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『平蜘蛛』の対価

いつも『どうせ知将』を読んでいただき、ありがとうございます。

さらにブクマ、評価ポイント、感想や逆お気に入りまでしてくださる皆様には、感謝しかない……!

山にこもってひたすら感謝の正拳突き生活を始めたくなるがやっぱ現実的に無理!というくらいに、感謝の気持ちでいっぱいです。


さて、先日『どうせ知将』の読者様から、「新連載が始まってたの全然気付かなかった!んもう、ステルス新連載とか、シャイなんだから……。読んできてあ・げ・る☆(超意訳)」というような嬉しい声をいただきました。

(あ、活動報告でしか告知してなかったっけ?)


まあ、そんなわけで、新連載を密かに始めてました!


『マイナー神は異世界で信仰されたい!』

https://book1.adouzi.eu.org/n9828fa/


ふえぇ……リンクが貼り付かないよお。URL直貼りだよお……。

更新は週二回くらいでゆっくりめですが、良ければ覗いていってください。

なんとか貞操を守りきって石牢から脱出した希美達は、三好長慶と松永久秀に先導されて、全裸のまま近くの部屋に通された。

長慶は、「まずは、着るものを」と久秀に申し付ける。

久秀がどこぞに着替えを取りに部屋を去ったため、長慶だけが部屋に残る格好となっていた。

長慶は、希美達の目の前で土下座した。


「此度は態々(わざわざ)来ていただいたにも関わらず、このような仕儀となり、申し訳御座らぬ!全てわしの不徳の致す所じゃ。平に、ご容赦を!」


(うわ、ど、どうしよう……。気まずいわあ。息子よしおきの呪い解くのに必死やん。これで呪いじゃないとか言ったら、もしや石牢アゲイン?)

希美が心中で慌てふためいていると、久秀が人数分の着物を抱えて戻って来た。

「まずは、身仕度を。話はその後にて。大殿は、若殿についておやりなされませ。仕度が整いましたら、お呼び致しまする」

「う、うむ……」

長慶は辞儀をして去っていった。



久秀は座ったまま希美達に向き直ると、深く頭を下げた。

「三好の者が、真に申し訳御座らぬ」

希美は「あ、いや、みさおは無事だったんで……」と戸惑っていたが、出来るペットの輝虎が切り込んだ。

「修理大夫殿ともあろうお方が、客にこのような無礼を働くとは。どういう経緯でこのような事になったのか、説明いただけるのでしょうな」


久秀は頭を上げると、渋面を隠さぬまま説明を始めた。

「三好家家臣団の筆頭、三好日向守(ひゅうがのかみ)長逸ながはやが、軽挙妄道に走ったように御座る。大殿やわしに気付かれぬよう密かに兵を配し、柴田殿を石牢へと閉じ込めた後、闇に乗じて柴田殿の唯一の弱点である女とのまぐわいをさせて、害さんと図ったようにて」

「なるほどのう。闇で何も見えなんだら、警戒されずに近付く事ができる。そうして、既に裸ならば、事を素早く済ませられる、というわけか」

久五郎が分析する。


(もし『暗視スコープ』チートが無ければ、女子としての私が死んでたかも!怖ええ!肉食系女刺客、怖ええーー!!)

希美は、ぶるりと震えた。


「ゴンさん、どうするのじゃ?腹を立てて、帰ってもよいぞ」

そう言って憤慨する輝虎に、希美は言った。

「いや、ここまで来たらちゃんと説明しないとな。どちらにせよ、病死はどうにも出来ん。下手に恨みを買えば、織田の殿に迷惑をかけるかもしれん」

戦国武将の逆恨みは、戦を呼ぶ。多くの命を奪うのだ。


「やはり、義興様の死は避けられぬので?」

久秀が沈んだ眼差しを希美に向けた。

希美はその眼差しに答えた。

「私は呪いなどかけた覚えは無い。そもそも、かける事が出来ん。つまりは、そういう事だ」

「やはり、そうでしたか。正直、あなた様が呪いをかける姿が想像つきませなんだ。若殿とて、呪いは否定しておられましたな。呪う力があるなら普通はさっさと殺す、と」

久秀の言葉に、希美は「そうか」とだけ答えた。

変に期待されるよりは、その方がいい。

希美は、ほんの少しだけ、ほっと息を吐いた。



「それより、衣をいただけませぬか?」

いつの間にか影秀からチェンジしていた光秀が久秀に催促する。

久秀は、「おお、申し訳御座らぬ」と皆に衣服を配り始めた。


「どうぞ」と久秀が着物を渡す。

「かたじけない」

輝虎が着物を受け取る。


「どうぞ」と久秀が着物を渡す。

「有り難く」

光秀が着物を受け取る。


「どうぞ」と久秀が着物を渡す。

「うむ」

偉そうに兄弟子ぶった久五郎が着物を受け取る。


「どうぞ」と久秀が鎖を渡す。

「あー、ありがとう!この冷たい金属が地肌に心地好いんだよねー」

希美が鎖を受け取……らずに、久五郎にぶん投げた。


「なんで、鎖だ!?布をくれよっ!!」


久秀がしたり顔で希美に言う。

「聞いておりますぞ。全裸に鎖がお師匠様の正装で御座ろう?その姿で戦場を駆け抜けていたと、皆申しており申した。それで大殿が『鎖の方が良かろう』と、お師匠様達を牢に迎えに行く前に用意させたので御座る」

「な、なんという余計なお世話……」

希美は、天を仰いだ。



「ふむ。三好修理大夫、良い心掛けよ。お師匠様の事をよく理解しておるようだな」

河村久五郎が何か偉そうにほざいている。

「全っっく、理解しておらんぞ?とんでもない節穴eyesじゃね?」

希美のぼやきを無視した久五郎は、久秀にのたまった。

「だが、霜台そうたいよ。お主は先ほどから、『お師匠様』などと弟子面をしておるが、まだわしは認めておらんぞ?わしが出した課題、出来ておるのだろうな」

久秀はにやりと不敵に笑って言った。

「勿論に御座る」

久秀は、着替えと共に部屋に持ち込んだ丸櫃まるびつを久五郎と希美の前に寄せて置いた。


「河村殿の出された課題、『えろ大明神様にふさわしい兜』に御座る。とくと御覧あれ!」



パカリ。


櫃の蓋が取り去られ、中から黒光りする兜が現れた。

その前立ては、『危ない兜』の前立てと同じく、力強きマーラを模している。

だが従来の『危ない兜』の前立てと違うのは、艶めく黒と、そしてーー。


「なんとっ!見事な真珠あこやが散りばめられておるっ……!!」


黒漆だろうか。深き光沢をまとった黒肌に、美しい桃色の珠がぽこりぽこりと柔らかく光輝いている。

形は不揃いだが、大きな粒がボルダリングの壁面の如く、表面に張り付いている。


うん。

これは、あれだ。やっちゃいけない組合わせだ。



「何故()()を、真珠でデコりおった!松永久秀ーーっ!?」

希美が久秀に掴みかかるが、久秀は希美に胸ぐらを掴まれたまま、この『危ない兜【改】』について熱く語り始めた。


「正直、河村殿の考えたものよりもお師匠様にふさわしい兜など、わしには思い付きもせなんだ」

「なんでだよ!もっと、恥ずかしくないやつで私に似合うの、あるはずだろうがっ」

「それに、近江攻めに行った者等から聞いた『マーラの兜』。お師匠様が被っておる神々しきお姿をどうしても見てみたかった……」


「それで、お主もマーラの兜を?」

話を聞いてもらえずにいじける希美に目もくれず、久五郎は久秀に問うた。

久秀は肯定の代わりに、前立てに付いている真珠の粒を確かめるように撫でた。

「たが、全く同じものでは河村殿は認めて下さるまいと思いましてな。この前立てに、わしの誠意を込めたので御座る」

「それが、この真珠だと?」

輝虎が尋ねる。

久秀は、「是でもあり、否でもある」と答えた。

「真珠の価値をご存知か、上杉殿?こちらではそれほど使われはせぬが、異国は特に真珠を尊び、粒の大きなものは堺にて南蛮人と高値で取り引きされておる。わしは、お師匠様のためのその真珠を、愛用の『平蜘蛛』を売って、堺の商人から買ったので御座る」

「「「「ひ、『平蜘蛛』を!?」」」」

声が揃った。

「誰に売ったの!?」

希美の問いに久秀が答えた。

「織田上総介殿に御座る。金も手に入り、お師匠様がこの城へ来る許しもいただき申した」

「マジかーーー!!!」


『平蜘蛛』は、名器として有名な茶釜である。皆、それを知っていたから驚いたのだが、希美だけは少し違った。

『平蜘蛛』は史実で久秀が爆死する発端となった名器である。

ジャイアン信長に『寄越せよ』としつこくされ、『絶対嫌だ』と茶釜といっしょにボンバー心中したのだ。

だが、『平蜘蛛』は今や、『危ない真珠』に変貌を遂げてしまった。

つまり、松永久秀が現代でもう『ボンバーマン』などと呼ばれることは無くなったわけで……。


はいはい、歴史改変、歴史改変。


まあ、そういう事である。

希美は、なんかもうどうでもよくなってきた。



久秀はなおも語った。

真珠あこやは、南蛮では王を飾るにふさわしき貴重な宝にして、伴天連(バテレン)でも最も崇高な宝であるとか。また、明の皇帝は長寿の薬として飲んでおる。まさにお師匠様のマーラを飾るにふさわしい!そして、この黒が、真珠あこやの美しい桃色の輝きを引き立てるので御座る!!」

久五郎が唸った。

「なるほど……。認めざるを得ぬな。お主は、これよりわしの弟弟子。えろ大明神様の弟子じゃ!」

「これは、有り難きお言葉!河村殿、よろしくお願い致す!」


変態おじさん二人が兄弟の誓いを交わしている。

希美の弟子に新たな変態が加わった瞬間だ。

おや?何か目配せをし合っているようだ。

そして、久五郎は落ちていた鎖を拾い、久秀は『危ない兜【改】』を手に取る。

二人は、初めての共同作業を行う事にした。



「おぉのぉれえぇぇ!河村久五郎めえぇぇぇ!!」


希美は、久五郎の流れるような緊縛により、全裸鎖姿となっていた。

また、久秀の果断な攻めと連携プレーにより、頭には『危ない兜【改】』が。


「お師匠様、決して落ちぬよう、固結びにしておきましたぞい!!」

「また、呪われたあああ!!(泣)」




着替えを済ませ(希美だけ全裸鎖)、本丸の屋敷に案内された希美達は、屋敷内の一室に通された。

待っていると、長慶がやって来た。

部屋に入るなり、長慶は再度土下座し、額を畳に擦り付けた。

「此度の事を計画した長逸には、然るべき処罰を与えまする!どうか、息子を、孫次郎(義興)を助けて下され!」


皆の気まずそうな視線が希美に集まる。


希美は、重い息を吐き、「修理大夫殿」と呼びかけた。

「私がこの芥川山城に来たのは、誤解を解くためで御座る」

「誤解?」

顔を上げてこちらを見る長慶の不安そうな眼差しを受け止め、希美は頷いた。

「私は、呪いなどかけていない。私は三好義興という人間の人生の予定表を知っているだけ。だから、私には息子さんを助けられないんだよ」



長慶は泣いた。

希美の膝にかじりついて泣いた。

子どもの様に、希美の腰に手を回して。


希美は長慶の背中を擦った。

子を失う親の気持ちは希美も理解できる。母親だったのだから。


『あなたは、まさか修理大夫を助けるつもりなのか?』


光秀の言葉が脳裏をよぎる。

希美は長慶の頭を見下ろした。

(助けるつもりはなかったし、助ける知識も無いけど、なんだかこのまま放っておけないなあ)


義興むすこにしろ長慶ちちおやにしろ、死の運命が決まっているなら、せめて辛い時に傍についててあげるだけでも。

希美は、長慶の背を、ずっと擦り続けていた。

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