後話3 日西戦争 第3話 スペインの東南アジア征服、その始まり
前半は3人称視点、♢♢以降は三好長実視点です。
また、♢♢の前と後では時間が結構経過しています。3人称視点まではほぼ前日譚です。
スペイン マドリード
フェリペ2世は書類の山を整理・処理しながらも頭を抱えていた。
スモレンスク条約の締結により、ロシアはカレリアの譲渡やポーランド=リトアニア共和国への領土割譲に加え、イヴァン5世が幽閉されて事実上無力化できていた。
しかし、一昨年にジブラルタル海峡で行われたオスマン帝国との海戦ではかなり大きな損害をだしての辛勝だったのだ。
マルタの和約でヴェネツィアとオスマン帝国の戦争は終結したが、アフリカ沿岸の大半はオスマン帝国領な上、マルタ島やキプロス島はオスマンの支配下。地中海は事実上オスマン帝国の海となっていた。
しかも、このジブラルタル海峡での海戦のため、ローマ教皇がエリザベス1世の協力を要請したのも彼の不満を増大させた。結果としてイングランド海軍は活躍し、彼女は破門を解かれている。しかしイングランドは完全に独立独歩の道を歩んでいる。このままいけば異端へのお墨付きになる。
さらに、ネーデルラントの諸州もプロテスタンティズムを掲げて反乱を起こしており、フェリペ2世の視点では周囲が敵だらけといえる状況だった。
「この状況、なんとかならぬか?」
フェリペが問いかけたのは側近のアントニオ・ペレス。彼は以前からイングランド強硬派であり、エリザベス1世の廃位とイングランドの併合を目論んでいた。
「やはり、イングランドから手をつけるのが最良かと」
「いや、異端は弱い。だからこそ、深刻なのは異教徒共だ」
「ですが、オスマンは厄介です」
「せっかくジブラルタルで勝利したのに、昨年末には同規模の艦隊がナポリ近海で確認されたそうだな」
「ええ。ですから、イングランドの海軍を使うためにエリザベスを、」
そこまで話すアントニオ・ペレスに、フェリペ2世は首を振って言葉を遮った。
「フェルナンド(異端審問官)と同じことしか言わぬな。それでは一時的にジブラルタルを手薄にするし、ネーデルラントの異端も面倒なのだ」
「では、いかがすると?」
「わからん。わからんから困っておるというに」
そこまで話すと、一度として手を止めていなかった書類の処理をピタリと止めた。そして、自分の左手にもった書類を、アントニオの前に示す。
「見よ」
「それは?」
「副王(新スペイン副王、アジアやアメリカ大陸の副王)からだ」
「報告でございますか?」
「いや、進言だ」
その内容は、現在のルソン島を含む諸島がバラバラの部族によって細かく統治されていることが記されていた。そして、その大半がイスラム教徒であり、一部がオスマンとつながりがあるというものだった。実際にオスマン帝国とつながりがあるのはインドシナ半島西部の勢力だったが、新スペイン副王はメキシコに在住しており、詳細な情報は不正確だった。さらに言うと、彼は日本の状況をイエズス会とのつながりが薄いためほとんど知らなかった。新大陸での布教はドミニコ会などが担当し、イエズス会はあまり関わっていなかったためだ。
「香辛料と、異教徒への妨害を考えれば、ゴアの東を我らが征服するのも悪くないのではないかな?」
「ゴアと、新大陸の兵と船であれば問題なく動かせますね」
「教皇聖下に献金をしたジパングとも直接交易できるだろうしな」
こうして、スペイン国王認可の上、アカプルコの艦隊とゴアの艦隊はスマトラ・ルソン周辺の征服を目指して動き出した。
命令を受けてギド・デ・ラベザリス、ゴンサロ・ロンキリョ・デ・ペニャロサの2名率いる艦隊はマニラを目指し、その前哨戦としてスラウェシ島の貿易都市・マカッサルを狙うこととしたのだった。
♢♢
シキホル島
三好の名前も、斎藤の名前もあまり意味をなさない地。ここでは等身大の自分が見られる。
「イイネー。これとっても美味しいデショ!?」
「あ、はい。美味しいですね」
「アッシー、これ苦手、残念」
「あぁ、盛興殿はそう申していましたね」
南国特有の果実酒は風味が日本の酒と決定的に違う。これがかえって盛興の断酒につながったと聞いていたけれど、自分は嫌いじゃない。
「父が甘い果実を好んでいまして。よく食べた味です」
2年前に初めて台湾で栽培が成功したとして食べたパイナップルやマンゴーも美味しかった。マンゴーはとても少量しか国内に入らないが、どうやら虫の発生があるらしく、父は台湾で処理したものしか運ばせない状況を徹底している。
「ソウネソウネ。いいお父さんネ」
「そう、ですね」
僕には2人の父がいる。どちらも偉大すぎて、追いかけるには大変すぎる。それでも父・導三の跡継ぎとなった兄に比べればましだが。義父である実休も隠居したとはいえ一時は西国を差配した義伯父・三好長慶の腹心だ。当然、僕にかかる期待も大きくなる。
「王様もナーザネ様を歓迎してるヨ。日本の皆さんとてもいい人多い」
「そうですか。ここで皆さんが認められているのはうれしいです」
「シマヅ様とかカガヤンととても仲良し。決闘で全部勝ったから首たくさん持って帰ってきたからネ」
「えええ……」
首狩り族もいるとは聞いていたけれど、島津家久殿が一番首をたくさん狩っているとは……。
若干ひいていると、隣に控えていた野口孫五郎長宗が耳元で補足してくれた。
「どうやらここでは『日本人は強い』という評判をえるのに一役買ったそうなので、現地人との交流という意味で、まぁ許されているのかと」
「そ、そうなんだ」
後で聞いた話では、鉄砲があってもなくても強い日本人という評判は家久様が築いたらしい。こっちでは好き放題戦えて褒められるとなれば、そりゃ志願してここに残るかと妙に納得してしまった。
♢
朝起きるたびに、布団がなくても問題ない気候に戸惑う。しかし、同時に日差しのまぶしさで現実に引き戻される。シキホル島でも稲作がされているが、年間3回ほど収穫できるそうだ。日本では考えられない。温暖な気候とよく降る雨。父は「熱帯雨林気候」と呼んでいた。
朝の体操を滞在している兵とともに行う。この時に派遣されている医師によって顔色のチェックと体温測定が行われる。滞在しているのは文官・武官合わせても400人。各地で貿易に関わっている商人は別としても、これが日本の派遣部隊の全容だった。これ以上は現地の負担も大きくなる。船舶の停留所も含め、現地人と揉めない限界数だ。朝食は少し粒の長い米の粥。焼魚とココナツのジュース。1切れだけ出るきゅうりの漬物が、日本を感じさせる。篠原殿いわく、「きゅうりが美味しいのは導三様のおかげ」だそうだが、僕はこのきゅうりしか食べたことがない。昔は完熟してから食べたらしいが、今は緑色のうちに食べる。これをはじめたのも父だそうだ。
「明日は領事館最初の休日なので、本日中に派遣された軍人・役人は書類の提出を終わらせること」
篠原殿の訓示が終わると、滞在している人々が仕事に散っていく。家久殿は早速とばかりに船に向かい、盛興殿と僕は顔を見合わせて苦笑した。
書類仕事で午前中を費やすと、昼食の炒飯を食べる。ここでもココナツのジュース。日本にいた頃のように、水を飲むことはあまりないようだ。日本のような飲料水はそうそう手に入らないらしい。
食事を終えたとほぼ同時に、島津家久殿が食堂に駆けこんできた。そういえば彼は食事をしていなかったな、何か食べに来たのかなと一瞬思った。しかし、彼の切迫した表情は、そんな状況でないことを僕に教えてくれた。
「総督!一大事にございます!」
「何事ですか!?」
「ゴワ王国に出向いていた商人より、複数のガレオン船にマカッサルが攻められているとの知らせが!」
それがスペインによる東南アジア征服のはじまりと僕たちが知るのは、もう少し後になってからのことでした。
スペインの状況
・オスマン帝国が史実より早くアフリカをほぼ制圧しマルタ島(マルタ騎士団は壊滅、現在生き残りがアルジェに城砦造ってオスマンの最前線で戦っています)を失ったので、ジブラルタル海峡で海戦
・イングランドの力を借りたので(出兵費用の一部は日本→ローマ教皇→参加国)イングランド女王エリザベス1世が異端から許されている
・上記結果のため史実と違いイングランドで工作をしていない、その分目の前の脅威であるオスマン対策に手一杯
・オスマン帝国勢力圏を東西から挟むために東南アジアの香辛料地帯などを勢力下に収めようとしている
・日本の支配領域など細かいことは知らない(副王の担当地域が広すぎるため)
・日本人の商人と現地人の見分け?コンキスタドールにそんなのわかるわけありません。同じ非白人です
ポルトガルの現地部隊やイエズス会は情勢を理解していますが、スペイン国王フェリペ2世はずっとオスマン帝国対策とアメリカ大陸の支配地域拡大にリソースを割いてきたのでわかっていません。
次話は一応GW中の5/4予定です。5/6に月刊少年チャンピオン発売なので、そこまで少し話数多めでお届けします。




