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後話7 北条氏政の憂鬱⑭ 鉄道爆破未遂事件と龍の余波 下

1日遅くなりましたが、月刊少年チャンピオン4月号が発売中です。よろしくお願いいたします。

 相模国 小田原城


 多くの家臣が小田原城内を駆けずり回っていた。益子・笠間・吉良などの周囲に顔を出していた者の洗い出しや、手紙の流れを可能な限り追おうとしていたのだ。中央では既に郵便制度が始動しており、鉄道による遠距離輸送と都市内で飛脚による郵便輸送が制度化していた。そのため、秘密裏の書状の送付は人間が直接手持ちで移動して運ぶ他なく、鉄道の乗降記録などから辿りやすくなるなどの形で捜査がしやすくなっていた。しかし、北条の領内ではそうした痕跡を辿るのが難しい……はずだった。


 笠間氏周辺の書状の出入りに不審なものがあるのに気づいたのが北条氏の奉行の1人、安藤豊前守だった。彼はその書状に気づいた経緯を上司である山角やまかど康定に報告。山角は至急その場にいた北条氏政らに報告し、大急ぎで集まれる北条の親族衆が安藤と山角から報告を聞いたのだった。


「笠間と今泉が新年の祝賀で小田原に来た際、三度も互いを行き来していたと城下の見廻り組から報告が」

「それで両者を調べた、と?」

「はっ!すると、今泉の小田原にある武家屋敷で奉公する者が、滞在中に六通の書状を渡しに行っていると」

「ううむ。しかし、それだけでは」

「そして、今泉殿は三通の書状を吉良様に届け、二通返書を受け取ったとのこと」

「ここで吉良と結びつくか」

「それと、今泉殿は例の鉄道が爆破された日の五日前に、鉄道の路線を見学するとして谷ヶ関の川沿いに家臣二十名と出向いております」

「う、ううむ……」


 山角の質問に淀みなく答える安藤に、集まった面々は難しい表情となっていた。氏政と里見を継いだ親堯ちかたかはその難しい部分を言葉にしていく。


「どれも言われれば不審。しかし糾弾するには確たる物がない」

「今泉の領内は鉄道が延伸すれば敷設予定の地。土地の一部を交換で鉄道周辺のみ移封とする予定だった故、見学は当然ではある」

「今泉は抑々(そもそも)古河公方の命で動くこともあった宇都宮の旧臣。古河公方や吉良氏に挨拶をするのは当然と言える」


 疑惑はあるものの、確定的な証拠ではない。判断が難しいと小田原城で悩む面々に、領地に戻った水谷みずのや蟠龍斎ばんりゅうさいから火急の使者からの手紙が届いた。その手紙には、笠間一族の1人である笠間左近から、姻戚関係にある宍戸ししど義長に来た相談内容などが記されていた。


「宍戸と言えば小田氏の家臣か。娘が嫁いでいる縁だったな」

「ええ。書状によれば笠間左近は当主の笠間高綱から最近疎まれており、城内へ参内する機会が減っているとか」

「ではその恨みによる讒言ざんげんではないのか?」


 評定の間では懐疑的な見方が流れたが、そこに書かれていた一文で雰囲気が一変することになった。


「笠間左近は鉱山から爆薬を吉良氏に渡しており、紙包みを渡す役目を担った男を左近殿が連れて小田氏の土浦城に逃げ込んでいる」


 その場の誰もが目を見開いた。もし爆薬が笠間氏から吉良氏、吉良氏から益子氏、そして益子氏から今泉氏に渡っているとすれば。


「全ての元凶は笠間氏か!?」


 そう叫んだのは水戸城代の北条氏秀だった。常陸の兵をまとめる水戸の北条氏光の補佐役で、氏光が出陣し水戸城を福島くしま綱房つなふさが守っているために、小田原で本軍と連携する役目を担っていた。氏政はこうした役目も電信があれば不要だから、出来る限り早く各地に電信を伸ばしたいと思っていた。


「思えば爆薬の管理も、笠間の鉱山のみ曖昧で調べが進んでおりませぬ。自分たちが爆薬をくすねたのを誤魔化す為だったとしたら……」

「まぁまぁ落ち着き下され。蟠龍斎が申している事が全て正しいとも限らぬ」

「蟠龍斎程の武者が、虚言を申せば如何なるか分からぬ筈も御座いませぬ!」

「其れも、道理ですな」


 氏秀を落ち着かせようとした家臣はあっさり言いくるめられる。氏政も内心では蟠龍斎が嘘をつく利がないため、おそらくこれは蟠龍斎が勘違いなどしていない限り真実だろうと判断していた。そのため、一刻も早い事態の鎮圧を願うならば彼に同意するべきだった。しかし、もう少しこの連絡の不備などについて北条家臣団に『問題』として認識してもらうため、彼はあえてここで場を少し乱しにいくことにした。氏政からすればこの騒動は大したものではない。北条という大山が鳴動しているものの、その黒幕はどう考えても鼠だ。だからこそ、少々処理に手間取っても問題はない。だから、今やるべきは国人領主にも中央政府を怒らせてはいけないという認識と、北条家中で中央政府の技術をもっと手に入れた方がいいという意識を植えつけることだと考えていた。


「とはいえ、その者が真実を話しているかは確かめねばなるまい」

「確かめるとは如何される御心算で?」


 山角が氏政に問いかける。


「直に声を聞けば、声色にて判断できましょう」

「しかし、悠長な事も申しておれませぬ」

「それで蟠龍斎が騙されていないと皆が納得できれば、小田原から大々的に兵を出せば良い。だが、し嘘であれば、今兵を出すのは大失態となりますぞ」


 間違った裁きを下せば、せっかく少しずつ国人領主の裁判権を小田原が掌握しつつあるのに、また失いかねない。しかも中央政府から鉄道警察の件で疑念を持たれるおそれもある。それだけ重い判断を、蟠龍斎の言葉だけで決めてよいのかという問いかけだった。そのため、その場の誰もが口をつぐんだ。


「まぁ、時間がかかりすぎるというのは尤もな話。であれば、一族から数名が佐倉まで出向いて真偽を確かめる他ないかと」

「笠間左近を佐倉にぶ、と?」

「うむ。佐倉なら狼煙のろしで指定して小田に伝える事が出来る。こちらも早馬で急げば道のりも短くなる」

「確かに、土浦まで行くよりは」

「それに、此度の陰謀の一端と言える吉良氏の動向の中で、吉良氏が佐倉の組紐くみひもを何度も買っておりまする。この組紐が協力者の見分けなどに使われているならば、笠間左近が関与する側だった場合、佐倉に近づくのも躊躇ためらう筈」

「成程」


 氏政は黒田官兵衛から聞いた話を元に、吉良が買っている佐倉の組紐は特定の店から卸された物であることを突き止めていた。その店は甲斐国・上野原うえのばらの生糸を扱い、組紐の材料としていた。氏政は上野原周辺の領を任されている北条家臣・笠原新六郎親尭を疑い始めていた。商家を介して吉良氏と笠原が連絡を取っているとすれば、北条家中ではその動きが察知しにくいのだ。それに、笠原新六郎は戦働きを望みながら叶わずに太平の世を迎えた武将。もしこの騒動を通じて戦場に出る機会を作ろうとしているならば、全ての元凶となる可能性があるのだ。


「提案した者として、責任をもってこの氏政が向かおう。他にも数名、証言の為来て欲しい」


 その言葉に数名が応じ、彼らは急ぎ佐倉へ向かうこととなった。数時間後、鮮やかな狼煙を見つつ、氏政は久しぶりとなる千葉氏領へ移動を開始した。


 ♢♢


 常陸国 下館


 水谷蟠龍斎は天下統一後、自領の兵を半分に減らしていた。ある程度高齢だった兵は兵役を免除する代わりに領内の乙名としての役目のみ課し、新田を造らせて年貢による収入を増やした。そして若手と壮年の兵を徹底的に鍛えて精鋭として残してきたのだった。

 今回も即座に招集に応じて城下に揃った兵は300。領地の規模で言えば少ないものの、ほぼ全員が騎馬武者という充実した部隊であった。


「笠間左近を佐倉に喚ぶ、か。北条はあまり急いでいない様子だな」


 中央政府を考えれば必ず犯人を探し出さなければならないという重圧はあるものの、数日は余裕があるために裏取りに来たと蟠龍斎は感じた。だが、だからこそ事態が動く時は一気に動くだろうことも理解していた。


「至急佐倉に勝隆を向かわせよ。北条一門が如何判ずるか確認し、我らも動く」


 笠間と益子の戦いは小康状態で、両者が睨み合っている。割と近くにある水谷の領地から兵を出せば、その均衡はどうとでも転がせるのだ。甥で次の当主である勝隆の功を増やすため、彼は家臣に命じたのだった。



 4日後、佐倉で氏政らが笠間左近の言葉に嘘はないと判断したことが早馬で佐倉から伝えられると、蟠龍斎は300の兵を北上させて北条氏光の率いる4000の部隊と合流した。そのまま彼は笠間の背後から急襲する役目をこなすと、同時刻に大石氏照の軍勢も益子本陣を襲い、風魔の支援の下逃亡兵を許さずに双方を壊滅に追いこんだ。笠間高綱と益子勝宗は捕縛され、その勢いで今泉領に彼らが攻めこんで領内を制圧。今泉高光も捕縛したことで、下野・常陸の騒動は一気に収束に向かうことになった。


 一方、佐倉で証人の笠間左近を尋問した北条氏政はそのまま佐倉の組紐商人に強制捜査とも言える査察を行い、この商人が預かっていた笠原新六郎の書状を入手することに成功した。上野まで鎮圧を終えると笠原新六郎を捕縛するための動員も怪しまれて逃げられかねないと考えた氏政は、査察に入る前に小田原に上野の鎮圧を待つよう書状を送っていた。事件はもうほぼ終わった。後はどう始末をつけるかである。

宍戸氏は史実では天文年間末期に小田氏家臣から佐竹氏家臣に鞍替えします。しかし、今作では北条氏の勢力が強いために小田氏側に分があると判断し、そのまま弘治年間も小田氏家臣でした。血縁は天文年間らしいので、そこは改変されていません。


笠原新六郎のいる上野原の養蚕業は本格化したのが江戸時代ですが、北条の産業振興の中で養蚕が始まっている設定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 史実の関東では人も物も周りから集まって文化的な発展がありましたが、この世界だと、稲作と漁業だけで暮らしてる感じなのでしょうか…。 史実ほど人がいない割に水も耕作地もあるので、酒造りとか発展し…
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