安定と投資
・マーハティ領の登場人物、大雑把解説
・エルダン・マーハティ
領主、人間族と象人族とのハーフ、男性。最近子供が産まれて幸せ街道まっしぐら
・ジュウハ
軍師、人間族、男性。何もかもが相変わらず、平和になってきたこともあってたくさん遊べるのでご機嫌
・カマロッツ
エルダンの執事、人間族、男性。エルダンが幸せそうなので自分も幸せ
・ネハ・マーハティ、パティ・マーハティ
エルダンの母と妻、どちらも獣人族の女性。やっぱり幸せな日々、子どもと接するのが何よりの幸せ
マーハティ領の領主屋敷の大部屋で――――エリー
マーハティ領はいつも通り賑やかだった。
以前よりもいくらから空気が穏やかになり、融和が進んだのか人間族の笑顔をよく見かけるようにもなり……商人達も活発に行き交っている。
以前ほどの勢いはないが……それは領内が安定してきた証拠なのだろう。
内乱から完璧に立ち直ったと言って良い程に安定していて……領内のあらゆることが順調に前進している。
何しろ役人のほとんどが領主に忠誠を誓っているのだから、そうなるのも当然の話だった。
予算が無駄なく行き渡り、貧しい人々にも届き満たし……汚職がないことで、予算を立てた分だけ領内が豊かになっている。
普通はある程度の汚職があるものだ、それによって無駄が生まれて予算が行き届かず、不満が生まれて犯罪に繋がるものだが……汚職が全くないおかげで、そういった悲劇が起きていない。
全くもって見事な忠誠心だと言えるし……ジュウハが作り上げた汚職防止のための施策も実に効果的だった。
噂によるとジュウハの直属の部下の何人かが、役人達を昼夜問わず監視しているらしい。
監視されるのが嫌なら役人にならないこと、役人になるなら監視を受け入れること。
その分だけ十分な手当てが与えられて……エルダン所有の施設を自由に使えるなど特権も認められている。
他にも公表されていない、かなりの数の汚職対策があるとかで……結果が今の安定だった。
そういった役人の特別扱いに不満を漏らす人々もいなくはなかったが、厳し過ぎる程に厳しい監視の様子を知るとその不満も霧散するようで……エルダンの魅力とジュウハの厳しさが上手い具合に均衡を保っているようだ。
(……でも安定してばかりでは良くないかもしれないわねぇ)
豪華な絨毯が敷き詰められ、メーア布を使ったらしいクッションに身を預けながらの交渉の席で、エリーはそんなことを考えてしまう。
余計なことを考えずに交渉に集中するべきなのだろうが、エルダンは基本的にこちらの提案を全て笑顔で受け入れてくれるため交渉らしい交渉にはなってくれず、集中する意味があまりない。
冒険への投資も説明をしただけでただ受け入れてくれて……念の為に持ってきた真珠とサンゴも効果があったのか、なかったのか……。
同席している何人かの妻達は喜んでくれていて、全く無駄ではなかったのだろうけども、無くても問題はなかっただろう。
装い新たに、今までとは別人だと思えるような格好をしているエリーだったが、そのことにも深く追求されることはなく……少しだけ肩透かしのような気分にもなってしまう。
その事自体は悪いことではないのだが……もう少し何かあってもなぁと思わなくもない。
いちいち騒がず驚かず、余裕があって……本当に何もかもが安定している。
(……ただただ安定が続くだけだと不満が溜まりやすくなってしまう。
成り上がりたくても成り上がれない……その機会を掴めない人々が余計なことを考えてしまう。
安定を受け入れる人がほとんどなのでしょうけど……そうじゃない人もまた一定数いるもの。
ジュウハさんならそこら辺も分かっているのでしょうけど……私からも何か提案すべき、なのかしらねぇ)
それこそ余計な考えだし、余計な口出しになるのだが……メーアバダルの外交担当としては、隣領に乱れて欲しくはない。
……ただ乱れるだけならまだ良いが、そういった不満が東に向いた日には目も当てられない。
マーハティ領の西部はメーアバダル領、北部はモンスターの支配域、南部は砂漠に覆われて……外部に不満が向かうとしたら東部になる。
新道派が増えている東部、獣人亜人排斥を唱えている東部……つまりは王都に意識が向いて領内ではなく国内騒乱なんてことになってしまっては困る。
ならば意識を南部に向けるべきなのだろう……南部の砂漠ならば、メーアバダルにとっての荒野のように可能性があるし、その可能性のためにかける労力は膨大だろうし、そちらに力を向けている間は、東部に向けずに済むかもしれない。
そう考えてエリーは、投資話の舵をそちらへと大きく切っていく。
「―――この投資が成功したなら、きっとマーハティ領の人々にも海や港の重要性が伝わることでしょう。
そうしたならきっと南部開発への意欲も高まるはず……荒野よりも過酷と聞く砂漠を踏破するのは大変かもしれませんが、その大変さを乗り越えるだけの価値はあると皆様に示すことが出来るはずです」
それを受けてエルダンは変わらずニコニコとしていて……大部屋の隅に置いたソファで寝転がっていたジュウハはピクリと反応し……エリーの思惑を読み取ったと言わんばかりの得意げな顔で言葉を返してくる。
「港ならメーアバダルのを使えば良い、わざわざこちらが整備する必要はねぇんじゃねぇか?」
「……確かに、お言葉の通りかもしれませんが……我々の港はゴブリン族の協力あってこその代物。
ゴブリン族のためでもあり、冒険のためでもあり……それ以外の用途でどれだけ使えるかは未知数です。
それでもとこちらに投資していただけるのはありがたくはありますが……投資が集まりすぎるというのも困りものでして、僅かな人数で領内を回している現状、管理出来なくなる可能性が高いです。
それに隣領にも港があればより活発な経済活動も期待できます、確実に相乗効果があることでしょう。
砂漠を開拓し踏破し、港まで整備するとなったら十年二十年の時間と膨大な予算が必要かもしれませんが……無駄にはならないと思いますよ。
仮に反対意見を出す人がいたとしても……冒険の成功による収益を見れば、意見を変えることでしょう」
とのエリーの言葉を受けて、ジュウハは満足そうに頷く。
元々投資に前向きだったエルダンもまた満面の笑みで頷き……妻達やカマロッツ、部下達もまた「なるほど」「悪くないかもな」なんて声を上げながら頷く。
投資の見返りとして収益が上がるだけでなく、新たな開拓地への意欲が盛り上がるのなら……その開拓地や港の主になれるかもしれないとなったら、部下達としても反対する理由がなかった。
また隣領メーアバダルに負けていられないという対抗心もあって……中にはエリーを見下すような態度を取る者もいる。
こっちに利する提案をするなんて馬鹿め……と、そんな態度で、エリーはそれに気付かない振りをしながらただ微笑む。
そんな周囲の反応を見て満足そうにもう一度頷いたエルダンは、エリーへと視線を戻し声を上げる。
「そう言うことであれば張り切って投資を行わなければならないであるの。
……先程エリー殿から提案があった予算の……五倍は出させて頂くであるの。
多すぎるという意見があるかもしれないけども、ここまで利があるのに相応の投資が出来ないでは沽券に関わるというもの、砂漠開拓への意欲を示す意味でもこのくらいは出させて頂くであるの。
ジュウハ、詳細の詰めをお願いするであるの」
その言葉にエリーや部下達の何人かが驚く中、ジュウハが頷き立ち上がる。
そして仕草でもってエリーに別室で詳細をと促してきて……エリーはここであれこれ言うのは得策ではないと考え、エルダンに丁寧な礼の言葉を返してから立ち上がり、丁寧な礼をしてから別室へと足を進めるジュウハの後を、静かにゆっくりと追いかけていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はエリーとジュウハと、他のあれこれの予定です




