第309話 九州征伐 その4 夜襲は白日に晒される
3人称が多めになります。
長門国 彦島
夜。
彦島内部や周辺には大量のかがり火がたかれ、本州下関周辺には簡易式の灯台が煌めいていた。そのため、巌流島こと船島の吉弘鎮生の部隊より先に夜襲をしかけた北西の竹ノ子島から突撃した吉弘鑑理率いる部隊は、即哨戒網に引っかかって全滅した。これは部隊が海を渡る際の水音で発見された部分も大きかった。
しかし、この騒ぎによって南東の船島周辺の警戒がやや緩み、かつ戦いによる発砲音や喊声に彼らの上陸音が紛れこんでいた。船島に最も近い沿岸に武具を隠していた彼らは、ふんどし姿で泳ぎきった後で武具を掘りだし、身につけ、そして動きだした。ただし、音は小さく。
「良し、あなぐらを取り戻すぞ」
「某等は敵の大筒を火薬で壊しまする」
「火薬は無事か?」
「分かりませぬ。土の中なら問題無しとは聞いておりまするが」
「では、頼むぞ」
「御武運を」
5人が分かれ、大砲が配置されると大友方が事前に読んでいた南西地域に向かった。海岸近くに大砲を並べて沿岸部を砲撃で制圧する。今までの斎藤のやり方であり、今回もそう攻めてくると彼らは想定していた。
一方、吉弘鎮生率いる45名は灯火が彦島各地に設置され、夜とは思えない明るさの中を走り始めた。彼らなりに物陰を利用しながら動きだす。目指すのは敵の手に落ちた塹壕。ここを奪還し、再度籠ることで大砲の消耗を促し、火薬の消費量を増大させる狙いだった。
「例え我等が今下関の敵に知られても、我等の位置が塹壕にまで伝わるのは未だ先だ!急げば奇襲出来る!」
頷く兵たちは吉弘鎮生の健脚に遅れる者なく、息を切らすこともなく走っていた。しかし作戦の成功が見えた瞬間、下関から大音量の声が周囲一帯に響いた。
♢♢
「敵襲!敵襲!彦島南東、塹壕周辺に敵を確認!約五十!至急迎撃態勢を取れ!繰り返す!南東塹壕周辺に敵を確認!至急迎撃態勢を取れ!」
俺のいる下関本部にまで届く大音量の声に叩き起こされる。鎖帷子での寝心地の悪さにいつも通り辟易しながら、新七郎に十兵衛を呼ばせる。
「十兵衛、如何した?」
「闇夜に乗じて、敵が泳いで彦島に攻めて参った次第で」
「で、哨戒兵が見つけたか」
「丁度良いので、『すぴいか』を使って陣全体に警報を流しました。気も引き締まった事でしょう」
「俺は睡眠時間が減って悲しいよ」
「戦場は『ぶらっく』に御座いますれば、我慢して下さいませ」
「間違いない」
危険手当が弾むだけマシだろう。今回の戦から使用される電磁石式のホーン機構を備えたスピーカーだが、大砲での攻撃中はその砲撃音で使えないのに戦場で気づいた。俺も間抜けだったが、結果としてこのタイミングで抜群の効果を発揮することになった。
「で、彦島は如何なっている?」
「敵は慌ててかがり火を消していましたが、逆に言えば夜陰に包まれた地帯に敵がいる訳で」
「成程。其れでか」
「はっ。砲撃を開始致しました」
「しかし十兵衛は良く起きていたな」
「いえ。寝ておりましたが?」
「えぇぇ」
寝起きでそこまで考えて指示出したのか。完全武装の出で立ちだし、やっぱり戦関係で十兵衛に敵う日は来ないな。砲撃を子守唄にできるほど神経が図太くない俺は、小姓に白湯を頼みつつ寝る時は脱いでいる南蛮具足を、新七郎の手を借りて漸く身につけ始めるのだった。
♢♢
轟音が質量を伴って襲いかかる。大友の兵が着弾の衝撃で揺れる足元に歩みを止める。
「馬鹿な!味方に当たるやもしれぬのに!」
実際は暗闇となった地域に斎藤の兵が踏みこむことはない。こういう時はそうせよと指示が徹底されているからだ。塹壕の兵も火縄銃で灯りが消えた地域に遠慮なく攻撃をしかける。当たるか否かより、火力をぶつけて相手が奇襲できない状況をつくることが優先されていた。何より、スピーカー放送で既に該当地域に味方がいないことがわかっていたのも大きかった。
「散れ!こうなれば少しでも長く、一人でも多く生き残り、敵に火薬を使わせろ!」
吉弘鎮生の命令は轟音にかき消される。それでも数名に声は届き、砲撃の間隙をぬってその兵たちが四方に散る。それを見た聞こえていない兵たちも、次善の策に変わったことを瞬時に理解して動き始める。この行動ができるだけの精鋭がこの場にはいる。しかし、既に彼らはその数を30にまで減らしていた。
鎮生も走り始める。時々着弾による地鳴りで足を止めながら、しかし自らの使命のために逃げ続ける。全ては大友を生き延びさせるための策である。
一瞬、砲撃が止む。そして、スピーカーから声が響く。
「彦島南東塹壕より東、敵兵二名が北上中。至近は二十六番隊!五時の方角へ火縄銃を撃て!」
次の瞬間大砲の攻撃が再開し、そして火縄銃の攻撃も直ぐに続く。鎮生からは見えないが、灯りに照らされた斉藤兵はスピーカーの音声に従い、撹乱を図る大友兵を火縄銃で撃ち、無力化していく。
「敵兵四名が北西へ移動中。十一番隊、八時方向へ火縄銃撃て!」
「海上、四番艦九時に敵兵。泳いでいる。排除せよ!」
次々と出される指示に、彦島各地へ逃げて少しでも時間を稼ごうとする大友の若き精鋭たちが、為すすべもなく倒れていく。更に彦島に接近した船は周囲を明るく照らし、一部の消えた灯りの代わりとなりはじめる。
「九番隊、七時方向に敵兵。木の裏に隠れている。迂回して狙え」
「十四番隊、六時の岩陰に二名。弓で炙り出せ」
次々と居場所を掴まれる。ついには気球が上空から戦場を照らす。巧妙に隠れながら塹壕を目指していた鎮生と2名も、ついに光にさらされる。
「敵兵、残り七名。内三名が塹壕入口九時の藪の中を伏せて移動中。十一番隊、藪へ火縄を撃て!」
その声に、慌てて1人が飛び出して鎮生ら2人の身代りになるべく動く。しかし、地面に伏せていた鎮生ともう1人は動くに動けず、その間に飛び出した1人は火縄銃の銃火にさらされて死亡し、伏せていたもう1人も塹壕に向かって突撃したが、2射目で死亡した。
「残り一名。塹壕入口九時」
その声に、鎮生は作戦の完全なる失敗を悟った。自分だけが残った状況。敵は既に鎮生を囲み、長槍でいつでも殺せる状況だった。
「殿、申し訳御座いませぬ」
動こうとした彼は自刃する暇もなく、一気に押さえこまれて捕縛された。
♢♢
「敵部隊の制圧終了。竹ノ子島方面が死亡四十四名、捕縛六名。塹壕前は死亡二十六名、捕縛二十四名。味方の死者は無しに御座います」
「良くやった。捕縛した敵兵で重体の者は?」
「何名か手足が吹き飛んだ者がおりますが、助かった者に重体はおりませぬ」
「そうか。では警戒部隊を入れ替えて休息させよ。俺ももう一度寝る。其方も寝ろよ」
「はっ」
竹ノ子島から上陸を狙ってきた部隊は老体が多く、火縄銃の攻撃でほぼ全滅。塹壕前の敵も半数以上が死んだ。敵の夜襲は防いだ。明日からも警戒は必要だが、同じ手は使わないだろう。少なくとも、空中からランタンの灯りを照射する気球から逃げられる敵はいない。明日は上空に常時気球を飛ばしてもいい。今日は気球を飛ばすのに時間がかかったが、4つの気球を交代で常に1つ飛ばしておけば安心感が違う。
そんなことを考えつつ、具足を脱いだ俺は再び寝床に潜りこんだ。
あ、明日の軍議は、眠いから時間をずらすって言えばよかった。睡眠時間がもうほとんどとれないじゃないか。
発売から2週間。ありがたいことに一部店舗様で売り切れているそうです。
皆様が満足していることを願うばかりです。
また、活動報告にも目をお通しいただけると幸いです。
【追記】
スピーカーは紙コップスピーカーを応用して音量を拡大したものです。この時代、夜は静かなので、ある程度の音量が出せれば音が響くので聞こえるということになります。
電信の研究過程でできた程度のものと思ってください。




