第62話 脅威を自覚する者たち
全編三人称です。
山城国 上京
細川晴元は、多数ある屋敷の1つで部下に確認をしていた。
「今日は屋敷に攻めて来る者はおらぬか?」
「おりませぬ。」
「四方八方確認したか?陰陽師は何と言っておる?」
「物見3人が問題ないと言っておりました。凶方は艮の方角にて。」
北東を示すその言葉に、晴元は頭を抱える。
「六角だ。六角がわしの命を狙っておるのじゃ。」
「物見からも近江の間者からも問題はないと報告が来ております。」
「物見が全員裏切っておらぬか?近江の者が六角に寝返ってはおらぬか?」
「物見は3人とも仲が悪いですが、全員同じ返事に御座いました。」
「同じとは怪しい。怖いのぅ、怖いのぅ。」
管領は稀に見る臆病者だった。臆病が過ぎて何者も容易に信じず、力ある者を恐れ、己を殺めに来るのではと常に思っていた。京で過去に滞在した屋敷は10を優に超え、1つの場所に留まらず常に居る場所を変えるのだ。さらに屋敷に入ると自らの目で隅々まで調べるほどの病的な臆病さに、公家も日記に記すのを憚るほどであった。
「井戸に毒は仕込まれておらぬか?」
「毒見役が夜も一口飲んでおりますが、今日も問題は起きておりませぬ。」
「彼奴は典薬頭の薬を飲んではおるまいか?薬で自分だけ毒を逃れてはおらぬか?」
「……そういえば、何故典薬頭と伊賀守の妹との婚姻をお認めになったので?」
その言葉に、ぴくりと耳を動かした後、管領は僅かに顔を上げて家臣を見る。
「怖いからのぅ。六角が怖いからのぅ。」
「六角が、で御座いますか。」
「六角は畿内一の実力者よ。六角がわしを殺そうと思ったらいつでも殺せるではないか。怖いのぅ。怖いのぅ。」
「で、六角の背後と三好を結びつけようと?」
「何かあれば飛鳥井からでも良いし、三好からでも良い。とにかく、六角の目がわしに向かないようにしたいのだ。怖い、怖いのぅ。」
世界中の誰からも殺意が向けられなくなっても恐怖を失わないであろう男は身震いしながら歯をガチガチと鳴らす。
「日ノ本が平和にならぬかの。戦が無くなって誰もわしを狙わなくならぬかの。それまでわしは頑張って生き延びねばならぬ。怖いのぅ。怖いのぅ。」
生き延びるためという行動が、結果として畿内の争乱を長引かせているのに管領は気づかない。
「怖いのぅ、怖いのぅ。怖すぎて手が震えておる。」
その瞳は恐怖に染まっているものの常人のそれであり、であるからこそ強烈な違和感を感じさせるものだった。
♢♢
越前国 一乗谷館
しんしんと雪が降り積もる越前で、朝倉の重臣が一堂に会していた。
既にこの話し合いは新年に入ってから10日に及んでいるが、今も結論が出ずにいるものだ。世が世なら「会議は踊る。されど進まず」といった形だ。
例年に比べ質素な新年の祝いも既に終わり、参加者の顔には疲れも見え始めていた。
「それで、超勝寺は強硬な態度を崩さぬか。」
「はっ。和睦には最低限金吾様の首が必要だ、と。」
当主・朝倉孝景のげんなりした様子に答えるのは河合久徳である。魚住と共に奉行職に名を連ねる彼が、本願寺と朝倉の和睦に関する責任者となっていた。
「呑めるわけなかろう。金吾様に今まで良い様にやられた腹いせでしかない。そもそも、我らは本願寺に負けたわけではないのだ。」
不快感を露わにするのは山崎吉家。壮年ながら一手の大将を任されることもある朝倉の中核武将の1人である。
金吾様こと朝倉宗滴に本願寺はこれまで何度も敗れている。九頭竜川を本願寺が越えられないのは宗滴のせいと思っているほどである。その首を加賀本願寺は和睦の条件としていた。
「しかし、このままでは我らは緩やかに衰退するのみでしょう。」
そう場の空気を読まずに発言したのは朝倉式部大輔景鏡。発言と同時に舌打ちが場に響き始める。
「北に本願寺、東に土岐を敵に回してはいくら豊かな越前でもいつか無理が出て朝倉は終わるでしょう。」
「その豊かな財の一部は其方の父が京で蠢くのを防ぐために使わざるを得なかったのだがな!」
「その件については義絶したとはいえご迷惑をおかけしたこと、遺憾と申し上げましょう。」
怒りを式部大輔景鏡にぶつける山崎吉家に、彼は隈の深い目で見つめながら特に感情をこめずに返す。
朝倉景高は京で財貨を使って朝廷や幕府の協力を得ようとしたが、それ以上の金を積んだ当主孝景によって阻止された。ちなみに両者が積んだ金は朝廷や幕府から施餓鬼に回され、斎藤守護代家の名声を高める補助をしている。
「しかし現実を見れば、我らの不利は明らか。せめてどちらかとの戦を辞めねばなりませぬ。」
「しかし本願寺の要求は負けている側としては過大だ。超勝寺の寺領を返すだけでも十分ではないか。」
「それだけ、本願寺も苦しいのでしょう。何せ三河の勝鬘寺と上宮寺は高田派に転じ、残る本願寺派は本證寺周辺のみ。越前領内にいた光教寺の顕誓が近江の明宗の誘いで高田派に転じて美濃に逃げ込んでおる。」
本願寺は真綿で首を絞められるように追い込まれつつあった。天文の乱で石山に追われて以降、美濃での高田派の拡大や長島周辺の影響力低下、更に尾張の寺院が高田派に改宗、三河までその手は伸びてきていた。
そして1540(天文9)年末。上宮寺がまず高田派へ改宗した。元々上宮寺は100年ほど前高田派の寺院だったのが本願寺蓮如との関係で本願寺派になった寺院である。
上宮寺は住職の勝祐を勝鬘寺に追放。激怒した勝鬘寺住職了順(勝祐の甥)だったが、その了順共々蓮如の血脈に連なる人物は追い出された。彼らは本證寺に逃げ込んだが、本證寺は熱心な本願寺派しか既に残っていない。
岡崎城も15日ほど抵抗したものの、本丸以外の大部分が占領されていては戦いにならず、大久保忠茂・松平張忠・康忠親子らが討死にして開城した。
大久保党は牟呂城へ逃げ込み、渡辺高綱らは勝鬘寺の改宗で織田に降伏。本證寺と石川清兼ら石川党だけが抵抗を続けている状態である。
更に加賀で破門を受けていた光教寺の顕誓は朝倉と本願寺は落ち目と見るや美濃へ逃げ込み、高田派の下で自分を破門した蓮淳を痛烈に批判している。現在の法主である証如の親戚である顕誓の改宗は、三河だけでなく全国の本願寺派の動揺を大きくしている。
「下間頼言・頼良兄弟は本願寺の中では話ができる。だが加賀の連中が法主の命であっても無条件の和睦ではまとまらないというのは、な。」
すると、それまで一言も発さなかった朝倉宗滴本人が口を開いた。体は痩せ始め、寒さのためか厚着しているものの、漂う覇気は今だ朝倉家中で最高の武将であることを生物の本能に納得させるものがある。
「……わしの命なぞ、大事の前には些事よ。」
「しかし、金吾様!」
「大事なのは勝つことよ。ただそれだけ。それ以外のものに価値はない。武士は勝てねば犬畜生に劣る生き物よ。」
その言葉に、全員が押し黙る。
「だが、勝てるか?わし無くして。」
「土岐はそこまで精兵でもありませぬ。峠を越えられる兵は多くありませぬし。」
「違う!」
突然の一喝に、見ているだけだった当主の孝景さえ怯む。
「あのマムシに勝てるか、と聞いておる。」
「マムシとは……斎藤守護代の。」
「左近大夫利政。あれは手ごわいぞ。」
射抜くような目で諸将を見回すその姿は、老人のそれではなく獲物を狩る獅子の目である。
「今回の土岐が余勢を駆って攻めて来なかったのもあのマムシの手よ。」
「それは如何なる理由で?」
問う家臣に、宗滴はまるで刺し殺さんばかりの目つきでその家臣を見ながら答える。
「もしこれで城の1つでも奪われておればわしらは本願寺との和睦を死に物狂いで考えたであろう。」
「それは………」
「そうなれば土岐も数の力にただでは済まぬ。それをあの男は嫌ったのだ。」
本願寺門徒は万を優に動員する。だからこそ朝倉ともこれまで相応に対抗してきたのだ。
「それに、一部で次郎殿を差出し、かつ真智殿の支援を止めることで土岐との和議を考えている者もいる。」
土岐次郎頼純と高田派で尭慧の対抗馬である真智を土産に和睦する案。その言葉に目線が泳ぐ者が数名。宗滴は溜息を小さくつく。
「それをしたら終わりだ。真智殿がいるから越前の民は我らの言葉を聞くのだ。尭慧の影響下に入れば民が敵になるぞ。いつかそうして土岐・高田派・本願寺に挟まれて我らは滅ぶ。そういう策よ。」
その未来を想像した諸将、特に和睦を模索していた将は微かに青ざめた表情になる。
「マムシと戦える者は我が家にも、そして本願寺にもおらぬ。わしを真に継げる者が出るまで、この首は使えぬと思え。」
「では、本願寺とは……交渉を打ち切るので?」
「違う。もし家中に隙あらば、マムシに喰われよう。わしが言いたいのはそれだけだ。本願寺とは手打ちにせねばどの道終わりよ。」
その言葉に、河合久徳はほっとしたようで顔の緊張を緩ませた。
「では、なんとかそれ以外でまとめましょう。」
「難しいだろうが、頼むぞ。」
その後、この件についての異論が朝倉家中から表立って出ることはなかった。
その場では話さなかったものの、話し合いが終わった後宗滴は養子の景紀にこう語っている。
「マムシはわしが死ぬのを待っておる。だがこの老骨、簡単には死なぬぞ。」
♢♢
「ちっ。あの爺、当分死ぬことはないか。」
舌打ちは鳴り止まない。
細川ヨシフ?いいえ大魔王です。
本願寺は史実三河一向一揆がほぼ崩壊しました。
残って戦っているのは本證寺という一番堅固なお寺と石川党+αくらいです。
織田がイケイケです。
朝倉宗滴と朝倉景鏡は仲が悪かった(というより宗滴が景鏡を評価していなかった)そうで。
そのへんも少し表現しています。




