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後話7 北条氏政の憂鬱26 交わる血

先月分の投稿できず申し訳ございませんでした。

6月6日に漫画版9巻発売しております。

8月号の月刊少年チャンピオンも好評発売中です。

想定以上の文字数になったため、投稿が遅れました。申し訳ございません。

 台湾島 台北


 台北の入国審査所は最近、数学者のたまり場となっていた。

 これは入国審査所の床がタイル敷きになった際、堺商業大学が波佐見の陶器で五角形の特殊な形のタイルを床に敷き詰めた。この床は耐久性とともに衛生面が考慮され、掃除しやすく1枚1枚が壊れてもすぐ取り換え可能なため清潔感も維持しやすいことから整備された。

 この五角形が全て同じ形で構成されていることに驚愕した各国の数学者が、用もないのに毎日このタイルを眺めてああだこうだと議論をしているのだった。3つの直角と2つの135度の鈍角で構成された図形を敷き詰めた受付のある部屋では、しばしばこうした異国の数学者を追い出す口論が聞こえるほどだった。


 そんな施設を日本国内からやってきた北条氏政が通って出てくると、同行していた小笠原おがさわら右馬頭うまのかみ長隆ながたかが興奮した様子で遅れてやって来る。


「いやぁ、見事な図形の並びでしたな」

「此方まで共にお越しいただきありがとうございます」

「幾何学の研究室が入道様の叡智と真摯に向き合い、作り上げたタイル。あれが見られただけで、十分な褒賞と断言できましょうぞ」


 数学を晩年の趣味とした長隆にとって、仲介のためという理由があるおかげでなかなか出入りの難しい台湾に来ることが出来たのは幸運だった。氏政の目当ての人物は台湾に三兄弟が揃っており、全員が各地で働いていた。


「しかし、昨年まで出入りを管理する部署だったのに、今は税関に行ってしまったのだな、石田殿は」

「ええ。入口で聞いたところ、今は南蛮人相手の部署で働いているとか」


 彼らの目的は石田氏三兄弟に会うことだった。特に長男である石田弥治郎には8歳になる嫡男がおり、そして三男の三成には氏政の子・親政ちかまさが見合いをした尾藤氏から娘を迎えていた。中央政府内で外向けの仕事をする部署内での人脈交流の成果だった。


「尾藤殿も来られれば良かったのですが」

「京で、堺で頼られるからな。務めを果たすのも地位ある者の定めというもの」


 事前に手紙を送った段階では三男の三成のみ出入国管理にいたのだが、月が変わったところで部署異動となったと氏政は言われた。窓口の局員曰く、「石田殿は事務的に厄介な訪問者をさばいてくれて助かったのですが」と言われ、仕事はできるのだろうと想像できた。


「石田弥治郎の子は今九つ。そして、今回話があったのは三浦氏の娘、お万。年齢は七つ。都合は良いところかと」


 仲介を頼まれた一番手が元里見家臣の正木為春、現在は三浦姓となった三浦為春の娘である。北条氏は鎌倉幕府の時代からの名門である三浦氏の復活を喜んでおり、彼らは早い段階でその箔付けを目指していた。そのため、今回の中央との縁組希望の中で最初に斡旋することになったのだった。

 縁結びを頼まれている数が多いとは言え、北条と外との関係が一部に偏るのを避ける必要がある。そして、1人目は隠居した兄・氏親や一門衆とも話し合っての結論だった。一門衆には北条氏の外交窓口が氏政に偏らないようにという思惑もあり、この話に積極的だった。


「そして、公家から摂家公方様の世話役の一人、小山の家に嫁ぐ予定なのが冷泉家の娘か」

「以前から、摂家公方との縁を強くしたいと要望が多かった故。右馬頭様もご存知でしょうか」

「うむ。摂家公方を迎えるために、京に来ていた使者にいたと覚えておりますな」


 摂家公方を必死に維持しようとする国人衆の一人が小山氏だった。小山高朝が上杉(長尾)に呼応して北条氏に反旗を翻し、嫡男ともども討たれたのが遥か昔。その後、三男で北条氏の人質となっていた親長が御家を再興されたのが10年前である。小山親長にとって、関東八屋形という『公方を支える立場』以外に自分の立場を保証するものはなかった。今回、公家の冷泉家から次代を担う嫡男が正室を迎えられるかは彼の死活問題だったのだ。


「こうして恩を売れるなら、彼らにも積極的に外の血を入れてもらわねばなりませぬから」

「中々に策士よの、貴殿は」

(こうして台湾まで同行して我が子を確実に養子に迎えようとしている小笠原殿程ではないのですがね)


 氏政は長隆が数学道楽のためについてきたのではないことを理解していた。彼はなんとしても養子が欲しいのだろう。海野氏の、ひいては小笠原本家の血が繋がっている養子が。

 戦乱の時代は血の繋がりはほぼなくとも、名を、家を残すことが重視されていた。しかし、天下泰平にいたり、人々の中に少し欲が出つつあった。『せっかくならば、血も繋がった者に家を継がせたい』そういう思いが、長隆から強く感じられた。


「さて、では石田兄弟のいる建物まで行きましょうかの」

「ええ。審査所で頼んだ馬車がもうすぐ着くそうで」


 そんな会話をしていると、ちょうど目の前の鉄道馬車ロータリーに一台の馬車が停まる。事前に連絡の来ていた番号札を持っていたため、2人は御者に声をかけて馬車に乗りこんだ。


「電信線を水道とともに地下化する試みが尾張で始まっていますが、そのうち此処もそうなるのでしょうかね」

「電信で馬車が呼べる便利さに慣れると、信濃で伝令を送っていた日々を忘れそうになりますな」


 馬車に揺られながら、町の景色に目を向ける。石畳の敷かれた歩道はヨーロッパからきた技術者による技術交流で生みだされたもので、馬車用鉄道とは大きな違いがある。様々な国の人々が交流する国際都市となった台北で、日本語とスペイン語の看板の掲げられた店が路面に見られる。この国際通りの先に、税関の事務所がある。


「台南と台北、どちらもスペインとの戦に勝利してから越南やシャムから人が来るようになったため、都市を拡大したためか綺麗に整備されておりますな。北条の方々は此処の整備に関わっているのですかな?」

「いいえ。以前2度視察で来たのみですな。入道様曰く、この地は日ノ本同様良く揺れるそうで、漆喰を豊富に使わねば危ないらしく。穴太の土木衆なる者共が城や庁舎の整備をしたとか」

「穴太衆と言えば、近江ですか。見事な石垣とその上に立つ漆喰の城。成程」

「漆喰の材料は長門から運ばれているとの事。周防の宇部まで鉄道で運び、湊から船で運んでいるとか」


 義龍の秋吉台の記憶から周辺の石灰鉱山を発見し、宇部へ運ぶルートの開発中に石炭も発見されたのが6年前。以後、周防と長門は鉄道整備だけでなく港湾整備や海外拠点の開発においても重要な地となり、人口が増大している。


「そんな漆喰の建物で、随分堅牢そうですな、税関とやらは」


 見えてきた建物は白く輝き、一目で頑丈なことがわかるものだった。金銀が集まることから諸外国が攻めてくる可能性があると想定され、警備の兵も常に複数が表にいる。更に建物の屋上には火縄銃らしき物を持った兵が巡回しながら警戒している。誰が見ても「襲ったら返り討ちにあう」ことがわかる建物となっていた。

 馬車を降りた2人は料金を払うと、門前で自分たちに視線を送る警備の兵に声をかける。


「石田殿に用があって参った。北条氏政だ」

「北条様。規則にて少々お待ち下さいませ」


 門の隙間から電信で中と連絡をとっている兵がいる。そこから建物内に連絡が出来る構造になっていることが氏政にもわかった。


「どうやら普通の用がある者が来る門ではない方に来てしまったのかの」

「左様で。御者が気を利かせたのやも」


 門には『関係者御用門』と書かれていた。役所に呼ばれた馬車だったため、こちらの方がいいと判断したようだった。少し離れた場所に、『表門』と書かれた出入りだけは誰でも出来そうな門もあった。


「お待たせいたしました。どうぞ中へ」

「ああ」

「御苦労」


 警備兵の一人が先導する。建物内から2人の警備兵が門に向かっていくのが氏政の視界に入った。案内役をつけるから入口の兵が減らないように中から呼ばれたのか、と氏政は警備体制の穴のなさに感心しきりだった。



 椅子が置かれた洋風の応接間に通されると、ほぼ間を置かずに石田氏の三兄弟が同時に部屋に入ってきた。3人とも洋装であり、普段から異国の人々と会う機会が多いことが察せられる様子だった。互いの自己紹介や挨拶を終えると、代表して嫡男である弥治郎が口を開く。


「台湾島までお越しいただき、恐れ多いことです」

「いやいや、良い船旅でしたよ」

「本当は三成が休暇をとる時期故、そちらに向かわせるつもりだったのですが」


 申し訳なさそうな弥治郎が視線を向けると、三成が言葉を続ける。


「部署異動を命じられ、その支度で休暇の過半がなくなってしまいまして」

「と、融通が利かぬ男故、御無礼ながら来ていただくことになってしまいました」

「仕事熱心という話は真のようですな」



 小笠原長隆はむしろ好ましいといった態度を見せる。彼からすれば、台湾を訪問する良い理由づけになったので問題などあるわけもないのだ。


「私の息子はとても城主様の御息女を迎えられる様に育てておりませぬ。確かにこの税関では副所長を拝命しておりますが、2万石を有するご領主の家ではとても」

「謙遜されるな。我らは京との繋がりをより様々な形で持ちたい。北条と京は同じ日ノ本の一員。故にあまねく縁は欲しいという話だ」

「そこまで言っていただけるなら」


 お互いの姿見を交換し、婚約という形で合意がとれる。婚儀は元服後ということで、2年後にすることが決まった。それが決まると、今度は石田弥治郎側から相談が持ちかけられる。


「実は、今シキホルで公使館長をしている木下秀長様も、御子息の正室を探しているそうで」

「木下、ということはあの全道観察使を務める秀吉様の弟君か」


 全道観察使はいわば建設・運輸大臣であり、それを任される人物の嫁ともなれば相応の相手が必要だった。しかし、公家出身者は早い段階で斎藤・織田・三好に援助を受けて立て直したため、彼のようないわゆる『成り上がり者』の婚姻相手にはなりにくい。その甥となると更に相手探しは難航していた。


「北条でも実は1人、一門の厩橋まやばし城主である北条氏繫の娘がちょうど年頃なのですよ」

「おお、それはそれは!」


 石田弥治郎が姿勢ごと前のめりになる。三成も驚いた様子で口をはさむ。


「地黄八幡と称された、綱成様の御子息様ですか。北条の要の柱と言える御方ですな」

「その縁を、宜しいので?であれば定期便ですぐに秀長様に御伝えします!」

「いや、流石にこれは私の一存では難しいので、一度小田原に持ち帰ります。10日程お待ちを」

「承知いたしました。いや、秀長様にいい御報告が出来そうです」


 自分の息子の婚姻相手が決まったことより喜ぶ様子から、秀長という人物が下から慕われていることを氏政は感じた。


(わざわざ来たかいがあったな)


 ♢♢


 会談を終えると、氏政は応接間で予約した旅館へ向かう馬車が来るのを待とうとした。しかし、小笠原長隆は、


「実はこちらの大学に来ている知り合いから、南蛮人数学者との交流会に呼ばれていましてな」


 と氏政に告げ、馬車を待たずに長隆は徒歩で先程通った国際通りに向かって行った。1人になった氏政は、もらったマンゴーを食べながら今回の予想以上の成果を噛みしめていた。


(良い具合だ。北条家中にも外部との繋がりを増やせれば、合流への垣根はさらに低くなるぞ)

マンゴーの接ぎ木栽培は15世紀から。今回はインドネシアから輸入して栽培が始まっている設定です。


小説自体は書いていますが、皆様の目に入るまではもう少しかかる予定です。

お気づきの方もいるかと存じますが、小説版単行本の1巻の内容はもうすぐ終わります。

ですが、田村先生の表現力と画力の御力があって単行本の先に漫画版の連載は進む予定です。

先を文章として皆様にお見せできるかは何とも言えませんが、お楽しみいただければ幸いです。

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いやぁ、ホントありがたい。 更新があるだけでありがたい。 お疲れ様です。 ホントありがとうございます。
 平面充填の話かぁ。ペンローズ図形等々、知ってればこの時代でも出せちゃう図形が結構ありますね。数学の歴史を進めてしまうのも面白い。
台湾あたりだとちょんまげのほうが涼しそうだけど 髪型は中央政府も北条方も統一してるんかな?
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