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後話3 日西戦争 第5話 緊急招集

前話の直江状ですが、これは主人公の大河ドラマイメージからつけられた名前です。直江状自体の中身については諸説あるので、直江状自体の解釈は研究者の皆様がしているものをご確認ください。

今回のはあくまで歴史知識が多くない義龍の視点で直江状に見えた、というだけです。

 台湾 台北


 台湾の総督は滝川一益が務めていた。織田信長の信任が厚かった彼は、硬軟織り交ぜた交渉で台湾原住民との境界線を定め、保護民としつつ経済的な生活の向上をもって少しずつ日本に取りこむ政策を進めていた。反発を受けないよう進めるため、能力の高い人間でかつ信頼のおける人材として任されていた。


 そんな滝川一益も、ほんの10日前に開通した電信にはまだ不安をもっていた。海底を通るケーブルがいつ切れるかなど、心配しても仕方ないことも不安視していた。しかし、そんな彼も電信の力に頼らざるを得ない一報がシキホル島からもたらされることになる。


「スペインらしき武装勢力がマカッサルを襲撃?」

「はっ。博多の商人神屋宗湛が現地で目撃したとのこと」

「あの神屋か。ならば信憑性は高いな」

「船には国旗もなかったとのことで、ポルトガルではないだろうと」

「ポルトガルの商人なら襲わずとも現地民と交流できている。商売をしたければすればいい話だからな」

「左様で」

「至急京都の政府に連絡。緊急度は赤を」


 トリアージを参考にした連絡の重要度を示す色。本国に危険が黒、外交・安全保障上の危険を赤、周辺諸国の内乱など経済上の懸念が黄色である。

 これが最初に連絡されることで、電信を受け取った政府は対応を変えることができる。担当大臣のみか、全閣僚が集まるかなどが決まるのだ。


「奄美と鹿児島にも連絡。奄美は即台湾で合流。鹿児島も部隊を出せるように準備を頼もう」

「はっ!」

「台湾艦隊も半数は先に派遣だ。奄美の部隊が到着し次第台湾の防衛を任せて残りも出発させる」

「委細海軍に伝えてまいりまする」


 台湾駐留海軍のトップは長曾我部元親の弟、香宗我部親泰。彼は長曾我部水軍出身者を率い、即時シキホルに向けて出港したのだった。


 ♢♢


 ルソン島 マニラ


 マニラへ至急報告に向かった。シキホル着任前にマニラに寄って挨拶していたからか、宮殿にはスムーズに案内された。

 マニラの王ラジャ・スレイマンは日本でつくられた紫の絹服を着て慌てた様子で玉座に座った。


『マカッサルにポルトガルではない野蛮なヨーロッパ人が来たと?』

「いきなり明の商人を捕縛し、港を占拠したと」

『まずいな。実はちょうど今テルナテに我が王子の1人が親善で向かっているのだ』

「隣国ならば大丈夫とは思いますが、万一もあります」

『海賊と戦った時のように、日本には迷惑をかけるが、周辺の警戒をお願いしてもよいだろうか?』

「お任せを」


 国を代表しての挨拶はいつまでたっても慣れる気がしない。慣れすぎてもいけないとは父の言葉だが。

 とりあえずマニラに滞在していたり、拠点を築いたりしている日本人に対して注意勧告を行う。場合によってはこちらにも来る可能性がある。何が起こるかわからない以上、こちらとしても色々な事態を想定して動かなければならない。


 ♢


 シキホル島


 シキホル島に戻ると、周辺国へ送っていた使者が数名戻ってきていた。使者たちは各国からおおむね協力的な回答を得ていた。その中で、スールー王国とキタイ王国に向かった使者からゴワ王国が救援を求めているという報告が来た。


「やはりスペインか。しかし何が目的で」

「殿、明船を複数捕獲しているようですので、明の富が狙いかと」

「香辛料貿易と明船か。スペインはそれほど金に困っているのか?」

「いや、南アメリカ大陸にある銀山からの収入でかなり金はあるはずですが」


 詳細は結局相手から聞かねばわからないのだが、どうやらスペインは金目の物を中国から奪っているらしい。そして、それらの報告を聞いているタイミングで、ポルトガル商人がスペインからの手紙を持ってきた。その内容を見て、我々は驚がくせざるをえなかった。


「ゴワ王国を滅ぼすと申しておりますな」

「しかも改宗を強要する気だろう」

「最近、この一帯はイスラム教の影響が強くなっておりまする」

「実情を知ったスペインが暴走しかねない。やはり援軍を要請して正解だったな」


 ポルトガル人商人のルイス・ボルジェスは再三こちらに「自分たちは関係ない」ことと、「スペインを非難する」ことを繰り返した。ポルトガルのマラッカに駐屯している兵力は200人ほど。商人の方が圧倒的に多く、ポルトガル商人の活動範囲はシキホル・台湾の部隊が展開している地域に広がっている。日本を敵に回す理由がないのだ。


「書類はいったん預かるが、おそらく本国もこの行動を許すことはないだろう」

『当然です。フェリペ陛下にはオスマンとの戦いに集中してほしいのですが』


 まぁ、ジブラルタル海峡で戦うくらい一時追い込まれたのだし、ポルトガルとしてもこんなところで揉めている場合とは思えないのだろう。


 ♢♢


 京都


「導三様にもご足労いただき申し訳ございませぬ」

「気にしないでくれ、財務卿。ちょうど京大でやっている新しい薬の実験経過を見に来ていた」


 閣僚と元執政官が全員招集された。2代目財務卿であるばん直政はじめ、一部は新しい世代となっている。俺はヤナギの樹皮からとったという鎮痛成分の実験の状況を確認するために京都大学に来ていたので、特に労力は必要なかった。成分的にはおそらくアスピリンのはずだ。詳細を見てみないとわからないが、最近完成した顕微鏡で成分は確認できていると聞いている。事前確認のためにもそろそろ写真撮影の技術が必要だが、おおざっぱな技術しか知らないので学生と大学の優秀な人材に期待するしかない。


「で、議題はスペインのマカッサル占領にございます」


 外務卿である林勝吉はちょうど台湾から戻ってきたところだった。彼は大阪に戻ると事態を聞き、電信でポルトガル公使館と連絡をとっていた。

 話はこの林外務卿と信長を主体に進む。


「ポルトガルの公使館に駐在していたアントニオ・モニス・バレット総領事は、事前に通達などはなかったと申しておりました。実際、先日台湾で会った時もそうした話題は出ておらず、もっぱらオスマン帝国の動向とイングランドについての話が多うございました」

「会談はたしか明との交易についてと、関税についてだったな。となると、本当にポルトガル側は無関係か」

「まさに青天の霹靂へきれきですな。見分けのつかない東南アジア諸国からは冷たい目で見られるでしょう」

「そこはうまく間をとりもって恩を売ればよいのよ。で、イエズス会は?」

「こちらもシキホル島からの連絡でかなり驚いた様子でした。布教に関わっているのは恐らくフランシスコ会ではないかと」

「フランシスコ会は焦っているようだな」


 イエズス会の対抗馬であるフランシスコ会だが、日本が献金で総主教格となった時に反対した勢力でもある。彼らからすれば日本という異国に主教座を置くこともそうだが、完全な教化がされていない地域なことを問題視したそうだ。さらに言えばこの献金でイエズス会の構成員から枢機卿が選ばれるなど、ローマ教皇がイエズス会優遇を明確にしたのも彼らの反発を招いている。

 ここで、内務卿の松平信康が口を開く。


「外交は2つの要因で変化します。内的要因か、外的要因か。明は内的要因から海禁政策を変えました。最近は一条鞭法を国内に浸透させようと銀の輸出を禁じております」

「スペインも同様と申すか?」

「内府様、おそらくオスマンに交易路を握られていることを問題視したのかな、と推察いたしまする」

「香辛料と絹、か」


 そう言った信長は苦い顔をした。台湾でポルトガル総領事と会談した時、彼らの供応で食べた料理が香辛料どか盛りで美味しくなかったらしい。龍和は京都留守居でよかったと喜んでいたし、信長は食事中2度ほどむせたそうだ。香辛料は富の象徴のため、供応では大量に使うのが主流らしい。香辛料が普通に手に入る我々とは文字通り文化が違うのだ。


「義兄上、少しにやけておるぞ」

「すまん、公使館での話を思いだしてしまってな」

「まったく!」


 少しすねた様子だが、場の緊張感はほぐれた。正直、報告のあった規模であれば台湾の部隊を派遣すれば問題にならない。ただ、海は広い。広範囲に守るのは難しいのだ。そこだけが問題と言える。


「ひとまず呉の海軍は総動員体制に移しましょう。陸軍は動けますか?」


 その問いに、参謀本部から参加している黒田官兵衛が答える。


「熊本の第8師団は既に遠征の支度に入っております。司令官は佐久間信盛様、副司令官として山県昌景殿、梶川高盛殿が既に鹿児島で支度を進めている状況にございます」

「昨年の新設だが兵数は足りているか?」

「もともと武士出身者で数はおりましたので、編成と下士官教育が終わった形です」

「良し。では部隊の補給は?」

「そちらも台湾に備蓄している物資をシキホルまで運び始めております」

「で、あるか。あとは直接救援要請が入り次第部隊を派遣する。まずは台湾に向かわせること」


 食料と物資の在庫が限られるシキホルに早期に大規模な軍勢は展開できない。台湾ならば一時的な人員を支える食料があるので、有事はまず補給拠点として機能するよう整備されている。日本本土がいきなり襲われることはほとんどない。台湾と樺太が前線の補給拠点および司令部となる想定なのだ。


「では、林は急ぎ台湾へ向かえ。一条様も念のため鹿児島入りすることを承諾していただいている」

「はっ!」


 龍和はこうした緊急時にも通常の政務を続ける役割だ。会議の終了後、龍和は自身の執務室に戻った。俺もそこに一緒に行く。


「父上、長実おとうとは大丈夫でしょうか?」

「状況次第だな。1つ言えることがあるとすれば、長実はそなたが経験していないことを経験するだろう」

「経験していないこと?」

「あぁ」


 俺もほとんど経験がないことだ。なにせ俺は、そうならないように常に戦力を整えてきた。龍和が戦場に立つようになるころには、絶対にそうならないように戦力を用意して戦ってきた。


「ほぼ同等の戦力同士で戦する、そういう経験だ」


 装備で上回っても、兵数では劣るのは現状間違いない。その状態のまま戦闘となれば同等の戦力での戦いとなるだろう。マカッサルの情報が入ったのは昨日でも、マカッサルが襲撃されてから既に1月たっている。台湾との時間差はなくても、マカッサルとシキホル、シキホルと台湾の間は人づてにしか情報が届かないのだ。


「何事もなければよいが、な」

台湾と日本全体の情報伝達にラグはなくなりました。しかし、どうしても東南アジア各地でまだまだ情報ラグはあります。この会議とスペインからの書状が届くのがほぼ同じタイミングになってます。ですので、台湾の部隊はまだシキホルに向けて出発したばかりです。

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