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尼駆ける銭の閃き前編

実の父親に、最も見られたくない秘密を暴かれた証意が、バッキリと心を折られて二日後、雑賀衆の増援と共に顕如が願証寺に入った。

雑賀衆は織田と戦を続けていた伊勢国人等に加わり、いよいよ門徒勢力の勢いが強まってきている。

しかし、織田も元々この伊勢に大きな戦力を投下している。特に、トップの信長が願証寺に囚われたままとあっては、おいそれと逃げ帰るわけにもいかない。

現在、信長の安否は不明。

願証寺に使者を立てても、なしのつぶてなのだ。

交渉のしようもない。

結果、願証寺の信長奪還を目指して、織田軍はひたすら戦っていたのである。



そんな周囲の状況を露知らず、信長は突然牢から出された。

「何事じゃ」 

という信長の問いに証恵は「あのお方が参られたのですよ」と答えた。

「あのお方?」

訝しがる信長を、縄も解かぬまま連れ出した証恵は、宿坊の庭に信長を打ち捨てさせた。

ざり、と敷き詰められた白い砂利の上に転がった信長に、影が射した。

見上げると、若い僧が立っている。


「あなたが織田弾正忠か」


若い僧の問いかけに、「ならば、なんとする?」と不遜に答えた信長の背を、隣の坊官が踏みつける。

「無礼な!こちらは本願寺派宗主の顕如様ですぞ!」

「お前こそ無礼じゃのう。わしは、公方様より五か国の領地を認められた大名じゃ。その背を踏みつけるお前は、何様じゃ?」

そう言って返す信長の目は、強者の威厳を失ってはいない。

傲岸に、下から坊官の目を射抜いている。


「よい、豊前守。流石、『翼を持った虎』よ。捕らわれてなお、食い破ろうと睨んでおるわ」


ぶぼっ


どこからか怪音が響いたが、顕如と信長の二人の耳には届かぬ。

信長は己れをここまで追い詰めた相手をじっくりと見定め、顕如は何か思い定めた様子で信長に鋭い眼差しを送っている。


しばらく見合った後、口火を切ったのは顕如であった。


「筑前尼をどこに隠した」

「は?ちくぜんに?」


パアーーンッ

グモッムガッ……


「先ほどから何やら騒がしい寺じゃな。……で、ちくぜんに?何じゃそりゃ?」

顕如は声を荒げた。

「しらばっくれる気か!?お前が筑前尼を隠しておるのだろう!」

「しらばっくれるも何も、『ちくぜんに』が何者か、わからん!何か勘違いをしておるのでないか?」

「そんなはずはない。筑前尼は、あの時確かに織田の元へ去ったのじゃ。あのような魅力的な女が、織田家中で知られておらぬはずはない!」

ヒートアップする顕如に、信長は少し冷静になる。

「ちょっと待て。『ちくぜんに』は女なのか?」

「そうじゃ!私の室(予定)よ!」


ドタッモガモガッ!!


「お前の室が織田におるのか?何故?」

「織田の者にたぶらかされたのじゃ!言えっ!私の室(予定)をどこへやった!!」

「だから、知らんわ!どんな女かもわからんのに、思い出せるか!特徴を言え、特徴を!」

顕如は、ニヤニヤと思い出し笑いをしながら言った。

「ほっとする笑顔で私の尻を叩いてくれる良い女なのじゃ……!」

「笑顔で尻を叩く女……?そんなヤバい女は、えろの女に間違いあるまいな。というか、お前、えろを弾圧しておる癖に、とんでもない趣味を持っておるの!」

「えろは悪魔じゃが、筑前尼は慈悲深き観音様よ」

「観音が慈悲で尻を叩くかのよ!」

二人の会話は全く噛み合ってない!


信長は、再度顕如に問いかけた。

「それで、他に特徴は?」

「握り飯が美味い」

「そんな女、そこら中におるわっ!外見の特徴を言え!」

顕如は、うっとりと語り出した。

「まずは、切れ長の雅な目じゃな。口元は少しへの字になりがちで、そこが愛らしい」


「ふんふん。体つきはどんなだ?」

信長は、脳内に特徴を思い描いきながら聞く。

顕如は説明を続けた。

「体つきか……。まず、乳が大きい。たまに襟から覗く谷間に、私はよく挟まれたいと思うておった」

「気色の悪い事を言うなよ。だが、気持ちはわかるぞ。あれこそ、男の帰る場所よ」

「なるほど。確かに筑前尼の乳こそ、私の帰る場所よ。母の体に帰るようなものよな!」

顕如と信長は頷き合った。

だが、残念ながら、筑前尼の乳は父にしかなれぬ。

故にその論理でいくと、顕如が帰るべき場所は、筑前尼の『金えろう様』であろう。


「それで、他に特徴は?」

「大柄じゃな。とにかく大きい」

「なるほど。女相撲取りか」


ガツッッ!

「なんじゃ!?」


信長の頭に、どこからか飛んできた明銭がクリーンヒットした。

信長はキョロキョロしている。


そんな信長に顕如が尋ねた。

「どうじゃ?織田で見た事はないか?」

信長は考えた末に答えた。

「ないな。そんな者は見かけた事もない」

「そうか……。つまり、誰か織田の者が隠しておるのか」

「そんな相撲取りみたいな女、隠れきれぬと思うが?」

顕如は、首を横に振った。

「筑前尼については、また探すとしよう。それより、織田弾正忠。筑前尼を知らぬお前にもう用はない」

「なんじゃ、帰してくれるのか?」

顕如は、酷薄な笑みを浮かべた。


「まさか。悪魔の手先は断罪せねばならん。先伸ばしにして、越後におる柴田が出ばって来ても面倒じゃ。明日、お前の処刑を行う」


目を剥いた信長が何か言うよりも前に、遠くで叫び声が聞こえた。


「しょけムゴゴ……ッ!!?」


「誰じゃ!!」

顕如は声のした方に視線を走らせた。

すると、そこには走り去る尼の大きな背中が。


「まさか……筑前尼!?」


顕如は、その背を追って駆け出した。



しかし、結果は筑前尼ではなかった。

部屋に入ろうとする尼の肩を掴んで顔を見ると、全く別の大尼だったのだ。


「筑前尼よ、あなたは何処へ……」


顕如は肩を落として、呟いた。


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