第310話 九州征伐 その5 上陸と孤立
肥後国 隈本城
甲斐宗運は1700の軍勢を率いて阿蘇領を出発し、隈本城に向かった。これは織田方との事前の密約通り大友の後背をつくためであり、大隅に織田勢5000が上陸したとの情報をえた時点で宗運は即座に出兵を決定していた。阿蘇の守護神ともいえる宗運の決定と、15万どころではない織田・斎藤・三好の大軍を前に、阿蘇家臣団で反対論を唱える者はいなくなっていた。
しかし、宗運は隈本城の南2kmほどの場所で突如進軍を中止する。家臣が訝しむものの、彼は陣を張りながらじっと城を見つめていた。
同時刻、隈本城内の吉弘鎮理も宗運の軍勢を見つめていた。彦島で決死の作戦に臨む兄とともに、弟も決死の任務についていた。それは、相良内紛が収まった後に攻め込んで来る島津勢を隈本城で食い止めるという大仕事だった。だが、同時に鎮理はもう1つ、戸次鑑連から密命を帯びていた。それは、甲斐宗運が軍勢を率いて隈本城に来ても決して開門しないことだった。戸次鑑連・角隈石宗・吉岡長増の3名は阿蘇大宮司氏を信用しておらず、彼らがどこかのタイミングで裏切ると考えていた。そのため、わずか400で隈本城に籠る若き将に密命を託したのである。そして、彼はその類まれなる戦場におけるセンスで、甲斐宗運が接近する様子から既に阿蘇氏は敵だと判断していた。城内は防衛のための準備を終えており、不用意に宗運が近づけば虎口で三方から火縄銃で壊滅的な打撃を受けているところだった。
宗運は半日そこに留まった後、敵と相対するのと同じ陣形を整えた。当然家臣の中にはこれを訝しむものもいた。
「入道殿、何故此の様な場所に留まるのだ」
「既に隈本の守将は我等の離反に気づいている」
「そんな、まさか」
「其方は城から感じぬか。戦場にある気配を。既に彼の城は籠城支度を万全としている。騙し討ちで取れる城では無くなった」
「まさか、我が家に大友に通じた者が」
「そういった気配ではない。隈本の守将が才気溢れる者なのであろう。名を知りたい位だ」
これにより阿蘇氏は、吉弘鎮理の守る隈本城を落とすために二月を要することになる。それは若くして名将の資質に目覚めつつあった吉弘鎮理の力と、万一本国が大友に攻められた時を考えて兵を減らしたくない甲斐宗運の双方が無理をしなかったためであった。甲斐宗運は相良内乱を収めた島津兵が合流するまで一切無理攻めは行わず、隈本城を包囲するのみに留めるのだった。
♢♢
豊前国 小倉
うちの上陸部隊に対し、大友の砲弾が撃ちこまれる。決して精度の良いものではないが、予め砂浜に狙いが定められていたのだろうという攻撃だ。
既に小倉の東西にある丘陵地帯の砲台は沈黙している。気球による弾着観測で3日かけて大友の砲台を破壊した結果、大友は彦島と小倉・門司の間の海峡に対しての攻撃をまともにできなくなっていた。残っている敵は少し奥地に設置されていた砲台であり、この砲台は小倉の海岸部を守るためのものだった。
下関から眺めていた本隊も、大友が彦島へ攻撃する力が既にないことを確認して彦島に上陸した。そして小倉を奪うべく、初といっていい戦闘が始まった。
「流石に此処は如何しようもないな」
「上陸前から大友の砲撃が砂浜と海辺に来ておりました。想定の範囲内です」
「此れを見越して用意していたのか」
上陸しているのはうちの志願兵だ。この戦で引退する熟練兵・老兵たち。彼らは既に生死にかかわらず戦争年金の支給が決定している者ばかりだ。そしてその年金で、現在進めている加賀・越中の開発でできる予定の新田を彼らは買うのだ。今後うちの兵は、北海道開拓に向かうことが多くなる。当然北海道は寒いので、あまり若くない人間が耐えられる環境ではない。だから熟練兵・老兵は順次各地の警察・消防に振り分けられ、一部が新生日本陸軍の教導隊に残るのみとなる。上陸部隊の志願兵はそれらを目指さず、早目にまとまった資金をえて別の道を歩もうとするメンバーだ。
彼らを死地に追いやるような戦い方にしないため、俺は十兵衛の提案をうけて、より長距離砲撃のできる大砲を用意した。彦島からでも奥地にある相手の砲撃地点を狙える射程がある大砲だが、重い。中途半端な船だと沈みかねないくらい重い。それを彦島の南西に配置し、気球による弾着観測を行いながら敵の砲台を破壊していく。志願兵は砲台を炙りだす囮役だ。
「そろそろ兵を戻すか」
「既に戻る様指示を出しております」
「敵の砲台への攻撃具合は?」
「全地点の砲台の炙り出しが終わったかと。ただ、完全に一から照準を合わせて攻め始めた状況の為、一つ目の砲台への砲撃途中に御座います」
そんな話をしていると、志願兵が撤退を始める。と同時に、上空に向けて大友の砲弾が1発飛んでいくのが確認される。
「何だ?」
「失敗、ではありませぬな。恐らくは気球を狙ったかと」
「あまり高度を下げると危険か」
「まぁ、敵の弾は見当違いな場所に飛んでいますので平気でしょうが、念の為高く飛ぶよう指示を致しましょう」
気球の危険性に相手が気づいたと見ていいだろう。ただ、普通の飛び道具では対抗できない。そこで大砲を気球に向けて撃ってみた、といったところか。
もう敵の砲台は丸裸のはずだ。どれだけ大砲を用意しているかはわからないが、そろそろ厳しくなったのではなかろうか。
♢
大友の砲台が1つ沈黙した夜、信長から連絡が入った。宇和島側の敵水軍を壊滅させたそうだが、豊後には上陸地点の確保ができなかったそうだ。対岸から湊を直接砲撃できる小倉や門司と違い、豊後の沿岸地帯は完全に相手の勢力圏だ。厳しいということだろう。
「で、日向上陸を狙う、か」
「此の作戦、恐ろしいのは豊後にも上陸を狙う部隊が四か所に計四万も向かう事にあるかと」
「十兵衛なら如何対処する?」
「無理ですな。何もかもが足りないので」
日向の2地点に4万。豊後にも見せ札としての4万。大船団が上陸を狙うのだ。どの地点も自分のところに来た敵が本命だと信じて疑わないだろう。そして、その動きに連動する北郷氏の兵と上陸済みの織田兵が5000。どうやっても大友は手が足りないだろう。
「文字通り大友を圧殺する動きだ。大友は如何するかな」
「豊後を固めるのが最善ですが、其れは日向を見捨てる事になりまする。となれば其れは選べませぬ」
「1つ捨てれば、一気に味方が崩れるだろうからな」
誰かを見捨てた瞬間、肥後や肥前の大友方は自分も見捨てられると思うことになる。それで終わりだ。だから、どれだけ辛くても全部守らざるを得ないのだ。
「有馬も大村も、朝鮮との交易で自分達に利があるから大友の味方についている。其の権益を守る為に大友についている」
「我等は移封を既に提示しておりますからね」
「降伏するなら石見か日向への移封、と伝えてあった。が、其れももう無理だが」
「とは言え、死ぬよりは、となるでしょうな、今後」
「簡単に許される理由はもう無い。樺太か千島かアッツ島か。もう辺境にしか移封先はないだろうな」
移封を受けいれるだけの柔軟さがあることを願うばかりだ。
甲斐宗運VS高橋紹運(若い)。甲斐宗運は九州随一ですが、阿蘇を残すため石橋を叩いており無理攻めしません。紹運以外が相手なら攻めていたでしょうが。
気球を何とかしようとする程度には大友も考えていますが、その場その場で思いつく手段で対抗しようとしているだけなので何ともできないかんじです。そろそろ織田の大規模上陸作戦が始まるので、いよいよ九州も佳境に向かっていきます。




