果て無き闇に堕ちし者達が住まう地、『近江』の呪縛からの脱出
中二ワード、目が滑るよお……
年の瀬も押し迫った、現代ならばクリスマスの頃。
希美は近江の武将達に引き留めをくらっていた。
「えろ大明神様!是非、新年の始まりをこのまま近江で!」
承禎が希美にすがっている。
「いやいや、新年はできれば岐阜で……」
希美は当然、変態共と新年を迎えたくはなかった。承禎の誘いを断っている。
その承禎を援護するのは、久政である。
「おい、承禎!この大鎖を使うのじゃ!」
「し、下野守さん、これ……。この前えろが暴走したお主を、えろ大明神様が手ずから縛りつけた、伝説の大鎖!それ以降、迸るえろを封じ込めるために、ずっと自らを縛り続けていたのではないか!お主……、よいのか……!?」
ゴクリと喉を鳴らす承禎は、何気に元家来筋の久政を『さん』付けしている。久政の方は、『承禎』と呼び捨てだ。
近江の力関係は、混沌を極めようとしていた。
その久政だが、相変わらず絶好調だ。
「いいのじゃ。わしが迸りっぱなしになる事で、この繖山が白き噴火を起こし、観音寺城がどろどろに溶けた熱き白泥流に飲み込まれたとしても、えろ大神様と共に新しきえろ年を迎える事こそ、肝要!」
「なるほど……。わしも、えろ大名の端くれ。腹をくくり申した。この観音寺城、えろのために崩れるならそれも良し!えろ大明神様、これよりこの大鎖で御身を縛りつけますぞ……!御案じ召さるな、優しく、優しく縛りまする……はあ、はあ」
『えろ大名』とは、何なのか。
「『それも良し!』じゃねえだろ?!おい、近寄るな!なんで息が荒いんだ!!」
「うおおおお!大鎖の封印が溶け、わしの中のえろが暴れ出す……!」
二人の変態えろ大名が迫り来る。希美は戦慄し、後退りながら大声で助けを呼んだ。
「変態に囲まれてる!!『清き眼の毘沙門龍』を召喚しなきゃ……。助けてえー!ケンさーん!!」
だが、テイムしたはずの龍が現れない!
「わはは、上杉殿なら、既に筆頭えろの河村様に頼んで、除外済み。今頃は、隠れえろの避難先で足止めをくろうておりましょう。……それにしても、あの筆頭えろ様も凄いお方よ。ただ在るがままに我が儘に、微笑を湛えたまま自然に果てておられる。いちいち疼いてしまう某などとは、えろの次元が違い申す」
「くそっ、『違次元のえろの武士』の手札を切られたか!おのれ、河村久五郎!」
つまり、希美は変態から逃れられない。
後ろは、壁。
希美の目前には、鎖を構えた息の荒いおじさんと、ふんどしで右目を隠し右腕を抑えながらジョ○ョ立ちするおじさん。
絶望である。
(諦めて、変態の国、近江で新年を迎えるしかないのか……)
希美は目を閉じた。
目の前の地獄絵図を、直視したくなかったのだ。
その時、自然と脳裏に浮かんだのは、こんな言葉であった。
(ふう……闇は良い。見たくない現実を、闇の衣が優しく覆い隠してくれる……。もう、私は、無明の闇に囚われてしまおう!)
(…………)
(……)
「う、うつってるうーー!!!?」
希美は愕然とした。
『闇の衣』、『無明の闇に囚われる』、だと……?
もう、心が痒い。掻きむしりたい。
三十年近く前に、とっくに卒業したはずのあの病が、再発しているのだ。
(ダメだ、ここに長く留まってはいけない!その他大勢、有象無象の只人だった我が思考が、口滑らすほどに心地よき闇の言葉に浸食されてしま……)
「あばばばばばば!!!」
既に浸食は始まっている。
急に様子のおかしくなった希美に驚く変態親父二人を、希美は突き飛ばし、希美は「悪いが、絶対に帰らせてもらう!」と宣言した。
しかし、この変態共は他国の武将。外交もせねばならぬ。
希美は今後の付き合いも考えて、慰撫の言葉もかけておいた。
「私は織田の臣だ。あなた方のご厚情は嬉しいが、私は織田の殿に新年の挨拶をせねばならぬ。それに、私を引き留めるために、観音寺城が崩れるなんて、あってはならない事だ。どうか、白き尿漏れは迷惑のかからぬ範囲で漏らして欲しい」
「に、尿漏れ……」
結果、希美は男の沽券を、スパイクの付いた土足で踏みにじった。
さらに希美は言い放った。
「私とて、あなた方と新年を迎えたいのだ。もし、あなた方さえ良ければ、いつか共に織田の殿の元で、新年を迎えよう!じゃあ、荷物まとめて来ます!」
これ以上引き留められたくない希美は、言う事だけ言って、そそくさと部屋を出ていった。
(変態の国、近江で過ごすから、変態に染まるんだ。ならばいっそ岐阜にこいつらが来れば、いいんじゃね?)
希美にはこの程度の考えだったが、新年は主君に挨拶に行くものだとわかっている承禎には、とんでもない発言であった。
承禎は目を丸くして呟いた。
「つまり、近江守護のわしに織田の元に下れ、という事か?」
久政は、毒気を抜かれた様子で、右手で腹の下を慰めるように撫でている。
「わしなど、『お前の迸りなど、噴火どころか尿漏れぞ!』と」
「「尖っておるのう……」」
二人は、顔を見合わせて吹き出した。
「しかもわしらの反応も見ずに、さっさと出ていかれたわ」
承禎は希美の出ていった先を見た。
去り際に、さも当然のようにさらりと『織田の家来になれ』と吐き、答えも待たずに去って行ってしまった。
代々近江の守護として幕府からも一目置かれていた由緒ある大大名の自分に、最近力をつけてきたとはいえ、成り上がりの元弱小大名である織田に臣従せよ、とは……
昔から周囲の大名等との力関係や、幕府、公卿の権威にも配慮しながら、戦国の世を生き抜いてきた承禎にとって、希美の思考と言動は、あまりにも自由で底が見えぬように思えた。
「あの方には、わしの地位や肩書きなど、頓着するものではないという事よのう。いや、流石に人の理に囚われぬ神よ」
承禎のどこか憧れるような声色に、久政も目線を股間から離して、承禎の目線を追った。
「そんなものに頓着せずとも、わしらを屈服させようと思えばできるお方だからの。上杉など、あっという間だったではないか。まさに、生ける伝説。確かにあの方からすれば、わしなど路傍の尿漏れ男よ」
久政は苦笑した。
承禎が不満そうに言った。
「何故あの方が上に立たぬのだろうのう。あの方が天下を目指すなら、わしは下についても良いと思うが……。何故織田の下で甘んじておられるのか」
久政は首を振った。
「わからぬ。織田上総介。確かにただ者ではない男であった。えろ大神様が信頼なさるだけあって、若いが覇気も度量もある。ただ、やはりわしからすれば、えろの道は青二才よ」
「それは、つまらぬな。えろ大明神様の主にはふさわしくないのではないか?」
ふん、と鼻を鳴らした承禎を、久政はニヤリと笑んで見た。
「ただの、流石にえろ大神様の主よ、と思った所もある」
「何だ?」
「聞いた話じゃが、あの男、赤子に自らの乳を含ませるのを好むそうな」
「な、なんと!??」
承禎は目を剥いた。
「まさか、乳が出るのか?」
「出るかは知らぬが、出るから吸わせるわけではあるまい」
「なるほど。流石えろ大明神様の主。えろが尖っておるわ……」
戦国武将六角承禎が、織田信長という男を認めた瞬間であった。
この時、久政は承禎に語ったという。
「織田上総介め、乳という赤子の食事を、自らのえろに昇華させるとは……。くくく、まさに常識に対する反逆行為ではないか!それもわし等は腹下なのに対し、奴は胸までが、白き命の霊薬が湧き出す泉なのよ。今は青二才の小僧じゃが、いつか、全身から白きえろが吹き出す立派なえろ大名になるに違いない」
この言葉は六角承禎の日記に記され、後世の学会に『織田信長は乳が出た』という主張をする派閥を生んだ。
インターネッツで『織田信長』を検索すると、『織田信長 乳』、『織田信長 パパ乳』、『織田信長 女体化』、『織田信長 いつか立派なえろ大名』などが検索ワード上位に出てくるのは浅井久政のせいである。
信長がこれを知れば、史実通り浅井氏を滅ぼす事は間違いない。
まさに、知らぬが仏だった。
だが、この『パパ乳』が信長を助けたのも事実である。
もし、信長が『パパ乳』をしていなければ、六角承禎が信長を排除し、希美を担いで天下人に据えようとしていたかもしれぬ。
人間、何が自分を助けるかわからないものだ。
まあそんなこんなで、希美は、近江の戦国大名だけでなく、主信長の検索ワードにまで影響を及ぼしつつ、慌てて荷物をまとめ、次の日には近江を出立したのであった。
後、近江の変態親父に加担した美濃の変態親父河村久五郎は、罰として木玉ぐつわを装着した旅となったが、久五郎にとってご褒美でしかなかったという。
いやあ、えろの柔軟性の凄さよ。
その隣で、希美の思考はしばらく底無しの闇に囚われ、何故か刀を無意味に背中に背負って、輝虎を困惑させたのだった。




