表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

377/377

後話7 北条氏政の憂鬱30 浄土宗勢力争い=鉄道敷設戦争?

11巻昨日発売いたしました。いつも応援いただきありがとうございます。付録小説は本願寺派について。こちらの浄土宗の話とも多少繋がっています。

本当は浄土宗の絡むエピソードが終わったところで11巻発売、という流れにしたかったのですが、遅筆で申し訳ない限りです。

月刊少年チャンピオンの雑誌でも初の巻頭カラーになっておりますので、ぜひ雑誌の方も目を通してみてください。


挿絵(By みてみん)

 京都 知恩院ちおんいん


 浄土宗の内部でいざこざが発生している。

 その情報を北条氏政から聞いた村井むらい貞勝さだかつの嫡男・貞成さだなりは、寺社管理に携わっている前田まえだ玄以げんいとともに知恩院に赴いていた。

 知恩院ちおんいんは浄土宗の総本山といえる寺院であり、近江の松平氏の寄進で三門や衆会堂しゅうえどうなども整備されている。


 彼らは知恩院の勢至堂せいしどうと呼ばれる建物までたどり着くと、担当者に迎えられ話を聞くこととなった。


「村井様に御足労いただき申し訳ございませぬ。拙僧、聡補そうほ様の門弟である尊照そんしょうと申します」

「わざわざ万里小路までのこうじ家の御縁戚に来ていただき恐悦にございます」

「そう畏まらずに。拙僧の方が歳も若く、修行中の身。かえって恐縮してしまいます」

「そうですか。では、早速ですが本題に」


 知恩院のトップである聡補と今回の会談相手である尊照は、ともに万里小路家の人物である。万里小路家は現在の天皇の母も輩出している。尊照は猶子だが、浄土宗と万里小路家は近年急速に関係性を深めていると言える。これは京都の浄土宗なりの生存戦略でもある。浄土宗は本願寺や比叡山・高野山・三井寺などと違って武力を保有できなかった。大規模な荘園がない新興宗教として武装する余裕がなかったために、公家との交流で権力的保護を優先したのである。


「お話は伺っております。東国や奥羽で蠢動しゅんどうする者がいると。嘆かわしいことです」

「尊照殿は奥羽の浄土宗について、何か知っておりますか?」

「増上寺の者であればわかるでしょうが、拙僧は良く知らず。聡補様の命に従わぬ良迦りょうかなる僧がいることは存じておりまする」


 尊照の言葉に、前田玄以は相手に聞こえないよう村井に耳打ちする。


「聡補門主はここ数年、関八州の名越なごえ派に再三知恩院の管理下に入るよう文を送っております」


 つまり、名越派と知恩院は以前から対立関係であり、それを聡補も理解しているということである。村井は浄土宗に驚愕した。貞勝から要職を継いで間もない自分を煙に巻くような態度ということだからだ。貞成は耳打ちを聞き、浄土宗にやや強い態度で臨むことを決める。


「では、奥羽の浄土宗が分派を望めば、別々に管理するとしても問題ないですか?」

「い、いや。それは困りまする。法然上人の教えは知恩院にこそ受け継がれているのでありまして」

「しかし、事情も知らぬとなれば既に彼らの教えが分かれているやもしれませぬよ」


 実際、この時点で知恩院そばに世捨しゃせい派と呼ばれる知恩院と考えを異にする派閥が一心院という寺院を構えている。彼らは知恩院の支配下にはないというスタンスであり、村井と前田はこの後訪問予定となっている。村井の強い口調に、観念した様子で尊照は口を開いた。


挿絵(By みてみん)


「……益子ましこに、円通寺という名越派の者が集う寺がございます。ここに今、我らの許しなく紫衣を身に着ける門徒がおりまして」

「それは、帝の命にも背いて、ですかな?」

「いや、帝には、御許しを頂いていますが……門主様の許しは出ていないのです」


 村井らは円通寺が勅願所ちょくがんしょと呼ばれる、いわゆる天皇家公認で国家鎮護を依頼された寺なのはその届け出から把握していた。そして、昨年の鉄道開通後に上京した道残どうざんという円通寺の十一代住職が紫衣を許されていることも。彼らは明確に知恩院の影響下にない。本願寺派と高田派に分かれた浄土真宗と同様、浄土宗は開祖の教えをどう解釈するかで分裂した宗派と政府で見なされていた。しかし、京都周辺を固めている知恩院を筆頭とした白旗しらはた派はこれを良しとしていないことがここで浮き彫りとなった。


「しかし、真宗は高田派と本願寺派で共に門跡号を許されました。知恩院だけでなく、彼らにもそうした寺院があって良いのでは?」

「いいえ、(法然)上人様の教えが此れ以上勝手な解釈で分かれては、上人様に申し訳が立ちませぬ。ただでさえ覚如かくにょの教団が我らに従わず困っているというのに」


 浄土宗の僧は浄土真宗を真宗とは呼ばない。真宗とは浄土宗の言葉では浄土の教えそのものであり、浄土真宗からの教えを意味するものではないからである。だから浄土宗の僧らは本願寺を『教団』と呼ぶ。3世法主である覚如が指示に従わなくなったという解釈である。なので、本願寺派も高田派もあくまで浄土宗の中の一活動団体という見解だ。とは言え、現在の本願寺派は法主である顕如が三好義賢の娘を迎え、次期法主を2人の長男である如輪にょりんが継ぎ、門跡となることも確定している。事実上関与するのは無理と考えている。


「とにかく、知恩院としては此れ以上、上人様の教えから逸脱する寺院が出るのを許すわけにはいかぬのです」

「そうですか。で、話を戻しますが、円通寺は何をしているので?」

「彼らはどうやら、『教えの道を繋ぐ』ことを目指すとして、近年勢いを増している磐城や新興の寺院がある郡山と益子を繋ぐことを目指しているようなのです」

「成程。鉄道敷設を促進し、益子と奥羽の寺院の結びつきを強化したい、と」


 村井はそう言いながら考える。

(名越派が鉄道を北から繋ぐ動きに乗り気な理由はほぼ判明した。そして、おそらく知恩院の白旗派は名越派の勢力拡大になるため歓迎する気がない。だが中央政府が鉄道敷設に乗り気だと困るから、調べるのにあまり協力的ではないのか)


「我らは北条氏と密に連絡し、鉄道はあくまで古河と小田原を結ぶのが先となっている。益子から郡山を結ぶのはそのずっと後とのことだ」

「そ、それは真でしょうか?」

「真だ。故にそれは気にしなくていい」


 その言葉を聞いた尊照は、少し離席すると言って部屋を出た。数分の後、彼は戻ってきて手紙を一通、村井と前田の前に広げゆっくりと口を開いた。


「先日益子様が討たれた際、浄土宗の助力を求めていた様です」

「しかし、益子は鉄道敷設反対で、浄土宗は鉄道を求めていたのでは?」

「ええ。ですので、彼らは水谷みずのや氏に助力を求めたのです」


 そこにある手紙は、本文が水谷氏の蟠龍斎ばんりゅうさい宛の書状だったが、包み紙には相馬の円明えんみょう寺へと記されていた。


「此れは古河の正定しょうじょう寺から、真壁の得生とくしょう寺という寺の阿弥陀堂を経て届く筈だった文です」

「筈だった?」

「真壁に届く前に水谷様に文が渡り、後に増上寺に届けられました」


 つまり外側の包みはダミーであり、水谷氏とうまく繋ぐために元々用意されていたルートということであろう。


「正定寺は知恩院の声も聞く藤田派の寺院ですので、上手くこれを伝えてくれたのです」


 藤田派は白旗派と名越派どちらとも話ができる一派であり、半分白旗派に従っている。今回は上手く名越派から白旗派へ情報を流していた。


「此の文には益子様が北条氏に逆らおうとしているのを止める様進言しております。しかし、此の文を出したのは爆破された鉄道の件の一日前にございます」

「つまり、名越派は進んで益子を止めようとしたとは言えない、と?」

「此れは予想にございますが、益子様が北条氏に討伐されたなら、益子領を北条氏が差配できましょう。さすれば鉄道を通しやすくなり、名越派の僧が各地へ動きやすくなります」

「態と見逃していた、と?」

「文では益子様の武士がよくよく出入りする故、文を出せなかったとは申しておりますが」


 村井は考える。

(どの段階で情報を得たかは益子勝宗が処断された今、調べる方法がない。しかし、この情報を元に名越派が動き始めていたとしたら。如来寺を本寺にしつつ鉄道敷設に協力しようという考えで、坂東北部と磐城に軸足を向けたのは知恩院からの独立が目的なら納得できるか)


 名越派は明確に白旗派より伸び悩んでいる。しかし、益子氏が反乱を起こそうとしていたのを知っていたならば、鉄道が北からも伸びる可能性は高くなる。

 郡山にいち早く進出し、しかもその寺院に資金を注いだのは今後東国で知恩院に対して優位を築くためだったと言える。


「もし謀反を知っていて中央に報告しなかったならば、此れは名越派の失態にございます」

「とは言え、確証はもてなかったと?」

「鉄道を早く進めたいのは政府も同じかと」


 政府が自分たちに味方してくれるかわからないから、内内にこの情報で名越派の切り崩しを狙っていた、と尊照は語った。彼は自分が主で進めていたと語るが、村井はそれも嘘だろうと判断していた。いざという時のために、門跡を守るための嘘だろうと。


「あい分かった。知恩院は引き続き坂東の状況を集め、逐一報告してください」

「承知いたしました。何卒、何卒門跡様は」

「御安心なされよ。次はない、というだけです」


 村井はそう言うと、前田と共に知恩院を後にした。

 宗教の油断ならなさを改めて感じながら、この後も別の寺院に行かなければならないことに少し憂鬱も感じながら。


聡補・尊照は史実でも関東への統制を強めていたことが中野正明氏にも指摘されています。

浄土宗の諸々はほぼ史実通りですが、増上寺がこの後徳川家康の保護で強大化するはずなのに現状そういう方向にはならなそうという点があります。場所も現在の位置ではなく、千代田区内にある状況です。

益子氏は円通寺の支援として京へ名越派の僧を派遣していたことが大島彦信氏の書で書かれていたので、プロット制作時に参考にさせていただいております。

名越派を利用した方が鉄道敷設は早められそうだけれど、宗教の力が強くなるのも困る。

そんな状況になった村井貞勝の嫡男はどう決断するかが次回になります。なお、彼も史実では織田信忠と一緒に本能寺の変後死ぬ人物なので、生きて政府中枢にいること自体が改変になっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
面白い。 寺院の派閥争いを描けるのは凄い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ