後話4 年末と侘び寂び
これは正確には日西戦争とは別物なので、話数を変えています。時間軸的には前話の続きになっています。
織田信親は担当していた対大陸外交で支援しているワンカオへの対応をしており、旧式となった火縄銃を贈っていた。織田信親は明と女真族・モンゴル(北元)による中国分割を企図していた。結果として、ワンカオは1年以上の長い間明と戦うことができていた。ワンカオは鴨緑江沿岸部をまとめあげ、瀋陽・盛京の制圧に成功。明軍の司令官であった李成梁は初戦に敗れた後、中央に軍費の横領や売官を咎められ失脚した。彼が賄賂を利用してまとめあげていた海西女直やワンカオ配下ではない建州女直は、李成梁失脚後に特権を失って明の制御を外れた。また、センゲ・ホンタイジが父であるアルタン=ハーンの結んだ和睦を破り、民衆の支持をえて大同に攻めこんでいた。
明の張居正は反対勢力から対女真族・対北元の外交政策は失敗だったのではないかと糾弾された。一条鞭法が銀不足で全国に拡大せず、北方への対応で資金面の負担も増えていた。銀をもたらす目算だったポルトガル貿易も、日本の染色織物への購買意欲から張居正の想定ほど銀が輸入できていなかったのも影響した。張居正は(国内では禁止されている金の輸出をするため)マカオで金と銀を交換して銀の国内流通量を増やすなど対策を講じていたが、それでも一条鞭法の領内全域での適応は困難だった。万暦帝は張居正を特にかばうことはなく、張居正は北元との抗争と対女真族を同時に進めるのは困難と判断した。彼は女真族への介入を停止して全戦力を北元に注ぎ、李氏朝鮮に命じて女真族の拡大を防ごうとした。
一方、李氏朝鮮は思想的な対立から文官が西人派と東人派に分かれていた。朝鮮王の宣祖は寵姫である恭嬪が出産後に体調を崩していたためこれらに対応できず、文官の対立は出兵賛成の東人派と出兵反対の西人派に分かれてしまった。政局を主導していた東人派によって出兵が決定するが、派遣された軍は人数こそ多かったものの、長い平和の影響で装備も練度もワンカオの軍隊には遠く及ばなかった。領議政(首相)の朴淳は李鐸を司令官として派遣したが、3万の大軍が一夜にしてワンカオ軍9000に敗れる大敗を喫した。この戦いで初陣を飾ったワンカオの孫・ヌルハチは、以後織田家との親密な関係を築いていくことになる。
これらの状況を確認した日本の首脳陣は、対中政策の現段階での成功を理由として、織田信長の息子である織田信親を執政官とすることを決定した。日西戦争の最中ではあったが、直接的な戦闘は終わっており、スペイン側の反応待ちであることも考慮された。難事は少なく、日本が外交的にフリーハンドに近い状態であることも考慮された。
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京都府 京都
年末最後の京都での通常会議。あと3日で年が明ける。
年初は信長だった執政官が息子の信親殿になった。甥っ子は顔の輪郭こそ信長似だが、目元は妹似だ。親子三代、笑うと左えくぼができるのも共通である。
隣に並ぶ息子の龍和も執政官を長く務めたからか、少し信親殿を見守るような様子だ。来年に向けた今年の総括を読み上げる信親殿と、受け答えをする三条実教様。これが終われば宮中納会だ。大祓とは別に、政府の仕事納めとして行っている。
「これで、来年中に樺太北岸まで電信が延長する目途が立ちました」
「延伸距離としてはその通りだが、資材の調達含め来年の予算案で確認でおじゃるな」
「はっ。次に新設大学についてですが」
「名古屋・京都・広島・大坂・稲葉山・博多・山形・勝瑞は既に総合大学になっていたな」
「仙台と鹿児島、札幌・直江津・岡山・米子は教育・医科大学のみでございます。今年の新設が仙台と札幌。総合化したのが大阪にございます」
「関東は独自に大学を創設したそうだな」
中央の統制下に入っていないのは武田・北条だけだ。どちらも相互に人材は派遣しているが、領内は武田信玄と北条氏政(氏康殿後見)が自主財源で統治している。
「今年は米子と直江津を総合大学にする予定です。新設は長崎と土浦。長崎は初めてですが友好国の学生を留学生として迎える国際大学になる予定でございます」
「留学生は集まるのかね?」
「スペインとの戦争の結果、東南アジア諸国が予定の倍近く留学生を派遣したいと」
「偏らぬよう、そして長崎ではもめ事がおこらぬよう配慮いたせよ」
「はっ」
他にも、予算についてや鉄道の敷設状況、さらに小学校の入学者状況などが確認されていく。
「では、当初の目標通りあと十五年で国民の過半数が初等教育を終える形になるな」
「はっ。ここ7年間の出生数と生存率が大幅に改善されておりますので、名古屋・稲葉山・大坂などで見られた人口集中が改善されつつあります」
織田の中心都市・名古屋。うちの城下町・稲葉山。三好の最大拠点・大坂。このあたりは15年ほど前から治安の向上と産業の発展で人口が爆発的に増加しつつあった。これに天下泰平による人口増加が追いつきつつある状況だ。先に小学校の整備が進んでいた織田・斎藤・三好の支配地域だけでなく、各地で創設された小学校によって順次義務教育が施行されている。
「となれば、次の世代を目途に国民議院の設立へ向かえるか」
「われらの子供が元服する頃には、選挙も可能かと」
ちなみに、元服年齢は満15歳で固定となった。特別な事例がない限り、武家と公家の子供は15歳で元服式を行う。地域単位で烏帽子親が決められ、元服祝いとして渡された烏帽子を代表者以外は帰宅後に親にかぶせてもらうことになっている。成人式の記念品みたいなイメージで見ている。
「あとは小学校と大学の間にあたる学校の整備か。この原案は来年の予算が決まり次第協議予定だったな」
「はっ。某も春には自案をまとめ、皆様の案とともに諮問を受けたい所存にございまする」
「摂家でも勉強会が今秋から始まった。皆で知恵を出し合うとしよう」
「はっ」
残っている議案がないかと皆がそわそわし始める。これが終われば宮中納会で参加者全員によるお茶会予定なのだ。議案が残っていれば中断と決まっているので、残っている議案がないか、今日一番といっていい真剣さで確認だ。
「良し。全て終わったな?」
「はっ。万事ご報告終わったかと」
「では、これにて本年の通常議会を終了とする」
議長宣言をもって、全員が万歳三唱。続いて議事次第を聞いていた帝と上皇陛下を先頭に宮中行事を行う清涼殿に移動して納会となった。
最初の儀礼が終わった後はまた移動してお茶会だ。移動は面倒だが、お茶会の会場に向かう頃にはそわそわしている者もいる。
千宗易殿をはじめとした茶人がお茶会の会場で待っていた。今年は北海道で採れるようになった小豆と奄美の砂糖で作った和菓子だ。南北で採れた品の融合。まさに日本でしか味わえない味だろう。
信長もこの日ばかりは何も気にせず甘味が食べられるので、終始ご機嫌である。
「義兄上、今日の羊羹は特に絶品だな!」
「いつもは甘味の量を制限しているからな」
「他の者と同じだけ羊羹が食べられる。これほど良きこともなし!」
俺のいない場所で勝手に食べて糖尿病になられても困る。こちらから言わないと際限なく甘い物を食べるのだ。蝶やお満含め女性は甘い物が好きだが、彼女たちですら驚くほど甘い物をたくさん食べられるタイプらしい。
食生活が崩壊して早死にされても困る。常にこちらでセーブしている状態にしないと怖い。とはいえこういう時は作らないとそれはそれでストレスになる。
「だからと言って池田殿の羊羹までもらって食べるな!」
「い、いやこれは勝三郎があまり多くは食えぬというからだな……」
「池田殿も信長を甘やかさない!」
「殿は悪うございませぬ。某が……」
「勝三郎の阿呆!そなたを悪者にするわけにいくか!」
相変わらず仲がいいというか甘いというか。小さく溜息をつくと、千宗易殿と弟子が震えていた。寿命ではない。またいつもの『侘び寂び』だ。
「甘い物をめぐって互いをかばい合う織田様と池田様。奄美の甘みがあふれているとは……乳兄弟の絆……輝くっ!」
「宗易様!ここにも!ここにもぉ!」
「あぁ、その甘みを、侘び茶で流しましょう!甘みに包まれた口を流す如く、南北から迫る甘みを、中心たる京・狭山の茶が結ぶ!」
「侘び茶!これぞ正に、侘び茶!」
「播磨を任される池田様と名古屋にいる織田様もまた、侘び茶で間を流される!」
「侘び茶を!侘び茶を!」
一気に真顔になる信長と俺。
「義兄上、甘味はほどほどにしよう」
「そうだな。あんな風に狂いたくはなかろう」
あれだけ騒ぎながら宗易の所作はとても穏やかで、茶を点てて俺たちにさしだすと静かにその場を去った。障子の向こう側で「侘び……寂び!」とか小さく呟いているのが聞こえたのは、きっと幻聴の筈である。
私の千利休ってどんな人間なんでしょうね。書いている作者自身が一番よくわかっていません。ただ、彼の侘び茶を書く時は、手の動くままに全て任せて書くと大体書きたい利休になっています。よくわかりません。
来週月曜日漫画版が連載している月刊少年チャンピオン7月号が発売です。よろしくお願いいたします。




