第303話 北海道開拓計画
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美濃国 稲葉山城
年が明けた。天正2(1565)年だ。
今年は九州征伐に三家合同で向かうことになる。情勢の変化から、伊予方面は信長を総大将とした織田家中心の軍に三好水軍が協力する7万の大軍が日向・豊後を攻める。
一方、俺は周防・長門から豊前・筑前を攻めるのに3万の軍を派遣する。三好軍は両軍それぞれに1万を派遣し協力する。三好本隊は四国の安定化と補給を担当する。さらに、毛利が俺の軍に5000を派遣。宇喜多・尼子は美作・伯耆の安定化を担当する。
三好から俺に派遣されたのは播磨赤松の兵と摂津の兵。水軍は織田の北陸方面軍とうちの越前水軍が担当。これに毛利配下の因島村上水軍や忽那水軍が協力する。
播磨赤松兵をまとめるのが黒田職隆・官兵衛孝高親子。摂津の兵は池田氏の重臣・荒木村重が主体となっている。荒木村重って確か信長を裏切った人物だったな。一応耳役に警戒させておくか。史実では信長を裏切った理由はよくわからない。理由さえわかれば防げるのだが。
「十兵衛、兵糧の確保は?」
「問題御座いません。火薬も硝石丘から十分に」
「大友にも硝石は大量に入っているから気を付けねばな」
「島津が日向で敗れた際、それなりの量が大友に渡った様ですからね」
年末、雪などが降らないため戦が続いていた九州南部で、大友と島津の戦があったそうだ。伊予も雪が降り、北九州の香春岳でも積雪が目視できたのにさすが南国マンゴーの生産地。
「天草に島津四兄弟の次男三男が出陣していた為、日向戦線にはまだ18歳の島津家久と新納忠元・鎌田政近らが向かったそうで」
「人手不足か。大友は大隅で肝付も動かしたというし、島津は相当手酷くやられたかな」
天草方面は島津が勝利し、天草諸島の主導権は握ったらしい。だが、その代償に日向は北郷氏の領地をほぼ失ったそうだ。肝付良兼による大隅の反乱を鎮圧するのと天草で手一杯だった島津は、ようするに勢力拡大に手が追いついていなかったということなのだろう。
「ガレオン船は4隻。此れで大隅まで兵を運べる」
「三河木綿も使って、予想以上に早めに二隻追加で造れましたね」
「まぁ、4隻では兵600しか往復で運べぬが」
冬の段階で既に兵が600程往復しているので、今後の往復で2000程の兵が送りこめる。大事なのはうちの兵が大隅に到着すること。そして、日向北部の敵兵を混乱させること。
「父は俺が喪に服すより天下を取る事を大事とした。ならば、俺がする事は一つだ」
「四十九日まで後八日。其の後兵と物を動かし始めます」
「頼む」
大友さえ倒せば日本国内はほぼ終わり。ここで力を誇示することが、今後の安寧に繋がるのだ。
♢
年明けをこちらで過ごした安東愛季が挨拶にきた。俺と龍和の計らいで従五位下・秋田城介に任ぜられたお礼だろう。東北勢は軒並み従五位上(最上信光・出羽侍従と蘆名盛氏・中務少輔)か従五位下(南部晴政・大膳亮、伊達龍宗・兵部少輔、大崎義直・左京亮)だからそれに合わせただけだが。
土産に持ってきた蝦夷の鮭の塩漬けとハタハタの魚醤(まだしょっつるとは呼んでいないらしい)に礼を言いつつ、俺が事前に連絡していた本題の確認に入る。
「で、秋田城介殿、蝦夷の件は如何か?」
「由利の一部を頂け、土崎湊にも金を出して頂けるならと家臣も皆賛同致しました。抑、蠣崎は我等に運上を確り払った事が稀有に御座いました故」
「そうか。では蠣崎とは此方で話をしよう」
「はっ」
安東愛季にお願いしたのは北海道――蝦夷のことだった。
現在、蝦夷の領主といえば蠣崎氏だ。しかし蠣崎氏が実効支配しているのは渡島半島の一部だけだ。蝦夷島と呼ばれる北海道を任せられる身代ではない。今回、安東氏に利益を与える代わりに蠣崎氏の処遇をこちらに任せてもらうことにしたのだ。
そして翌日。今度は蠣崎季広が息子と共にやってきた。息子は昨日元服し、その際龍和から偏諱を与えられて和広を名乗っている。今回の筋書きは鍋島孫四郎と蜂須賀小六が書いたものだ。さて、どう答えてくるか。相手からお礼の言葉とお礼の品(俺が要望して加工してもらった塩漬け数の子など。イクラは賞味期限的に厳しかった。無念)についての話の後、本題に入る。
「さて、蠣崎殿」
「何用で御座いましょうか」
「蝦夷の事だ」
「蝦夷は我等が長く住み、アイヌの者とも共存してきております。可能であれば御任せ頂けると」
「うむ。任せる心算だ」
「有り難き幸せ」
「では、此方を頼めるか」
そうして渡したのは、札幌・小樽・根室・稚内の開発計画書と、幌内・夕張・空知の炭鉱と浦幌・別保の炭鉱の採掘計画書と、それらを記した地図である。この地図には当然現状の蠣崎の領地も記されている。蠣崎領内では金山では大千軒岳一帯のみ記されている。
「こ、此れを、我々が、で御座いますか」
「無論、此の広大な島を自ら管理する、というなら、やって貰う」
「な、何年程で」
「20年。此の小樽湊と幌内炭鉱は5年で道筋を立ててもらう」
「ご、五年は無理で御座います」
「しかし、大槌の鉄と幌内の石炭は何方も必須だ。今後の日ノ本を支える地だ。此処に日ノ本の趨勢がかかっていると言っても過言ではない」
「な、何と」
「其れに、蝦夷は我等が想定する北限の防衛における補給拠点。其の重要性は其方も分かるだろう」
そう言いつつ、樺太と千島列島の防衛拠点予定地を地図に追記する。
「無論、此処には兵が常駐する。蝦夷は、その北の地への補給と中継の拠点を兼ねるから、造る湊の規模は敦賀の倍は必要やもしれぬ。札幌の街への移住者は万に及ぶだろうし、根室の街も相応の大きさになる。頼むぞ」
「そ、そんな」
「蝦夷島を全て任せるという事なら、此れ位は当然だ。其方には期待しているぞ」
「な、何か御支援頂けたりは」
「我等の支援を受けるなら、其の分何かを失うぞ」
「し、しかし此の規模は」
「全てを我等に任せるというなら、其方が手にするのは、今の領内とセタナイ等のアイヌの諸氏との交易自由のみになる」
「領内という事は、此の金山は我等が」
「そうだな」
「では、全て斎藤様に御任せ致します故、我等は蝦夷島の此の一帯のみという事で是非」
「そうか、其方がそう申すならそうしよう」
まぁ、想定通りだ。蠣崎の経済力でこの整備は不可能だ。金山という最低限の旨味があるので、この壮大な計画を自分でやろうとはしないだろう。この計画は初期投資の段階から金ばかりかかるし。
「では、夏頃から人を送るとしよう。後、干鰊の件は如何なっている?」
「あ、其の支度は順調で御座います。春には鰊が大量に手に入りますので」
「頼む。幾らか数の子も欲しい」
「此度の数の子は、偶然夏近くに獲れた物を塩漬けしたので未だ食べられる物ですが、普段は夏前にしか御届け出来ませぬ故」
「分かった。鮮度は大事だからな」
まぁ、蠣崎を陥れたいわけではない。利益は与えつつ、蝦夷地の主導権をこちらが握りたかっただけだからな。
しょっつる美味しいので機会があれば是非試してみてください。
イクラより数の子の方が長持ちするからか、平安時代には畿内でも食べられているようです。
北海道開拓計画についてはかなり大風呂敷をあえて広げています。蠣崎が自分から権利を放棄するように誘導していると思っていただければ。




