希美と信長の焦燥
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能登のまぞ猪親子は加賀から去った。
真冬である。北陸の雪は深いのだ。
それにもうすぐ正月が来る。輝虎等こちらに遠征中の越後勢は、正月まで加賀で過ごす事になった。
正月になれば、越後に残っている家臣達や有力国人衆達が希美に挨拶をするため、船便で加賀にやってくる。
輝虎達は、彼らの挨拶が終わり、帰国するのに合わせて、共に越後へ帰るらしい。
希美も、輝虎と共に越後へ戻り、坊丸と遊んだり、坊丸とお話したり、坊丸の誤解(希美の男関係)を解いたり、越後の内政に携わったりするつもりであった。
だが、もしかしたら、と希美は考えていた。
主君の信長の事である。
希美は確かに自由に動いてはとんでもない事態を引き起こすトラブルメイカーだ。
しかし、信長への忠義は厚い。
いつだって、信長を助けてきた。そして、信長にも希美の気持ちは伝わっていたはずだった。
だからこそ喧嘩をしても、もしかしたら「さっさと新年の挨拶に来い」とツンデレ召集の書簡が来るかと期待していたのだ。
だが、来ない。
信長には、今回の能登と越中の簡単な報告と、「詳しい報告をしたいから、そっち行ってもいい?ねえ、いいでしょ?もうそろそろ、某のフェイスをルックしたくなってきてるよね?殿のカモンを待ってまーす」というような誘い受けめいたお手紙を認めてとっくに送っているというのに。
「はあ……。もう少しでニューなイヤーが始まるのに。殿、既読スルーなんて酷いよ。まだなんか怒ってんの?それともこれ、新手の焦らしプレイなの?」
希美はここの所、能登へ出荷するための三角木馬や三角鞍の増産や調整で、能登のまぞ猪とやり取りしていた。
それでなくとも、三角鞍隊への入隊希望が増えて、よく城のまわりを三角鞍に跨がり奇声を上げる変態達がぐるぐる馬で走っているのだ。
希美は少し、感化され始めていた
「ゴンさんはまた、よくわからぬ言葉を……」
上杉輝虎は、執務室で報告書を仕分けながら、ぐでんと机に突っ伏す希美を呆れた顔で見やり、希美の見るべき報告書を希美の顔の脇に置いた。
希美は突っ伏したまま、じとりと輝虎を見上げた。
「ねえ、ケンさん。私、殿への書簡といっしょに、柴田屋の新商品の『殿の乳首焦がし』も贈ったんだよ?『殿の事をずっと考え続けて開発しました。これを食べる度に殿を思い出します』って一筆添えて!なのに、無視する!?可愛い家来が、こんなに慕っているのに……!」
「ゴンさん、大殿の返事がない理由はそれじゃないか?お主、その書簡を見てみると、大殿の乳首の事をずっと考え慕った挙げ句、大殿の乳首に似せた菓子を作って、大殿の乳首を思いながらその菓子を食べる変態としか思えぬぞ!」
「ま、マジで!?」
希美は、がばりと体を起こした。
「どどどうしようーー!私、キモい奴とか思われてる!?主(男)の乳首狙ってる乳首フェチ?!」
「わからぬが、会えば乳首を食われてしまいそうではないか。しかもあのふりもみ焦がしは少し強めに焦がしてある。乳首を炙られて齧られそうじゃ。わしなら、絶対会わん」
「な、なにぃーーー!!」
希美は、ショックを受けたようだ。
「私、そんなドえすじゃないし!むしろ、殿の方がドえすだし!」
「なら、ゴンさんが大殿に会ったら、仕返しに乳首を炙られて食いちぎられるのではないか?」
「『炙る』×『齧る』の合わせ技!?本格的な奴ぅーー!!」
希美は、震えた。恐らくこの肉体にダメージはないだろう。
しかし、そのシチュエーションは悶絶ものだ。
自分の乳首を齧る信長をどんな顔して眺めればよいのか。
「滑稽過ぎるっ!私、ドン引きすんの?それとも、爆笑してしまうの?!どーしよー、ケンさんっ。私、殿に会いたいけど、会いたくないっ。ケンさん、教えて。私は殿に会うべき?会わぬべき??」
「わしが知るかっ」
「よし、こんな時は無駄毛占いでっ」
希美は片脇を上げて、ハッとした。そして、愕然とした表情で、輝虎を見た。
「昨日、処理したばっかだった……。……ねえ、ケンさん。ちょっと脇を貸してくれない?」
「おい、まさかわしの脇の毛で……?」
「片脇だけ!片脇だけでいいからっ」
「嫌じゃ!むしろ、片脇だけ毛が無い方が嫌じゃ!」
「なら、両脇をきちんとむしるからっ。主からの、お・ね・が・い☆」
「それは、命令じゃろうが!前代未聞の命令じゃあ!!」
逃げようと後退る輝虎に、希美は肉体チートを最大限に駆使して、一瞬で間合いを詰めた。
そして、強引に押さえ込む。
「大丈夫。私、慣れてるから。痛くしないから……」
「キ、キャアアアアアーーー!!!」
「こらっ、殿!無理強いはダメでしょう!」
執務室の襖をガラリと開けて、入ってきたのは髭女中姿のてるだった。
「毛は男にとって、生涯の友。上杉様から、友を奪ってはいけないわ!」
希美は、自分の下で涙目でこちらを睨んでいる輝虎を見下ろした。
そうして、輝虎の上からどき、腕を引いて輝虎の上体を起こした。
「そうかあ、そうだね。ごめん、ケンさん。なんか色々考え過ぎて、自分を見失ってたよ」
「わしもお主が落ち込んでおるのは見とうはない。どうしてもと言うなら、わしの脇の毛をやらんでもないが、せめてきちんと頼んでからにせよ……わしにも心の準備というものがあるでな」
「うん。どうしてもケンさんの脇の毛が欲しくなったら、事前にお願いするわ。ごめんな」
「うむ。許してやろう」
こちらの主従は、仲直りしたようだ。
「殿、どうしてもというなら、私の脇を使ってもいいわよ。私も、最近、殿が柴田屋の仕事だけじゃなくて、『コジ院』や『いんさつ』、港の整備に、薩摩は島津から得た灰で何か作らせたり、無理やり忙しくして大殿の事を紛らわせようと必死なの、見ていられないのよ」
「てる……」
そう言って、てるは着物を片肌脱ぎし、腕を上げて脇を露にした。
「これで気が休まるなら、思う存分抜いてちょうだいな」
「てる……なんて、男らしい。ありがとうな」
希美はてるの脇に向けて毛抜きを構えたが、すぐに力なく降ろした。
「ごめん、てる。お前の脇の毛と、腕の毛の境目がわからない……」
てるは毛深すぎて、無駄毛占いには向かなかった。
希美は、信長がいるであろう遥か伊勢の地の方角に目を向けた。
忍びからの情報によると、あの後一向一揆の嵐が落ち着いた織田領から兵を呼び寄せた。その四万もの大軍をして信長は伊勢の北畠氏を降したらしい。
北畠氏の先代であり実質的に実権を握る北畠具教は、その弟の木造具政が織田に寝返った事もあり、すぐに白旗を上げたようだ。
信長は、滝川一益を大将として、現在も伊勢の支配を進めている。
つまり、今年の新年祝賀パーティーは伊勢で行われるらしいが。
「殿、やっぱり私を伊勢に呼んではくれないんだろうな……」
「ゴンさん、お主、恐らく伊勢の方角を臨んでいるつもりなのだろうが、そちらは越後の方角じゃぞ」
希美は、適当な性格であった。
その頃、信長はというと……。
「殿、真に権六をお呼びにならぬので?」
滝川一益にそう聞かれ、信長は渋面を作った。
「誰があのような男を呼ぶか!また勝手に領地を増やした挙げ句、勝手に武田と戦をしおった!事前に連絡もせず、好き勝手して全て終わった後で、事後承諾させるような真似を……。しかもあの菓子!わしの乳首を伸ばして焦がすなぞ、わしを何だと思っておるのじゃ!わしの乳首は、あれほど長くないし、黒くもないわっっ」
「……!!」
「おい、彦右衛門(一益)、何を真っ赤になって震えておる」
一益は、何か腹からこみ上げるものをすんでの所でこらえているらしい。
信長は訝しみながらも、苦々しげに吐き捨てた。
「あの書簡から察するに、権六はわしに呼ばれたがっておる。誰が呼んでやるものか!だが、次にまみえた時は、あやつの乳首をやっとこで伸ばして、蝋燭の日で炙ってから噛みちぎってくれるわ!」
「ぐばぶっっ!!」
その光景を想像してしまった一益は、耐えきれずに吹き出した。
そして信長に部屋から蹴り出され、退場していった。
「そうやって怒っておる割には、その『乳首焦がし』とやらを一人占めして、大事に食べておるようで……」
ちくりと信長に刺しこんだのは、年賀の挨拶に間に合うよう既に伊勢に入っていた林秀貞だ。
信長は、ふんと鼻を鳴らすと、脇に置いてある菓子箱から、黒く長細い菓子を取り出し、口に含んで咀嚼した。
こうして、1563年の年の瀬はあっという間に過ぎ去り、結局希美は信長から呼ばれる事なく1564年の年明けを迎えたのである。
というわけで、そろそろ信長リターンズでいきたいと思っていますが、はたして……?
マイナー神をお待ちの方、ありがとうございます。そしてすみません。
作者の事情により、遅れまてます。




