女の証
いやあ、ダイナミックに風呂に入ろうとして、湯槽に入るのに勢いつけて足を上げたら、蛇口に足の小指がジャストミートし、爪から大出血です(笑)
仕方ないので、片足を上げながら湯に浸かって書きました。
もう、ダイナミック入浴なんてしない!!
石山本願寺。この頃はまだ『大坂本願寺』『大阪城』などと呼ばれている。
この寺社都市は、今年の始めに寺内町内二千軒が焼失する火事を起こし、一年が経とうとする現在、ようやく復興が進んできた。
しかしここに住む門徒達は、いまだ火中にいるようだ。
この所、連日のように寺内のえろ教徒が捕縛され、拷問にかけられているようなのだ。
棄教を拒み、悪魔の使徒として処刑される者も出てきた。
いつの間にか家族単位で消え失せる者達もおり、不穏な空気が蔓延していたのである。
その嫌な空気を感じ取っているのは門徒だけではない。
宗主の顕如は、自身の率いる一向宗が否応なしに、暗い海へ船を漕ぎ進めているような、そんな感覚を味わっていたのである。
「何故、こんな事になってしまったのか……」
顕如は、寺内の廊下を歩きながら考えを巡らしていた。
「確かに、柴田勝家は異常よ。その働きはまさに悪魔。第六天魔王そのものじゃ。だが、坊官共もやり過ぎではないか?」
あの日、『柴田権六勝家は第六天魔王』という顕如の呟きに過敏に反応したのが、坊官達だった。
特に七里頼周は、下級の青侍から坊官となって意気込んでいるせいか、えろ教徒弾圧に力を入れている。
上がこの調子なので、今までえろ教と浄土真宗の掛け持ちを傍観していた門徒達も、一向宗のえろ教徒と袂を別つ事となる。
現在一向宗の中は、弾圧する側とされる側で真っ二つに割れていた。
その上、いつの間にか消え失せ、減少していく門徒の数。
えろ教徒弾圧を止めるよう促す、周辺の大名からの書状。
教団内に隠れ潜み活動する、隠れえろ。
顕如は忌々しげに吐き捨てた。
「それもこれも全て、柴田権六のせいじゃ!」
そうして歩みを止める。
目的の部屋に着いたのだ。
からり。
「光佐様!おかえりなさいませ」
そこには、花が綻ぶような笑顔の愛らしい女が待っていた。
自身の諱を呼ぶ事を許している女。
後に如春尼と呼ばれる、顕如の最愛の室である。
顕如は先ほどの苦い表情をころりと変え、にこりと笑って話しかけた。
「私の可愛い春の花よ、今日は何をしていたのだ?」
室はそれに答えた。
「私、側仕えを雇いましたの。紹介しておきますね。今日から、私の側で仕えてくれる……」
「『筑前尼』と申します。どうぞ、よしなに」
顕如はその尼を見るなり、大坂人らしく盛大に突っ込んだ。
「こ、こんなごっつい尼、どこで拾ってきたんやあ!!!」
僧帽筋が悩ましい六尺尼。
希美であった。
さて、何故希美が敵陣ど真ん中で女装しているのか。
少し時を遡ってみよう。
信長にえろ教徒救済を許された希美は、同じく同行を許された沢彦、久五郎、えろ兵衛を連れて、まずは伊勢長島にある願証寺を訪ねた。
輝虎は、滝川一益の配下をつけて、剣豪将軍で有名な足利義輝さんの所へ送り込んだ。
隠れえろの受け入れと一向宗への圧力をお願いするためだ。
希美の方は、願証寺の跡取り息子証意を訪ね、隠れえろ救済の実情を聞いた。
「他の地にある一向宗の寺内町はともかく、大坂本願寺は堅牢過ぎて、少しずつ脱出させているものの、なかなか全て揃って隠れえろの移動は難しいようだ。加賀国に至っては内情がどうなっているのかすらわからない」
これを受けて、希美は決めた。
(よろしい、ならば、『潜入』だ!)
加賀は情報が足りなすぎる。
すると狙いは大坂本願寺で、『隠れえろ一斉救出大作戦』の敢行だ。
それにはやはり、大坂本願寺内に潜入しなければならない、というわけだ。
そして寺に潜入ならば、断然尼である。不本意なヘアイメチェンはしたくない。
希美一行は堺に向かい、下間頼宗に合流した。
すると、顕如の奥さん、つまり御裏方様が柴田屋の化粧品の愛用者だという。
希美は久五郎とえろ兵衛を睡蓮屋境店に残すと、『元柴田屋化粧品販売員の尼』という設定で、頼宗に紹介を頼み、御裏方様に接触。
化粧トークとメイク技術を駆使して気に入られ、無事大坂本願寺に内定が決まったのである。
ただ、やたらでかい希美だ。
当然、怪しまれた。
だが、胸は微乳で押し通し、大事な部分はふざける小学生男子の如く、うまく挟み込んで、なんとかしのいだ。
だが、最も女子として信頼を勝ち得たのは、希美の次の言葉からだった。
「そなた、出産経験があるのか?」
御裏方様の問いに、「はいな」と希美は頷いた。
御裏方様はため息を吐いた。
「私は子どもを産んで、肌の調子が良くなくてなあ……」
希美は迷いなく告げた。
「私は、尿漏れが酷い」
「「「それな!!」」」
その場にいた経産婦の声が揃った。
「くしゃみの瞬間に……」
「あー!あるある!!」
希美の『尿漏れ発言』は、女の証明の決定打となったのである。
そして現在、希美は今度は顕如から、めちゃめちゃ疑われていた。
「いや、自分、どう見ても男やん!?男の私から見ても、惚れ惚れするような良い体してるやん!!」
「ひ、酷い……!私はただ、好物の大豆をひたすら食べまくり、力仕事を人三倍やっていただけで、こんな体になってしまって。すごく気にしてるんです!」
「大豆?大豆でそんな体になれるの?!大豆食べなあかんな!!」
「力仕事もですよ!」
「おっしゃ、わかった……って、それはええ!自分、胸無いやんけ!!」
「ありますよ、失礼な!ほら!」
希美は胸元を少し開いて見せた。
薄くした黛を塗って陰影を出す事で谷間を作り出し、希美の少し盛り上がった大胸筋をさらに浮かび上がらせている。
「た、確かに……」
顕如はどぎまぎして、目を逸らした。
「顕如様がどうしてもというなら、下も……」
希美は胸元をチラ見せしつつ、えぐり込むように上目遣いを放った。
「いや、良い!信じる!筑前尼は、女じゃ!」
顕如は御裏方様の氷点下ジト目を受け、たじろいだ。
やはり、合コン技は汎用性がある。
柴田勝家おじさんを、女だと言い切らせてしまうのだから。
希美は、無事大坂本願寺に潜入を果たした。
次のミッションは、えろ教徒の救出だ。
沢彦は『角尼』と称して、既に寺内町に潜んでいる。
筑前尼と角尼は、作戦が美味しく仕上がるタイミングを待つばかりだった。




