第298話 浅筒討伐戦 その8 因縁の終わり
3人称多めです。
伯耆国 洗川
天正元年、9月1日。
薄い霧の立ちこめる中、静かな朝を迎えた。暑くも寒くもない朝に、食事をとり、情報をもらい、浅井・筒井兵が籠る集落を望遠鏡で確認する。
「静かだな」
「夜は宴会に興じていたと」
「死出の宴か。逃げだした兵は?」
「此方で捕縛出来た者は昨晩で四十三名。山に逃げた者は分かりませぬ」
「八橋城を追いだされた奥方と娘は今もあそこか」
「恐らく。或いは山に逃がしたか」
「まぁ有り得るか。だが、女子供だけで生き延びる事が出来る山か?」
「無理でしょう。人の通る街道は我等が封鎖しております」
浅井の兵は目視した限り400、筒井が180ほどだ。俺が伯耆に入った頃にいた浅井・筒井兵の8割は俺達との戦なしで逃散してしまったらしい。彼らの陣の南西にあるのは前世で大山隠岐国立公園と呼ばれていた場所だ。良く考えるとここ隠岐じゃないよな。何でこんな名前だったのだろうか。
「敵が動きだす前に大砲を準備しろ。何と言われようと、うちの兵の命の方が大事だ」
「はっ」
と、指示を出していたら敵が動きだしていた。川を渡ろうとする敵に、直ぐに火縄銃が火を噴く。昨夜の段階で十兵衛が想定して予め指示を出していたおかげだ。霧が完全に晴れたら大砲が撃ちこまれると考えて、彼等は先手を打ってきたのだろう。避難している村の人々には保障を約束してあるが、俺は田畑も見境なく壊したいわけではなかったからな。
「浅井義政を、筒井順慶を討て!首級をあげた者には褒美を存分に取らすぞ!」
「「「おおーっ!!」」」
次々と鉄砲が撃ちこまれ、川を渡る前に敵兵が倒れていく。望遠鏡で覗く限り集落には数名の敵兵が残るのみだ。最初の突撃で殆どが死んだか。
体感で10分程。1500丁の火縄銃の集中砲火で、敵兵は一人も川を渡れずにほぼ全滅した。川に倒れこむ遺体から名のある将を探そうと数人の兵が川に入る。と、死体に紛れていた数名の敵兵が川から起き上がって兵たちに襲い掛かり、数人が討たれてしまう。慌てて火縄銃を構え直すうちや織田の兵。
「筒井家臣・島左近!何も遺さず死ぬ気は無いぞ!」
島左近はそのまま火縄銃発射直前の射列に突っこむ。最前列の兵は火縄銃に銃剣を装着していたが、島左近の短槍には敵わず、数名が密集の中で命を落とした。互いの位置が近かったために満足に戦えない兵が多数でる。まずい。
混乱する戦列を立て直したのは新庄隊だった。島左近に同じ短槍で切りこんだのは、島左近とほぼ同年代である新庄直頼の弟・新庄直忠。3合槍同士の突き合いをへて両者が息をつく間に、周りの鉄砲兵がその場から避難する。島左近は火縄銃で狙われないようにするためか、ほとんどの角度で織田兵が背後に入るよう位置取りをする。
「名のある御方と御見受けする!」
「近江出身、大和宇陀城主、新庄新三郎の弟・新庄刑部左衛門!」
「宇陀、秋山の元領地か。相手にとって不足なし!」
既に他の筒井兵は討たれた。残るは島左近のみ。そして、一騎打ちに興じるほど、新庄直忠は名誉欲のある人物ではなかった。
「撃て!」
号令とともに後方の弓兵が射角を確保しながら島左近を狙った。山なりの射撃は正確に島左近を中心にその周囲に降り注いでいく。
「くっ!」
「すまぬな!」
射撃から逃げるために身を翻した島左近に対し、新庄直忠は自分の弓を取りだして矢を放つ。慌てて避けようとした島左近だったが、戦場に転がる自らが斬った兵の体に足をとられ、倒れこんでしまった。矢は外れたが、これが彼の致命傷となった。
「行けー!首級を獲れ!」
「「おおっ!!」」
殺到した兵によって、島左近は討ち取られた。しかし、彼の願いどおり、筒井家臣に島左近という剛の者がいたことは後世に語り継がれることとなった。
『筒井に過ぎたる忠義者』として。
♢♢
浅井義政は、娘と先程自ら手をかけた正室を弔うように、遺体を安置した最も大きな屋敷に火を放った。
「すまぬな。せめて二人だけでも極楽浄土に」
暫し祈った義政は、側に控えていた雨森弥兵衛ら数名を従え、村の入り口に向かった。
「行こう、順慶殿」
「左近は真良く戦ってくれました。我等も、向かいましょう」
「ええ」
そして集落の入口近くで待っていた、5名ほどを従える筒井順慶とともに動きだした。
♢♢
「まさか、自害か?」
建物が燃え上がったのを見た俺の疑問に、十兵衛は否やを示した。
「いえ、恐らく何かする心算なのでは。此の火は目晦ましかと」
「成程」
「火に目を集めて何処かから逃げようとするか、或いは殿を狙うか」
「駕籠の何方に乗っているかまで分からぬだろうに」
「ですので、命令を出す者を炙り出しているのでは?」
「ほうほう」
打合せ通りに影武者の1人がテキパキと指示を出してくれているけれどね。
数分後、集落から川沿いに降りてくる道に10数人の集団が現れたと報告があった。しかし、俺の位置からでは角度的に他の軍勢で見えない位置だった。だが、何となくわかった。
浅井義政が現れた、と。
♢♢
浅井義政を先頭に、すぐ後ろに筒井順慶が続く。火縄銃を向けられても全く動じず、一歩一歩踏みしめて歩いてくる。川岸までやって来ると、雨森弥兵衛は小さな鼓を取り出して打ち始める。やがてゆっくりと義政は舞い始めた。能である。
「とは思へどもくれぐれの。御遺言の悲しさに。粟津の汀に立ち寄り」
「上帯切り。物の具心静かに脱ぎ置き。梨打烏帽子同じく。彼処に脱ぎ捨て」
決して上手くはない。だが、不思議と誰もが見入る舞だった。
「御小袖を引きかづき。その際までの佩添の。小太刀を衣に引き隠し」
ここまで聞いて、十兵衛ら数人が気づく。
「巴」
能の演目の1つ。『巴』
木曽義仲と死別した巴御前の無念を描いた作品。
その根底は死別した男女の、そして武士として共に死を迎えられなかった巴御前の女性としての無念が描かれた作品。
だが、浅井義政は力強く舞う。
「処は此処ぞ近江なる。信楽笠を木曽の里に」
その様子に、浅井家臣だった織田家臣の遠藤直経が、彼の思いを知った。
「そうか。浅井殿は近江で、御父上と共に死にたかったと」
あまりにも若くして、父浅井久政によって近江から逃がされた義政。遠い異郷で、辛酸を舐めながら暮らした日々。復讐を糧に戦い続けた彼は、しかし、自分だけが残されたことに深い悲しみを抱いていた。
浅井久政は強い強い恩讐を胸に死んだ。しかし、久政ほどの恩讐を受け継いでいない彼の本音は、父と共に近江で死ぬことであった。
ただ、それだけであった。
彼は文字通り、死に場所を失って彷徨っていた亡霊。恨みを果たすには思いも力も弱く、しかしそれに縋るしか道のなかった、悲しき亡霊。
「涙と巴は只独り落ち行きし後ろめたさの執心を弔ひてたび給へ。執心を弔ひてたび給へ」
その、最期の思いを乗せた舞だった。
やがて舞が終わり、しんと一瞬静まり返った戦場。次の瞬間、義政が大声を上げると、一行が一斉に川を渡り始めた。
慌てて火縄銃の発射が命じられる。肉薄しようと体の半分を水に邪魔されながら、泳ぐように水をかきわけ進む一行。
落ち着いた火縄銃部隊に、その水に邪魔される渡河は、狙って発砲するのに十分な時間を与えた。
轟音。
50丁以上の火縄銃が火を噴き、そして命中し、最先頭にいた雨森弥兵衛らが水底に沈んでいく。庇われる位置にいた筒井順慶と浅井義政のみが、水をかきわけながら歩みを続ける。そこに、2度目の斉射が襲いかかる。筒井順慶はひっくり返るように水面に打ちつけられ、息絶えた。
しかし、右腕が明らかに穴だらけになっても、浅井義政は倒れなかった。耳は裂け、口から絶え間なく血を吐き、呼吸すらままならぬまま、しかし歩みを止めなかった。
兵たちが怯えるほど、彼が動いているのは不思議な状況だった。そのため、遠藤直経は側にいた兵の火縄銃を奪い取り、自ら義政を撃った。
「御免!」
その弾丸は義政の胴を貫き、義政は前のめりに倒れた。
発売まであと4日。そんなタイミングでシリーズ通じての敵だった浅井・筒井が滅びるのはどうなのかと言われるとあれなのですが。
浅井義政は久政と一緒に戦いたかったのが本音でした。自分だけ残されたため、家臣のためにも父の願いのためにも頑張っていたわけですが、本質的には近江で自分は戦いたかった。それができる年齢ではなかったのですが。
作中に順昭は出てきていませんが、今週中に投稿する話で墓が見つかります。詳細はそちらで。
あと、大槌=釜石だと思っていただければ。
能の解釈は難しいところですが、私の知っている範囲でこういう解釈のできるものを選びました。巴御前のお話は最後のシーンが見どころだと思いますので一度見てみていただきたいです。




