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可愛いは正義

やっと、堺脱出!!

「こやつ、口先三寸で、会合衆を丸め込みおった。商人共が自ら、『二万貫を支払うので、堺を治めてくれ』とまで言い出した時には、わしは夢でも見ているのかと思うたわ……」



天王寺屋の離れでそう語るのは、我等が『ドS片乳首』、織田信長公である。

その信長の尻の下から、期待を含んだ声が聞こえてきた。


「ねえ、殿っ、それって褒めてるんですよね?私の事、織田軍の『知将』と呼んでくれていいんですよっ。むしろ、呼んで下さいお願いします!」


将来の夢は『知将になること』。未だ『知将』を諦めていない希美だった。

現在希美は、二刻ほど前に解散した会合衆との集まりにおいて、顔芸で信長を苛立たせたばかりか、信長を窒息死させようとしたかどで、『人間椅子』のお仕置きをくらっている最中である。


「権六の間抜けな顔を見なくてすむ、いい感じの罰は無いものか!」という信長の思いから施行された罰である。

確かに椅子にしてしまえば、希美の顔は見えない。

本能寺の変予定日まで、後二十年近く。下手すれば、フライング謀反(過失致)死になっていたかもしれないと考えれば、甘い仕置きであるが、そこはまあ信長も軽い罰ゲーム感覚であった。


その信長であるが、今回の希美の手腕を、こう評した。


「まさに、本格の『詐欺師』じゃ!」


これであった。


「『知将』じゃないんかい!?」

思わず声を上げた希美に、同席している滝川一益が呆れた表情で突っ込んだ。

「何、大それた事を言ってんだ。お前はどう見ても、恥ずかしい方の『恥将』じゃねえか!『知将』は祭の大舞台で、全裸鎖で躍り狂わねえんだよっ。大体、お前の配下にした多羅尾様っていや、俺の故郷のすげえ大忍者だぞ!そんな人に、観衆大注目の中、死人姿に裸鎖で躍りまくらせるとか、お前は本当に、いっぺん死ねっ」

「既にいっぺん死んどるわ!忍者だって、たまには目立ってもいいだろ!いっつも忍んでて、可哀想じゃねえか」

「忍者ってのは、『忍ぶ者』なんだよおお!!」


一益が叫ぶ。

どうも、忍者に固定観念があるようだ。

(私がテレビで見てきた忍者は、みんな全然忍んでなかったけど……。『ハッ○リくん』とか)

おっと、いけない。年がバレてしまう。



だが、一益以上に苦々しい表情を浮かべているのは、林秀貞だ。

秀貞は、一益に同調し、四つん這いの希美に苦言の嵐を浴びせる気満々で口を開いた。


「忍びなぞどうでもよい。だが、お主のあの恥晒しな姿は、織田軍の品位を損なう!昨日は堺を領に加えるために、殿と話を詰めておったので出来なんだが、お主には、武家の品位についてしっかと話をせねばならん!」


これは、長くなりそうだ……。

品位については、返す言葉もない。しかし希美にも言い分はある。

希美は反論を開始した。


「佐渡殿。某とて、好きであのような格好をしておったわけではないのだ。某は服を着て出ようとした。だが直前で、そこの河村久五郎に無理やり脱がされて……」

「馬鹿も休み休み申せ!お主ほどの武人が、河村相手に遅れをとるわけがあるまい!!」

「えぇ……。急に何の司令?……馬鹿…………馬鹿…………馬」

「本当に、『馬鹿』を休み休み申す奴があるかあ!!!」

「理不尽過ぎない!?」



秀貞は希美の阿呆さに、肩で息をしながら腹を立てている。

だが希美とて、嫌々ながらも羞恥プレイに耐えて、あの格好で舞台に立ったのだ。

それをさも望んで変態になったような言い方をされたら、堪らない。

(私は、露出趣味の変態じゃない!絶対にだ!)

希美は、秀貞に、自分の気持ちを味わってもらう事にした。


「佐渡殿、あなたもそれと知られた武人。ならば、あなたは河村久五郎の手にかかっても、裸にならぬのですな?」

「当然じゃ!」

秀貞は、ふん、と自信ありげに鼻を鳴らす。

希美は、ニヤリと笑った。

「なるほど……。久五郎っ」

「はっ」

「やっておしまいなさい!!」

「御意!」



シパンッ


「い、いやああああああ!!!」


「ね?」

と、四つん這いのまま首を傾げる希美の前には、裸んぼうの林秀貞が内股で立っていた。

四つん這いのため、下からのアングルで秀貞を見上げる事になる。

(ほーう!もう五十になるというのに、なかなか鍛えてますなあ!眼福、眼福。だが、まだまだこの程度じゃ、私と同じ気持ちを味わえていない!)


「久五郎、アレを忘れていますよ……」

希美は、容赦なかった。


久五郎は、「そうで御座ったな!」と、懐から鎖を取り出すや、あっという間に秀貞に鎖を装着させてしまった。

「う、うおおおお!!いつの間に!?こんなもの、外してしまえば……」

秀貞は、カチャカチャジャラジャラと鎖を引っ張る。

だが、外れない!

その装備は、呪われている!

「外れぬではないかあああ!!」

「安心して下されっ、固結びしておりますぞ!」

「おのれえっ、河村久五郎!!」


希美は、地団駄を踏む秀貞を見て爆笑している。

希美の上では信長が、「あのような佐渡は、初めて見たのう」と困惑しきりだ。


一方、秀貞は滝川一益に助けを求めた。

「彦右衛門、助けよっ。鎖をほどいてくれ!」

「……無理で御座る!どうなってんだ!?全く外れる気がしねえっ」

(無駄だぞー。それ、久五郎に呪われてるから。久五郎しか解けないからー)

そんな事を考えながら、希美は何か物足りないような気がして、秀貞の姿を眺めた。

足元からねめ上げるように見ていった希美の視線が、秀貞の頭で留まった。

「あ!危ない兜が無いのか」


その言葉を聞き付け、久五郎が反応した。

「ああ、兜は確かにここには無いですなあ。……おお、そういえば!」

久五郎は、何やら懐をゴソゴソし始めた。

「今、睡蓮屋(わしのみせ)で、大人気の『こすぷれ』がありましてな……。そう、以前お師匠様より伝授いただいた『獣しりいず』で御座る。あまりの人気に、この『こすぷれ』用の頭飾りを売り出した所、かなり売れておるらしいのですよ」


そう言って、久五郎は懐から『猫耳』カチューシャと『猫耳』簪を取り出した。


「林様は、簪を差す髪がありませぬから、こちらですな!」


久五郎は、鎖を外そうと頑張っている秀貞の頭に、『猫耳』をスポリと被せた。


「「「うわあ……」」」


全裸鎖×猫耳×おじさんの地獄絵図が完成した。


皆の視線が己れの頭に集中しているのに気付いた秀貞は、恐る恐る疑問を口にした。

「おい、今、わしは、何を被せられたのじゃ……?」


希美が即座に指示を出す。

「久五郎、鏡を出して差し上げてー!」

「喜んでー!!」

何を喜んだのか定かではないが、久五郎が次の間に置いてあった姿見を取りに行き、秀貞の姿を映して見せた。

秀貞は、鏡を覗きこんだ。


「こ、これが、……わし?」


秀貞が、鏡に釘付けとなっている。

少し顔の角度を変えるなどして、真剣な面持ちで猫耳姿の自分を入念にチェックしているようだ。


これは、開けてはならぬ扉を開けてしまったかもしれない。

希美達は、生唾を飲み込んだ。




「殿、明智十兵衛、ただ今戻り申した」

そんなカオスな現場に、運悪く飛び込んでしまったのが、明智光秀である。

この男、祭が終わってすぐ、信長の命で先触れ役として、芥川山城に向かっていたのである。


既に芥川山城には、岐阜を発つ前に、秀貞が信長の来訪を打診していたので、光秀は信長が堺まで来ている事を告げ、会談日程に変更が無いかを確かめるのが役目だ。

特に、三好家当主は死病である。

万が一容態が悪くなっていれば、会談の日程や相手が変わる事も考えられるのだ。


その懸念は今の所、杞憂であった。

希美の言い付けでしじみ汁を飲み始めてから、多少調子がいいらしい。

光秀は、日程に変更の無い事を確認し、少し宿で仮眠を取ると、その事を主に知らせるべく、すぐに堺に向けて馬を走らせたのだった。



そうして走り通し、戻ってみれば、裸鎖の猫耳おじさんが出迎えてくれたわけで……。


「よ、妖怪猫又は実在したあっ!?」


そう叫ぶや、光秀はあまりの衝撃に、カチリと影秀に切り替わった。


「う、うわあっ!闇がふけええっ!!」


さしもの影秀も、腰を抜かしたのだった。




闇秀の報告を聞き終えた希美達一行は、次の日の早朝、芥川山城に向けて出発した。

そうして、とうとう芥川山城城下町にたどり着き、三好の城に乗り込む準備が整った。


「全く……、堺の町はどこを向いても変態だらけで辟易したが、流石に三好家はまともであろう」


城の大手門前で、そんな事を言い出した秀貞の懐に、一行の視線が集中した。

皆、知っているのだ。

秀貞の懐には、『猫耳』が入っている事を。

まさに、『おま言う~』状態である。


やがて、大手門が開き始める。

門の向こうに、先代当主である三好長慶と家臣達が、希美達を出迎えてくれていた。

流石、三好家だ。

誰もが仕立ての良い着物を着ており、月代はさっぱりと手入れされ、その唇は熟れたようにぽってりと、瑞々しい赤が咲いている。


……『うる艶リップ』だった。


希美は、長慶の傍らに立つ上杉輝虎に目を向けた。

輝虎が、どや顔をしている。

犯人は、こいつだ。間違いない。


「三好の者達の唇が……、武人の唇が、ぷるっぷる……!」

秀貞は呻き、希美を睨んだ。

「お前の仕業か、権六!」


希美は、秀貞に耳打ちした。

「あー、いっその事、佐渡殿も『うる艶リップ』をつけてみます?『猫耳』との相性もいいかもしれませぬよ?」

「……一つ、もらおう!」



『猫耳』の力は偉大だった。


オルニチンの力も、偉大だった……。

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