猫ネコ狂想曲中編
おおむねシリアス回……
細川与一郎藤孝は、苦しげに言葉を吐いた。
「公方様は、『猫』になってしまわれた」
何を言われるかと身構えていた信長は、ぽかんとした顔で藤孝の顔を見た。
織田方の他の面々も、同様である。
藤孝は、吠えた。
「公方様に『猫耳』を送ったのは、お前であろうがあっ!!!」
信長が反射的に希美を見た。
希美は(いやいやいや!)と手を振って否定する。
希美は口パクで信長に伝えた。
「(公方様への進物、選んだの、私じゃないし!)」
信長も希美を指差しながら、口パクで返す。
「(猫耳の発案者は、権六じゃ!お前が全て悪い!)」
「(公方様への進物に猫耳入れた殿が悪いんでしょ!)」
「(わしが入れたんじゃない!全て目利きで有名な堺の商人に任せたのじゃ!あの商人、『魚屋』と目録を確認しておきながら公方に送った佐渡守が悪い!)」
林秀貞は、目を逸らしている。
(そもそも『魚屋』は、何故『猫耳』を入れた……)
希美は頭を抱えた。
藤孝は信長にまくし立てていた。
「よいか?公方様はな、今、日常的に猫耳をお付けになり、尻尾まで生やしておられる。仕草や言葉まで、どこか猫らしくおなりになってしまわれた。この事は、あっという間に都に広まり、『猫公方』と町の者に揶揄される始末……。足利家の権威は地に落ちたのじゃ!!」
希美は藤孝に反論した。
「いやいや、足利家の権威は前から地に落ちムグウッ!!」
「黙っておれ!」
信長は、慌てて希美の口をふさいだ。
藤孝は信長を睨んで言い放つ。
「明日の謁見で、『猫耳』を止めて下さるよう公方様を説得せよ」
「説得のう……」
『面倒臭い』と信長の顔に書いてある。
その顔を見て、信長の心境を察したのだろう。藤孝が信長を脅す。
「のう、織田殿。織田は大きくなった。だが、それを快く思わぬ者とておろうなあ。さらに足利将軍家までが織田に不満有りと諸大名に知られれば、今友好的な者とてどう転ぶか」
信長は、ため息を吐いた。
「公方様の説得、善処致しましょう……」
「よろしく頼むぞ!」
そう言い置き、藤孝は帰っていった。
藤孝が去った後、希美が心配そうに信長に尋ねた。
「殿、善処するなんて言って、説得できるんですか?」
だが、信長は最高の笑顔で言い放った。
「よし、権六。説得はその方に任せた!詐欺でも『えろ』でも好きに使って、公方様の『猫耳』を外すのじゃ!!」
「まさかの丸投げ!!?」
かくして、希美に『猫公方を人間に戻す』という指令が与えられた。
さらに三好家からの使者が、『織田の下につく』という三好一族の総意を、本能寺の信長等にもたらしたのは、その日の夕刻の事であった。
次の日、希美は信長と共に、二条にある足利御所へとやって来ていた。
平伏する信長と希美の前には、確かに『猫耳将軍』がいる。
もう、産まれた時から猫耳であったかのような自然さで、装着していらっしゃる。
『え?耳?ああ、飾りなんですよー』と、人間耳の方を取り外してしまいそうなほどだ。
将軍の猫耳は彼にとってなくてはならぬ存在である事が伺われた。
(これを外す……。厳しいぞ。『耳なし芳一』みたいに、引きちぎるしか手は無さそうな気配がする)
希美が最初に感じた印象はこうであった。
お決まりの挨拶が終わり、『猫公方』こと足利義輝は信長と希美に話しかけた。
「よう参ったのう。羅城門の資金、大義であった。恐れ多くも主上も大層お喜びであらせられた。その上、此度は予にこの上無きものを贈ってもろうた」
信長と希美、そして藤孝を始めとした側近達がピクリと反応する。
そんな周囲の緊張を知ってか知らずか、義輝は笑顔で話を続けた。
「のう、上総介。是非恩賞を取らせたいのじゃが、お主、幕臣にならぬか?相伴衆はどうじゃ?」
信長は、淀みなく答えた。
「身に余る光栄で御座る。しかしながら、我が身には過ぎたる栄誉なれば、今はまだお受け致しかねまする」
義輝は残念そうに言った。
「左様か……。では、他に望みのものはあるか?予はお主の功に報いたいのじゃ」
「然れば、堺をいただけませぬか?」
「堺を?」
義輝は、心配そうに信長に尋ねた。
「あの地は商人共が自治を豪語し、本願寺や三好とも繋がる難しい土地ぞ。それ故、こちらもほとんど放置しておる状態でな。やってもよいが、大丈夫かの?」
信長は、答えた。
「実は、堺の商人共は織田の支配を望んでおり申す。三好も、織田に恭順を示し申した。本願寺は気がかりでは御座るが、堺の支配にそれほど苦心はいらぬと思いまする」
信長の言葉に、義輝は目を見開いた。
幕臣達も動揺して、口々に声を上げた。
「なっ、三好が恭順!?」
「真か、織田殿?!」
信長は頷いた。
「真に御座る。三好は今厳しい立場に立たされており申す。織田との共存は、三好とてお家を守る事になり申す故」
「な、なんと……信じられぬ……」
「織田領はどこまで……」
幕臣達が、呻いている。
その声色は、警戒を含んでいる。下克上上等の昨今だ。
織田が足利家に成り代わろうとしているのではないかと不安なのだ。
だが、当の足利将軍義輝は、屈託のない笑い声を上げた。
「ハッハッハッ!流石は織田殿よの!あの三好まで、取り込んでしまうとは。これは、面白い。そこの柴田権六といい、『猫耳』といい、いや、真に愉快よ!のう、与一郎」
義輝に同意を求められ、藤孝は「は、ははっ」と複雑そうに答えている。
義輝は、楽しそうな表情で、信長に告げた。
「ならば堺を、くれてやろう」
「「有り難き幸せ」」
これで、当初の目的『堺ゲット』は達成できた。
後は、猫耳を引きちぎってでも、義輝を『猫耳なし将軍』にしなければならない。
信長が、『おい、猫耳の話!』とばかりに希美を睨む。
仕方なしに、希美は義輝に話しかけた。
「あの、公方様……、その猫耳なんですがね……」
義輝はホホッと笑って猫耳に触れた。
「良いであろ?似合うておるかの?」
「ア、ハイ。ヨク、オニアイデース」
人は、心にもない言葉を吐く時、なんとなく棒読みになってしまうのは何故だろうか。
希美は、棒読みどころか南蛮人読みになってしまった。
義輝は、そんな希美の様子を笑みを湛えて見つめていたが、ついと目を逸らし、明障子の方を見やると、切り出した。
「ちと、庭に出てみぬか?」
義輝は、ついてこようとする側近達を制し、信長と希美のみを連れて、庭に出た。
ぬめりとした緑色の池泉の脇をさくさくと歩き、松と岩の荒々しくも緻密に配置されたコラボに自然を見る。
義輝は、軽やかに歩みを進め、しばらく行った所に座りやすそうな石をみつけると、腰をかけた。
傍に立つ庭木の青々とした枝葉が、夏の照りつける日差しを遮り、少しの涼をもたらしている。
希美もナチュラルに義輝の隣に腰を下ろ……そうと尻を突き出した所、尻に信長の熱い一発をくらい、仕方なく信長の隣に立った。
「与一郎に、余の猫耳を外せとでも言われたか?」
義輝の見透かしたような言葉に、希美も信長も戸惑った。
答えに窮していると、義輝は庭木を見上げ、なんか語り出した。
「『大樹』か……。将軍である余は、『大樹』などと呼ばれたおるが、はたして余に涼をもたらしてくれるこの庭木ほどに、余も誰かの役に立てておるのだろうかの……」
希美は、独りごちる義輝の様子を窺った。
(何だろう。ちょっと病んでんの?とりあえず、励ましとくか!)
「役に立ててますよっ。なんせ将軍様じゃないで御座るか!」
「ほう。余は何の役に立っておる?」
「え?!」
(し、知らん……。確かに、将軍って、何の役に立ってんの?)
希美は、なんとか絞り出した。
「あー、ほら、なんか、将軍様がいた方が、日本まとまるっていうか……、なんか、安心感?みたいな??」
信長が、希美の尻にさらに熱い二発目を放つ。
そして、義輝に言った。
「公方様は武家の棟梁。我らの支柱に御座る」
信長の模範的な回答に、義輝は笑った。
「余も、そう思っておったよ」
「『おった』という事は、今は違うので?」
希美は義輝にエアマイクを向けた。
義輝は、「そうじゃの」と遠くを見た。
「十一の時であった。余が、将軍となったのは。第十三代将軍として、『大樹』として、わしは必要とされていると信じておった。先祖に恥じぬ将軍であろうと、志したのよ。だが、現実は違うた」
「違ったの?」
「余が、将軍が、何もせずとも、おらずとも、天下は恙無く回る。余は、何のために生きておるのか、将軍とは何か、わからなくなった。剣を振るう時は無心になれた。だが、剣に生きるなど許されぬ。余は将軍である。足利代々の将軍が、余に『将軍たれ』と囁き続ける。それ以外に生きられぬ」
義輝は、おもむろに猫耳を外して、それを愛しげに撫でた。
「そんな時に、『猫耳』に出会うた。これをつけておる時、余は『猫』なのじゃ。『猫』は『将軍』になれぬ。先祖の声も聞こえぬし、『将軍』として相応しかろうがなかろうが、『猫』にとってはどうでもよい事よ……」
義輝が、『猫耳』を装着する。
「にゃあ。余は、『猫』じゃ。一匹の『猫』である」
そうして、実に晴れやかな顔で笑った。




