虫さん、無事、阿呆獅子の身中に入り込む
朝倉・一向宗生き残り軍「降伏します……」
柴田軍「……でしょうね!」
さて、宗教の方向性の違いからグループをダイナミック解散した朝倉・一向宗軍が、柴田軍に対し降伏宣言をした結果、各団体の代表達は尾山御坊の御堂に集まっていた。
戦後処理についての話し合いがもたれたのである。
さっきまで殺し合いをしていた両者は、今は気が抜けたような表情で希美の前に座っている。
何故、こんな事になってしまったのか。
彼らはそんな気持ちではなかろうか。
狂乱から覚めてみると、それぞれの被害の大きさに茫然自失となるしかなかったのだろう。
まあ、希美にしても、なんでこうなったのかはわからないので、多分ここにいる全員が、どこか、『?』状態のはずだ。
だが、皆で虚脱しているわけにはいかない。
「では、今後について会談を始めようか」
先勝国『加賀』代表の希美がそう切り出した時である。
ダダダダダダダンッ、ガタンッ!
「おい、権六!どうなっておるんじゃ!!」
「うぇ!?殿!!」
我らがドSツンデレ武将、織田信長が、代表者会談会場に飛び込んできたのだ。
まさかの上司乱入に、希美は混乱した。
(え?え?私、殿宛の手紙に、『与力送って!』としか書いてないよ?)
希美は、はっとして、信長を指差し言った。
「わかった!殿が私の与力になりに来たんだ!!」
「なんで、主のわしが、その方の与力になるんじゃ、この大うつけ!!」
ドガッ
信長による、久々のドロップキックを受けつつ、希美は「じゃあ、なんで?遊びに来たの?」とのたまった。
ビシビシビシィッ、ビシビシビシィッ
信長は憤怒の形相で、細い竹根がたくさん付いたバラ鞭を、希美に振るう。
「ギャッ!何それ!?新しい鞭、新調してるじゃん!」
「これは、お主専用の鞭じゃ!尻を出せっ、これで、辱しめつつぶっ叩いてくれるわ!」
「それ、ガチなぷれいのやつ!ダメ!絶対!!」
希美と信長がぎゃいぎゃいとぷれいしている所へ、
「やめんかあっっ!!」
一喝が入った。
それを聞いた信長は、「ふんっ」と鼻を鳴らして上座にどかりと座り、希美は思わず固まって入口を見た。
織田家中の御意見番、林佐渡守秀貞が鬼の表情で立っていた。
「ひえっ!林パイセン!?」
「誰が、ぱいせん、じゃあ!」
「うぃっす!さーせん!!」
希美は背筋を伸ばし、即謝罪した。
「だいいち、お主の言葉遣いはなんじゃ!主君に対して無礼であろう!」
「うぃっす!さーせん!!……でも今、佐渡殿も、殿に『やめんかあ!』って」
「……ふん、それはお主に向けて言うたのよ」
秀貞は、ちょっとニヤリとして見せた。
(やだ、普段真面目な林パイセンのニヒルな笑み、激レアですたい!大好物!)
希美がキュンとして見ているのを感じとったか、秀貞はなんとなく気味悪そうに希美を見やり、しかめ面で信長の側に座した。
そんな希美に、ひっそりと控えていた池田恒興が耳打ちした。
「実は殿は柴田殿の事が心配で、御自ら軍勢を揃えられて参ったので御座る。あの鞭の竹の根も、以前箕輪城で柴田殿が殿にと、手づから採って来られた竹の根で御座るぞ」
希美は目を見張った。そして手で口を押さえながら「oh……」と呟き、潤んだ瞳で信長を見た。
「……殿お!!」
「おい!その目止めろ!」
信長は、鼻に皺を寄せて希美を見ると、一連のドタバタを唖然として見ていた朝倉と一向宗の代表達に目を向けた。
「それで、誰じゃ。こやつら?」
そういえば会談中だった!と希美が慌てて、信長を紹介した。
「こちら、我が主の織田上総介様だ。いやあ、来客中なのに、失礼な主でごめんね!」
ガツンッ
希美の頭に、バラ鞭の柄がクリーンヒットした。
朝倉軍代表が戸惑いながら名乗った。
「そ、某は、朝倉家中、堀江中務丞景忠と申す」
一向宗代表も続いて名乗る。
「某は、下間筑後守頼照と申しまする」
「ああ、尾山御坊前の合戦で総大将だった人!リベンジしに来てたのかあ」
頼照は希美を一瞬嫌な眼でちろりと見た後、すぐに表情を変えて、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「その節は、命を取らずに逃がしていただき、ありがとう存じまする。大阪に戻りましたが、本願寺宗主(顕如)の命にて逆らう事叶わず、またこうして加賀に戻り申した」
「ふうん、まあ、また命が助かってよかったな」
頼照と希美が会話をしていると、せっかちな信長がカットインしてきた。
「そんな事より、外にあった死体の山。何があった!戦はどうなった?!」
希美は説明した。
「ああ、殿。簡単に言いますと、本格的な合戦に入る前に、朝倉と一向宗が内輪揉めで殺し合いしまして……。我らはただただ見守っていたのですが、そのうち勝手に降伏しました」
「はあ!?なんじゃと!?」
「何故、そんな事になるのだ……」
信長と秀貞が驚愕している。恒興も、目を見開いていた。
希美は、肩をすくめた。
「それが事実なので御座る。朝倉勢は、当主義景を始め、主だった重臣は討死。一向宗も似たような状況で御座る。まあ、考えても仕方ないので、こうして代表者で戦後処理を、と」
「なるほど、その最中に殿が飛び込んだというわけじゃな」
じろり、と秀貞が信長を睨んだが、当の信長はうつむいて肩を震わせている。
「……殿?」
秀貞が訝しんで声をかけた。
「ク……ククク……、クハハハハ、ハーッハッハッハッ!!」
信長は高笑いしている。
何事か、と希美は恒興の肩を揺さぶった。
「やだ……完璧な笑いの三段活用!あれじゃあ、まるで織田信長だぞ!」
「柴田様、落ち着かれませ。殿は、織田信長様御当人に御座る」
恒興は冷静に突っ込んだ。
信長は笑いを止めると、魔王らしい凄みのある笑顔を見せた。
「これは、『天の計らい』よ。そうではないか?佐渡守」
秀貞は少し考えて信長を見た。
「なるほど、越前は、熟れて落ちなんとする果実」
朝倉軍代表、堀江景忠の顔が青ざめた。
信長は堀江に聞いた。
「生き残った国人衆(地方領主)はどれくらいおる?」
「す、数名で御座る」
「名を言え。呼んで来させる」
景忠が震える声で言った。
「何故に御座るか」
信長は、薄く笑って答えた。
「越前とお主等の行く末、聞きたいであろう?」
景忠はカチカチと歯の根が合わぬ唇で、生き残った仲間の名を明かす。
聞き終えると、信長は希美に命じた。
「権六、聞いたな?行ってこい」
「や、焼きそばパン、何個ですかね?」
「やきそば?意味のわからん事を言っておらんで、さっさと越前の国人共を呼んでこい、ど阿呆!!」
「御意ー!!」
希美は飛び上がるように立ち、走って濡れ縁に出た。
朝倉軍の生き残りを担当しているえろ兵衛を探そうと足早に歩いていた希美は、後ろから「待って下されえ!」と声をかけられ立ち止まり、振り向いた。
見ると、下間頼照である。
年は五十手前。杉浦玄任もごついが、こちらもなかなかがたいのいい、白髪混じりの髭を蓄えたおじさん坊官だ。
希美はキョトンとして聞いた。
「おお、どうした?お主もパシられたのか?」
「ぱし?いえ、多分違いまする。某、柴田様にお願いがあり、声をかけ申した次第」
「願い?なんだ?」
希美の問いに、頼照は突然ひれ伏した。
「あなた様にお仕えしたいので御座る!どうか、某を側に置いて下され!」
希美は驚いた。この親父に好かれるようなイベントを起こした覚えはない。
それに、先ほどの嫌な眼。
希美は尋ねた。
「何故?お主、私に煮え湯を飲まされてばかりではないか。絶対私の事、嫌いだろ!」
ズバリと聞き過ぎだ。
当然、頼照は否定した。
「め、滅相もない!某、柴田様のご威光に、すっかり参ってしまい申したので御座る。城を御仏にするなど、なんという奇策!まさに、諸葛亮孔明の再来。紛うかたなき知将で御座る!」
「え?知将?」
希美は食いついた。
「私、知将になれてる?いやさあ、どんなに頑張っても、みんな『えろ』だの『神』だのしか言ってくれなくてさー」
「どこからどう見ても、知将にしか見えませぬ!」
「よし!お主、採用!!」
希美はわかりやすい阿呆だった。
それを理解した頼照は内心ほくそ笑み、心中で御仏に感謝し祈った。
『南無阿弥陀仏。懐に入り込み、必ずこの邪神を殺します』、と。
この男、相も変わらず、御仏原理主義者だったのである。
そんな事も知らぬ希美は、『下間頼照』という経営資源が活かせる配属先を、ぶつぶつ呟きながら考えている。
「うーん、合戦の総大将の経験があるから、管理職候補にしたいけど、まだいまいち信用しきれないしなあ。なーんか、腑に落ちないというか……」
思考が駄々漏れである。
しかも、阿呆であるが故に直感が発達したのか、案外鋭い事を言い出した。
頼照がそれを聞き、ギクリとする。
「よし、決めた!」
希美は人事を決定した。
「お主、まだ信用無いから監視も含めて、私付きの小姓な!常に私の目の届く所にいろよ!」
……つまり希美とは、『鋭い阿呆』であった。
この年とキャリアで小姓に任じられた事を嘆くべきか、いつでも手を下す事のできる最高のポジショニングを喜ぶべきか。
頼照は御仏の下された配剤に、なんとも複雑な感情を念仏に乗せてツイートした。
「な、南無阿弥陀仏……」
希美は、獅子身中の虫をゲットした。




