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第320話 負けない国、辿りつく海

 山城国 京


 年が明けた。1566(天正3)年だ。

 国内の統一が成り、移封の完了をもって、天下の統一が宣言された。


 春の除目からは、新しく造られた政府庁舎(中央議事堂)で会議と行事が執り行われた。中央議事堂は、様々な試験を経て建造された、初の鉄筋入りのコンクリート平屋の建築物だ。

 正面入り口には一枚の大きな絵。狩野派と龍頼の合作で、龍と虎と熊が菊の花が咲き乱れる丘にいる雉を守るように描かれている。ちなみに、敷地内には公家の家紋が入った瓦を使った建物もあったりする。

 俺(龍)と信長(虎)と長慶(熊)ということらしい。


 奥の部屋、参議が集まる部屋は、内装が和室で畳になっている。天井には実用化されたばかりの白熱電球。真空(っぽい状態)を生み出すための蒸気式ポンプも、昨年末に完成したものだ。


「摂政・関白・太政大臣を廃止し、総裁を新たに置くものとする。初代総裁には近衛前久を任命する」

「謹んでお受け致すでおじゃる」


 この除目をもって摂政・関白・太政大臣が廃止された。参議は新たに貴族院と名を変え、定員が21名に増えた。武家では新たに毛利隆元・尼子義久・島津義久(貴久は隠居した)・北条氏親・武田義信・最上信光・伊達龍宗の7名が加わったが、現在最上と伊達は俺に信任状を預けている形である。何故なら今は、そこまで領国を空けておける余裕がないためだ。


 この新しい貴族院で、これから1年近くかけて法律の制定が成されることになった。月に5日、諸法典の編纂を進める。更に政府財源の承認やらその予算編成やらと、色々なことをここで進めることになる。話の主体は近衛様と信長である。


「日ノ本内部の関税は全面廃止。水軍によっては収入が無くなってしまう者が出るの」

「水軍を海軍として再編して彼等を吸収する。其れが嫌なら水夫になるか、漁師になるか、だな」


 関銭やら津料は年内を目途に全廃する。と同時に彼等は、新しく再編される海軍に入るか、商人に雇われる水夫になるか、地元の漁師になるかを選択する時が来る。

 これは、水軍出身者だけが地元に残れるわけではない、ということだ。熟練の船乗りは、そもそも今後も引く手あまたなのは変わらないだろう。地元に縛られるか否か、武力で収入をえようとするか否かだけが、彼らに突きつけられた選択肢だ。


「倭寇と地元で連携し始めぬ様、今の内に選択を迫るのが吉でしょう」

「琉球も、王自身が京に来るとの事なので、此の辺りが契機でしょうな」

「在地の領主、土着の領主を多数移封している以上、海の者だけ優遇することは出来ぬ故な」

「とはいえ、各地の商人は海路・川路を今迄以上に利用したがっている故、仕事先には困らないからな」


 畿内では徐々に人口が増加しつつあり、その分学校の増設が急ピッチで進んでいる。その為、師範学校出身者も引く手あまたである。那古野・稲葉山・敦賀などでは人口爆発が始まっており、医師の求人も多い。当然物流も増えており、海路による人と物の移動も活発で、これには織田・斎藤・三好・北条の大半の水軍衆が関わっている。少なくともこのあたりの水軍衆は、このまま海軍と流通に人が向かうだろう。


「ところで竜作は、此の冬に各家で血液検査をさせておるが、何故でおじゃる?」


 近衛様から俺に質問が飛んでくる。


「琉球より南に行くと、マラリヤという病が猛威を振るっております。此の病ですが、血液型がA型だと発症しやすく、O型だと罹りにくい傾向があります」

「成程。マラリヤ対策か」


 マラリヤという名前は俺が広めた。当初はおこりと呼ばれていたが、他の病と名前の差別化のため変更した。


「3年前から越中の稲作不適地でマラリヤに効くクソニンジンを栽培し、乾燥処理を進めております。現地では常に茶として飲む様にさせればある程度予防になるかと。他にも、宿舎用と琉球への贈呈品として蚊帳を量産しております」

「マラリヤは蚊が原因とは恐ろしい事だ。蚊を殺す事は出来ぬのか?」

「一応、15年前から栽培を始めた除虫菊の霧吹きを、現在製造中で御座います」

「霧吹き?」

「細かい水を散布する物で御座いますね。かなり大型ですが」


 いわゆるスプレーの構造までは知らなかったので、ゴムホースで水撒きをする時の要領で圧力をかけて狭くなった入口部から霧状に広がるだけのものだ。こういう細かい道具の開発・改良に、知識の不足を感じる。除虫菊の霧吹きは、圧力を掛ける装置の関係で1人で持ち運べず、大八車で運ぶ道具になってしまっている。

 除虫菊の霧吹きの中身は、唐辛子・除虫菊を乾燥させてアルコールに成分を溶かしたものを、水で希釈したものだ。


「琉球・高山国(台湾)には積極的に使わせていく予定です」

「まぁ、竜作は今は琉球王の事だな」

「ええ。饗応は糠中城ぬかなかぐすくの協力を得ながら進めさせて頂きます」


 琉球王には道中の饗応も含め、可能な限り良い接待をしつつ、軍事力も見せつけて行こうと思う。


 ♢


 春。琉球からの一行は、5月末に京に到着することが伝えられた。4月末に琉球を出発しているはずの琉球王は、自前の船で此方に向かっているらしい。途中で出迎える為に、うちからはあえて護衛船団としてガレオン4隻と、より大きい新造戦列艦を1隻派遣した。初めて大型の主砲と側面に鉄の装甲板を搭載したこの船の名は『大和』。この5隻が、日の丸国旗を掲げて現地に向かった。大和の艦長は、安宅冬康殿である。

 伊予・宇和島でガレオン10隻を含む艦隊の観艦式を行うため、水軍は5月初めに結集する予定だ。今年は比較的気候も安定しているので、心配事も少ない。


 ♢


 5月。那古野・稲葉山と京・大坂・大津を結んだ電信が整備を終えた。これで大坂から那古野への詳細な情報伝達が、2時間以内に可能になった。安土に出来た信長の新城は、城と言うより官庁の集合体になりつつある。貴族院が京都、官僚は安土、みたいなかんじだ。これは、京都の復興が進んで人口が増加したこと、山科に本願寺が復活したこと、そして各地の大名と俺達の国持クラスの家臣が新規に屋敷を建てた事による、京都の土地不足が原因である。

 そんな電信で大坂から送られてきた第一報は、九州にある霧島山の噴火という報だった。急遽十兵衛をともなって中央議事堂に向かう。


「噴火の規模は?」

「伊予からも目視出来る程度との事」

「讃岐・阿波からは報告なしか。ならば大規模とも言えぬな」

「とは言え、此れが最大噴火とは限りませぬ」

「違いない。信長には当面の間、周辺への立ち入りを禁ずる様進言せねばな」


 緊急の話し合いが行われ、即座にガレオン船などによる現地住民への救済・支援用物資の運搬などが決定された。また、札幌に運びこむ予定だった木造仮設住居のセットを、急遽敦賀から日向へ運びこむこととした。


「被災地域に警戒を促し、一時的に周辺からの避難命令を出しましょう」

「勅令でおじゃるか?しかし此の体制になって最初の勅令が其れというのは」

「むしろ、最初が避難命令の方が良いかと。帝が民を慈しむ御姿が形となった勅令に御座いますれば」

「ううむ」


 近衛様は、夏に予定されていた勅令による立法府としての貴族院の設立を、最初の勅令にしたいのだろう。華やかな式典も予定されているので、その気持ちはわからなくもない。帝の命令で間違いがあると、今後誰も従わなくなるのでは、という恐怖心もあるのだろう。すると、信長が手を上げる。


「総裁、宜しいでしょうか?」

「何でおじゃるか、執政官殿」


 信長は執政官に就任している。暫定で初代執政官の相方は三条実教様が務めている。


「執政府の命令という形でも宜しいのでしょうか?執政府が行政の中心である事を示す良き機会でも御座います故」

「ふむ、では其方の命で進めよ」

「では、執政官織田三郎より、日向国霧島噴火に対する避難命令と各地域の協力命令を発する」

「「異議無し」」


 ♢♢


 日向国 佐土原


 琉球王・尚元王は、途中停泊した地でその全てを見ることとなった。

 噴火により危険地域に指定された都城みやこのじょうなどに住む人々が、佐土原へ避難してきていた。

 そこにガレオン船や安宅船で続々と運びこまれる支援物資。木造仮設住居のセットによって、郊外に次々と簡素な木造の家が完成する様子。武士たちが拡声器で人々に食料の配給受け取りのためにどう動けばいいか説明し、立て看板でそれらが示される。乙名が先導して人々が列を作り、配給の食事を受け取っている。

 今もうっすらと噴煙を上げる山の麓で、人々が蠢いていた。


「何という、何という」


 その統制された動きと潤沢な物資による混乱をおさえる状況は、たとえ琉球で同じような災害が発生しても絶対にできないことだった。女子供も老人も一切関係なく、人々は救助されていた。尚元王を接待している林勝吉。林佐渡の嫡男であり、現在漢文だけでなくスペイン語やポルトガル語を宣教師に習っている。


「此れ程の事が出来るのか、日ノ本の帝は」

「ちなみに、都城一帯には織田の兵が展開しており、盗人が入るのを防いでおります。大半の家は荷物も一緒に持って逃げて来ております故、余程の大物以外は都城には残っておりませぬが」

「戦をせずに良かった。此れ程の大きな船や訓練された兵と戦っていれば、容易く滅ぼされていただろう」

「まぁ、出来るか出来ないかで申せば出来ましょうな」

「明も其の内、琉球に兵を送ってくるのでしょうか」

「分かりませぬ。ですが、我等は既に次に向けて動いております」


 その言葉に、尚元王と家臣は背中に汗が伝うのを感じざるをえなかった。


 ♢♢


 山城国 京


 京に入った琉球王は、終始平身低頭だった。こちらとしては帝に服属してくれればまずはオッケーだったのだが、想定外の災害対応を見て、こちらの組織力などを畏れるようになってしまったようだ。結果的に家臣化したので結果オーライというやつだろう。

 一方、明に送った使者からは、意外にも悪くない感触が報告された。正使は細川藤孝、副使は策彦さくげん周良しゅうりょうを師とする南化なんか玄興げんこうなど、明への渡航経験者やその弟子で構成していた。


「明の皇帝が体調を崩しがちらしく、余り我等と揉めたくないのやもしれませぬ」

「倭寇取締りを条件とした民間の商いには、余り口を出さぬ様になる様子で」


 細川と南化玄興は、それぞれそう報告した。彼等が大坂に到着した段階で送って来ていた報告通りだ。


「朝鮮も王が死に、明も皇帝が体調を崩す、か。大陸は余り動けない状況か」

「ならば、倭寇の取締りといこうか」


 悪い顔で笑う信長。左ほほのえくぼは悪魔のほほえみだ。この『倭寇取締り』を名目に台湾に上陸するのを考えたのが竹中半兵衛だ。戦闘狂め。


「そうだな。倭寇を取締るべく、根拠地となっている高山国を攻める」


 来年の冬に出発できるよう準備を進めるとしよう。琉球王のおかげで琉球の湊が使えるので、兵糧も大規模に運びこめる。仮設住居などの耐久性も現状問題ないし、量産も視野に入れないといけないか。


 ♢


 美濃国 稲葉山城


 夏に入った。札幌開拓団と樺太探検隊が出発した。札幌開拓の責任者となる木下藤吉郎秀吉は、かなり緊張した面持ちで出発していった。一方、樺太に向かうのは、真田氏当主・真田昌輝の弟真田昌幸や九鬼嘉隆ら200名の探検隊である。ガレオン船を使った探検は、樺太と大陸の間の間宮海峡を正式に発見するためのものだ。海路で海峡を通過し、札幌に戻ってくる予定だ。地図帳レベルの海流は伝えてあるので、あとは天候に恵まれるかどうかだ。


 ここ2週間は議場で話し合いの予定がないため、稲葉山に帰ってきた。今年は気候自体は安定している。日向は大変な状況だが、畿内周辺が安定してる限り食料不足は気にしなくて良いのが気楽でもある。日向に派遣していた医師団も、負傷者の治療を終えて今月中には帰ってくる予定だ。


 部屋でゆったりしていると、女中が奥でお満が呼んでいると連絡に来た。何かあったかなと思いつつ行ってみると、幸や豊、於春、江の方も勢揃いしていた。そこにはスポンジケーキが1つ。大昔に牛乳・バター・卵・砂糖などをふんだんに使った最高級贅沢品として伝えていたものだった。


「此れは、一体」

「殿、九州統一、御目出度う御座います」

「「御目出度う御座います」」

「此れで殿の願いだった戦の無い日ノ本になりましょう。其れに、殿も四十になりましたのに、何もしておりませんでしたので」


 まぁ、忙しかったからな。去年からここまで、やることが多すぎた。


「有難う。頂くよ」

「何処まで殿の仰った作り方が再現出来たか分かりませんが、豊がとても丁寧に分量を量って作っておりました」

「お、お満様にも火加減を調節して頂いたのです!生地を均したり、クリームを塗ったりも!」


 普段台所に近づかない(というより立場上近づけない)お満まで料理に加わったらしい。主体となったのは幸と豊だろう。


「上に少々かけた蜂蜜は殿が造った養蜂所の物です。分けて頂くのに江の方が態々出向かれて」

「幸について来て貰って、一番良い甘味の物を選びましたよ」

「江の方様、味覚が一番鋭い。前準備で各所に根回しして下さった」


 於春に目を向けると、満面の笑みで、


「くりいむ、泡立てるのは私がやりました!」


 と言われた。一番若いからか、自分から買ってでたらしい。

 全員が頑張ってくれたケーキは美味しかった。前世で食べた物は確かに甘味やフルーツの瑞々しさなどがあった。でもこのケーキはそういうものがないかわりに、誰よりも俺を想って作ってくれた5人の気持ちがしっかりと入っていた。思わず無言で体全体に染みこませるような気持ちで食べていく。一口食べては、舌の上に広がる甘味を口に、脳に、全身に焼きつけた。


「美味しい。最高に」

「其れは何よりに御座います」

「皆も食べよう。此の量を1人で食べるには、もう辛い歳だ」


 分かち合いたい気持ちでそう伝える。願わくばこの幸福が遍く日本全体に広がりますように。


「え、此の程度なら平気では御座いませぬか?」

「甘い物など滅多に食べられませぬ故、頂けるなら頂きますが」

「頂けるなら頂く」

「蜂蜜、もう少し頂ける?」

「くりいむ、少し残っているので持って参りますね」


 女性にとって甘い物が別腹なのは、時代が変わっても不変なものらしい。ペロリと食べてしまった彼女たちを見て、俺はそう思った。


 ♢♢


 樺太 ポギビ


 樺太探検隊の1人、北条の伊豆水軍から派遣された間宮康俊はその日、樺太と大陸の最も狭まった海を進む中で、望遠鏡を覗きながら船の進む先を見ていた。

 曇り空は先を見えにくくしており、特に宗谷海峡周辺は濃い霧で何も見えない。帰り道が濃い霧に包まれていく中、船員たちはそれでも地図を信じて先へと船を進めていた。そこに、真田昌幸が現れた。


「如何ですか?」

「分からぬ。だが、大陸と繋がっているならば、此の潮の流れは不自然とも感じる」

「ふむ。某は山育ち故、そういう知識が無い故役に立ちませぬな」

「貴殿は荒くれ者共を良く手懐けておるよ。我等は其処まで手が回らぬ故、助かっている」

「信濃の山奥より涼しい地は中々ありませぬが、却って過ごしやすいではないかと声をかけておるのみで御座いますれば」


 そんな会話をしていると、太陽にかかっていた雲が晴れた。それと同時に視界の先が急速に晴れていく。


「此れは、何と」

「何か見えましたか!」

「樺太と大陸の先に海が見えますぞ」

「という事は、樺太は」

「ええ。島に御座いまする。大陸とは分かたれている。間違い御座いませぬ」


 一行は9月4日、樺太の北部モスカリヴォに上陸。この地に日本国旗を刺すと、周辺にアイヌ集落がないことから接触はせずに撤収した。

 後日、間宮康俊を称え、この海峡は間宮海峡と名付けられることとなった。


 別の探検隊は千島列島の新知島しむしるとうに到達し、現地アイヌと交流した後札幌に帰還した。その後千島列島については、根室の開発後に、開発を本格化する事を決定した。

新体制第二段階。徐々に政治の形が変わっていきます。


マラリヤ対策は南方へ展開する上で欠かせません。血液型による有意差から感染しにくいO型が遠征の主力です。クソニンジンはヨモギの一種なので、入手は容易です。除虫菊は宣教師から入手しております。イースト菌もパンの普及(鉄砲伝来)と同時と考えられています。


5月の霧島噴火は記録に残っています。今回は災害派遣として軍の活動が始まった年となります。


間宮海峡。命名の由来となる人物はこの間宮康俊の子孫なので、時代はズレましたが名前は一緒です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 除虫菊の大型噴霧器(スプレー)ならば、蚊取り線香の煙の方と、夜は蚊帳の方が良さそうな気がしました。 くそうずは、新潟の長岡?地方だったかな、の方が有名な気がします、確か戦後まで採油され…
[一言] 間宮(林蔵・末裔)海峡ならぬ間宮(康俊・御先祖)海峡とは笑
[一言] 大航海時代に日本も突入ですかね、スペインと7の海の覇権を争っても楽しいですね。
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