがまともな事を言ってるようには聞こえないわ」
「やはりな!間違ってなかった!」
希美は、変態に慣れ過ぎていたようだ。
その間違いだらけの変態達は、どやどやと希美の部屋に入ってきた。
希美はすぐに涅槃styleを解除して起き上がろうとしたが、あっという間にふんどし武士、ふん武士にほぼゼロ距離で囲まれてしまった。つまり起き上がれば目の前にふん武士の『ふん武士君』という状況に、希美はできるだけ『ふん武士君』から距離を取ろうと、起き上がるのを諦めた。
希美は両肘を突いた中途半端な仰向け状態で、周囲の『ふん武士君』を不可抗力で仰ぎ見た。
「ん……?」
希美は気付いた。ふんどしに透け感がある。
なんか、うっすらと具材が見えている気がする。
「あっ、そのふんどし、まさか、レースか!!?」
「おお、お師匠様、お気付きになりましたか!そうで御座る。柴田領はレースの産地。女の湯巻きばかりではなく、わし等もふんどしにれえすを使いたいと作らせておったので御座る!」
「左様。なんせ高価故に、他の方はいざ知らず、某はここぞの時の勝負ふんどしとしてのみ使っており申すが」
「いや、玄任殿。私とて、もったいなくて、これを使ったのは今日が初めてに御座る」
「おお、大名であったえろ兵衛様までもが」
「ははは、今は只のえろ使徒にして、えろ大明神様の二番弟子に御座れば」
『只』とは、もう既に変態の事なのか。
絶望的な気持ちで後世を思う希美に追い討ちをかけるように、河村久五郎は宣った。
「では、各々がた!お師匠様の尻戸を開き、また現世に引き留めるためにも、えろ界に負けぬえろをわし等で体現致そうぞお!!」
「「「「「えろ!!」」」」」
その後は、只の大地獄であった。
仰向けで身動きが取れぬ希美に『ふん武士君』を見せつけるが如く、ふん武士達は扇情的に踊り狂った。
レースの隙間から、見えてはならぬチラリズム。
そして、あえて緩めに巻いたであろうレースふんどしが、少しずつ解けていく時のロシアンルーレット感。
ハラリご開帳時の絶望感。
希美は、引きこもった事を心の底から後悔したという。
希美はその後しばらく、真面目に領主した。
田畑を増やし、椿油の内職やレース内職を推奨し、各家に鶏を飼わせた。
転生もの小説で得た知識をえろ教徒の開発者に丸投げし、阿蘇の灰でローマンコンクリートを開発、使った分だけ木を植樹させ、孤児を含めた子ども達を印刷された教科書で学習させ、識字率は引き上げられつつある。
安宅湊の国際港化を目指した整備も進んでいる。加賀には本吉湊という有名な湊もあるが、国内の船の出入りが多く、国際港と併用するには障りがあったのだ。
今後は能登の輪島湊と越中の岩瀬湊も国際港化を視野に入れるつもりの希美だが、まずは加賀国内に海外の船を、というわけだ。
その他思い付くままに知識チートを丸投げし、テンプレ内政していった希美あったが、えろは放っておいた。
何故ならもう、えろは何もせずとも勝手に広まり、勝手に久五郎が組織運営し、勝手に日本各地に根付いていったからである。
もう日本は手遅れだと、希美は理解していた。
こうして日々を過ごし、気が付けばもう二月も半ば。
雪解けも始まろうとしている。
希美は先頃から数日間、坊丸の顔を見に、越後は春日山城で過ごしていた。
そうして、航路で安宅湊に戻り、湊整備の進捗状況を確認した後、尾山御坊まで戻ってきた。
そこで希美を待っていたのは、三角鞍隊の訓練場でまぞ武士と共に、汗とよだれを垂れ流す池田恒興その人であった。
「な、なんで?なんで池田殿が木馬訓練?!お前、こんな事せずとも、充分仕上がってんじゃん!」
「お、お久しぶりィッでっす!噂でっ聞いてからっ、絶対ーー試してェみィたくってええ!!」
「まさか、そのためだけに加賀くんだりまで?!ドえむのバイタリティー、パネエ!!」
驚愕する希美に、池田恒興は顔を歪ませ悶えながらも、器用に小首を傾げた。
「??ッぐぅッッ、よくわかりませんがァッ、私は殿の使いデエッ!!」
「え!殿の!?な、何なに!殿はなんて!?まだ、怒ってる??」
「いえ、殿はも、もう、ダメヘエエエエ!アアーーーーッ!!!」ガクンッ
池田恒興は昇天してしまった。
「おい、池田恒興!!このタイミングで昇天してんじゃねえ!!誰か、水持ってこいーー!」
数分後、木馬から引きずり降ろされ水を浴びせかけられた池田恒興は、復活した。
「いや、申し訳御座らぬ。しかし、最高でした!私も柴田屋で三角鞍を購入する事に決めました」
「いや、そのドえむ情報はどうでもいいわ。それで?殿は何か言ってた??」
ずぶ濡れの恒興は、ぽんと手を叩いて言った。
「おお、そうでしたな!柴田様、殿があなたをお呼びです。本願寺の顕如めが、公方様に織田との取りなしを頼んだそうで。殿は顕如との会談の席に柴田様を連れていきたいとの仰せで御座る」
その十日後、供を引き連れた希美は馬上の人となった。




