表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/249

朝倉義景も固唾を呑んで見守る夜

『私は何を見せられているのだろうか……』

そんな思いになってしまうであろう話に仕上がってしまいました。


「織田に降るなど、絶対に許されぬ!!」

「降らねば、朝倉は明日にでも滅びるのじゃぞ?」

「降った所で、あの野心の塊の事じゃ。理由をつけて、朝倉を排除しにかかるに決まっておるわ!」

「織田の統治は敗者に優しい。美濃や越後を見れば明らかだ」

「わしも織田に降るべきと存ずる」

「おのれ、既に内応しておるな?!」


ギャーギャー……ワアワア……

ドタンッ、ガタンッ!!




すごく……会議が紛糾しています……。

こんばんは、柴田勝家こと希美です。


もう!本当に武将男子って、主張激しいんだから!困った人達ね。

その中でも一際気炎を上げている彼……。

朝倉九郎左衛門尉景紀さん。

引退してる癖に、今も朝倉一門衆と敦賀郡司の代表としてバリバリ働いてる、デキル男なの!


見て、あの筋肉!

歴戦の猛者って感じ!

五十五歳とは思えないほどムキッとした体、白髪混じりの髷と髭。

その眼は仁王像の様に熱く燃えて、厳めしさ爆発。

それに、これまでの生き様と共に刻まれた深めの皺が、すごく渋いの!


キャ……、目が合っちゃった!

そ、そんなに熱く見つめないで。ドキドキしちゃうから。


やっぱり、彼も、私の事……。

だったら、いいな。彼も、私と同じ気持ちだったら……。


……決めた。

今夜、彼に私の気持ち、アピールしちゃおう。

年の差も、国籍も、敵も味方も関係ない!

だって私、彼の事……///




(……なんてな!!いや、無理でしょ。こんな中で、どうやってハニトラ仕掛けんの……)

希美は、部屋の隅でため息を吐いた。



希美のいるこの朝倉館は、十ほどの建物から成り立つが、機能によって大きく二つの空間に分かれている。

一つは、主殿を中心とする『公』の空間。

もう一つは、常御殿を中心とする『私』の空間である。

『公』の空間は主に接客や会議に使われ、『私』の空間は日常生活の場となる。

今、希美と朝倉の重臣達は、『公』にあたる会所に寄り集まり、朝倉の今後について話し合い(乱闘)が持たれていた。

おおむね『織田の下での統治』の方向でまとまろうとする重臣等に対し、朝倉景紀を筆頭とした一部の一門衆が『織田、ダメ、絶対!』の主張を覆さず、夕刻から始まった会議は、すでにテッペン(じゅうにじ)をまわっているというのに終わる気配を見せない。

希美は、隅っこでじっと待つのにいいかげん飽き飽きしていた。



合コンでもそうだが、狙いを定めた相手は気になるもので、ついつい目で追ってしまう。

そうすると、見られているのが気になるのか、相手も自分の事を気にして見てくる。

そうして、席が離れていてもお互いに目が合う事が増えて、その意識の高まりが次の展開に繋がるのだが……。


何せ、お相手の景紀は希美達を敵だと思っている。

先ほどから、お互いに目が合うのは合うが、景紀の視線が違う意味で熱すぎる。

こんな相手とこんな状況で、どうやって二人きりになればよいのか、希美には見当もつかなかった。

考えも煮詰まり、暇で仕方ない希美は、気分転換にと朝倉館を探検する事にした。



立ち上がり、そっと明かり障子を開けて部屋の外に出る。

廊下は暗い。

希美はせめて月明かりを取り入れようと、外に面した舞良戸まいらどを開けながら進んだ。

戸の向こうは庭になっており、月明かりと会所から漏れ出た光が、庭の草木と希美のいる廊下を照らしている。

希美はそのまま進み、主殿の広間に出た。


広間は、がらんとしている。

上座には今日朝倉義景の遺体と共に運び込まれた義景の具足が、燈台の明かりに一人ぼっちで照らされていた。

遠く読経の声が聞こえる。

討死した朝倉家臣等を持ち込んだ波着寺の照任達が、菩提寺の僧が来るまでの繋ぎとして、持仏堂で弔っているのだ。

ただ、義景の遺体は、高徳院が『今宵一晩だけでも』と懇願し、親子水入らずで過ごしている。



希美は具足の前まで進み出た。

「みんなはあっちで、会議しているよ。死んでしまうってのは、寂しいもんだよね……」

何となくそう呼びかけて、具足の顔部分をじっと見つめる。


朝倉義景。1563年没。

でも希美は知っていた。

史実では、1573年没。後十年は生きるはずだった。

(ただし、晩年は悲惨だった。政治をおろそかにし、家臣の心が離れていく中、織田軍に負けた。多くの家臣に裏切られ、さらに多くの家臣を討ち取られた挙げ句に、一乗谷に戻っても将兵はみんな逃走。一乗谷からも逃れて逃げた先の寺で、最後の最後は一番信頼してた一門衆筆頭の景鏡に寝返られ、自刃。そう、『歴史ムービング』ってテレビ番組で見た……)


希美は義景に問いかけた。

「あなたは、どちらがよかった?」


「『どちらがよかった』とは、どういう意味じゃ」


希美は、びくりとして振り向いた。

広間の入り口に立っていたのは、朝倉景紀であった。



「ど、どうしてこんな所に?会議は?」

希美は驚きながらも疑問を口にする。

景紀は希美に向かい、のしのしと歩いて来ながら、

「お主が部屋を出るのが見えたで、追ってきた」

と答え、重ねて聞いた。

「『どちらがよかった』とは?」

希美は、少し迷って、正直に話す事にした。

「成就されなかった未来の話よ」

「成就されなかった?違う未来があったとでもいうのか?」

景紀は恐い顔で希美を見た。

希美は目の前の義景の脱け殻を眺めながら、その向こうにある失われた未来を望遠した。


「朝倉は十年後に滅ぶはずだった」


景紀は目を剥いた。

「なんじゃと!?」

「別に、信じられければそれでいいさ。本来なら、朝倉義景は後十年は生きるけど、そのうち政治を放棄し始め、最終的に家臣の多くを討ち取られ、それ以外の家臣のほとんどは寝返るか逃げ去って、信頼してた家臣に殺される。そんな結末だった」

「そんな……、嘘じゃ!そんな未来、断じてあってはならぬ!」

「だから、成就されなかったから来ないよ、その未来」

希美は呆れて景紀に突っ込み、景紀は苦しげに唸った。

「『どちらがよかった』とは、こういう事か……」

景紀は苦悩している。

希美は慰めるように、その背を撫でた。

「ああ、その未来じゃな、嫡男も殺されて朝倉が滅びた後は、その後に入った者達と一向一揆のが絶妙に絡み合って、越前がめちゃめちゃになるんだけどな、全部リセットだから。織田の殿がさ、ちゃんと朝倉も越前も守ってくれるから。ね?」

「信じられぬ……!何が本当なのか。こんな状況で、誰が信じられるというんじゃ……」


悄然とする景紀を元気づけようと、希美は思い付くままに声をかけてみた。

「あ、こういう時、この時代の人達、みんな御仏にすがってるよ?念仏でも言っとく?」

「城に現れた御仏のせいで、殿が殺されたのじゃぞ?そんな気持ちにはなれん!」

景紀は目を見開いて希美に怒鳴った。

希美は、しゅんとした。

「そうでした……。なんか、ゴメンね」

項垂れる希美に、景紀は気まずそうに向こうを向いて言った。

「謝らずともよいわ。何なんじゃ、さっきから。お主は何がしたいんじゃ……」


景紀の言葉に、希美はハッとした。

(そうだった。ハニトラ仕掛けて落とさないといけないんだった)

よく考えてみると、今まさにムーディーな?薄暗い部屋に景紀と二人きり。

(や、やるっきゃない!!)

希美は合コン三昧だった昔の記憶を掘り起こした。



「あの、朝倉さん。一門の皆さん同じ朝倉じゃない?あなたの事は何と呼べばいい?」

景紀は訝しげに答えた。

「朝倉家中の者には、『敦賀』とか『九郎左衛門』などと呼ばれておるが……」

「じゃあ、九郎左さん」

「はあ?!」

戸惑う景紀に希美は名乗った。

「私はのぞ……いや、権六で御座る」

「知っておるわ!」

希美は、つつ……と景紀の近くに寄ると、胸元を少しくつろげてぱたぱたと仰いだ。

「いやあ、少し暑いで御座るなあ」

「そうか?少し肌寒いぞ」

「あ……」

谷間が無かった。

(くそうっ!次、次ぃ!)


希美は景紀の前でうなじを見せて、頼んだ。

「何か首の後ろが気になるんだが、何かついてないか見てくれない?」

「なんで、わしが……お主、なかなか鍛えておるのう。どうやって鍛えた?」

(何故か、私の僧帽筋に食いついた件……。まだまだぁ!!)


希美は景紀に言った。

「九郎左さんだって、ムキムキで格好いいじゃないで御座るかっ。あ、九郎左さんの手なんてほら……」

希美は景紀の手をとって、その手の平と自身の手の平と合わせた。

「私の手より……あれ?小さい……」

「悪かったのう、小さい手で」

違う。柴田勝家の手が大きいのだ。

希美は肩を落とした。


(こ、こうなったら、プチデート作戦じゃあ!!)

希美の中で、再戦の法螺貝が鳴った。


希美は景紀に提案した。

「ここの館は建物の中に庭があるんですな!なかなか趣のある良い庭だ。流石風雅な朝倉の館で御座る。良ければ、見せてもらえませぬか?」

景紀は少し気を良くしたようだった。

「ふん、粗野な織田領とは違うからな!いいだろう。よく見て学ぶがよい」

景紀は広間の出入口に向かって歩き始めた。

「あ、待って!……キャッ」

希美はわざと躓いて、景紀の腰に抱きついた。

そしてそのまま、景紀を巻き込んで勢いよく二人で倒れた。

「な、何するんじゃあ!!?」

「ご、御免なさいいい!!暗くて、こけちゃって!」

「こんな何もない場所でこけるなあっ!!」

どうやら、スピアタックルになってしまったようだ。


だが、希美は『くじけぬ心』を持っていた。

立ち上がり、同じく立ち上がっていた景紀に、瞳を潤ませながらお願いした。

「く、暗くてまたこけそうなので……、袖を掴んでていいですか?」

いや、『いいですか?』などと聞きながら、既に掴んでいる。

景紀は、またタックルされては敵わぬと思ったのか、

「勝手にせい……」

とため息を吐いた。



(計画通り!)と悪い顔をしている希美を連れて、景紀は歩き出した。

景紀はまだ気付いていない。

袖を掴んでいる希美の手が、徐々に上に上がっている事を。


希美が『手繋ぎデート』を狙っている事を。


希美の手が、あと少しで景紀の手に……。

景紀の小指と希美の小指が軽く触れ、景紀が怪訝そうに希美を見た。

(普通ここは、お互いにドキドキし合う所なんだが……。まあいいや)


庭が見えた。

「あ、庭……」

そう呟いた希美は、また小さく躓いて、その拍子に景紀の手を掴んだ。

「御免なさい……。私、あまり夜目が効かなくて。このまま、掴ませて下され」

大嘘だ。柴田勝家のeyesは、夜目がギンギンだ。

「ちっ。お主、それでよく武将などやってこれたな」

「えへへ」

そこで仕方なく手を繋いでしまうあたり、景紀は案外お人好しなのかもしれない。



こうして朝倉景紀(55)と柴田勝家(41)は、『手繋ぎデート』を開始してしまったのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ