尼駆ける銭の閃き後編
読者の皆様に、最大級の感謝を!!
ままならぬ人生も懊悩も、笑って吹き飛ばそうぞ!
客室の裏手で待つ事数分、人の話し声と足音が聞こえてきた。
その中に懐かしい声が聞こえる。
希美は、窓から中をそっと覗いた。
涼やかな一重の目をぎらつかせた面長の若い僧が、高位の坊官と話をしながら部屋に入ってくる。他にも、お付きの僧や坊官が次の間に入っていく。
「来た……顕如様」
希美は、口の中でぽつりと呟いた。
(少し痩せた?また色々思い悩んでるのかな?あまりご飯食べられてないのかも)
思い悩んでいるのは、完全に希美のせいだが、そこら辺はスルーして希美は純粋に顕如の体を心配していた。
そのうち、開け放たれた部屋の入口から、庭に青年武士が打ち捨てられたのが見えた。
希美は息を呑んだ。
「殿……!」
部屋で寛いでいた顕如は、立ち上がると庭で転がる信長の元へと下りていく。
信長の傍に立った顕如は、問いかけた。
「あなたが織田弾正忠か」
「ならば、なんとする?」
不遜に答えた信長の背を、近くに立っていた坊官が踏みつけた。
「無礼な!こちらは本願寺派宗主の顕如様ですぞ!」
(あの坊官、殺す。社会的に殺す。裸にひんむいて『逆さ胡座縛り』のまま市中引き回しにしてくれるっ)
希美は、恐ろしい罰を瞬時に思い付いた。
「お前こそ無礼じゃのう。わしは、公方様より五か国の領地を認められた大名じゃ。その背を踏みつけるお前は、何様じゃ?」
そう言って返す信長の目は、強者の威厳を失ってはいない。
(あ、殿!ダメダメ!ナンパされて車に引きずりこまれて山に連れていかれた時、怒って相手を罵ったら絶対ダメなんだよ。そういう時は、無様に鼻水たらしながら泣いて、土下座でもなんでもして哀れみを誘うのが正解!向こうも気持ちが萎えて、何もせずに返してくれる率が上がるんだ……)
希美は、若かりし頃の知識を思い返して、信長が酷い目に合わないか不安になる。
だが、信長がそんな無様を晒すわけもない。
そして今回は、意外にも顕如が救いの手を差しのべた。
「よい、豊前守。流石、『翼を持った虎』よ。捕らわれてなお、食い破ろうと睨んでおるわ」
(牛さんマークのエナジードリンクでも飲んだのかよ)
「ぶぼっ」
思わず吹き出してしまい、「(えろ大明神様っ)」と証意に引きずり下ろされてしまう。
「(バレますぞ!)」
「(すまん……)」
二人でしゃがんだまま、口パクでやり取りした希美の耳に、とんでもないワードが飛び込んできた。
「筑前尼をどこに隠した」
「は?ちくぜんに?」
パアーーンッ
まさかの自分の名前に、希美は混乱し、「え?夢?」と何故か証意をひっぱたいた。
証意は「何故?!」というような目で希美を見たが、希美が何か言おうと口を開きかけて立ち上がったのを見て、急いで両手で口をふさぐ。
「グモッムガッ……」
そしてそのまま、縁の下へと引きずり込んだ。
その直後、窓の外から次の間に控えていた坊主が首を出して辺りを見回した。
「おかしいなー。なんかこの辺りから物音がしたんだが」
「猫でもいたんじゃねえか?」
証意がすかさず猫の鳴き真似をする。
「ナオーーン、ナオーーン」
「お、やっぱり猫か」
「最近、証意様が野良猫に餌付けしてるから、わりと境内を猫がうろついてんだ。糞尿の片付けが大変なんだよ……」
希美達はなんとか難を逃れたようだ。
縁の下で、ジェスチャーの応酬をする二人。
「(えろ大明神様!)」
「(めんごめんご!)」
「(ここは危ないから、縁の下伝いに庭をぐるりと進みましょう)」
「(何言ってんのかわからんが、よきにはからえっ☆)」
希美は、這って奥に進む証意に着いていく。
向こうの方から、信長と顕如の声が聞こえてきた。
「先ほどから何やら騒がしい寺じゃな。……で、ちくぜんに?何じゃそりゃ?」
「しらばっくれる気か!?お前が筑前尼を隠しておるのだろう!」
「しらばっくれるも何も、『ちくぜんに』が何者か、わからん!何か勘違いをしておるのでないか?」
「そんなはずはない。筑前尼は、あの時確かに織田の元へ去ったのじゃ。あのような魅力的な女が、織田家中で知られておらぬはずはない!」
「ちょっと待て。『ちくぜんに』は女なのか?」
「そうじゃ!私の室(予定)よ!」
ドタッ!!
希美は証意の尻に激突し、証意をはね飛ばした。
(いつの間に、私が顕如様の妻に?!)
抗議の声が出そうになる希美の頭を、倒れた証意が横倒しのまますかさず足で絡め取り、そのまま己れの股座に押し付けて口をふさぐ。
「モガモガッ!!?」
希美は、地獄を味わった。(自業自得)
向こうの庭では話が続いている。
「お前の室が織田におるのか?何故?」
「織田の者にたぶらかされたのじゃ!言えっ!私の室(予定)をどこへやった!!」
「だから、知らんわ!どんな女かもわからんのに、思い出せるか!特徴を言え、特徴を!」
一方、縁の下ではなんとか地獄から抜け出した希美が、股関を押さえて悶える証意に土下座している。
「(ご、ごめん……。一応優しめに反撃したんだけど。もうバレないように静かにしてるから!)」
「(ぐ、ふうっ……!お願いしますよっ!でも、次はもうちょい弱めにして下さい……///)」
何故、次がある前提なのか。
証意は、なんだか内股で進み始めた。
その間も顕如と信長の会話は続く。
「ほっとする笑顔で私の尻を叩いてくれる良い女なのじゃ……!」
「笑顔で尻を叩く女……?そんなヤバい女は、えろの女に間違いあるまいな。というか、お前、えろを弾圧しておる癖に、とんでもない趣味を持っておるの!」
「えろは悪魔じゃが、筑前尼は慈悲深き観音様よ」
「観音が慈悲で尻を叩くかよ!」
「それで、他に特徴は?」
「握り飯が美味い」
「そんな女、そこら中におるわっ!外見の特徴を言え!」
一方希美達は縁の下を進み続け、向こうの庭で顕如に問いかける信長の姿が見えてきた。
気付かれぬよう正面を避け、こそこそと部屋伝いに回りこんでいく。
さらに進み、庭に降りる階段を見つけてその陰に隠れた。
そうして、庭の様子を見守る。
顕如は、うっとりと語っている。
「まずは、切れ長の雅な目じゃな。口元は少しへの字になりがちで、そこが愛らしい」
「ふんふん。体つきはどんなだ?」
「体つきか……。まず、乳が大きい。たまに襟から覗く谷間に、私はよく挟まれたいと思うておった」
「気色の悪い事を言うなよ。だが、気持ちはわかるぞ。あれこそ、男の帰る場所よ」
「なるほど。確かに筑前尼の乳こそ、私の帰る場所よ。母の体に帰るようなものよな!」
証意が、「室だの乳だの、あなた顕如様に何したんですか!?」と小声で問いかける。
希美はどんな顔をしていいかわからなかったので、一度やってみたかったテヘペロコツンを実行して見せた。
「……今の仕草は?」
「可愛い女子が、やらかしてしまった時にする『テヘペロコツン』という古典的な仕草だ。これを見ると、多くの男は女子のやらかしを許してしまうと言われているが、実際にはより怒りを増幅させる場合が多い諸刃の剣よ」
「可愛い女子……てへぺろこつん……」
(顕如様、男の胸に帰ろうとしてるのがわかったら、絶対死にたくなるよね……。私は、一生男だとバレたらいけないな!)
テヘペロコツンを練習し始めた証意の横で、希美は顕如と信長の会話に耳を澄ませた。
「それで、他に特徴は?」
「大柄じゃな。とにかく大きい」
「なるほど。女相撲取りか」
真顔になった希美は、衝動的に傍にあった拳大の石を取り、ちょっと考えて石を捨てると、懐を探って明銭を見つけ、それを銭形平次よろしく、多少手加減して信長にぶん投げた。
ガツッッ!
「なんじゃ!?」
信長の頭に、明銭がクリーンヒットした。
信長はキョロキョロしている。
(ざまあああ!!!(爆笑))
希美は腹を抱えて笑いを堪えている。
そんな信長に顕如が尋ねた。
「どうじゃ?織田で見た事はないか?」
「ないな。そんな者は見かけた事もない」
「そうか……。つまり、誰か織田の者が隠しておるのか」
「そんな相撲取りみたいな女、隠れきれぬと思うが?」
(まだ言うか!)
希美は、希美は再度明銭を投げんと懐に手を入れた。
しかし、顕如の不穏な言葉に、希美は手を止めた。
「筑前尼については、また探すとしよう。それより、織田弾正忠。筑前尼を知らぬお前にもう用はない」
「なんじゃ、帰してくれるのか?」
「まさか。悪魔の手先は断罪せねばならん。先伸ばしにして、越後におる柴田が出ばって来ても面倒じゃ。明日、お前の処刑を行う」
「しょけムゴゴ……ッ!!?」
「(ちょ、何やってんですか!?)」
思わず叫んだ希美の口を、証意がふさぐ。
そしてすかさず希美に小声で囁いた。
「すぐにこの辺りを調べに人が集まるでしょう。私が囮になりますので、えろ大明神様は縁の下伝いに裏手に回り、来た道を引き返して下さい。帰り道も来た時と同じ隠れえろ門徒が協力してくれますので」
「ほんと、ごめん。(テヘペロコツン☆)」
「(憤怒)」
証意はそのまま陰から飛び出し走り去る。
「誰じゃ!!」
顕如がこちらを向いて叫ぶ。
「まさか……筑前尼!?」
顕如は、その背を追って駆け出した。
それを縁の下に隠れてやり過ごした希美は、完全に放置ぷれいな信長に笑いを誘われつつ、その場を後にしたのだった。
隠れえろ門徒の協力で無事に証意の部屋に戻った希美は、すぐに動き始めた。
処刑は明日。時がない。
「援軍が到着するまで、もうちょい時間を稼ぎたかったけど仕方ない。とにかく、殿をお救いせねばな」
希美の言葉に、証意は尋ねる。
「しかし、どうやって……。処刑前は、さらに警備が厳重になります。処刑の場も、隙などありますまい。不死身のあなた様はともかく、織田様を生きたまま逃がすのは至難の技に御座いますぞ」
「隙かあ。どうにかして作れないかなあ」
希美は懐手して考えを巡らす。
その時、ふと手に何かが触れた。
丸く硬質な手触り。
先ほど信長に投げようと考えていた明銭だ。
「……あ。思いついたかも」
「え?何か良い思案が?」
その時である。
ガリ、と部屋の天井から物音が聞こえた。
「「へ?!」」
希美と証意は、上を見上げて驚愕した。
鋸だ。鋸が突き出ている。
ガリガリガリガリガリガリガリガリ……
鋸は、凄い勢いで抜き差しを繰り返し、天井の一区画を切り取っていく。
「あ、あわわわわ!!!く、曲者!曲者じゃない?証意、人を呼ばなきゃ!」
「曲者の癖が強い!!?人、人を呼んできますっ」
「待たれよ!」
「癖が強い曲者じゃあ!?出合え出合え……って、お前かよ!!」
強引に切り取った天井の一部を外し、上から逆さまに顔を出したのは、伊賀忍者の藤林長門守だった。
「落ち着かれませ。某が言うのもなんですが、殿もれっきとした曲者に御座いますぞ。人を呼ぶのは悪手に御座る」
「「あ……」」
確かに希美は、曲者だった。
願証寺に侵入した一向門徒の敵、悪魔の女装えろ大明神。まさに曲者中の曲者である。
ちなみに内通者の証意も、尼姿。
天井には、無理やり鋸でぶち抜いて登場した忍ばぬ者。
ここには曲者しかいなかった。
「そうだった。私も曲者だった。だ、大丈夫かな。今の騒ぎ、外に聞こえてないかな」
心配する希美に、藤林長門守が答える。
「問題ないかと。聞き込んだ話だと、証意殿が何やら部屋で大きな一人言をして騒ぐのは寺内では有名な話で御座る。聞こえた所で、またか、と思われるだけに御座る」
「そっか、よかったよかった」
「いやあああああ!!!」
ホッとする希美の隣で、証意が悶えている。
踞る証意を無視して、藤林長門守は希美に報告する。
「手勢五百を寺内町に潜り込ませておりまする。伊勢の国人衆には手の者に根回しをさせております。早くて明日、遅くとも三日以内には、兵を集められましょう」
「流石ハッ○リくんのご先祖だ。仕事が早いな!」
「服部?誰??」
この時代、伊賀に服部くんはいない。とっくの昔に伊賀を出て、現在は三河のえろ太郎くん家で、着衣人形作りに精を出しています。
希美は破顔して言った。
「だが、ちょうどよかった!明日、殿を救出するのに、お前達に仕事を頼みたかったんだ」
「聞き及んでおり申す。処刑は明日だとか」
「うむ。まずは、証意に頼みがあるんだ。証意、聞いてくれ。お前の力が必要なんだ」
己れに目線を合わせ、真剣な眼差しを向ける希美に、悶えていた証意は気を取り直して希美に向き直った。
「えろ大明神様。私はえろ門徒になった時から、覚悟は出来ており申す。なんなりとお命じを」
希美は、遠慮なく証意に願った。
「証意、この寺の有り金を全て出せ」
次の日。
悪魔の主、織田弾正忠信長の公開処刑が行われると聞きつけて、多くの門徒が願証寺に詰めかけていた。
寺内町内に朝周知され、二刻後には執行されるというスピード処刑だが、現在一向一揆側の優勢とはいえ、下手に時をかければ織田軍が形振り構わず願証寺に雪崩れ込んでくるかもしれぬ。
決まったからには、さっさと殺すに越した事はないのだ。
信長は、寺内阿弥陀堂前の境内に縛られたまま座らされており、脇には屈強な坊官が逃走防止に控えている。
少し離れた所には、顕如と高位の坊官が床几に座し、これから行われる執行を見守る。
信長は、泰然と座している。その様は、いっそふてぶてしい。
「それでは、これより悪魔の主で手先、織田弾正忠信長の処刑を行う!」
ウワアアアアア!!
歓声が上がる。
だが、信長は動じぬ。
顕如が立ち上がり、信長の近くまで来て問うた。
「本当に、筑前尼を知らぬのか?」
「知らぬ」
「そうか……」
ならば用はないと引き下がる顕如の背中に、信長は問い返した。
「まさか、その筑前尼とやらを探すために、戦を引き起こし、わしを生け捕りにしたのではあるまいな?」
顕如は、少し立ち止まって、また歩き始めた。
「傾国の女相撲取り、か。まさか、尼のせいでわしの命が潰えようとはな」
信長は渋面を崩さぬまま、呟く。
信長は天を仰いだ。
「わしが運良く生き延びたら、その尼を奴より早く捜し出し、くびり殺して大坂本願寺に寄進してやるわ」
それは無理な相談である。
その尼は、不死身なのだ。
そんな事など知らぬ信長は、天から何かが落ちてくるのを見た。
きらりと光ったそれは、信長の頭にコツンと当たり、膝の上に落ちた。
「明銭?」
言い終わらぬ内に、また空から銭をが降ってくる。
バラバラバラバラ、落ちてくる。
首を捻って振り返って見上げれば、阿弥陀堂の屋根の上に何人かの男達がおり、大きな袋から銭をばら蒔いている。
「門徒の皆に、顕如様からの振る舞いじゃあ!そおれっ」
「悪魔調伏の祝いよ!そおれっ」
バラバラバラバラバラバラ。
バラバラバラバラバラバラ。
銭が雨のように境内に降り注ぐ。何人かが、「銭じゃ、祝い銭じゃ!」と囲いを抜けて、信長の近くで金を拾い始めた。
そうすると、集まった民衆は我も我もと暴走を始める。
雪崩れのように刑場に殺到する人々。顕如達が何か叫んでいるが、全く届いていない。
いつの間にか、信長は人の波に呑まれていた。
「な、何が起こった?!」
戸惑う信長の耳に届いたのは、久しぶりの家臣の声。
「殿っ、助けに来たよおお!!」
「うおっ!」
信長は、その声の主に体当たりされ、縛られたまま倒れ込んだ。
「権六!お前かっ」
信長は己れに抱き着く希美を見て、げんなりした顔をした。
「なんで、尼姿なんじゃ」
「変装して潜入してたから。てか、この縄の結び目、きつ過ぎ!全然解けねえ!」
希美は不器用で面倒くさがりである。
解くのは後にして、信長を担ぎ上げた。
「面倒臭いから、このまま逃げよう!この混乱に乗じて、うちの忍者が動いてくれてるから。行くよ、殿!」
「え、おい、縄このまま?!」
だが、去ろうとする希美を呼び止める声があった。
「筑前尼!!」
希美は、振り返った。
顕如だ。人々の向こうから、真っ直ぐこちらを見つめている。
顕如は、もう一度希美を呼んだ。
「筑前尼!!どうして……!」
「顕如様……」
真っ直ぐに求められる顕如の瞳に貫かれ、希美はどうしていいかわからず、とりあえず謝った。
「顕如様、ごめんなさい!!」
「え、筑前尼?顕如様?え?え??」
信長は混乱している!
そんな信長を置いてきぼりにして、話は進んだ。
顕如は叫んだ。
「私といっしょに大坂に帰ろう、筑前尼!お前を室にする。そう決めたのだ!」
「無理よ、顕如様!だって、だって、私……」
(えろのおっさんだしっっ)
希美がえろおっさんである事を知らぬ顕如は、希美を宥めるように語りかけた。
「大丈夫だ。お前を咎めたりはしない。お前がどんな人間でも、私にはお前が必要なんだ!」
「いいえ、そんなのは嘘よ。あなたは何も知らないのよ!」
(あなたが必要としてるのが、えろのおっさんだって事を!)
「知っている!お前はえろなのだろう?それでも、お前に傍にいて欲しい!側室として、私を支えて欲しい!」
「(ハーレム入りとか)無理よ。私には……」
信長は混乱しながら、希美に聞いた。
「な、なあ、あの男は、何を言っておるのじゃ?お前を側室にとか、何がどうなって??」
しかし顕如が希美の答えを阻む。
「まさか、お前はその男を……。その男はお前の何なのだ!!」
希美は答えた。
「大切な方よ。私にとって主であり、家族も同然なの!」
「そんな!お前は既にその男の側室に!?」
「いや、側室じゃないから!」
「何!日陰の身なのか?そんな酷い目に合わされて、何故そいつを選ぶんだ!」
「確かに殿は、私を鞭でしばき倒すし、縛ったまま放置された事も、のし掛かられて激しく(ポカポカと)いたぶられた事もあったけど、でも、大事な人なの」
「はあ!?鬼やないか、その男!私は、絶対そんな男は認めぬ!筑前尼を幸せにできるのは、私だけや!!」
感情が昂り過ぎて、方言が出てしまった顕如は、人の波をかき分け希美の方へと進んでくる。
しかし希美は、捕まるわけにはいかないと、後退った。
「ごめんなさい、顕如様。私の事は忘れて下さい。御裏方様と、お二人でお幸せにー!!」
希美は、走り出した。
「筑前尼いいい!!!」
背後で顕如のシャウトが聞こえる。
「ごめん、顕如様……!」
希美は、顕如の声を振り切るように、出口に向かい走っていく。
「筑前尼……顕如様……尼姿の権六……」
希美に抱えられた信長が、何やらブツブツ呟いていた。




