表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

313/376

第313話 九州征伐 その8 門司の戦い(上)

後半3人称です。

 豊前国 彦島


 小倉の防衛の堅さはこちらの予想を超えていた。まさしく『人柱』だ。こちらが兵を完全に退けば恐らく自爆兵も撤退する。防塁は決して固くないが、その分補修もしやすいのだろう。

 一方、門司には上陸に成功していた。しかし、上陸した門司に大砲を揚陸する暇もなく、敵の部隊が近づいていることが気球で確認できていた。数はおよそ7000。門司・小倉一帯にいる敵は推定13000なので、半数以上をここに投入してきたということになる。恐らく後方戦力も引っ張ってきているだろう。率いるのは雷神・戸次鑑連。こちらの門司上陸済みの部隊は、先鋒の氏家隊が消耗していた為急遽後退して門司城周辺の警戒に当たっており、実際に上陸している部隊で戦えるのは、これから上陸する者も含めて日根野兄弟・大久保兄弟・竹中半兵衛・不破光治・岸信周・大沢次郎左衛門・明智秀満・妻木貞徳の部隊計14000だった。


「十兵衛、急ぎ門司に渡れ。全軍を指揮せよ」

「はっ」


 現状では序列的には日根野兄弟が指揮をとることになるのだが、日根野兄弟は大久保兄弟とともに前線に出る方が得意だ。全体の指揮能力で言えば竹中半兵衛だが、彼は若すぎる。小倉を担当している弟を急遽派遣するのは間に合わない。他の将を納得させ、かつ雷神と渡り合えるのは十兵衛しかいない。


「俺は彦島から全体を見て兵を動かす」

「(蜂須賀)小六に相談して頂ければ」

「分かっている。俺だけだと味方を混乱させかねん」


 総大将である俺が討たれるのが最も可能性が高い負け筋である以上、俺が動くことはない。恐らく、雷神もそれは百も承知だろう。

 人事を尽くして天命を待つ。最後の最後で俺のできることは勝てるよう人を送ることだけだ。でもそれでいい。適材適所。戦国の英雄と戦うのは戦国の英雄に任せよう。


「雨、か」


 ポツポツと降り始めた。五月雨だ。火薬が湿るので、普通は火縄銃も大砲も使えなくなる。うちは火縄銃に雨対策をしているが、相手はどうだろうか。


 ♢♢


 豊前国 門司


 急遽門司に渡ってきた明智十兵衛光秀の指揮の下、大友軍と戦うべく斎藤軍は動きだした。先鋒を日根野弘就・盛就の4000が、東の搦め手を岸信周・不破光治の2000が務め、第二陣に大久保忠世・忠佐の3000が布陣した。本陣の門司湊は明智秀満・妻木貞徳の2500が固め、やや主戦場となる一帯から東に離れた地域に竹中半兵衛の500がこれ見よがしに旗を掲げて布陣した。

 対する戸次鑑連は先鋒に十時惟次・内田鎮並を置き、中央に自らを置いて突撃を敢行する布陣をとった。


 明智十兵衛は相手との距離が近すぎることから、最初の斉射以外は火縄銃を使わないことに決めた。それに丘陵部が多すぎて火縄銃の運用には向かない上、大砲の運搬を対岸から行う余裕がなかった。また、布陣の段階で相手が騎馬兵を前面に押しだしており、例え騎馬兵の突撃を火縄銃で破っても後続の兵の接近を許す可能性が高かったためである。


 そして、内田鎮並隊の騎兵突撃で戦の火蓋が切られた。最初で最後の火縄銃の斉射で大友の前線騎兵が崩れるが、その後方に控えていた騎兵は止まらずに突撃を続ける。これに対し、最初から交代の部隊を準備していた日根野隊は火縄銃隊を直ぐに後方に下げ、長槍隊を前面に押し出して応戦した。わずかに乱れたとはいえ、大友の精鋭騎馬隊を受け止める。


 内田鎮並は自らも突撃に参加していたが、その斎藤兵の整然とした動きに感嘆せざるをえなかった。日根野隊は最初期から義龍と共に戦場を駆け巡り、整列・行進といった動きを取り入れていた肝煎りの部隊だった。だからこそ、火縄銃の部隊が後退しながらも騎馬隊に対する槍衾を整然と展開できていた。


「見事だ斎藤中納言。確かに次の世を担うは貴殿等なのだろう。だが」


 だからといって、主君の首を差しだせる程彼らは新しい時代に適応できる人間ではなかった。


「例え新しき国の為といえども、主君の為に命を捧げられずして何が武士もののふか!」


 彼は大声でわざと名乗りをあげ、そして長槍の一角に突っ込んだ。一隊を率いる将。その首級をとらんと兵の一部が功に逸る。そのわずかに乱れた隙に、鎮並の弟・内田鎮次が兄を巻きこむ勢いで騎射を射かけた。


「道を拓くは我等武士の意地に御座る!」

「次を頼むぞ、内田の武は戸次の柱とならん!」


 背中に矢を防ぐ鉄板を仕込んだ鎮並も、敵兵を狙う矢の雨には耐えられなかった。長槍の一角を崩しながらも、彼は日根野兵を道連れに倒れ込んだ。

 そして、その倒れた味方すら踏み台として、次男の内田鎮次が崩れた一角に突撃する。


防人さきもりは己を捧げ、土地を守る一所懸命の士であると知れ!」


 かつて白村江、元寇などの対外的な防衛の節目で北九州一帯に根づいた人々。それが大友の源流である。自分たちは土地を守る者であるという矜持が、意地が、彼らにはあった。だからこそ、門司に上陸した敵を相手にする彼らは、尋常の戦意では計れない『何か』を発揮していた。それは戦意とか、命知らずとか、火事場の馬鹿力と言われるようなものであり、アドレナリンによる異常な興奮状態とも表現できた。


 日根野隊は最精鋭と呼んでいい部隊だが、だからこそ相手の状況を冷静に見ることができていた。内田隊だけでなく、その後方の兵までが『何か』で常人ではない力を発揮する部隊。槍で腹を突かれても意地と誇りで攻撃をつづけ、歩みを止めない敵。ある瞬間に、失血などによってパタリと倒れるまで止まらない敵は、恐怖に値する敵だった。

 日根野盛就は自ら前線に立ってこれを必死で食い止めていたが、敵は少々の傷では止まらない。周囲の兵も、腹から血を流している味方兵を一顧だにせず突撃してくる。そして、倒れた兵を乗り越えて槍を突きだしてくる。奇声を上げながら、時には槍の穂先が身体に突き刺さったままでも突っこんでくる敵に、普通の兵では怖気づくのも無理ないことだった。それでも、訓練と実戦を積み重ねてきた日根野隊は崩れなかった。逃亡する者も現れず、味方と連携して犠牲を出しながらも踏みとどまっていた。


 しかし、均衡を破るべく先手を打ったのは戸次鑑連だった。騎乗している彼は前線が優位と判断するや、自らと側近6将を連れて乱戦に乗りこんだのだ。それは人の波が狭い一帯に密集することになり、本来であれば武器を振るう隙間もなくなる暴挙だった。しかし、少々の傷では歩みを止めない大友兵たちはその波に押されて強制的に前線を押し上げていた。内田隊がほぼ全滅するほどの勢いは、日根野兵の戦うスペースをも奪って斎藤勢の前線は大友兵の波に呑みこまれた。



 日根野兄弟自身も大友兵の波に呑まれかけている中、1人の将が動いた。竹中半兵衛。わずか500の兵で戦場からやや離れた東の丘の上に布陣していた彼は、その戦況を冷静に見ながら望遠鏡で雷神の姿を探していた。


「見つけた」


 そう呟いたのはまさに味方の先鋒が敵の人波に呑まれた時だった。彼が浮かべたのは喜色。日ノ本最後の合戦で、九州最高の名将と、自分が全力で戦える戦場への、隠しきれない喜びだった。普段の雅で穏やかな顔つきは崩れ、口角が限界まで上がった顔を扇子で慌てて隠しながら、彼は号令を発した。


「行くぞ、雷神の首級を獲る!」

「「応ッ!!」

「ひっ!ひっ!楽しみだなぁ、最高だなぁ!」


 木曽の騎馬兵のみで編成された竹中隊500は、一気に斜面を駆け下りた。


 ♢♢


 戸次鑑連が最初に気づいた。

 というより、彼以外は前に進むことしか考えていなかったと言っていい。

 そうしなければ勝てないからだ。門司の斎藤兵を全力で倒す以外、大友の勝ち目はなかった。もう少し混乱したら、二の矢として門司の市街地に潜ませている兵に合図を送り、投入することでさらなる混戦を作り、個々の兵の武で打開するつもりだった。布陣を見ても東に迂回する位置に敵はいなかった。竹中半兵衛の部隊は一番厄介だったが、旗の位置と数から脅威とは判断していなかった。

 しかし、竹中隊は全軍が騎馬兵だったために、移動が予想以上に速かった。このままでは自軍の横っ腹を突かれる形だった。


「四郎(安東連実)!東を止めよ!」

「はっ!」


 50騎余りの兵が東へ向かう。何とか自分達の敵本陣突入まで竹中隊を食い止めてほしいという思いで、家老の嫡男を送りこんだ。しかし、前線の混乱が思い描くほど進まない内に、竹中隊は安東隊を全滅させた。


「くっ、何者だ。此れ程の短時間で四郎を!」

「某が止めまする!」

「頼む、宮内(原尻鎮清)!」

「冥府で御待ち致します故、暫し大友を頼みまする!」


 再び50騎が送りこまれる。しかし、竹中半兵衛の率いる騎馬隊は、今度は一切その駆け足を止めず、100騎が原尻隊を足止めしている間に、ついに戸次鑑連の本隊と激突した。


「雷神殿!御相手願おう!我が名は竹中半兵衛和重!斎藤典薬頭様付参謀兼軍奉行也!」

「見事だ半兵衛とやら!だが我等は負けられぬのだ!」


 この1戦の勝敗を決めるであろう戦いが、始まった。

戦場を描写すると、主人公が空気になる現象。

仕方ないんですよね。だって主人公や信長が戦場に立つのは敗北可能性が生まれるから、普通に考えれば絶対にやらないので。

そして、その時点で戦略的勝利条件を戦場で満たせないのが確実になる大友。

上陸戦は上陸側が準備ができないのでここまで混戦となりましたが、だからこそ、ここまでやって大友が勝っても斎藤軍は上陸作戦を立て直せる状況でしかないです。だからといって負ける気はないわけですが。


今週は土日両方投稿します。勢いを維持したまま終わりまで駆け抜けたいので。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
今孔明vs梅岳霊神 始まりました!
[気になる点] 本文5~6行目。 “しかし、上陸した門司に大砲を上陸する暇もなく、” 単に上陸と言う単語が続いて読み辛いと云うのも有りますが、物資を陸地に揚げる事を『揚陸』とも言いますので、参考ま…
[一言] いよいよこの方面の決戦ですね まあ、斎藤方はここで負けても立て直せるだけの余裕がある訳ですが 大友は最大で動かせて七千、斎藤方の半数 如何に雷神の異名を取る武将だとしても……一瞬流れが途切れ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ