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再会は突然に

『父の仇』


希美を見た若武者は、そう言った。

(仇か……。確かに柴田勝家は、たくさんの人を戦で殺めてきた。いや、柴田勝家が私になってからも……)

希美の脳裏に、こちらに来てから初めて命を奪った若者の顔が浮かんだ。

死の間際の、あの顔。

家族もいただろう。


いや、彼だけではない。

それ以降、多くの戦があった。

できるだけ、命を奪うような戦は避けてきたつもりだったが、柴田勝家は武将だ。

上に立ち、人を殺せと命じる立場だ。

当然その手を汚してもきたが、自分で実行しなくとも、自分が関わった戦で死んだ者達は、おしなべて自分がその死の原因の一端を担っている。


(『南無阿弥陀仏』の旗指物……。あの若武者の父親は、加賀関連の戦で亡くなったのかな?)


希美は、槍の柄を握る手に力を込めた。

いざとなれば、ためらってはいけない。それが、戦場で希美が身をもって学んできたことだ。

自分は死なないが、討ち漏らした敵が部下を殺した事もあるから。

そしてここには、守るべき輝虎(ペット)がいる。



「一応聞いておこう。お主の父の名は?」

希美が低い声で聞く。

若武者は、絞り出すように答え、希美に向かって突っ込んだ。


「下間……頼照、じゃっ!!」


「……ん?」


驚きのあまり、一瞬思考が混乱したが、辛うじて体が反応し、若武者の槍を受け流す。

若武者は、一度流された槍を返し、希美の足を狙うが希美は、びよーんとジャンプして避けた。

「ちょちょ、ちょっと待って!君、頼照の息子さん!?」

「そうじゃあっ!わしは、下間あっ、仲孝なかたかじゃあ!!」

希美は、若武者が何度も繰り出す攻撃を避けながら、話しかけた。


「仲孝君ね!オッケー、私、父の仇じゃないよ!」

「ふざけるな!」

「いやいや、ホントに父の仇じゃない!だって『てる』は、『てる』は……」

(あ、『てる』はまずくね?父が母になっちゃってんの、やっぱまずくね?)


希美が、口ごもった。

動きが止まる。

若武者は、ここぞとばかりに槍を突き出した。

「死ねえ!!」



「あ、殿っ、お取り込み中に御免なさいね?うちの茶羅郎を見なかっ……え?千代寿?」

「うわっ、髭女武者!?」


「oh……」

最悪のタイミングだ。

大事な事かどうかは知らないが、ただ単に言いたいのでもう一度言う。

最悪のタイミングで、下間頼照てるが現れた。

そう。髭の女武者として。


「な、なんだ、お前!?」

だが、仲孝は眼前の『髭巴御前』が己れの父である事に気付いていない。


(『なんだ』って、あなたの父親……、あ!そうか。フルメイク……)


頼照てるは黒髪ロングのかつらをつけて、顔も希美が教えた『目元切れ長メイク』をしている。

薄付きとはいえ、白粉をつけて眉を剃り、眉墨を入れ、アイラインは長めに、口元は少し赤が強めのうる艶リップでぽってりと。

そして、それら全てを武将髭が狂わせている。

パッと見、以前の下間頼照の面影は無い。(髭以外)


「おお……、千代寿!何故、お前がこんな所に?まだ元服には早かろうに!」

『てる』が『頼照』に戻っている。

息子を前に、父親としての頼照が表に表れたのだろう。

その口調から、頼照の息子仲孝は、自分に話しかける髭女が誰か、理解しつつあった。

ただし、すぐに受け入れられるかどうかは別だ。


「いや……、そんな、まさか……、う、嘘じゃ!!」

仲孝が後ずさる。

「千代寿……」

「その名で呼ぶな!!わしは亡き父の跡を継いで、元服したのじゃ!父は死んだのじゃ!!」

仲孝の言葉を聞き、頼照てるは「ふうむ」と唸り、薙刀の石突いしづきをドンと打ち付けて言った。

「その通りよ!お主の父は死んだ!」

仲孝が悲痛と困惑がない交ぜとなった表情で、頼照てるを見ている。

頼照てるはそんな仲孝に向けて宣言した。


「今は、お主の母よ!!」

「わしの母は、髭なぞ生えておらんわあ!!」


((ですよねー!))

希美と輝虎は、天を仰いだ。


仲孝は混乱しながらも、この理解不能な痛撃の責任を、身内ではなく、他に求めた。

ギッと希美を睨む。

「おのれえっ!お前のせいじゃあ!父の仇ーー!!!」


(yes!私が『父の仇』!)

希美は、思わず額に両手を当てた。

確かに、頼照は希美を暗殺しようとして、結果()()なってしまったのだから。

希美の存在が仲孝の父を殺し、母にしてしまったのは間違いない。

つまりは、希美が『父の仇』である。

「ご、ゴメンね……。お父さんをお母さんにしちゃって……」

「それを言うなあっ!!」

仲孝は、両手で耳を押さえてしゃがみこんでしまった。

仲孝の手から離れた槍が、ガランと地面を打って転がった。



そこへ、さらにもう一人、武者が飛び込んでくる。

「殿っ!今、森殿、河村殿の率いる軍勢が……あっ、てる!ここにいたのか。探したんだぞ!」

茂部茶羅郎だ。頼照てるの夫である。


「ああ、さらにややこしく……」

希美は嘆いた。


茶羅郎は、しゃがみこむ若武者に目を留め、希美に聞いた。

「なんか取り込み中で?」

「紛う方なき取り込み中だ。あー……、あのな、何から伝えればいいのか……」


悩む希美をよそに、頼照てるは時を置かず、簡潔に説明した。

「あの子、私の子なの」


あまりの直球。

希美と輝虎は、ごくりと生唾を呑み込み、茶羅郎の様子を見守った。

茶羅郎は、「なるほど」と言うや、しゃがみこんだまま訝しげに己れを見上げる仲孝に歩み寄り、手を差し伸べた。


「よお。俺は、茂部茶羅郎。頼照てるの夫だ。つまり、お主の『義父ちち』だな。気軽に『義父上ちちうえ』と呼んでくれ!」


仲孝は、ゆらりと立ち上がると、おもむろに茶羅郎に殴りかかった。

茶羅郎はそれを軽くいなしながら気さくに話しかけている。


「はははっ、腕白だなあ。母を盗られて悔しいのか?」

「母じゃない、父じゃあ!いや、わしの父は死んだ!あれは父上なんかじゃないわ!!」

「もう、止めなさい、千代寿!息子がごめんなさいね。十二にもなると、色々難しい時期で……」

「十二歳?!第二次成長期!!多感な時期に、家庭環境が複雑過ぎるよ、てる!!」

「もう、こんな家族、嫌じゃあ!!盗んだ馬で走り出してやるう!行く先は……比叡山じゃあ!延暦寺の悪僧になってやるう!!」

「うわあ!仲孝君がぐれた!反抗期!!」

「叡山の悪僧なんて、母は許しませんよ!……あ、どこ行くの!」

「おい、ゴンさん。この坊主、お主の馬を盗もうとしているぞ?」

「ちょっ!止めて、ケンさん!」

「すまんな。心から同情するが、主の馬故な」

「はーなーせー!!」

「し、柴田よ……わし、小便が漏れそうじゃ……」

「ええ!六角さん、このタイミングで?!あ、茶羅郎、鎖外して!私、外し方わかんないの。六角さんはもうちょい我慢して!」

「ちょっと待たれよ。(カチャカチャ)……殿?この鎖全然外れませぬぞ?呪われているのでは?」

「も、もう、ダメじゃあっ……!」

「ああああああ!!!おのれ、久五郎ーーー!!」

「はーなーせー!!」


三好軍と織田軍がぶつかり合う前戦で、こいつらは何をやっているのか。



その時である。

三好軍本陣の方角から、退き鐘の音が響いた。


「退却ーー!退却じゃあー!」


三好勢の声と共に、織田本陣の方から地鳴りのような軍勢の足音、無数の鎧の擦れる音が聞こえた。

六角攻めの織田の軍勢が陣を整え直して、三好に攻めかかろうとやってきたのだ。

ここで敢えて全軍を向かわせ、一旦三好を退かせて時間を稼ぎ、その間に観音寺城を開城させる信長の作戦であった。

どうせ、六角義定はこちらの手にあるし、観音寺城にもほとんどろくな兵は残っていない。

観音寺城を落とすのは、そう難しい事ではない。



希美は、周囲の状況から事態を把握するや、言い放った。

「よし、一旦、戦は終わりだな。すぐ帰ろう!仲孝君はとりあえず拐って織田の本陣に連れていくぞ。話の続きは、本陣に戻ってからだ!」



こうして、三好軍と織田軍の合戦は、一時休戦となった。

希美はかつてない速さで本陣に戻るや、すぐさま六角義定ごと水を浴びたのだった。

下間仲孝君の若い頃の通称がよくわからなかったので、いっそ通称無しにしてます。

後に下間少進家を作ってるので『少進』にしようかなーとも思ったのですが、元服したての子になんか違和感アリアリだったので……


後この人の名前、『仲孝』以外にもいろいろ名前を持っていますが、一番メジャーな『仲孝』にしています。

許して!!

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