反織田勢力は真面目に企む
真面目回です。
敵方の思惑に、おふざけが挟めないよおっ!
話は織田軍が日野城に入る少し前まで遡る。
六角義定は躍起になって、六角家重臣等に号令をかけていた。
日野城に柴田権六率いる軍勢が入ったからである。
つまり織田軍が、すぐそこまで迫っているのだ。
先日、日野城で不意を突かれ、観音寺城まで撤退した義定は、すぐに重臣を集めて評定を開いた。
といっても、そもそも日野城攻めの際に六角家全家臣団のうち、義定の召集に答えたのは半分ほどだったため、この評定も空席が目立つ寂しいものとなっている。
出席しなかった家臣の中には、義治を推す蒲生に同調した者もいると聞き、義定は持っていた扇子を床に叩きつけた。
「おのれ、裏切り者共め!その報いは、戦でつけてくれる!」
(三好には使者を送った。おっつけ、駆けつけてくれよう。その時は、織田諸ともうち滅ぼしてくれるわ)
しかし義定にとっては、家臣団の縮小は少し心許なくもある。
蒲生についた以外の者は、『義定が承禎を殺した』という話を聞き、真偽がわからず様子見をしているようだ。
彼らをなんとか引き戻さなければならぬ。
義定は、なり振り構わず、様子見の家臣達に使者を送っているが、彼らはなかなか動かない。
仕方無しに今集まっている家臣達を振り分けて、織田軍を迎え撃つ態勢を整える事にした。
時が無い。
『織田軍は浅井、越前衆と合流して攻めてくる』
後藤賢豊は評定でそう主張し、「ならば箕作城より北の和田山城から攻めて参りましょう」と進言した。
しかし、「柴田勢が日野城に入ったなら織田軍もそちらに合流する。まずは箕作を攻めるはず!」と重臣の進藤賢盛は主張する。
義定は迷った。
どちらも理にかなっているように思える。
(こんな時、父ならばどうしていただろう……)
ふとそんな考えがよぎり、義定はきつく拳を握った。
兄義治ばかりを守ろうとし、自分をいいように使うだけで顧みる事のなかった父だ。
(あの夜だって、そうだった。わしは六角のために三好と同調したのだ。このままでは織田が六角家を脅かす事になる。今のうちに織田を潰そうと……。それなのに、父上はわしを『愚か者』と。何も為さぬ兄を安全な地に逃がし、六角のために働くこのわしを……!)
義定は後藤賢豊を見た。
以前から、自分の働きを認めてくれていた男だった。
六角家と近江の安寧のために、三好との繋がりをつけてくれたのも後藤であった。
あの夜も、後藤は自分の力になってくれた。
父を殺した自分を助け、うまく取り計らってくれたのだ。
最も信頼できる男だ。
結局義定は、後藤賢豊の意見に賛同して、進藤の意見には取り合わなかった。
評定は、後藤賢豊の主張が存分に取り入れられたものとなった。
まずは和田山城に進藤賢盛を大将として、主力六千を置く。
箕作城には、吉田出雲守を武者頭として三千を配置した。
そして観音寺城の十八の支城には、被官衆をそれぞれ入れる事とする。
自分と後藤は精鋭の馬廻り衆一千と共に、本陣の観音寺城だ。
「和田山城を攻撃する織田軍を、箕作城と我ら観音寺城の兵で挟み撃ちじゃ。日野城で柴田にやられた事の仕返しよ!はっはっはっ」
義定は高らかに笑った。
「織田信長の慌てふためく姿が目に見えますなあ!」
「慌て過ぎて武器、兵糧を放り出して逃げましょうぞ!」
「我等と三好が手を組めば、織田など吹き飛びまする!」
重臣共も主に同調して笑う。
(そう、慌てて退却した先には、三好の軍勢が待っておろう。何が『三好義興の死の予言』じゃ。三好の跡取りはまだ若い。病など、微塵も感じさせぬという。ましてや死ぬはずがあるまい)
義定は勝利を確信していた。
(父上、わしは無能な兄上とは違う。これからは、わしが六角を築く!)
皆、笑っていた。
進藤賢盛を除いて。
進藤賢盛は、この評定で確信した事があった。
『若殿と後藤には特別な繋がりがある』という確信である。
急な先代承禎の病死。
突然の当主交代。三好との同盟。
承禎を看取り、その遺言を聞いたのは、義定と後藤賢豊だけであった。
あの夜、承禎の近くに詰めていた近習は、ほとんどが後藤の縁者ばかり。皆、堅く口をつぐんで、『急に倒れて亡くなった』としか語らぬ。
そして、先ほどの評定の様子。
義定は明らかに、後藤を特別視している。
他の重臣の意見と後藤の意見。迷った時は、必ず後藤に決めている。
後藤の顔色を窺い、同じ考えであれば安堵の色を見せる。
(あれほどの信を寄せる何かがあったはずだ)
賢盛は思う。
承禎の死と共に、小姓が日野城に逃げた。
そして、『六角義定が承禎を殺した』という噂が広まった。
(ここにいる皆、わしとて、知己の後藤を信ずればこそ、そのような噂は噂でしかないと、若殿と後藤の呼びかけに応じたのだ。だが……)
日野城の蒲生定秀・賢秀父子はあのような性格だが、簡単に六角家を裏切るような者達ではない。
評定が終わり、賢盛は廊下で後藤を待っている。
賢盛は腕組みし瞑目したまま、思いを凝らした。
(やはり、大殿(承禎)の死は……)
評定の後、広間を出た後藤賢豊は、柱に背を預けながら腕を組んで佇む進藤賢盛を廊下に見つけた。
進藤は、賢豊と並んで『六角の両藤』と称される男だ。
互いに宿老として、長年共に六角家を支えてきた。
時に意見を戦わせ反目し合う事もあったが、その根底六角家を守ろうとする思いは賢豊と同じであった。
その進藤が、賢豊に鋭い眼を向けた。
(こやつ、真実を悟りおったな)
その眼を見た賢豊は、何とはなしに、そう感じた。
はたして進藤は、賢豊に聞いた。
「若殿が大殿を殺したのか?」
賢豊は進藤の眼を見据えて答えた。
「そんな事はあり得ぬ」
進藤は重ねて聞いた。
「三好が事、大殿は知っておったのか?」
「当然、知っておられた」
進藤は自分に真っ直ぐ注がれる賢豊の眼を見返し、また問うた。
「本当に、大殿は四郎(義治)様から次郎(義定)様に当主の変更を遺言なされたのか?」
「その通りじゃ」
賢豊の眼は、一度とて、ぶれる事は無かった。
「そうか、残念だ」
だがそう言って、進藤は賢豊に背を向けて歩き去っていく。
賢豊は、厳しい表情で、遠ざかる知己の背中を見つめていた。
その夜の事だ。
進藤賢盛が城下の屋敷から一族郎党共々本領に戻ったという知らせが賢豊の元に舞い込んだのは。
賢豊は暝して一つ息を吐き、和田山城に詰める大将の変更を義定に進言するべく、立ち上がった。
その三日後の事だ。
三好義興は六角からの使者を、摂津芥川山城で迎えていた。
「へえ。織田が動くか」
「はっ、既に柴田権六率いる軍勢が日野城に入っており申す。どうか、約定を果たしていただきたく」
使者の言に義興は爽やかに笑った。
「相わかった!既に軍は整えてある。二日後には出陣出来よう。六角殿にそのようにお伝え下され」
「おお、かたじけなし!では御前失礼致しまする」
六角の使者が部屋を出たのを見計らい、次の間から僧侶が入ってくる。
大阪本願寺顕如である。
顕如は義興の前まで進み、座すと含み笑いをした。
「くく……。いよいよですな」
「ああ。織田信長。勢いがあるからね。必ず、我等の脅かす存在となろうよ。そうなる前に、必ず潰さねば」
「三好様、柴田権六の方も」
「おお、人々を惑わす仏敵、第六天魔王か」
「は。あやつめ、多数の門徒を惑わし、道を踏み外させたばかりか、門徒の国であった加賀を略奪し、取り戻そうとした僧や門徒、朝倉軍を卑怯な手で殺戮せしめた恐ろしい悪魔に御座います。どうか、三好様もお気をつけ下さいますよう」
顕如の言葉に義興は、眉をひそめて嫌悪を露にした。
「御坊の苦しみ、お察ししますぞ。神を騙り仏道を妨げ、人々を堕落させるなど、決して許される事ではない。大阪から門徒を拐ったとも聞いておりますぞ。朝倉殿の無念もいかばかりか……」
「あの悪魔は、いかにも耳障りの良い事を言って信者を増やし、各地にえろ教徒を派遣しては堕落させるので御座る。そうしていつの間にか、織田領にさせられておる。あれが存在する限り、三好様の領地も脅かされましょう」
顕如は憎悪の眼で宙を睨んだ。彼の目には、まだ見ぬ柴田勝家の姿が見えているのだろう。
義興は、嗤った。
「そういえば柴田の予言によると、私は六月に病を発し八月に死ぬそうな。馬鹿馬鹿しい。そんな嘘で、動揺を誘うつもりだとすれば、なんとお粗末な策か!」
顕如も同意する。
「そのような詰まらぬ策にかかる者は三好軍にはおりますまい。とはいえ、織田信長は戦上手とか。どうぞ、お気をつけ下され」
「ああ。御坊も、あまり根を詰め過ぎぬようにな。では、二日後、一向一揆の門徒の手配を頼むぞ」
「お任せあれ」
三好軍と一向宗門徒達も動き出す準備を始めたようである。
さて、この頃の織田軍はというと……。
「ふうんっ!ふうんっ!はうんっ!」
「アッ、アッ、わしはもうダメじゃ……!」
「食いしばれっ!踏ん張り時じゃぞ!」
「アブアブアブアブッ!!」
「アッーーー!」
「権六う!!その方の軍がうるさいぞ!行軍中は黙らせろっっ!!」
「さーせん、殿っ!……うおらっ、三角馬隊、うるせえぞ!!七里!てめえ、行軍中の三角鞍は、ダメだっつっただろうが!」
「ふうっ、ふうっ、申し訳っ、ふんっ、御座らぬっ!後少しっ、後少しでっ、極楽があっ!!!アアアッーー!」
「藤吉ぃ!なんで、急いで三角鞍を仕上げちゃったのっ!見ろ、この地獄絵図を!」
「申し訳ありませんぎゃ!でも試作品が出来たら、まずは試してもらって意見を聞かねば!」
「お前が試せ、阿呆!!」
「権六ううう!!?」
「し、静かにしまーす!!……玄任ー!あいつらから三角鞍を取り上げて、裸馬に乗せてやれ!」
「御意。……某も、三角鞍を取らねばなりませぬか?」
「お前もかよ!!」
織田軍は、元気に箕作城へ向かって行軍中であった。
【『変態大集合』の最後に続く】




