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伊勢ショック

マイナー神でも書いたのですが、謎の吐き気で更新遅れました。

現在薬で少し落ち着いています。


そして、今回はシリアス回、後、希美出番無し。

伊勢国、長島。

『七島』とも呼ばれたその地は、木曽三川の河口付近にあり、枝分かれした木曽川の流れに囲まれ陸地から切り離された土地である。

厳密には伊勢国となるが、尾張の者はここを尾張国河内郡の一部と見なしているなんとも微妙な地域である。

この地の特異性は、それだけではない。

ここは古くから、一向門徒の勢力が強い土地なのだ。

長島の杉江にある願証寺をはじめ数十の本願寺派の寺院・道場がある。

周囲には中江砦・大鳥居砦などを造って武装化しており、さらに周囲の国人達を取り込んで、この地は一向門徒の自治区と化していた。

尾張を統一した信長も、それ故にこの地だけは未だに支配下に置いておらず、いつかは得たいと思っていたのである。



話を九月まで戻す。

三好盛興の葬儀が終わり、希美が彦姫の婚礼のために越後へ向けて芥川山城を発った後の事だ。

信長は織田家と三好家の婚姻の話を詰めた後、喪が開けるまで長慶を三好家に残すことにして、自身は六角氏の居城である観音寺城に移った。

そこから、丹羽長秀に命じていた安土城建設予定地を視察、使者のやり取りで岐阜城と連携を図りながら、伊勢の侵攻に着手したのである。


信長は、まず伊勢の国人衆を味方につける事にした。

以前、六角家のお家騒動を発端とした戦に介入した際、信長と通じて共に戦った蒲生定秀が娘を伊勢の国人神戸氏に嫁がせている事を利用し、当主の神戸具盛を引き込んだ。

そうして、神戸具盛の盟友である赤堀氏も芋づる式に仲間にした信長は、彼らを足掛かりに伊勢に軍勢を進めていった。


それは、非常に順調であった。伊勢の国人衆は、多くが信長に恭順の意を示したからだ。

だが今思えば、順調過ぎると怪しむべきであった。


十月も半ばを過ぎ、伊勢のほとんどを手中に収めて、長浜まで来た時、信長は確かに油断していた。

なんせ、織田領の尾張はすぐ目と鼻の先。

そして激しく抵抗すると思われた長浜一帯の門徒達は、おとなしく織田軍を受け入れたのである。


刃を交える事なく砦を通り過ぎ、信長と滝川一益以下千五百の軍勢は願証寺に招き入れられた。

伊勢の支配や門徒への対応について、話を聞きたいというのだ。

信長を招いた願証寺の住持証恵は、五十手前であったが、枯れ木のように痩せ、六十を過ぎていると言われてもおかしくないような風貌の男であった。

恐らく死病に侵されているのだろう、と信長は見てとった。

しかし、その目は泰然として、柔和な笑みを浮かべていながら一筋縄ではいかない雰囲気を醸し出している。


「この度は、態々拙僧の招きに応じていただき、かたじけのう御座います。まずは、一服馳走致しましょう」


証恵の点てた茶を、一益が「某からいただきまする」と口に含む。

毒味であろう。

一益に変化は見られない。


「ほほ、毒など入っておりませぬよ」


そう笑って、証恵はもう一服茶を点てて、赤茶の地に釉薬が美しい茶碗をコトリと信長の前に置いた。

信長は、片手で椀を取り、一気に飲み干した。


「美味い!」

「噂に違わず、豪気なお方のようですな」


証恵は笑みを濃くして信長を見た。


「しかし、豪気も過ぎると命取り。毒ではないが、薬入りかもしれませぬ。その効き目とて、すぐに訪れるとは限りますまい」


「殿……申し訳御座りませぬ……!」

「彦右衛門!」

隣を見ると、崩れ落ちかけている一益の姿。

信長は慌てて立ち上がろうとしたが、足に力が入らぬ。

信長の耳に、証恵の穏やかな声が入ってくる。


「なに、今すぐ命を取ろうとは思っておりませぬよ。あの方が、あなた様に何やら話があるそうですからな。少し動けぬようになるだけ。では、当寺でごゆるりとお過ごし下され」


入り口が開き、外からドタドタと足音が入ってくる。

信長は自身が乱暴に縛られているのを感じながら、意識を失った。




「……織田様、織田様!」

体を揺さぶられ、信長の意識が浮上した。

始めは夢うつつだったが、意識を失った経緯を思い出し、縛られたままガバッと上体を起こす。

油断なく辺りを見回した信長は、目の前に自分と同じ頃の僧が、心配そうに自分を覗きこんでいるのに気付いた。


「誰じゃ」

信長の誰何に、僧は名乗った。

「拙僧は、証恵の子、証意に御座います。こうなる前にお助け出来ず、申し訳のう御座います」

「お前がわしを助ける?……いや、こうなる前とは?状況を説明せよ」

信長にじろりと睨まれ、証意は答えた。

「現在、織田様は袋の中の鼠に御座います。お手勢の千は、毒入りの酒で動けませぬ。本日、各地で一斉に一揆と反乱が起きておりますので、尾張の軍はそちらに足止めされ、寺の周囲で待機している軍勢は、本願寺と内応している伊勢国人共がこぞって反旗を翻し、苦戦を強いられております」

「つまり、ここに援軍は来ぬのじゃな」

「左様に御座います」

頷く証意を鋭く見やり、信長は胡座のまま腕組みをして目を閉じた。


証意はそんな信長に、言った。

「ですが、援軍は参ります。先ほど滝川様に説明を致しました折に、えろだ……柴田様に援軍を頼むように、と滝川様のご配下の方に繋ぎをつけさせてもらいました」

「権六にか!?」

信長は、目をカッと開いた。

「権六はダメじゃ!他の者にせよ!」

「何故?!それはもちろん、近辺の方々にもお声をかけましょうが、今はどこも難しいかと思いますぞ」

「せめて此度の伊勢攻めは、権六に頼りとうないのじゃ。わしの力で捩じ伏せねば、いつか取る天下はわしが成したとは言えぬ。」

信長は、渋面で唸るように絞り出した。


信長は目的のためには、『柴田勝家』の才覚も、『えろ大明神』のカリスマ性も、存分に使うつもりである。

そこに躊躇いはない。

しかし、それ無しで自分の力を示さねば、天下をものにした時に誰も自分の力を認めないだろう事は予想していた。

だからこそ、『柴田勝家』の関わらぬ今回の伊勢攻めを、勝家無しで成功させなければならぬと思っている。


(それに、権六を信じ過ぎるのも良うない。あれが裏切るとは思えぬが、あれといるとわしは弱くなる気がする……。上に立つわしが一人で背負うべき重荷を、一人で負えなくなる……)


そんな信長の懊悩をどこまで理解したかわからぬが、なんとなく感じ取ったのだろう。証意が信長に提案した。

「ならば、滝川様のご配下の方に頼まれて柴田様がこちらに向かう前に、織田様の文を届けさせましょう。それならば、ご希望に沿えましょう」

「うむ。そう致そう」


信長は証意の懐の懐紙と筆で、希美への拒絶メッセージを認め、証意に託した。

「それでは、仲間にこれを届けさせて参ります。織田様を逃しますのは、その後、また折を見てこちらに参ります」

そう言って牢から出ようとする証意を、信長は呼び止めた。


「お前は、えろ門徒なのか?」


証意は頷いた。

「以前、柴田様より直々に教えを賜り、えろに転び申した。今は宗派を越えた仲間と『墨染め会』を作り、隠れえろの支援をしております」

「そうか……」


信長は去っていく証意の背をじっと見つめた。

「ここにおらずとも、権六はわしを助けるか……」

その眼差しは、一抹の悔しさと、そしてどこか安らぎを含んでいる。

信長の口元は、ほんの少しだけほころんでいた。




信長の文を『墨染め会』メンバーに預けた証意は、文を大事に隠し持って去っていく尼姿の大男の背を見送り、怪しい人間が尾行していないか確認した後、願証寺住持証恵の待つ部屋を訪れた。

証恵に呼ばれたからである。


「父上、私に話とは?」

息子に問われ、証恵は眼差しを厳しくした。


「何やら、わしに隠し事があるようじゃの」


ひゅっと証意の喉がなった。

(私が隠れえろだと知られた……?まさか、着衣人形を親鸞上人に見立てて、色々なえろ場面の親鸞上人で修行(ハアハア)しているのがバレた!??という事は、私が織田殿を逃がそうとしているのもわかって……)


それでも証意は胸の内を押し隠し、シラを切るしかない。


「なんの事やら……」

「認めぬか。わしは、見たのじゃぞ」

「!!?(それは私の修行現場を?!それとも、牢の織田殿との密会!?修行の方なら、死ねるっ。浄土真宗的にっ!)」


こいつ、どんな修行をしているのか。

証意は、カタカタと震え出した。

だが、口を閉ざしたまま、何も言わぬ。いや、言えぬ。

想像してみてほしい。

親に特殊性癖のエロ本がみつかり、「これは本当にあなたの趣味なの?」と聞かれて、「イエス☆」と堂々答えられるだろうか。

答えられるはずがない。


そんな証意を、父証恵はさらに追い込んだ。


「これは、お前の部屋で見つけたものじゃ」


バサッ。

目の前に投げ捨てられたのは、尼衣装。


「お前、時々尼になっておるな?」

(こっちかあーーー!!)


証意は顔を覆って突っ伏した。


証恵は、息子に発覚の経緯を語り始めた。

「少し前に、寺内で怪しい尼を見かけたのじゃ。なかなかに色気のある尼故、わしは尻でも揉んでやろうとその尼の後を追ったのよ。すると、その尼はお前の部屋に入っていった……」

(父親に尻を揉まれそうになったのか、私は!?)

証意は、怖ぞ気が走った。


「わしは、あの尼はお主の恋人であったかと、部屋の前で聞き耳を立てた」

「な、何故聞き耳など……」

「あの尼の色っぽい声でも聞こえるかと思うてな」

「うわあ」

ドン引きした証意は、証恵の次の言葉て今度は悶絶する羽目に陥った。


「しかし、お前の部屋からはお前の声しか聞こえぬ。『親鸞様、いけませぬ』だの『親鸞様、ご立派な……』などと意味のわからぬ声がな」

証意は、それ以上聞きたくなくて、耳を塞いだ。

「そっと中を覗くと、尼がお前の声を発しながら、親鸞上人と思われる木像を前に、ハアハアと……」

「いっそ、殺せええ!!!」


証意は天を仰いでシャウトした。


証恵「わしがショックじゃわ」

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