戦国武将の遠足準備
春日山城の広間。
そこに座すのは、尼の格好をした坊主が三人と、戦国武将が二人。
尼坊主達は、皆渋い表情をしており、武将の一人伊達晴宗は腕を組んで固く目を閉じている。
残りの一人である希美は、目を見開き、驚愕の表情で問い返した。
「……え?私が第六天魔王?隠れえろ?踏み人形?」
(な、何、そのどっかで聞いたような単語……?微妙に、色々ずれてんだけど!!)
「一向宗本願寺の顕如が仕業に御座いますぞ。頼宗殿によると、えろ教の拡大に危機感を持っておるとか」
「まあ、えろ大明神様なら、そう思われても致し方無いかと。どうか、お気をつけ下され!」
「わしは暫くこちらに留まり、御身の守護を致しますぞ!」
尼のおじさん達が口々に希美に訴える。
希美は、困惑した。
「な、なんで、私が第六天魔王なんて言われるの?!私、どっかの中二戦国大名みたいに『わし、悪魔の王な!』って手紙で自称してないし、まだ比叡山だって焼き討ちしてないじゃん!」
希美は軽く信長をディスっている。
快川達はギョッとした。
「「「比叡山を焼き討ちする予定が!!?」」」
希美は慌てて否定した。
「いやいや、比叡山が調子こいてヒャッハーしまくる世紀末状態で、殿が『やっちゃわないといけないから、お願いだから自重して従って?』ってお願いしても聞かなかった時にね!比叡山次第だからね!」
「なるほど、比叡山に『お前達はやり過ぎたのだ!』と仏罰を与えるお役目を担われる、そういう事ですな」
「確かに比叡山は無茶苦茶ですからな。いつか仏罰が下るとは思っておりましたが……。散々他を焼き討ちした比叡山が、今度は自分の番、という事か。まさに因果応報」
「人の手ならともかく、御仏に連なるえろ大明神様なら、致し方無しか……」
(あれ?案外、比叡山焼き討ちしてもオッケーっぽい。どんだけ嫌われてんだ、比叡山!……って、それだけじゃないか。これ、歴史改変のバタフライエフェクトってやつだ)
希美は不安に襲われた。
(ヤバイ。まさか、本能寺の変は、殿じゃなくて私がマイコー若村をダンスしながら、バーニング……でも肉体チートで焼け跡から不死鳥の如く復活して、『えろ幕府』爆誕!とかいう未来に……?意味わからねえ!そんなん、断固拒否するうぅ!!)
収拾のつかない未来の到来がそこに!希美は、混沌の未来から目を背ける事にした。
「と、とにかく、一向宗内のえろ教徒を助けねばならんな!脱出は頼宗や証意が動いてくれているんだよな。ただ、これから冬になる。越後にいては私も動けんし、脱出した人々を受け入れようにも、雪が邪魔して越後まで来れまい」
「冬の間の受け入れ先が必要、という事ですな?」
希美の懸念に沢彦が返し、希美は頷いた。
「臨済宗は武家と繋がりが深い。えろ教徒となった大名や武家にに受け入れを頼めないか?」
「「直ちに書簡を書きましょう」」
快川と沢彦が声を揃え、覚禅坊も「わしも弟子達に頼んでみる」と進言した。
希美は少し考えると、久太郎に、筆頭家老の次兵衛と輝虎を呼んで来るように告げ、快川等に向いた。
「私はこれから、美濃の岐阜城に向かう。冬はそちらで過ごすから、まだ越後にいるよりは動けよう。ついでに殿に今回の件を報告しておこう」
沢彦が即座に反応した。
「わかり申した。拙僧がお供致しましょう。快川、お主は」
「うむ。書簡を送り、武家を回ろう」
阿吽の呼吸で快川が答えた。
希美はそれを聞き、覚禅坊に目を向けた。
「覚禅坊、お主には私より快川についてやってくれ。どうせ私は少々じゃ死なぬ体だし、快川はもう六十だからな。冬の旅は厳しそうだ」
「なっ、わしはまだまだ若……」
「ははっ、承って御座る!」
憮然とする快川に希美は笑って言った。
「わかっているとは思うが、尼姿は止めとけよ。高僧の快川とわからずに門前払いをくらうかもしれん」
「ええっ!そんな……」
快川はショックを受けている。
「おい、尼で行くつもりだったのか……」
どんだけ尼になりたいんだ。呆れる希美に沢彦は言った。
「ま、まさか、拙僧も尼禁止で?」
「当たり前だ!尼姿の恩師を見て愕然とする殿の気持ちを考えろ!……いや、ちょっと面白いかも?ダメだダメだ。絶対私のせいにされて、私が折檻される未来しか見えないわ」
希美は誘惑を振り切ったが、沢彦はせがんだ。
「ならば、せめて岐阜に入る前まで!頼み申す!」
「その熱意は何なんだ……わかったよ。岐阜までな!」
「ああ、良かった!えろ大明神の尼姿、楽しみにしておりますな!」
「……え?私も?」
希美が愕然としていると、それまで黙って聞いていた晴宗が言葉を発した。
「わしはこの話、聞いてもよかったのか?」
希美はちろりと晴宗を見て、不敵に笑った。
「いいぞ?むしろ、その方が家中がまとまる、というものだ」
「それは、どういう……?」
そこへ、輝虎が入って来た。
「わしを呼んだか?」
「あ、ケンさん。呼んだ呼んだ、超呼んだ。明後日、私達、越後を立って美濃の岐阜に行くから、準備よろ!それと、明日皆に説明したいから、集まれる重役達を集めておいて!」
輝虎は目を剥いた。
「あ、明後日?明日?!何じゃ!何が起きた?」
(やだ、リアル『今来た三行』ってやつね。よっしゃ!腕が鳴るう!)
希美は、簡潔に答えた。
「一向宗顕如がえろ嫌い。えろ教徒迫害不可避。私は殿に報告。どうだ!三行で説明できてるだろ!」
輝虎は呆れたように希美を見た。
「何故三行にこだわったのか全くわからんが、何となくわかった。ゴンさんが、織田にしばかれる未来までわしには見えた」
「何故!?」
理解できぬと言わんばかりの希美に、輝虎はため息を吐いた。
「お主が厄介事を持ち込むからじゃ。それに、お主、伊達と芦名の縁組みが事を、ちゃんと織田に報告しておるのか?」
「あ……」
希美は蒼白になって輝虎にすがった。
「どどどどうしよう!絶対また謀反だの何だのと殿がイジケ虫に!ケンさん、どうすればいい?!」
「知らんわ!」とつれない対応をとられ、引き剥がされた希美は、名案を思いついた。
「よし、既に縛られた状態で、焼き土下座しながら報告しよう!火起請で、反省アピール!そうと決まれば、夏合宿でお好み焼き焼いた鉄板を持って行かなくては!」
「お主の火起請は、何の意味もないよな。焼いた鉄を握っても効かぬであろうが」
「いけるいける!こういうのは、形式が大事だから!何だったら、ゴルゴダの丘行きのキリストさんみたいに、磔用の十字架背負って町中練り歩いて入城しよう。みんなに反省をアピールして、まわりから攻めてやる!」
希美は、何と戦っているのか。だが確実に、太田牛一記者が大興奮のネタだ。信長公記掲載は確実だ。
「勝手にせい……わしは、離れて歩くからな!」
輝虎がつれない。希美は晴宗を見た。
「ねえ伊達さん、最近ペットが冷たいんです……」
「知らんがな」
その日の夜、希美は、遠く「こ、これが『れえす湯巻き』……!ふおおおおお!!」という声を聞いた。
その声につられてか、城内で誰かが飼っている犬がオンオンと鳴き始める。
越後の冬は、夜が長い。
希美は、灯明皿の火を吹き消し、何事もなかったかのように就寝した。
「昨夜はお楽しみでしたね……」
昨夜の余韻も冷めやらぬままに朝食を終え、部屋に戻ってまた試してみようと、ウキウキしながら廊下を歩いていた晴宗は、急に後ろから肩を叩かれるやこの不穏な発言を受け、心臓をはね上がらせた。
「な、なななな何の事じゃ、柴田殿?!!わしは昨夜は、早めに就寝したぞ!!」
「そうですか……。それはそうと、今日は伊達さんにお願いがありましてね」
晴宗は、心を落ち着かせて問い返した。
「願い、とは?」
「なに、今日行われるうちの重臣会議に出席してくれればいいだけ」
「なんじゃと?わしがおっても良いのか?」
晴宗は怪訝そうに希美を見やった。
希美は、にやりとして頷いた。
「はいな。いてもらえると、助かります。別にいるだけでいいの。時々相づちを打ってもらえれば」
「承知した。では、わしは今から少し忙しいので、これにて……」
「会議は一刻後からです。小性を迎えにやりますね。では、ご・ゆ・っ・く・り……」
「べ、別にゆっくりなど!わしはあれだ。い、今から漢百人組手をだな……!」
「はいはい」
希美は足早に立ち去りつつ、角を曲がった所でおもむろに振り返り、含み笑いをして見せる。
晴宗がなかなか面白い顔で希美を見ている。
(いやあ、伊達さんって楽しい人だよね!)
満足した希美は、冬の間の柴田屋商品の仕入れについて詰めるために、秀吉を待たせている部屋に向かったのだった。
一刻が経った。
広間には、柴田家中、織田家中の与力、上杉家中の重臣達が集まり平伏している。当然輝虎も家老として希美の席の近くで平伏中だ。
希美は、晴宗を連れて上座に座った。
こいつら、希美の合図が無いと顔を上げないのだ。
希美は一同を見渡し、絶妙な変顔を繰り出した。
「ぐぶっ!」
「ぶふっ!」
「ふがっ!」
「はい、お前等、ダウトー。エア平伏してたろ!忠誠心足りない容疑で会議中、『罪人座り』な!」
吹き出した重臣達は悲痛な顔で、正座に座り直した。
「何をやっておるんだ、お主?」
不思議そうに希美を見る晴宗に、希美は答えた。
「私は新参の上司だからなあ。規律は徹底しとかないとな。そもそも平伏中に私をこっそり見るなんて、その心が怪しいだろ?ただ、何故か必ず柴田家中にも、引っかかる奴がいるんだよなあ……ねえ、次兵衛さん?」
次兵衛はテヘペロっている。
忠誠心MAX過ぎて、引っかかるパターンもあるのだ。
「面を上げてくれ!」
重臣達が一斉に顔を上げた。
希美はちょっとはにかんだ。
この視線が集まる瞬間は、どうしても照れてしまう小市民な希美である。
「もう、噂で聞いている者もあると思うが、私は岐阜に行くためしばらく越後を離れる!明日には家老のケ……上杉弾正を連れて出立する」
広間はざわめきに包まれた。
希美は様々な表情を見せる重臣等を睥睨した。
「さて、こちらにおられるのは、陸奥の大名、伊達殿だ。当然私が越後を離れるのを知っておられる。……ふふふ、伊達殿、私も上杉弾正もしばらくおらぬぞ?こやつらな、まだ古い勢力と新しい勢力がうまく噛み合っておらんのよ。攻めれば、簡単に越後を切り取れるぞ?」
にやにやしながら晴宗を挑発する希美に、晴宗は目を見開き、重臣共はいきり立った。
「なっ!」
「ふざけるな!この地は我らが守り通す!!」
「我等を愚弄するか!?」
希美は、真顔で言った。
「もし、私が伊達なら、上杉の者をうまく扇動し柴田・織田の新勢力と反目させ、潰し合わせた所を美味しくいただく」
皆、動きを止めた。
「なるほど、それは妙案」
晴宗の呟きが、静まり返った広間に響いた。
希美は語りかけた。
「主がおらずとも、越後を守れるかどうかはお主等次第よ。どの国も、越後を切り取るなら今だと思っておるぞ。なんせ、一枚岩ではないのだからな!」
「一枚岩……」
柿崎景家が呻くように口にした。
希美は目を細めて景家を見た。
「上杉は、どこかまだ、支配されている現実を見ず」
そして、柴田家中と織田家中を見た。
「新参は越後を、支配した他国と思って指図するだけ」
希美は、吠えた。
「越後を守る一枚岩になれんなら、今すぐ死ねい!!越後国の邪魔だわ!!」
障子紙が、ビィィンと震えた。皆、青ざめて拳を握り締めている。
「後は、お主達で腹を割って語り合う事だな。特に柴田と織田の者共は、ここをもう一つの故郷と思えぬようなら、いつでも首にする」
希美はそう言い捨てると、輝虎と晴宗を連れて広間を出た。
広間の外には、女中達が酒の準備をして待機していた。
希美が女中頭に合図を送ると、女中達はどんどん広間に入って行く。
新旧の酒宴では、仕掛人の次兵衛が、うまく話がまとまるように誘導してくれるだろう。
「わしをだしに使うたか……」
晴宗は、くくっと忍び笑いした。
輝虎も呆れ笑いしている。
「お主、家臣共を脅し過ぎじゃ」
希美は、ふふと笑った。
「大体、内がごたついてても、外敵が現れたら一丸となるのが、洋画のセオリーさ。まとまらねば外から食われるのは、別に狂言などではないんだから。あ、伊達さん、ガチで越後を切り取りに来たら、もうレース湯巻きも化粧品も売らないから」
「何!?……伊達は、越後の不可侵を誓おう!」
希美は海老で鯛を釣った。
かくして、越後の新旧勢力はまとまりを見せ始め、希美と輝虎は後顧の憂い無く、旅に出られそうである。
越後の空には、ちらちらと風花が舞っていた。
『今来た三行』。本来ネットでは『今北産業』と書かれていますが、わかりやすく変えています。




