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後話7 北条氏政の憂鬱16 歴然、当然、必然

7日に月刊少年チャンピオン最新号が発売されています。こちらの次号予告に載っていますが、来月7日漫画版6巻発売&雑誌でカラー掲載です。よろしくお願いいたします。

 美濃 稲葉山


 稲葉山の都市部には、2つの大学が存在している。

 1つが稲葉山医科大学。斎藤義龍という男が伝授した医学を教え、更なる発展を目指して日夜研究が進められている医学の聖地。

 そしてもう1つが稲葉山理科大学。農学・物理学・数学・生物学・地学・化学といった理系学問の総本山となっている。それ以外の学問は基本名古屋大学がその受け皿だが、名古屋大学は京都大学とともに総合大学の頂点であり、周辺のある程度の学力がある学生の進学先がないと言われていた。

 そこで、1582(天正19)年4月に新しい大学として設置されたのが清州大学であり、北条氏成が今年から通っている大学であった。

 彼は稲葉山に居住して理系大学の研究機関を定期的に見学しつつ、鉄道で清州大学に通っていた。朝の鉄道で美濃から清州に通う学生は十人ほどおり、今後朝の列車が増える予定となっていた。

 そんな朝の稲葉山駅で、2人の男がベンチに座りながら次の鉄道が来る時刻を待っていた。店売りの肉みそ入りおにぎりを頬張る氏成と氏政である。遠巻きに数名の護衛が2人を見守る中、2人は竹筒の茶を飲みながらおにぎりの味を堪能していた。


「美味しいな」

「最近はすっかり朝ごはんはこれです。赤味噌というやつもこうして食べるといい塩梅です」

「この竹筒は飲んだら捨てるのか?それとも持ち帰る?」

「いいえ。清洲駅の売店で返せば1円もらえるのです。売店は竹筒を洗ってまたお茶を入れて売るんですよ」

「成程。容れ物は使い捨てにしないのか」

「おにぎりを包んでいる笹の葉も一緒に渡すのが普通ですね。笹の葉は肥料になるそうです」


 使い捨ての文化をできる限り作らないように考えられた文化に氏政も感心していた。ある意味最も庶民に近い生活スタイルの氏成は、氏政でも気づかない人々の変化を感じとっている。氏政はそれを知るために会いに来ていた。


「他の学生の様子はどうだ?」

「皆学ぶことが多いので、鉄道で移動中に課題の本を読んでいることが多いですね。清州大学が名古屋より学力的に容易に入れるとは言え、今年の入学者は倍率5倍と聞いていますので」

「5倍……つまり、5人に1人しか受からないのか。それは大変な」

「名古屋大学は8人に1人ですので、随分優しいですよ」


 子ども世代の急増に教員の数が追いついていない。特に大学で教授を務める事の出来る人材は不足しているため、各大学は定員数を増やすのが困難だった。そのため、優秀な学生には研究者になるよう勧める傾向が強かった。一方、義龍が初期から関わっていた稲葉山医科大学は産婦人科に女性教授が誕生するなど順調で、倍率は4倍ほどで落ち着いていた。そのため、「大学に入りたいなら医学を学べ」という声が稲葉山周辺では大きく、より医学に人材が集まりやすい状況となっていた。


「私は奨学金不要ですが、奨学金が必要な学生はまだまだ狭き門。とは言え、小作の子どもでも優秀なら私と隣の席で学べるのですから、皆が学に志すのも当然と言えましょう」


 小学校では子どもに食事を無償提供している。いわゆる給食制度によって日本の子どもは就学率が95%を超えている。識字率も上昇し、方言以外の共通語も東北から九州まで少しずつ浸透しつつあった。通じないのは関東のみである。そして、その中から優秀な人間であれば各地の奨学金で京都大学などに挑み、後々地方に帰ってその発展を支えていくのである。


「小田原の学校でも共通語を教えるよう父に提案していますが、氏政様からもお伝えいただけると」

「そうだな。うちの子も話せるようになっているし、こちらで学ぶなら必須になる」


 小田原にある学校は言わゆる藩校であり、北条の直臣が各地から集められて通っている。その内容は全国の小・中学校と同じだが、話し言葉としての共通語は教えていない。そのため、氏成のように留学しようとすると、まず共通語を1カ月ほど学ぶ必要があった。留学を目指す生徒はほとんどが優秀なため1カ月で理解できるが、陸軍で出向した時に北条家臣だけ言葉の理解が遅い状況は北条氏の中でも問題視されつつあった。


「あえて各地の方言を残し、言語学?とやらで受け継ぐとのことですが、そもそも関東内ですら書状での意思疎通が主なので」

「我々も、先の内乱で伝令に苦労したこともあったからな」


 『日本語』の体系化はほぼ終わっており、その形成過程に関東の方言も組み込まれている。しかし、肝心の共通語を関東の人々は学んでいないのだ。


「美濃以外の地域出身の学生は奨学金のこともあり、卒業したら故郷で頑張るという人が多いです。しかし、当家の留学生は帰りたがらない。このあたりから変えねばなりますまい」

「左様か。であろうな」


 例えば土佐の長宗我部氏は、自分の資産から奨学金を出すことで県内の民から尊敬を集め、息子が将来民選議会の議員になれるよう活動している。奨学金を受けた者が故郷に帰って知識や技術を持ち帰ったり、官庁で働いたりすることで奨学金は返済せずともよくなる。こうした知識層を味方につけるため、義龍の提案で彼らはそうした動きを強めていた。

 一方、北条家臣は留学後陸軍で奉職する者が多い。陸軍内部ならば北条を裏切ったことにならず、かつ中央政府の生活スタイルで生活が続けられるためだ。


「次回の議題で伝えてくる。朝からすまなかったな」

「いいえ。いつもより少し早く起きただけですので」


 客車が目の前に停まった。氏成が爽やかに笑ってベンチから立ち上がり、乗りこんでいく姿を氏政は見送った。氏成の腰に、刀はない。


 ♢


 京都 帝御所


 氏政は反対方面である京都に向かい、その日の昼に行われる御所での会議に参加した。内容は次期天皇たる皇太子の弟である定仁さだひと親王の常磐井宮再興に関わる予算案の審議だった。

 この内容はどちらかと言えば普段議題に質問や指摘をぶつける公家側が予算立案の中心であり、元武家の面々に説明する側になっていた。代表して説明するのは宮内大臣に任じられたばかりの近衛このえ信尹のぶただだった。


和仁かずひと殿下は無事12歳を迎えられ、身体壮健にして種痘の接種も既に終わっております。立太子の儀も今年年初に行い、その後全国にその旨を布告いたしました。そのため、弟の定仁様には、6年前に断絶した常磐井宮の再興をしていただきます」

「質問です。こちらの宮家再興に関わる儀の衣装の新調は、以前定仁様のご希望で殿下の立太子時の物を使うという話と矛盾していませんか?」


 質問をしたのが尼子義久。直言しかしない、歯に衣着せぬ男と言われ、閣僚には入れないが民衆への説明役には適任と言われた元大名である。


「お答えいたします。定仁様は殿下より背が2寸ほど大きく、新調して絵柄に継承性を持たせるという話になりました」

「あぁ、帝より背が伸びて着れなくなったんですね。仕方ないですね」


 氏政もなんとなくは察していたが、こういう質問を議事録に残しておくのは必要なのかもしれないと思っていた。


「また、こちらとともに妹の前子との婚約も発表いたします。前子の衣装は慣例通り近衛家で用意いたしますので予算は不要です」


 いわゆる五摂家については、天皇の正室を出す権利を有する代わりにその都度衣装代は家もちとなっている。莫大な資金を払ってでも五摂家の矜持を保つか、資金不足で権利を放棄するか。100年後には、そうした問題が彼らに降りかかることは想像に難くない。


「以上で、常磐井宮および婚約発表に関する予算審議会を終了いたします」


 九条くじょう兼孝かねたかの声で議会が終了する。現天皇は弟がいないため、直系が断絶しないよう宮家の整備は重要視されていた。これまでは定期的に寺社に入っていた親王も、宮家の条件に天皇と男系6親等内でないと宮家の存続は出来ない規定が誕生したために伏見宮家・木寺宮きでらのみや家も近いうちに天皇の三男・五男を養子に迎える予定となっている。その分、本来の伏見宮後継者である邦房くにふさは五摂家の1つ、一条いちじょう内基うちもとの養子になることが決まっている。


 家の存続が国家の存亡にかかわる天皇家と、関東独立にかかわる北条氏。氏政はどこか似たような関係性ながら、その根っこを支える人々の太さの違いを改めて感じていた。

史実より早めに宮家再興が本格化。伏見宮家・木寺宮家・桂宮家はこの時代でも存続しています。ただし木寺宮家は史実で子どもがいないのでここで断絶。それが断絶回避します。また、弘治2年に花町宮家も再興されたので、ここに智仁親王が入る予定。四男は史実でも夭折しているので、ここでも亡くなっている設定です。夭折全員が救えるわけではないので。

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― 新着の感想 ―
[一言] 五摂家の格を維持するために、次女以下の娘を結構な格下でも金の有る家へ輿入れさせ、そうやって長女を天皇家へと嫁がせるための資金を得る家とか。 あるいは金が無いので五摂家から降りたい…と思いつつ…
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